2022年11月13日 (日)

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」新たなブラックパンサーは2度覚醒する

チャドウィック・ボーズマンの死去を経て、新たなブラックパンサーの物語を始まります。
彼の死後、マーベルは早いタイミングで彼に代役を立てたり、CGで復活させたりという方法は取らないと決めました。
タイトルのヒーローが不在という状況の中で、物語を作るのは非常に難しいというのは想像に難くないですが、制作者たちは見事に感動的なストーリーを紡ぎ出しました。
劇中でもティ・チャラは病気により逝去したという設定になっています。
気高き国王という絶対的な指針を失ったワカンダは悲嘆に暮れ、進むべき道を見いだせません。
特にティ・チャラの妹であるシュリは、彼を救えなかったこと悔やみ、もがき苦しみます。
国王であり、英雄であったティ・チャラを失ったワカンダのヴィブラニウムを狙い、各国は干渉を始めます。
そして新たにヴィブラニウムが発見され、そのことにより海の王国タロカンの存在が浮かび上がってきます。
その王国の王がネイモア。
タロカンの由来も本作で語られますが、攻撃的で自国の利益ばかりを追い求める先進国に関わらないように存在自体を隠してきたという点で、ワカンダと通じるところがあります。
事実、シュリはタロカンを訪れ、ネイモアとも語り、互いに合い通ずるところがあることを確認しています。
しかし、不幸な出来事が重なり、両国は全面的に戦う事態となってしまいます。
<ネタバレあり>
本作ではブラックパンサーを誰が継ぎ、ティ・チャラの意思を継承するかということが最も注目するポイントとなります。
事前予想通りシュリがその座を継承するのですが、彼女が真に兄の思いを継ぐために、自分の中の喪失感、絶望、怒りに整理をつけ、新たなブラックパンサーとして覚醒するかが丁寧に描かれます。
そもそもシュリは現代的な考え方の持ち主で、伝統的なマジカルさよりも、テクノロジーに重きを置いています。
彼女は偉大な兄という存在の傘の下で、自由に生きてこられたともいえ、彼女自身もそういった自覚はあったのではないでしょうか。
彼女はいきなり放り出されてしまった子供のように不安になっていたのかもしれません。
そして兄に加えて、母もネイモアに殺されたことにより、その不条理に対しての怒りが彼女を支配します。
ネイモアはたった一人でワカンダの首都を壊滅させるほどの力の持ち主であるため、彼女は力を求めてブラックパンサーになります。
ワカンダ人がブラックパンサーになるときハート型のハーブを煎じたものを飲みますが、その時先祖の霊と対話し、彼らの意思を継承します。
シュリもその導きを得ますが、その相手がなんとキルモンガーであったのは驚きました。
彼は殺された父の復讐をするために、王座を簒奪し、ブラックパンサーになった男です。
登場した時は驚きましたが、この時点でシュリが対する相手としてはキルモンガーが最も相応しい。
非常によく考えられていると思いました。
シュリは復讐心に囚われてブラックパンサーとなった。
まさにキルモンガーと一緒です。
彼女はネイモアのタロカンに戦いを挑みますが、それはかつてのキルモンガーを彷彿とさせます。
この時点で私は「ブラックパンサー」という物語が、暗黒の方向に進むのではないかと不安になりました。
復讐が成し遂げられても、シュリは救われるのか。
そのような女王に率いられるワカンダはどうなってしまうのか。
ネイモアとの最終対決の際、シュリは瀕死の重傷を負います。
その時、彼女は亡き母の霊と対面します。
そして気高き兄の意志も感じます。
ブラックパンサーの儀式の時、人は一度死に、先祖の魂と触れ、そして復活します。
生まれ変わると言ってもいいでしょう。
シュリは最初にハーブを飲んだ時にキルモンガーと触れ、復讐者として覚醒し、さらにネイモアとの対決で重傷を負った時も死地に踏み込んだのかもしれません。
そこで母の魂と触れ、再び本当のブラックパンサーとして覚醒したのでしょう。
シュリは兄と母の死を、自分の中で整理し、昇華し、真の王として、英雄として生まれ変わりました。
主人公の死という想像以上の出来事を経験しつつも、それを昇華させ素晴らしい物語を紡ぎ出したスタッフに敬意を表したいです。

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2022年11月 6日 (日)

「犯罪都市 THE ROUNDUP」マ先輩!

