2024年7月 7日 (日)

「ミッシング」絶望的な無力感

自分にも小さな女の子の子供がいる。
当たり前のように繰り返される平凡な日々が愛おしく思う。
子供ができる前は自分がそのように感じることは想像できなかった。
もし突然、この子がいなくなったら、と想像するだけで身を切られるような思いになる。
本作の主人公沙織里の幼い娘が失踪した。
誰が連れ去ったのか、事故なのかもわからず3ヶ月が過ぎる。
何が起こったのかわかれば、そこに怒りが向けられるだけ楽なのかもしれない。
何もわからないからこそ、行き場のない辛さだけが募る。「もし・・・」という言葉が浮かぶ。
もし、自分がライブに行かなかったら。
もし、弟が家までちゃんと送っていたら。
自分のせい。
誰かのせい。
自分を責め、他人を責める。
自分も傷つけ、他人を傷つける。
自分の中の感情をどこにぶつけていいかわからず、自分の中でどす黒く沈殿していく。
それはマグマのように感情の中にたまり、突如爆発する。
周囲の攻撃から身を守るために暑くなった岩盤を期待は薄くする。
薄くなった岩盤は失望でマグマに破られる。
溢れ出た失望は沙織里に叫び声を上げさせる。
メディアやネットでは自分たちを容赦なく、責め立てる。
当事者の苦しみを理解することなく、原因を論う。
正論を言っているつもりで、当事者を遠慮なく傷つける。
沙織里は彼らにも翻弄される。
傷つけられるのをわかっていながら、それらに縋る。
その中のどこかに希望があるのではないかと望みを持ちながら。
しかし、その望みはしばしば裏切られる。
我が子が見つかったという情報があり警察に駆けつけるが、ガセだとわかり、沙織里は失望のあまり失禁までしてしまう。
この場面は見ていて、あまりに辛い。
沙織里が感じているのは、孤独だ。
我が子を失った悲しみ、それが自分のせいかもしれないという後悔、周りの全てへの怒り・・・。
何が悪かったのか、それすらもわからないことへの無力感。
これは身近な夫とも全ては共有ができないと思っている。
この絶望的な孤独感が全編を通して描かれている。
救われるのは、もう一人沙織里と同じように自分を責めて過ごしてきた弟、圭吾に対して、彼も同じような思いであることに気づけたところだろう。
絶望的な悲しみも後悔も、一人で背負うのでなければ、互いに救われるような気がする。

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2024年6月30日 (日)

「マッドマックス:フュリオサ」ドラマは感じる。もっと狂気が欲しい

思い返せば前作の「マッドマックス 怒りのデスロード」はたった三日間を描いた話だった。
そこには細やかなストーリーなど気にさせないほどのエネルギーと狂気があった。
荒廃した世界で欲望のみに生きる人間の獣のような争いの中で、マックスとフュリオサが戦い抜く。
獣のような人間が登場する中で唯一人間性を持ち、そしてこの野獣のルールの中でも逞しく生きようとしているのがフュリオサであった。
前作では脇役ながらあの世界での唯一無二のキャラクターが光り、主人公を食うほどの存在感を持っていた。
そのフュリオサが本作の主人公となる。
前作はたった三日間の抗争が描かれていたが、本作ではフュリオサという戦士がどのように生まれたのかを描く物語となっている。
彼女の少女時代から前作の時代に至る、フュリオサの人生が描かれるのだ。
彼女の人生は苛烈であった。
度々大切な人を失い、そしてそれに手を下した本人に囲われるという屈辱。
しかし強い意志により、彼女は虐げられた環境から脱出し、復讐と母親の願いを叶えようとする。
まさに生命など全くない砂漠でおいても、強く生きようとするように、枯れることのない生命力が彼女の力であった。
人生を自分の力のみで切り拓こうとするフュリオサのドラマはあまりに過酷であるけれども、その逞しさに目を奪われる。
しかし、そのようなドラマ性は強く感じるものの、その反面前作のような狂気じみたエネルギーはどうしても弱く感じてします。
狙いどころが変わっているのは理解しているものの、前作に魅了された者としては、どうしても物足りなさは感じてしまった。

