2020年7月 1日 (水)
2020年1月25日 (土)
「リチャード・ジュエル」 現代にも通じる問題
2019年12月27日 (金)
「ルパン三世 THE FIRST」 もっとワクワクする冒険が見たかった
2019年8月31日 (土)
「ロケットマン」 本当の自分
2019年8月23日 (金)
「ライオン・キング」 映像は新しいが、物語は・・・
2018年7月10日 (火)
「ラプラスの魔女」 これは三池作品なの?
タイトルの「ラプラスの魔女」は、フランスの数学者ラプラスが未来の決定性を表現し、のちに「ラプラスの悪魔」と呼ばれた概念からきています。
これはある瞬間における全ての物質の状態が全てわかり、それを解析できる能力があるのであれば、未来が予測できるというものです。
唱えられた19世紀には概念的なものでしたが、今の時代でしたらどうでしょうか?
様々な事象をデータ化することができ、それを解析できるコンピュータもある。
未来予測はできそうでしょうか?
けれどそれは原理的には無理です。
「ラプラスの悪魔」の概念はいわゆるニュートン物理学に基づくものです。
しかし、現在では不確定性原理により、粒子の場所と運動量を両方とも特定することは不可能とされています。
ですので、どうしても絶対的に確実な未来予測はできません。
特に気象などという様々な要因が絡まる事象では、特定の場所や時間に何かが起こると予想するのは難しいでしょう(「この辺りにこういうことが起こりそう」ということまでは言えるかもしれませんが)。
ですので、未来予測ができるという話には個人的には少々入りづらかったところがありました。
ま、フィクションなのであまりその辺突っ込んでもしょうがないのですけれども。
観に行こうと思ったきっかけは、監督が三池崇史さんだったからです。
三池さんは個人的には好きな監督なのですが、最近の作品ではあまりこれはいいと思った作品がなかったのですよね。
最近の数作品は三池監督らしくはあるのですが、どうも映画としてとっ散らかってしまっている感じを受けてしまっていました。
やりすぎと言われるくらいやってしまうというのが三池監督らしさではあるので、暴走とまとまりのバランスは難しいところではあるのですが。
さて本作ですが、観終わってみると、逆に三池監督らしさというのはほとんど感じられず、寂しい感じがしました。
言ってしまうとなんなのですが、監督名を聞かなければ誰の作品かわからなかったような印象です。
三池監督の作品は名前を聞いていなくても、観れば三池作品であることがわかる印がついてように感じるくらい個性が強いと思うのですが、それがほとんど抑えられていました。
ミステリーですので、あまり監督の個性を出しにくいということもあるのかもしれませんが、そうなるとあえて三池監督を起用した意図も良くわかりません。
主役は櫻井翔さんが演じる青江という地球化学の教授ですが、これも大変存在感がありません。
観客とともに不可能な事象を解き明かして行くというナビゲーターの役割なので致し方ないのかもしれませんが、ラストくらいにもなると、本当にそこにいるだけという感じになってしまいます。
クライマックスの場面では、他の人物たちに焦点が行ってしまっているのでナビゲータ役としても終了してしまっている感がありますね。
主人公なのに。
監督の件も、主役の件も何かチグハグな感じがする作品となっていました。
三池さんにはもっと個性が出せる作品をやってもらいたいです。
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2018年5月12日 (土)
「レディ・プレイヤー1」 情報の洪水の中での宝物
初めて本作の予告を観た時、非常にびっくりしました。
デロリアンが爆走していて、アイアン・ジャイアントが大暴れしている!
なんじゃこりゃ!と。
それでもってスピルバーグ監督作品って・・・。
そして、実際に本編を観てみると、出るわ、出るわ。
キングコングにTレックス、チェストバスターにビートル・ジュースにガンダム、メカゴジラ!!
