2025年7月13日 (日)

「フロントライン」見えない敵

コロナという当時正体不明の感染症が中国から広がり始めていた2020年初頭、その後世界中がこの病気で大混乱に陥ることを想像していた人はとても少なかったと思います。
今でこそこの病気は研究され、様々な対策がとられてるようになり、一般的なインフルエンザのような感じに落ち着いてきていますが、当時はこの病気に対して「得体が知れない」ゆえに恐怖心ばかりが先行していたような気がします。
私も2020年後半に感染し、その後ホテル隔離、そして病院に搬送された経験があります。
意識はありましたが、高熱や咳などはあり、体中が筋肉痛のように痛いという症状でした。
入院して1週間程度は酸素吸入をしていました。
完全隔離の病室で入院は1ヶ月弱にも及びました。
退院する時に先生と面談すると、入院当初は肺のレントゲンを取ると真っ白でひどい肺炎だったということです。
まだそのころは有効な薬も見つかっておらず、対処療法で患者を支えて回復を待つというところだったと思いますし、対応していただいた医師や看護士の方は、自分も感染するかもしれないというなか、しっかりとした対応をしていただいたと思っています。
本作で描かれるダイヤモンドプリンセスでの出来事は、コロナが発生した当初のお話です。
まだ日本国内に本格的に感染が広がり始める前であったと記憶しています。
この時期、コロナに関しては何も分かっていないのも同然でした。
しかし医師や看護士の目の前でどんどん感染者は広がっていく。
わからないから何もしないというわけにはいかない。
その時、その時でできることをやっていくしかない。
何が完璧な対応であるかなんかわかるわけがない。
その中で考えられる中での最良てを打っていくしかない。
正体がわからない敵(コロナ)に対しての戦いは、非常に困難で苦しいものであったと思います。
もう一つ彼らが戦っていた正体がわからない敵がいました。
世間の無理解という敵です。
当時は医師たちだけでなく、世間全般としてコロナに対して何も分かっていませんでした。
まだ本格的に日本に入ってくる前でしたので、対岸の火事的なものの見方もあったでしょう。
わからないものであるがゆえ、ネットでは正しい話も正しくない話も一緒くたに語られていました。
人はわからないものは忌避します。
触れたくないと思います。
人を救うために最前線(フロントライン)で働いている彼らもその忌避の対象となりました。
精神的には彼らにとってこちらの敵の方がきつかったのではないかと思います。
そのような困難さの中でも彼らはその最前線から逃げなかった。 自分の業務に対しての倫理観、そもそも人を救う仕事に就こうとした志に対して正直であったのでしょう。
志を同じくする人々が、それぞれが戦い、そして連携して巨大な敵と戦っていく姿に感動いたしました。
DMATのリーダーであり厚労省との窓口であった結城、彼の右腕であり最前線で指揮を取る仙道のやりとりなども心揺さぶられるところあります。
結城は世間とのフロントラインに立っていて、マスコミや風評・政治と向き合っています。
自分たちが大切にしていることとは全く異なる思惑や思考に対し、自分たちが正しいと思うことを通していくことに軋轢を感じています。
時折妥協してしまいそうになる時に、コロナのフロントラインにたつ仙道と話す中で医者として、そしてDMATとしての志に立ち返ることができました。
仕事というものに向き合っていくためにはやはり志が大切なのですね。
そしてその志を共有する仲間がいるということが。
今というタイミングでこの映画が作られたことには意味があると思います。
コロナが普通の病気になってしまい、あの頃のことが急速に風化しています。
ただ病気に限らず、まさに未曾有の出来事というのは今後も発生すると思います。
その時、何もわからない中、それでも進んでいかなければならない。
最善策は何かと止まっている暇はなく、その時の最良手を進めていくしかない。
その時の考えの礎になるのが、やはり志ではないかと私は思いました。

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2025年5月10日 (土)

「パディントン 消えた黄金郷の秘密」良質なファミリー映画

前作2作は未見なのですが、娘が見たいというので一緒に行ってきました。
ユーモアあり、冒険あり、ハートウォーミングありと、良質なファミリームービーという印象です。
前2作はロンドンが舞台だったということですが、今回はパディントンの故郷であるペルーに舞台を写しています。
そのためアドベンチャー要素が増しているようですが、「インディ・ジョーンズ」などの80年台の冒険ものが好きな私としては見ていて楽しかったです。
なんとなく懐かしい気分にもなりました。
娘の方は途中途中で挟み込まれてくるユーモア要素がツボだったようで、楽しそうに笑って鑑賞していました。
私も、遺跡にアイテムを投入したら、自販機のように吐き出されるという件などは笑ってしまいました。
冒頭にあったフリをここで回収してくるとは!
前2作を見ていなかったため、パディントンとブラウン一家の関係について深くわかっていなかったので、ラストについては見ていたらもっとグッときていたのだろうな、と想像していた次第です。
アントニオ・バンデラスやヘイリー・アトウェルなど脇のキャストも充実しておりました。
冒頭に書いたように、ファミリームービーとしてさまざまな要素がバランスよく構成されているので、大人から子供まで安心して楽しめる作品に仕上がっていると思います。

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2025年5月 6日 (火)