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2024年3月16日 (土)

「マダム・ウェブ」慈愛の心の覚醒

興行成績も評判もあまりよろしくない本作ですが、個人的には結構楽しめました。
そもそも「マダム・ウェブ」が属するSSU(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース)は今までも何作品も公開されていますが、どれもピンとくるものはあまりなかったので(「モービウス」は最悪だった)、期待度があまり高くなかったというのもありますが。
本作の主人公はある特殊能力に目覚める救命士のキャシー。
彼女はいずれマダム・ウェブと呼ばれるヒーローとなるわけですが、その能力は非常に変わっています。
彼女が身につける能力は未来予知未来予知。
キャシーはいずれ起こる出来事を事前にヴィジョンとして見ることができるようになるのです。
しかし、能力はそれだけで、常人離れしたパワーがあるわけでもなく、壁を這うことできるわけでもなく、銃弾を防ぐような皮膚を持っているわけではありません。
銃で撃たれたり、ナイフで刺されば、血を流して死んでしまうのです。
事実、マダム・ウェブはマーベルヒーローの中では戦闘能力としては最弱とも言われています。
しかし、だからこそ展開が面白い。
戦闘能力は常人並みで、未来予知能力は覚醒したばかりで使いこなすとまではいっていない。
敵となるのはスパイダーマンのような能力を持つエゼキエルという男であり、彼からの執拗な攻撃を避けるにはそれこそ知恵と勇気しかありません。
そして彼女がヴィジョンでエゼキエルに殺されてしまう様子を目撃してしまった三人の少女たちとの絡みも面白い。
ティーンの彼女たちはそれぞれ個性的であり、まとめるだけでも手がかかる上に、キャシーの言うことを全く聞く気がない。
彼女たちの行動がトラブルを引き寄せ、よりピンチに陥ってしまうストーリーはなかなか惹かれるものはありました。
このようにトラブルメーカーたちと一緒に逃避行を続け、かつ攻撃能力がないヒーローであるため、ピンチはなかなかハラハラするところがあります。
これ、面白くないですかね?
キャシーは幼い頃に母親に捨てられたという思いが強く、人と関わりたくないというタイプであったと思います。
しかし、一連の逃避行の中で、母親の本当の思いに気づくことができました。
3人の少女たちもそれぞれ、居場所を失っています。
母親の思いを知ったキャシーは3人の少女たちに対して、母親のような思いを持つようになったのかもしれません。
他人と関わりたくなかったキャシーは、人を強く思う慈愛の心も能力と共に覚醒したのでしょう。
それがラストバトルでの新たな能力(幽体離脱)の覚醒につながったのでしょうか。
マダム・ウェブは未来予知をすることで、より良い選択肢を選ぶことができます。
異なる選択肢を選ぶということは、新たなユニバースを生み出す行為とも言えます。
マルチバース化が進むMCU、SSUにおいて今後重要な役割を背負う可能性もありますね(とはいえ、興行が悪いのでどうなるかはわからないですが)。
最後に、キャシーの同僚の男性がベン・パーカーであることをあとで知りました。
かのスパイダーマンに登場するベンおじさんですね。
MCUのスパイダーマンにおいてはすでにベンおじさんは亡くなっていますが、ベンおじさんとピーター・パーカーの絡みはいずれ見てみたい気もします。
また、キャシーがヴィジョンで予知した3人のスパイダーウーマンたちとスパイダーマンの共演も期待したいです。

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2023年12月28日 (木)