マ・ドンソクを初めて知ったのはマーベルの「エターナルズ」にて。
その時は「誰?」という感じでしたが、巨体で厳つい見た目とは異なる優しさとチャーミングさに溢れるキャラクターが、マーベルの中ではかなりドライな作風の中でも癒し的な存在となっていました。
ということで気になっていた俳優であるマ・ドンソク主演のアクション映画を見てきました。
最近韓国映画を見ることがなかったので知らなかったのですが、本作はシリーズの2作めだったのですね。
本作見て気づいたのは冒頭の「エターナルズ」でマ・ドンソクが演じたギルガメッシュのキャラクターは、彼自身のイメージを強く反映したものであったということ。
「犯罪都市」で彼が演じるマ刑事も、腕っぷしは強いが、チャーミングであるという点は同じで、彼のパブリックイメージそのままでした。
しかし、マ刑事は強い。
刃物を振り回す相手に対して、一撃必殺のパンチで勝負。
このパンチが見るからに重そう。
普通だったら不利なはずなのに、全く負ける気がしない。
アクション映画でここまで負ける気がしないのは、全盛期のシュワルツェネッガーくらいではないかな。
映画の中で起こる事件は凄惨そのもので血生臭いのは最近のアジアのアクション映画の潮流と同じ。
私自身はここまで血生臭いのは苦手ではあるけれど、マ・ドンソクのキャラクターがいい具合にバランスを取っているように感じました。
彼が出演している、他の映画も見てみようかな?

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2022年10月16日 (日)

「バッドガイズ」レッテル破り

「プリキュア」の映画を娘と見に行った時に予告がかかっていて、彼女が行きたいと言ったので一緒に鑑賞。
ドリームワークスのアニメーションはあまり見たことがなかったのですが、同じ3Dアニメーションでもピクサーとはまたちょっと違う質感・タッチで新鮮でした。
ピクサーはキャラクターはデフォルメされていますが、質感は割とリアル志向ですが、本作は質感は3Dアニメとセルアニメの中間くらいな感じです。
最近は3Dで描きながら、表現は2D的にする作品もありますが、それともちょっと違います。
2.5Dくらいという感じかな。
主人公ミスター・ウルフとその仲間ミスター・スネーク、ミス・タランチュラ、ミスター・シャーク、ミスター・ピラニアは銀行強盗。
冒頭から銀行強盗シーンがありますが、その軽妙なテイストは見たことがあるなという印象でした。
そう、私の世代的には「ルパン三世」です。
本作を企画している際に、日本やフランスのアニメを研究したそうで、宮崎駿監督の作品も参考にしたそう。
「ルパン三世」も参考にしたかもしれませんね。
そういえばカーチェイスシーンはルパンっぽいノリは感じられました。
冒頭に書いたトーンもアメリカのゴリゴリの3Dではなく、柔らかいタッチを感じましたが、日本やフランスのアニメの影響かもしれません。
さて、ストーリーですが、主人公たちは、狼・蛇・蜘蛛・鮫、そしてピラニアです。
予告を見ていた時に、なんでこんな動物たちが主人公なのかな?と思ったのですが、見初めて理解できました。
この5種類の動物たちは一般的に嫌われている動物なんですね。
冒頭の銀行強盗シーンでも、彼らは正体を明らかにして盗みますが、人々は彼らの姿を見て、恐るばかりで抵抗しません。
彼らは見た目で人々から恐れられ、結局普通に生きることはできず、バッドガイズとしてしか生きられなかったんです。
まさにこれは現代的なテーマでレッテル貼りですね。
いくらその本人の本質が異なっていても、人々は見た目や所属でその人のことを判断しがちです。
そこからその本人も脱することはしにくい。
そのレッテルに縛られてしまう。
本作はウルフたちが、自分たちに貼られたレッテルから自らを解き放ち、自分らしく生きていこうとする物語です。
まさにレッテル破りです。
ウルフの声を担当していたのは尾上松也さん。
普通の演技は上手いのは知っていましたが、声の演技もなかなか。
声優を本業にしてもいいんじゃないかと思えるくらいの上手さで驚きました。