「オレはガンダムで出る!」って、日えー。
80年〜90年に若かりし頃を過ごした自分としては、ど真ん中の映画やアニメをネタとしたアイテムがエピソードが満載。
全く気づかなかったネタもいくつもありそうです。
使っている曲も有名な曲ばかり。
版権の許諾が非常に大変だったろうなあと想像するわけですが、これができるのはやはりスピルバーグだからでしょうねえ。
スピルバーグはまさに80年代以降のクリエーターではカリスマ中のカリスマ。
彼以降のクリエーターは少なからず彼の影響を受けていると考えていいでしょう。
そのカリスマから、映画の中に自分のキャラクターやアイテムを使いたいと言われたら、イエスと言いますよね。
彼くらいの大御所でしたら、作品に対してもリスペクトをしてくれて、大切に扱ってくれそうですし。
お話の筋自体はそれほど新しいものではありません。
自分たちの世界を支配しようとする組織に対し、アウトサイダーたちが協力してその支配に対して戦う。
しかし、先ほど書いたようなネタの情報量が半端ない。
それを追いかけて行くだけで大変。
また映像のスピードも速いし、画面上の情報量も多い。
その情報を処理する速度が要求されるので、観る方も疲れます。
私は普通の劇場で観たのですが、IMAXで3Dとかだったら、ぐったりしちゃうのじゃないかなあ。
情報処理力が要求されるということでは非常に現代的ではあります。
あと何度も確認で観てしまうといったフリークの方も出るかもしれないですね。
溢れそうになるほどの情報量があるというのは、現代的かもしれません。
インターネットには見切れないほどの情報があります。
人々はその情報のシャワーをまさに浴びています。
シャワーを浴びている中で、本当に大切なことは何かを見失ってしまうということはままあることです。
主人公は戦いの中で、本当に大切なこととは何かということを見つけられたのだと思います。
先ほどお話としてはよくあるパターンと書きましたが、この物語は主人公が冒険と試練を重ねた上で、宝物を得るというパターンでもあります。
主人公が手にしたのは、リアルの世界での本物の友情と愛情でした。
情報過多の中で、本質が見極めにくい世の中で、自分が本当に感じられる愛情こそが宝物なのかもしれません。
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2018年3月30日 (金)
「リメンバー・ミー」 家族の絆
最近は数々3Dアニメーションを作るスタジオが増えてきていて、公開数も多いですが、やはりピクサーの作品は別格な感じがします。
卓越した美しい映像の素晴らしさも一段上のような気がしますが、やはりそれだけにとどまらず、非常にエモーショナルであることがピクサーらしいんですよね。
一言で言えば、必ず心を揺さぶられるところがあるということ。
ピクサーの映画が大人にも子供にも楽しめるというのは、そういうエモーショナルな部分も格別であることからだと思います。
本作は家族の絆を描く物語です。
こう書くと陳腐な感じに聞こえるのですが、誰でも何かしら自分の中に経験があるところを感じられると思います。
若い頃は家族の絆とかいうと、何かこそばゆいというか、斜に構えて見ていたところがあるのですよね。
けれど、子供ができたり、最近父を亡くしたりなんていうことがあったりすると、家族というものを考えたりするようになります。
息子と父というのは、成人になって独立してしまうとなかなかしっかりと話す機会はないものだと思います。
別段不仲というわけでもなかったのですが、それぞれが独立して自分の生活があると改めて話をすることもなかったのですよね。
照れ臭かったのもありますが。
しかし、いざ突然亡くなってしまうと、父親は自分に対してどう思っていたのだろうかと考えたりもしました。
いい息子であったのだろうかなどと。
死んだ人と話をしてみたいという人の気持ちもわからなくはなかったしもします(以前は想像もつかなかった)。
そういう意味では、本作の主人公ミゲルは死者の国に行き、記憶にもなかった先祖と一緒に冒険をします。
先祖が何を考え、何を感じていたか、それを知ります。
それは得難い経験ですよね。
そういう思いがあると、それを何かしら繋げていきたいと思うのだと思います。
繋げていきたいという気持ちが絆なのでしょう。
自分の子供にも何か自分なりに思いを残してあげたいと思いますし。
本作のココが父親を思っていた気持ちのように、娘にも思ってもらえたら嬉しいなと。
ココが最後に父親の思い出を語る場面では思わず涙が出てしまいました。
日本語版を見たのですが、ミゲルを演じていた子の歌がうますぎてびっくりしました。
まだ13歳だとか。
凄すぎです。
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2017年6月 4日 (日)
「ローガン」 人としてのローガン
ヒュー・ジャックマンのウルヴァリンが観れるのは、本作が最後になるそう。
タイトルが「ウルヴァリン」ではなく「ローガン」であるのは、ヒーローであるウルヴァリンではなく、人としてのローガンそのものを描こうという制作サイドの意思の表れであろうか。
「X-MEN」シリーズは大勢のヒーローが出てきて、舞台装置も派手にという見せ方が多くの人々に受け、現在のアメコミ映画全盛のきっかけを作った。
しかし、本作はそういった余計な要素を削り、ローガン一人を深く描けるような舞台設定となっている。
時は今よりも未来。
ミュータントたちの多くはいなくなり、ローガン自身もアダマンチウムの影響により、かつてのような治癒能力がなくなりかけていた。
そのためローガンは若々しさを失い、中年のような姿となっている。
ローガンはかつては獣であった。