「窓ぎわのトットちゃん」今の時代に公開される意味

ご存知黒柳徹子さんによる小説「窓際のトットちゃん」をアニメーションとして映画化。
原作が発表されたのは1981年で40年以上も昔です。
当時ベストセラーとなりましたが、なぜに今映画化されたのでしょうか。
実はベストセラーにも関わらず、私は原作を読んだことがなく、今回子供が見たいと言ったので、一緒に鑑賞してきました。
本作を見てみて、今という時代に映画化された意味がわかったような気がしました。
舞台となる時代は、日本が太平洋戦争に足を踏み入れようとしているとき。
トットちゃんは自由奔放な性格のため、普通の小学校には馴染めず、トモエ学園という自由な校風な小学校に転校します。
その学校は生徒の個性を重視する方針で、その時代においては非常に最先端の教育をしている学校でした。
そのためか世間的には異端のようにも見られてもいました。
日本は戦争に向かう道にあり個性よりは、愛国的な国民を育てる全体主義的な教育が主流でした。
そのような考え方からすれば、トモエ学園の思想は異端に他かなりません。
そのような校風のなか、トットちゃんは伸び伸びと育ちます。
様々な子供たちがいる中で、トットちゃんも学友それぞれの個性を大事にすることを学んでいきます。
これはまさに今の時代主流となってきている多様性の考え方と言えるでしょう。
戦争直前という時代においていかに先端的な考え方であったか、わかると思います。
それがなぜ今映画化されているのでしょうか。
出版されていた時期(1980年代)は日本が世界的に見ても高度に経済的発展をしていた時期で自信に溢れていた時でした(80年代後半でバブル崩壊し、日本は急速に自信を失います)。
そのためか我も我もという、自己中心的な考え方が強くなっていた時代であったようにも思います。
他人への思いやるという気持ちも薄くなってきていて、そのことに黒柳さんは警鐘を鳴らしたかったのではないかと思います。
伝説的なエピソードとして、黒柳さんが司会をしていた「ザ・ベストテン」で一般人が発した差別的なコメントに対し、生放送中に苦言を呈したという事件がありました。
それは多様性を否定するような発言であり、トモエ学園で学んできた黒柳さんとしては許せない言動であったのでしょう。
そして、今の時代です。
黒柳さんは40年ぶりに「窓ぎわのトットちゃん」の続編を発表しました。
これに関するインタビューで、昨今のアメリカの分断やウクライナの戦争など、他者に対して非寛容な風潮が非常に気になっているというようなことを話されていました。
多様性が言葉としては定着し、その価値観を誰もわかるようになってきた時代ではありますが、人の行動や世界の流れはそれに反対の動きとなっています。
今こそ、もっと等身大に多様性ということを皆がもう一度理解しなくてはいけない時期なのかもしれません。
子供はもちろんですが、大人に対してもそのようなことを考えるきっかけになる作品であると感じました。

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2023年11月19日 (日)