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2022年10月10日 (月)

「映画 デリシャスパーティ♡プリキュア 夢みる♡お子さまランチ!」大人は穢れか、憧れか

6歳になる娘が大好きな「プリキュア」。
現在放映中の「デリシャスパーティ♡プリキュア」の劇場版に、もちろん娘と一緒に行ってきました。
どのくらい娘が好きかというと、七夕の短冊に将来の夢で「ぷりきゅあになりたい」と書くくらいです。
突然ですが、本作はコメコメが主役と言ってもいい。
コメコメとは主人公の和実ゆい=キュアプレシャスのペア妖精です。
「プリキュア」シリーズはお約束として、プリキュアたちをサポートする妖精が登場するのですが、コメコメもそのような立ち位置になります。
大体の作品においてこの妖精はプリキュアをサポートする立場というか、ガイド役のような存在となります(前作のくるるんは何もしなかったです・・・)。
本作でのガイド役はレギュラーで登場しているローズマリーが担っているので、デパプリの妖精たち、特にコメコメはちょっと立ち位置が違うように感じています。
コメコメだけ人間への変身能力を持っていて、当初は赤ちゃん、そして幼児、本作では少女になっています。
コメコメはキュアプレシャスに憧れており、彼女のようになりたいと願っています。
これはこの映画の主題になります。
まさにコメコメの立ち位置は、私の娘のように「プリキュアになりたい」と思っている子供たちそのものなんですよね。
映画独自キャラクターとしてケットシーという登場人物がいます。
ネタバレにはなりますが、彼は幼い頃から天才であり、大人たちに利用されて研究を続けてきました。
彼は大人たちから逃げ出してきた時に、幼い頃の和実ゆいに出会っています。
彼はその後も大人に利用され続け、やがて大人を憎むようになります。
代わりに(幼いゆいに会ったこともあってか)子供の純真さを絶対視するようになります。
そんな彼が子供たちのために作ったのが、ドリーミアというテーマパークで、ここには大人は入ることができません。
子供たちだけのテーマパークなのです。
コメコメはキュアプレシャスに憧れ、彼女の役に立ちたいと思いますが、幼いからか思うようにいきません。
コメコメは早く大人になりたいと願う少女なのです。
そんなコメコメにケットシーは「そのままでいい」と言いますが、それは彼の過去の経験からくる大人への不信が言わせています。
彼に対する大人の扱いは虐待と言ってもいいでしょう。
彼にとって大人は穢れた存在なのでしょう。
それに対し、コメコメにとっては大人は憧れの存在。
大人と言ってもゆいは中学生なのですが、少女にとっては憧れの大人に見えますよね(本作はプリキュアの年齢設定を非常にうまく使っていると思います)。
ゆいはおばあちゃんに「ご飯は笑顔」と言われ、食べること=生きることを大切に素直に育ってきました。
そんな彼女に憧れるコメコメもとても素直な子です。
大人を穢れと見るか、憧れと見るか。
正反対なケットシーの育てられ方、ゆいの育てられ方を見るにつけ、子供たちの周りの大人たちの日頃の接し方が重要であると思いました。
子供たちが少なくとも、こんな大人になりたいという希望を持てるような接し方をしたいと思います。

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2022年10月 2日 (日)