持って生まれたヒーリングの力、そして人間によって埋め込まれたアダマンチウムによる戦闘能力により、人間とは異なる存在となり、多くの迫害を受けた。
生き残るために彼は多くの人々を傷つけた。
彼は孤独であった。
獣であった。
しかし、プロフェッサーXに出会い、多くのミュータントの仲間を得ることができた。
彼は信頼、愛といった人間らしい感情を再び手に入れ、家族のような存在を得ることができた。
しかし、それも人間たちの攻撃により失われていってしまう。
彼のヒーリング能力は彼だけを生かしてしまい、愛する人々は先に逝ってしまうことをただ見送るだけとなってしまった。
やはり彼は孤独であった。
おそらく失ってしまうだけであるならば、もう人を愛するようなことはすまいと彼は思ったのであろう。
人との関係を持たず、隠遁しているような生活を送るのは彼のそういう気持ちの表れである。
唯一、彼が関係を持っているのはかつて彼を導いてくれたプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア。
彼はローガンにとっての擬似的な父親であるのだろう。
しかし、そういった彼は謎の少女ローラに出会う。
彼女はかつてのローガンのようであった。
自分に手を出す者どもを全て斬り殺す。
彼女も獣。
ローガンは彼女に自分と同じものを見出した。
それもそのはず、彼女はローガンの遺伝子によって能力を移植された人工的なミュータントであったのだ。
チャールズの言葉もあり、ローラと一緒に逃避行を続けるローガン。
彼の中でかつて味わったことない感情が芽生えていく。
ローラを逃がすために、彼は治癒能力が失いかけている肉体で敵と戦う。
彼の戦いはまるで子を命がけで守ろうとする獣のようだ。
そして致命的な傷を負ったローガンは、ローラの腕の中で「そうか、こういうことなのか」とつぶやき、息をひきとる。
ローガンは初めて、人間として親として、大事な存在を手に入れることができた。
もうただ己のために戦う獣ではなかった。
本当の家族を手に入れることができた。
かつて味わったことのない気持ちをローガンは感じることができたのであろう。
自分が親になったとうこともあったためか、すごくこの場面ではぐっときてしまった。
子供のためであればなんでもするという気持ちはやはり親は持つものだ。
その感情はとても深く強い。
それをローガンは最後に味わうことができた。
本作はヒーローウルヴァリンを描いた作品ではない。
人間ローガンを描いた作品である。
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2017年3月 8日 (水)
「ラ・ラ・ランド」 ミュージカルの力
以前はミュージカル映画をあまり好きではなかった。
映画の中で進んでいたドラマの途中で、突如出演者たちが歌い始めるのが、奇妙であるような感じがしたのだ。
劇中で歌うということを描くミュージカルはリアリズムとは対極の表現だと思う。
リアリズムの視点で言えば、日常の生活の中で突然歌いはじめる者などいるわけがない(いたら相当にアブナイ)。
ミュージカルは、人の行動としてはとっても不自然なことをしているわけだ。
そういう視点で自分にとってミュージカルは馴染みにくいジャンルだったわけなのだが、現在はそのような印象は持っていない。
というよりミュージカル映画は好きなジャンルになっている。
いつごろからかと思い返すとおそらく「シカゴ」あたりからだと思う。
それまで個人的にミュージカル映画の印象は古臭いイメージがあったのだが、「シカゴ」は映画的な派手なゴージャスな画作りで自分の中でイメージを一新した。
食わず嫌い的なハードルがなくなって素直に観れるようになると、意外にもミュージカルの劇中歌とはストレートにキャラクターの気持ちを伝えることができるものだということがわかってきた。
普通のセリフとしていうとかえって大仰に感じたりしてしまう言葉でもミュージカルならば言えてしまえるし、心情もストレートにそのまま口にすることができる。
だから人の気持ちを素直にまっすぐに描きたい物語はミュージカルに向いていると言える。
その視点において、本作「ラ・ラ・ランド」はミュージカルの良さを存分に発揮していると思う。
この映画は凝ったストーリー展開で観客を魅了するタイプの映画ではない。描かれているのは人が人を愛しているときの幸せな気持ちや、別れの後の切なさというとても普遍的なこころ。
セブとミアの二人が出会ったときの対立、愛し合い幸せに満ちた日々、すれちがいと挫折、その時々の気持ちが二人の歌にのせて表現されている。
歌を通じて二人の幸せや、切なさが素直に心に響いてくる。
このダイレクトに心に響かせることができるのが、ミュージカルの力なのだろう。
二人が出会い、愛し合い、そして別れるプロセスは誰しも経験したことがあるような典型的な恋愛だと思う。
だからこそその時々に感じた気持ちは観客の心の中にしまわれていて、セブやミアの素直な気持ちがのった歌に揺さぶられるのだろうと思う。
「ラ・ラ・ランド」はミュージカルでなければ陳腐な恋愛ドラマになっていたかもしれないが、ミュージカルとして作られたことにより、多くの観客の共感性を得られる作品になることができたのだろう。
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より以前の記事一覧
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- 「レヴェナント:蘇りし者」 映画圧を感じる 2016.04.29
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