「マーベルズ」素顔のキャプテン・マーベル

アメリカでは興行がイマイチと話題になっています。
理由としてはいわゆる「マーベル疲れ」だったり、キャプテン・マーベル以外の主要キャラクターが配信で登場したキャラクターであって馴染みがないと言われていますが、定かではありません。
そのような状況はあるにせよ、個人的には作品としてはよく仕上がっているかと思います。
私は少なくとも「クアントマニア」よりは楽しめました。
最近のマーベル作品は長尺になる傾向が強いですが、本作は尺そのものが短いということで編集自体も小気味よく、さらにはキャプテン・マーベル、モニカ・ランボー、ミズ・マーベルが能力を使うと入れ替わってしまうというギミックが、作品のテンポをあげています。
入れ替わりは映像的には今までにはないものですし、見ていて面白い(撮影は大変だったと思いますが)。
最近のマーベルはMCU自体が複雑化しているため、ややこしくなり敷居が上がっている傾向がありますが、本作はキャラクターのことをよく知らなくても、このいい意味でのライトな感じでとても見やすいものになっているように思いました。
そしてそのような小気味良さだけではなく、ドラマ的にもキャプテン・マーベルへの掘り下げがあり、興味深く思いました。
キャプテン・マーベルはアベンジャーズの中でも最強と言われ、向かう所敵なし、という存在でした。
しかしそのためかキャラクターとしては、孤高でありとっつきにくい印象もありました。
アベンジャーズのヒーローたちは、トニー・スタークにしても完璧な人間ではなく、その至らなさ自体がキャラクターの魅力となっていました。
キャプテン・マーベルはその至らなさがなく、完璧すぎて隙がない印象がありました。
しかし、本作では彼女のプライベート空間も描かれますし、さらには彼女はずっとしかめ面をしている印象があります。
完璧に見えていた彼女にも、心の中に負目があり、果たせなかった責任に対する後悔があることを我々は知ります。
キャプテン・マーベルは最強であるにも関わらず、地球を離れている期間が長く、なぜ彼女は地球の数々の危機に戻ってこなかったのか、という疑問が今までもありました。
しかし、その理由が本作で明らかになります。
それは彼女が我々が思うほどに完璧ではなく、彼女が自分自身を責めていることがあるということでした。
そしてそれを誰とも共有できず、孤独でいるしかなかったことを。
キャプテン・マーベルが実の姪のように可愛がっていたモニカ・ランボーは彼女の不在を責めます。
彼女自身も自分の不在の中で母親を失い、その悲しみに暮れている時、誰もそばにはいませんでした。
頼りにしたかった、キャロルおばさんも。
しかし、モニカもキャロルおばさんも完璧ではなく、孤独に苦しんてきたことを知ります。
そして、キャプテン・マーベルをヒーローとして崇めてきたミズ・マーベルことカマラも、ただの偶像ではなく生身の人間としてのキャロルを知ります。
彼女らはアクシデントによりチームアップしなくてはいけなくなりますが、それによってそれぞれを悩みを持つ個人として認識し、それを受け入れ本当のチームとなっていきます。
しかめ面をしていたキャプテン・マーベルの表情が次第に柔らかくなっていくのが良いですね。
こんなにチャーミングな女性だったのかと改めて発見があります。
テンポも良くてキャラクターも魅力がある。
最近のマーベル作品の中でも好印象の作品です。
<ここからは未見の方は見ないでください>
さて、話題のおまけ映像についてです。
まず一つ目のケイトの登場。
フェイズ4で新しい若いキャラクターが登場するようになってきて、いずれヤング・アベンジャーズが結成されるのではと噂されていましたが、今回のこの映像で決定的になったかと思います。
登場はしてませんが、アントマンの娘=キャシー・ラングの名前も出ていたので、この三人は組むのでしょうね。
あとはアメリカ・チャベスは入るでしょう。
これだと女子ばっかりで「チャーリーズ・エンジェル」のようですが・・・・
男子は加わらないのかな。
楽しみにしたいと思います。
二つ目ですが、これはちょっと見ていて声を出してしまいました。
モニカ・ランボーは本作のラストで別の世界へ行くことになってしまいます。
そこで登場したのが、「X-MEN」のビーストです。
それも演じたのは「X-MEN:ファイナル ディシジョン」でビーストを演じたケルシー・グラマー。
チャールズという名前をビーストは口にしていましたが、これはもちろんプロフェッサーXのことでしょう。
MCUへのX-MENの合流はどのような形になるかと論議になっていましたが、別のユニバースなんでしょうか。
「マーベルズ」に続くMCUの映画は「デットプール3」で、そちらにはウルヴァリンが登場するのは決定しています。
それともリンクするのでしょうか。
こちらも気になります。

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2023年10月23日 (月)

「ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!」アメリカ人てなんでカメのニンジャが好きなの?