「ヘルドックス」魅力的なキャラクターたち

原田眞人監督と岡田准一さんが「関ヶ原」「燃えよ剣」に引き続いての3回目のタッグとなる作品です。
お二人は相性がいいのですね。
それまでの2作と異なって本作は現代劇で、かなりバイオレンス色の強い作品となっています。
岡田准一さんはこのところストイックな役が多いですが、本作はその極みのような感じもします。
彼の役所は暴力団組織に潜入する元警察官、兼高。
必要とあらば躊躇なく人を殺すこともできる男です。
岡田さんは終始笑うことなく、ワイルドにこの役を演じていました。
もちろん岡田さんですので、アクションシーンも見せ所が多いです。
「ザ・ファブル」などとは異なり、人を殺すアクションですので、今まで以上に殺気を感じます。
兼高とコンビを組むのが、サイコボーイとあだ名される室岡です。
彼を演じるのは坂口健太郎さん。
坂口さんは今まで割といい青年役が多かった気がしますが、本作は今までにないアブナイ雰囲気を発しています。
優しげな顔つきだけに、キレた時の室岡の異常さが際立って見えました。
坂口さんにとって新境地となったと思います。
本作は主人公コンビである兼高、室岡の物語ですが、もう一人存在感のある人物がいました。
兼高が潜入した暴力団のトップ、十朱です。
彼を演じたのはMIYAVIさん。
私は全く知らない方なのですが、有名なギタリストなのですね。
劇中でハイキックを放つ場面があるのですが、非常にキレが良く、アクション畑の方かと思ってしまいました。
十朱というキャラクターも非常に興味深く、個人的には最も気になる人物でした。
<ここからネタバレあり>
彼は旧態然とした暴力団のトップではなく、ビジネスとして組織を運営し、世界的に影響力を拡大してきました。
見た目もスタイリッシュであり、組長というよりはホストクラブのオーナーといった風情です。
そのようでありながら、彼は組織のメンバーに対しては義理堅く、ファミリーとして扱っています。
まさに「親」ですね。
しかし最終盤に明らかになりますが、彼はかつて警察のアンダーカバーとして組織に潜入した人物でありました。
兼高の前任というわけです。
しかし、彼は警察から組織に鞍替えをしました。
ただ彼は金や権力のためにそうしたわけではありません。
兼高に指令を送る公安幹部の発言からも伝わってきますが、警察組織の方が非常で、潜入捜査している彼を人間とも思わないような扱いをします。
十朱はそのような警察よりも、組織の方が情があり、自分の本音で人間として生きていけるように感じたのでしょう。
組織のメンバーたちとも信頼関係で結ばれ、自分の居場所と感じたのかもしれません。
だからこそ彼は兼高にも同じように期待したのでしょう。
兼高と十朱は裏表であったのかもしれません。
兼高もアウトローで警察に駒のように使われているわけですから、十朱のように感じるようになってもおかしくはありません。
ただ組織の中でもちょっと浮いた存在である室岡とコンビを組み、彼との関係性が彼の中では組織との関係よりは濃いものになっていたのではないかと思います。
だから最後に室岡と対決した時に「お前がいたからこそやり遂げられた」と言ったのではないかと思いました。

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2022年9月22日 (木)

「ブレット・トレイン」 言うことなし!

最高です!
ポップな映像(怪しげな日本含め)、クセの強いキャラクターたち、キレキレのアクション、どれをとっても満足のいくレベルでした。
原作は伊坂幸太郎さんの「マリアビートル」。
日本の漫画をハリウッドで映画化することは時折ありますが、小説は珍しいですよね。
最高の一言で済ますのも乱暴なので、いくつか気に入った点を書きたいと思います。
日本を舞台にしたハリウッド映画の大概は「トンデモ日本」になっていることが多々ありますが、本作もそのような感じです。
「違うでしょー」とツッコミを入れるのも楽しいですし、アメリカ人の日本てこういうイメージなのね、と考えるのもよし。
日本ていうとネオンのイメージが強いのですかね。
あれだけビカビカ光ってるのは、実際は歌舞伎町か秋葉原くらいかと思ったりもするのですが、外国人にとって印象が強い街なのでしょうね。
これがリアルな日本の街だとこの作品のぶっとんだ感じが出ないようにも思えるので、このような表現ももしかしたら計算づくかもしれません。
ある種のファンタジーの中の日本と言いましょうか。
監督はデヴィット・リーチで「ジョン・ウィック」なども手がけた監督です。
「ジョン・ウィック」も光と闇をうまく使ったスタイリッシュな映像でしたので、映像のトーンの表現が上手な監督な印象を持っています。
リーチ監督の話が出たので、その話を。
元々はスタントマンだったそうで、本作主演のブラット・ピットのボディダブルも務めていたとか。
ですのでアクション表現に関しては非常に凝っていて独特のセンスが光ります。
アングルなども意外なところも狙ってきますので面白いですし、シリアスなアクションでありながらも、意表をついたトリッキーなこともしてくるので、見ていて飽きません。
アクションをどういうふうに見せるかということを熟知しているのだと思います。
キャラクターに関しても見事でしたね。
ブラット・ピットが演じる主人公レディバグ(てんとう虫の意)は典型的な巻き込まれキャラ。
いつもブラットが演じる役とはちょっと違っていますが、新たな境地でもいい味を出していました。
彼に鞄を奪われてしまった兄弟の殺し屋もいい味を出していました。
二人の掛け合いも楽しめましたし、ただのおバカ兄弟かと思っていたら、最後はホロリとさせてくれたり。
真田広之さんはさすがの存在感で、刀を使ったアクションはまさに切れ味が良かったです。
本作にはサンドラ・ブロックとチャニング・テイタムがちらりと出演していますが、これは先に公開された「ザ・ロストシティ」にブラット・ピットが客演したので、その代わりに出演したそうです。
サンドラに関しては事前に聞いていましたが、チャニング・テイタムも出ていたのは驚きました。

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2022年9月 4日 (日)

「バイオレンスアクション」日常と非日常のギャップ

殺し屋というのは普通に生活していると縁がない職業な訳で、だからこそフィクションで描く職業(?)としては魅力的です。
非日常が日常と接着した時のそのギャップから物語を作ることができます。
岡田准一さん「ザ・ファブル」などはその好例で、日常とは無縁に生きてきた殺し屋が、普通の生活を送るというところにドラマが生まれます。
本作の主人公は腕利きの女殺し屋ケイ。
しかし彼女は簿記の専門学校に通い、資格を取ることを夢に持っています。
「ザ・ファブル」と同様のギャップが設定されています。
なので、面白いドラマが生まれるかと思ったのですが、そうでもない。
どうしてかよくわからなかったのですが、非日常と日常が化学反応を起こせなかった感じがしました。
「ザ・ファブル」の場合は非日常であるのは主人公アキラだけで、それ以外の登場人物や状況はリアリティがあるように描かれています。
だからこそギャップが生じ、ドラマが生まれます。
本作はケイ自身はギャップがあるものの、それ以外の設定(殺しの請負がラーメン屋、ヅラの運転手、ハイテンションなヤクザの親分など)が極めてフィクション的であって、つまりは非日常的であるため、ギャップが感じられない。
どちらかというとフィクションの世界観の中でおかしな連中が出てきてワイワイやっている福田雄一監督的な感じを受けました。
福田雄一監督の作品は苦手なのですが、あそこまで振り切れてもいないという中途半端な印象です。
タイトルにアクションとあるので、その辺りも期待してしまったのですが、厳しいものがあります。
オープニングの半グレ集団とのバトルはそこそこ迫力はありましたが、早いカット割と吹き替えでなんとかスピード感のあるアクションにしようとしている感じです。
アクション映画的にも物足りなさを感じました。
最後に、偶然にも「ザ・ファブル」と本作には佐藤二郎さんが出演していますが、この役者さんは使い所が難しいなと思いました。
クセがある役者さんなので、使い所を間違えると一気にドラマが嘘くさくなってしまいます。
福田雄一さん作品などはそういうところがマッチしていて、多用されているのはわかります。
「ザ・ファブル」はクセは出していますが、つまらない親父ギャグを飛ばす中年男という役割を演じているので、リアリティなのですね。
本作のヤクザの親分はリアリティなのかフィクションなのかがどっちつかずな感じがしていて、それが作品の中途半端さと共通した印象を感じます。
そう考えてみると、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、非常に上手に佐藤二郎さんを使っているなと思います。