「ミュータント・タートルズ」の映画作品は実写、アニメを合わせると本作で7作目。
原作のコミックは1984年で最初の映画は1990年。
30年弱で7本は結構なハイペースではないかと思います。
本作を端的にいうと、カメがミュータントで忍者でティーンエージャー。
個人的に忍者のカメってどうにもかっこいいと思えないのですが、アメリカ人はグッとくるのでしょうか。
7作全ての作品を見ているわけではありませんが、5本くらいは見ているはず。
どれも正直言って、印象には残っておりません。
金銭に触れんかったのだと思います。
本作はスルーしようかと思っていたのですが、予告を見た時の絵柄のタッチに興味があったので、行ってきました。
昨今3D CGのアニメーションは当たり前となってきていますが、ぬめっとしたCGぽいタッチは見慣れすぎて食傷気味となっています。
しかし「スパイダーマン:スパイダーバース」がそれまでの3DCGアニメーションとは異なるタッチに挑戦し、成功したことにより、さまざまなタッチのアニメーションが作られるようになってきました。
本作もポスターカラーで描いたような手書き風タッチのCGが印象的です。
これがコミックらしさ、ティーンエージャーらしさ、ストリートぽさをうまく表していて、世界観を上手に表現していると思いました。
CGだからできるアングルやカメラワークもふんだんにあり、今だからできる「ミュータント・タートルズ」になっていると思います。
とはいえ、ストーリー時代はそれほど新しさも感じず、そもそもカメのミュータントにあまり思い入れも持てなかったので、映画に感情移入するまでは私自身はあまりできませんでした。
本作を見終わってもアメリカ人がカメのミュータントに思い入れを持つ理由がまだ分かりませんでした・・・。

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2023年10月11日 (水)

「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」深い愛情ゆえの

ケネス・ブラナー監督による「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」に続くポアロシリーズの第3作目です。
前作2作は過去に映画化もされていますし、小説も非常に有名な作品ですが、本作のタイトルを聞いただけでは私は原作が思い出すことができませんでした。
アガサ・クリスティの作品はほとんど読んでいるのですが。
それもそのはずで原作は「ハロウィーン・パーティ」ですが、舞台もイギリスからベネチアに移したりとかなりいじっているようです。
とはいえ「ハロウィーン・パーティ」も読んだはずですが、内容は思い出せません・・・。
<ここから先はネタバレありです>
この作品には通常とは異なる関係を持つ2組の親子が登場します。
それぞれの親子関係が本作で語られる事件の発端となっているのです。
1組目の親子はフェリエ医師とその息子レオポルドです。
フェリエ医師は一見しっかりしている立派な紳士のように見えますが、過去戦争に従軍医師として行った時に負った心の傷により、時に子供のように不安に駆られることもある不安定さを持っている人物です。
そのような父親を持ったためか、または元々聡明なためなのか、息子のレオポルドはまるで彼が父親かのようにフェリエ医師に寄り添い支えています。
彼らのは時に親子関係が逆なのでは、と見えるようなこともあります。
2組目の親子は本作の舞台となる館の女主人であるロウィーナとその娘アリシアです。
アリシアはすでに亡くなっておりますが、彼女の魂を呼ぶ交霊会をロウィーナが企画し、そこにポアロも招かれるのです。
ロウィーナは娘を愛する母親のように見えるのですが、次第にこの母娘の関係が明らかになっていきます。
アリシアは年頃となり愛する男性ができますが、ロウィーナはそれを認めることができません。
娘を愛するあまり彼女と離れることができなくなってしまっていたのです。
その結果、彼女は娘を殺してしまうこととなったのです。
通常いつかは親は子離れをしなくてはいけないのものですが、ロウィーナはそれができませんでした。
彼女は娘の死を自殺とし、それを隠蔽していましたが、それに気づいた何者かから脅迫を受けます。
その何者かを始末するため彼女は交霊会を行い、そこに訪れた脅迫者を片付けようとしたのです。
ロウィーナは脅迫者と思しき人物を殺していきますが、いずれも本当の脅迫者ではありませんでした。
最後に判明するその正体はなんとレオポルドでした。
聡明な彼は真相に気づき、病気に苦しむ父親を救うために脅迫を行い、お金を手に入れていたのです。
レオポルドは子供ですが、父親の状態ゆえに、強制的に大人にならざるを得なかった子供と言えます。
しかし、彼がそうなったのも父親への愛情ゆえです。
その結果、父親が命を落としてしまったのは、彼にとっては悲劇であったでしょう。
本作で描かれる事件は、このように2組の親子の深い愛情ゆえに引き起こされたものでした。
アガサ・クリスティのミステリーでは、深い愛情ゆえに引き起こされる悲劇がいくつもあります。
その点において、本作も彼女らしさをうまく表現しながらオリジナル作品として仕上げていると感じました。

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2023年9月16日 (土)

「MEG ザ・モンスターズ2」「ジュラシック・ワールド」の海洋版?