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2022年7月27日 (水)

「バズ・ライトイヤー」 思っていたよりSF

アンディ少年のお気に入りのおもちゃである、バズ・ライトイヤーのフィギュア。
そのアンディが大好きだったバズの映画がこれ、「バズ・ライトイヤー」です。
・・・むっちゃ、SFじゃないの!
アンディって、小さいくせにかなりのSF好きなのね・・・。
「トイ・ストーリー」のイメージで本作を見にいくと、テイストの違いに戸惑うかもしれません。
古典的ではありますが、本作は「ウラシマ効果」を扱ったSF映画になりますので。
ウラシマ効果とはなんでしょうか。
光速に近いスピードが出せるロケットに乗っている人と、出発した場所の人では時間の進み方が異なり、ロケットに乗っている人の方の時間の進み方が遅くなるので、何年か後に出発地に帰ってくると、出発地では何十年も時間が過ぎていたというような話で説明されます。
これは相対性理論から導き出されます。
これは実際にも観測されていて高速で地球の周りを回っている国際宇宙ステーションの時計は地上と比べるとほんのちょっと遅れるということです。
本作にウラシマ効果が取り入れられたのは「ライトイヤー」という名前からでしょうね。
ライトイヤーは宇宙探査中、ある星で自分のミスで宇宙船を傷つけてしまい、そのため乗組員は故郷に帰れなくなってしまいます。
彼はその責任を感じ、光速に近いスピードで飛ぶことにより得られる特殊な物質(船のエネルギーになる)を得るため、フライトを重ねます。
しかし、先ほど書いたウラシマ効果により、彼以外の人々は彼が帰還するために歳をとり、そして亡くなってしまいます。
それでも彼は飛びます。
彼が負った責任を果たすために。
しかし、人々は次第に彼らが不時着した星を新たな故郷として、生活をし、定着し始めていました。
年月以外にもライトイヤーと他の人々の間では価値観にギャップができてきたのです。
そんな彼らのところに謎のエイリアン、ザークが現れたのです。
<ここからネタバレあり>
ザークこそ、未来のライトイヤーでした。
彼は自らの失敗をないことにし、乗組員を故郷の星に戻れるようにするために、時間を遡ってきたのでした。
彼もまた責任感で行動してきたのだと言えます。
しかし、乗組員の子孫たちは新しい故郷を見出しており、かつての星へ執着はしていません。
責任感という自らのエゴのため、今を生きている人々の幸せを犠牲にできるのか。
ライトイヤーは未来の自分と対決します。
むっちゃS Fですよね。
「トイ・ストーリー」のノリで観にきた方は面食らうに違いありません。
個人的には嫌いなストーリーではなかったのですが、「トイ・ストーリー」的なおもちゃっぽいデザインはちょっと合わないような気もしました。
この辺りのしっくりいかない感じが評価の低さにつながっているのかもしれません。

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2022年7月11日 (月)