前作はよくあるサメのトンデモ映画かと思いきや、意外としっかり作ってありました。
そのためかスマッシュヒットとなり、この度続編の公開となりました。
前作は巨大ザメメガロドン対人間というシンプルな構図で、到底敵わない相手に人間が知恵と勇気を振り絞って戦うという物語でした。
意思疎通ができず、どうやっても倒せそうもない敵と戦うという点では、「エイリアン」や「プレデター」と同じで、盛り上がる構造を持っている作品でした。
この構造の物語は相手が謎めいているところが、よりサスペンスフルに感じさせるところなのですが、続編では正体バレしているわけなので、同じような構造で勝負はできません。
ですから「エイリアン」も「プレデター」も2作目は違ったアプローチをしているわけですが、本作にも同じことは言えます。
本作で主人公の敵となるのは、メガロドンではなく、人間です。
メガロドンたちが暮らすエリアに埋蔵されているレアアースを狙う人間たちです。
そのためメガロドンたちは本作では脇に追いやられている印象を受けました。
当然、サメ対人間の対決の場面はいくつかあるのですが、サスペンスを盛り上げる小道具のような扱いをされているように感じました。
そのためか前作に比べメガロドンが怖くない。
アクションシーンはかなり多く、見せ場もたくさんあるのですが、サメ映画らしい恐怖感はあまり感じませんでした。
アクションシーンも次から次へと盛り込まれていて飽きることはありませんが、恐怖感がないからか、あまたあるアクション映画のなかに埋もれてしまうような凡庸な感じになってしまった印象は否めません。
「ジュラシック・ワールド」の海洋版といったような。
前作は一人の男とサメの極限の中の決闘という趣があり、それが緊迫感を生んでいたような感じがしますが、本作はそのような緊張はありません。
なかなかこのような作品の2作目は難しいと、改めて思った次第です。

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2023年9月 2日 (土)

「マイ・エレメント」豊かな感情を表現できる豊かなCG

ピクサーは今までもキャラクターとしてユニークなものを取り上げてきました。
虫や魚や動物だけでなく、おもちゃや車、そして心の中にある感情まで。
本作でキャラクターとして取り上げたのはなんと元素。
これは化学的な元素ではなく、いわゆる四大元素である、火・水・気・土のことです。
この物語ではこの4つの元素がそれぞれ種族となり、一つの大きな街エレメントシティで暮らしています。
まず、本作の見どころはその映像のクオリティです。
最近はどのスタジオの3Dアニメを見てもかなりのクオリティを持っていますが、ピクサーの作品は今でもやはり抜けているように思います。
主人公のエンバーは火の種族の女の子。
意志が強く、頑固で勝ち気、けど年頃の娘らしく将来に色々と悩みを持っています。
ですので、感情の浮き沈みもあるのですが、それをCGは巧みに表現します。
エンバーのキャラクターデザインは炎をモチーフとしているのですが、炎の持つ激しさ、そして暖かさを手書きのテイストも感じるようなCGで表現しています。
彼女の感情の変化で顔の炎の色も変化し、彼女の感情を巧みに表現しています。
ピクサーのCGは技術を見せつけるものではなく、あくまでキャラクターの感情をどのくらい上手に表現できるのかということを常に考えて、技術を開発しているように思えます。
エレメントたちが暮らすエレメントシティはそれぞれの種族の特徴が生かされた街でとてもユニークです。
仔細にまで作り込まれたこの街のCGもなかなかに見事でただ背景にしておくには惜しいほど。
もっとじっくり見たいとも思わせるほどです。
本作の見どころは映像表現だけではありません。
やはりキャラクターも深く描かれていて、そこに引き込まれます。
エンバーたち火の種族は、一番最後にエレメントシティにやってきました。
いわばエレメントシティではマイノリティです。
エンバーはこの街で生まれた二世になるわけですね。
彼女は一世の父親の期待を背負い、この街で暮らす種族の憩いの場である店を継ぐことが自分の望みだと思ってきました。
しかし、彼女は火の種族の一人でもありますが、エレメントシティの子供でもあるのです。
二つの文化の狭間で自分のアイデンティティに悩むのは、多くの移民二世が経験することだと思います。
実際、本作の監督は韓国移民二世のアメリカ人ということで、やはりエンバーのような気持ちを経験したそうです。
そして、そこにも関わりますが、もう一つ描かれているのが異なる文化を越えての恋愛です。
本作ではエンバーが、一番最初にエレメントシティを作った水の種族の男の子ウェイドと出会い恋に落ちます。
しかし、火と水ですから、触れ合えばお互いがお互いを消し去ってしまうかもしれません。
またエンバーの父親はマイノリティとしての文化を大切にしており、他の種族と交わることを良しとしていません。
エンバーは文化的ギャップ、そして物理的なギャップ、そして自分の将来に関する相反する思いで心が乱れます。
しかし、ウェイドはおおらかに彼女の全てを受け止めます。
水らしい包容力で、彼はエンバーを優しく包み込み、守ります。
そして奇跡が起こります。
本作ではエレメントという奇抜なモチーフを使っていますが、そこで描かれている物語は多くの人が経験する共感できる気持ちです。
これがピクサーのオリジナリティだと思います。
一見、とっつきにくいからか、公開当初は興行成績振るわないという話がありましたが、徐々に口コミで評判が広がり観客動員は増えている様子です。
いい作品はちゃんと評価が上がりますね!