「鋼の錬金術師 完結編 最後の錬成」 情報量が多く、忙しい

「鋼の錬金術師」実写版の最終作「最後の錬成」です。
一作目、そして完結編の全編「復讐者スカー」までは私は世間よりは高めの評価をしていましたが、今回に関しては低くなるかと思います。
壮大な物語を収斂させなくてはいけないということはわかるものの、あまりに登場人物が多いため、それぞれの掘り下げも出来なかったように思いました。
エドの師匠であるイズミも本作冒頭で登場しますが(原作ではもっと早めのタイミングで登場していたはず)、人柱の人数合わせ的なようにも思えました。
彼女自身もエドに匹敵するほどの過酷な過去がありますが、割とあっさりだったのは残念なところです。
事前の情報で再現度が高いと評判であった栗山千明さん演じるアームストロング少将も少々もったいない。
全体的にかなり急いで原作の後半をこの作品だけで描こうとしたように感じられ、魅力的なキャラクターが中途半端な描写で終わってしまった印象が強いです。
ただ再現度の高さだけでキャラクターが語られてしまいそうで残念な感じがしたのです。
リンも勿体なかった。
完結編の前編はスカーのエピソードにかなりフォーカスしていたのでキャラクターも掘り下げられていて、見やすかったですし、感情移入もしやすかったですが、それに対して後編は非常に情報量も多く、ジェットコースター的なストーリーに振り回されている印象がありました。
前編、後編の情報のボリュームのバランスが悪かったように思います。
ほんとは完結編3部作ぐらいにしていた方が良かったのではないかと思いました。

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2022年6月12日 (日)

「ハケンアニメ!」それぞれのリーダーシップ

映画やアニメの制作は集団芸術です。
その制作のトップにあるのはディレクター(監督)になりますが、集団芸術ゆえの困難さがあります。
学生の頃、映画サークルにいた時、一、二度短編映画の監督をやってみたことがありますが、正直自分には向かないなと思いました。
映画作品を作り上げるにはとても強いリーダーシップが必要であることに気づきました。
加えて自分の中にイメージする力があり、そしてそれをスタッフに伝える力が必要です。
自分に対して自信がないと、多くの人を動かすことはできません。
強いリーダーシップには、時には強引さも必要ですが、また相手に対するリスペクトも必要です。
独りよがりでは誰もついてこなくなりますし、自信がなければそれもまた誰もついてきません。
必要なのは思いの強さです。
本作では同じ時間帯に放映されるアニメを作る二人の監督がそれぞれ描かれますが、性格が全く異なります。
一人は天才と呼ばれる王子監督。
誰にも認められる才能があり、その才能を信じてチームが集まってきています。
チームのメンバーは彼を信じ苦しくても苦しくても付いていこうとしますが、その分、出来上がりに関しての責任は彼が背負わなければなりません。
これは集団芸術と言いながらも、非常に孤独であり、大きなプレッシャーに潰されそうになるかと思います。
私も仕事でCM制作に関わっていますが、大勢のスタッフがいる中で異なることを言うのは非常に勇気があります。
考えに考え抜いて発言しますが、そのプレッシャーたるや・・・。
王子監督は強いリーダーシップがあるようには思えませんが、彼を信じサポートして彼の代わりにチームをまとめ上げるプロデューサーがいました。
彼女無くして王子監督は作品を作り上げることはできなかったでしょう。
王子監督に対抗する新人は佐藤監督です。
彼女の場合はスタッフに信用される実績はまだなく、まずスタッフに彼女のやりたいことを理解してもらう必要があります。
彼女はなぜスタッフが自分が思うとおりにやってくれないか悩みますが、それも道理です。
まず彼女に必要なのはスタッフへのリスペクトです。
しかし、スタッフの言うことばかり聞いていると、次第にそもそもやりたかったことのイメージから乖離していってしまいます。
その上で、彼女のやりたいことを丁寧に伝えて、共通のビジョンをチームで共有していく。
それが必要です。
王子監督にしても、佐藤監督にしてもやり方は違えどそれぞれのリーダーシップを発揮しています。
そしてリーダーシップには自分の思いの強さが必要です。
思いがないと挫けてしまう。
それを改めて確認させてもらいました。
「サウンドバック」は面白そうな作品だと思いました。
ちょっと見てみたいですねー。

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