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2023年8月16日 (水)

「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」全てが明らかになるのは後編

「ミッション・インポッシブル」シリーズの第7作目ですが、トム・クルーズ出演作の中でも最大の制作費をかけて作られたそう。
それだけにボリュームもかなり大きく、本作は前編となっていますが、それでも2時間40分程度の長尺となっています。
「ミッション・インポッシブル」はスパイ映画ですので、敵との騙し騙されの諜報戦と非常に肉体的なアクションが見せどころのシリーズとなっています。
ですのでイーサンが相手の裏をかいていく知恵比べも見せ場の一つとなっていますが、本作の敵は時代を反映したAI。
相手を分析し、どのような行動を取るのかを予想し、様々な手をくり出し、またあらゆるネットワークに入り込み、欺瞞情報を流して、混乱をさせます。
人間であればイーサンは敵なしといったところもありますが、AI相手だと勝手が違います。
流石のイーサンも後手後手になり、その結果大切な人を失うという悲劇も経験します。
アクション的にも前半のローマでのカーチェイス、そして後半のオリエント急行でのシークエンスはこのシリーズらしく手に汗握るシーンの連続で見応えがあります。
シリーズの良さを正当に発展させた手堅い最新作という印象ですが、個人的には前半はややつかみどころがなくやや乗りにくい印象がありました。
特に新しい登場人物である、グレース、そしてガブリエルの行動原理が見えにくかったからです。
彼らは二人ともこの物語では重要な立ち位置となりますが、なぜこのように行動するか、彼らの真意が見えにくかったため、やや登場人物同士の関係性が掴みにくかったのですよね。
グレースはただ巻き込まれているだけなのか。
ガブリエルは過去にイーサンと因縁があり、今はAIと共同して暗躍しているようですが、彼がなぜそのように行動しているのかがわからない。
これは後編で明らかになるのかもしれませんが、ややもやっとしたところがあった印象です。
そのため数いる登場人物の関係性が把握するのに時間がかかり、やや前半乗り始めるのに時間がかかりました。
それ以外はスパイアクション映画として完成度は高く、長尺を忘れて最後まで一気に見ることができる作品となっており、全てが明らかになるであろう後編なのでしょうね。
この先の見えなさは主人公イーサンも同じであり、見る側に同じような不安感を抱かせるのは、狙いかもしれないと思ったりもしました。

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