「爆上戦隊ブンブンジャーVSキングオージャー」異なる個性の化学反応

毎年恒例のVS戦隊です。
いつもは劇場公開はスルーして配信で見ているのですが、今回は娘が行きたいと言ったので、一緒に行ってきました。
脚本は「ブンブンジャー」のメインライターである冨岡淳広さんです。
「VS」シリーズは違う世界観の戦隊が一緒に戦うのがコンセプトの一種お祭りムービーなので、ややもすると大味になりやすい。
特に今回は歴代の中でも最もSFファンタジー的世界観が強い「キングオージャー」と、王道回帰の「ブンブンジャー」の組み合わせなので、なかなか組み合わせは難しそう。
しかし冨岡さんはベテランの方なので、短い尺の中でも両戦隊をいいバランスで組み上げていたと思います。
それぞれの作品の中のエピソードも上手に拾いながら、本作の中に取り込んでいました。
唸ったのは、今回ダグデドを復活させるために必要な3つの聖なるレガリア(3種の神器のようなもの)が、夏の劇場版「ブンブンジャー」に登場したゲスト二コーラのつけていたペンダント(珠)、「キングオージャー」のオージャーカリバーゼロ(太刀)、そして鏡として星球魂
を持ってきたところですね。
それぞれがシリーズ、映画の中で重要なアイテムだったわけですが、それを3つ揃えて三種の神器にしてしまうっていうのはなかなかのアイデアです。
また、VSシリーズは違う作品の個性あるキャラクターを無理やりに組み合わせて生まれる化学反応も見所の一つ。
薄々気づいてましたが、ジェラミーと玄蕃は話しっぷりが似ていると思っていましたが、これを組み合わせてきますし、面白い。
女性陣三人+イターシャもなかなかよし。
最も良かったのはギラと大也でしょうか。
大也は理想を目指して戦ってきましたが、大人たちの都合で翻弄されて裏切られてきたとも言えます。
ギラの国、シュゴッダムを訪れて、自分の理想とも言える世界を見た時、無条件にそれを成し得たギラにリスペクトを感じます。
しかしギラはそれでもそこは完全でないし、完全にはなり得ないと大也に説きます。
つまりは大也の地球もまだまだ理想を目指すことができるということですね。
大也はいわば挫折を経験したヒーローですが、ギラと出会い、再び理想を追い求めるエネルギーを得られたような気がします。
このようなメッセージも込められつつ、基本的にはバトルも見応えありますし、VSシリーズらしい爽快感もあり、満足度の高い作品でした。
今回の敵はマンホールグルマーでしたが、マンホールを投げまくっていたので、どこかで釈由美子さんが出てくれるのではないかと思いましたが、出てこなかったですね(泣)。

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2025年3月30日 (日)

「Flow」インディペンデントでもここまでできる

低予算のインディペンデントのアニメーション映画でありながら、本年度のアカデミー長編アニメ映画賞を受賞したのが、本作「Flow」です。
ひとことで言って、素晴らしい。
最近の3DCGアニメーションの傾向ですが、いわゆるピクサー的な3DCGぽさをなくし、手書きのようなタッチを出したような表現です。
登場する動物たちはディズニー・ピクサーのようなキャラクター化されているわけではなく、とはいえ完全にリアルタッチでもない、頃合いの良い風合い。
これがリアリティ感を持たせることと感情移入されることを絶妙にバランスをとっていると思います。
それと本作は非常に光の使い方が上手です。
森の中の木漏れ日であったり、水に照り返した光が壁に作るニュアンス、悪天候の中で遠くに霞む景色であったり。
光をうまく使っているので、空気感が感じ取れて、空間がとても広く感じます。
またこれは3D CGアニメーションならではなのですが、カメラが縦横無尽に動きます。 船の上から、水中へ、そしてまた海上に上がってそのまま空中へなどといった自在なカメラワークが随所に見られます。
それらは登場する動物たち(特にネコ)を捉えていて、彼らの冒険がより一層ハラハラしたものに見えます。
本作の舞台となるのは、頻繁に洪水が起こる世界。
人間が作ったものは随所に見られますが、一切人間の姿は見ることができません。
滅びてしまったのか、どこかに避難してしまったのか。
今の世界は、生き残った動物たちの世界です。
本作はセリフはなく、冒険を共にする動物たちは直接的にコミュニケーションすることはできません。
しかし、一緒に過ごしていく中で、彼らは確かに友情らしきものを育てていきます。
言葉がないからこそ、じんわり伝わってくる思いのようなものがあり、それがそこはかとなく胸に迫ります。
色々解釈を生みそうなのは二つ。 ネコと一緒に旅をしてたヘビクイワシは、たどり着いたチベットのような場所で不思議な光に連れていかれます。
これはUFO?それとも神様?
気高いものだけが救われるような、ノアの方舟的なものでしょうか。
もう一つ、しばしばネコたちを助けるクジラ的な存在。
しかし、これはクジラではなく、異世界めいたような神秘さがある生き物です。 この存在は世界を水で満たしてしまったことに関係があるのか、ないのか。
一つ目の謎である光とも関係があるのか、ないのか。
これらについては劇中では何ら説明はないので、どこかで聞いてみたいものです。

去年アカデミーで「ゴジラ-1.0」が低予算ながら特殊撮影で受賞したことに世界は驚きました。
本作もそうですよね。
金をかけることが当たり前になっているハリウッドに対して、インディペンデントでもここまでできることを見せた本作は意義深いですね。

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2024年12月31日 (火)

「映画 ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」欲望との付き合い方

今年最後に鑑賞した映画です。
娘が好きで、原作読んだりアニメ版を見ているんです。
アニメ版は時折一緒に見たりしているので、おおまかに設定はわかっていますが、今回は実写版を一緒に見に行ってきました。
予告で天海祐希さんが紅子を演じていて驚きました。
素の天海さんはスラっとスマートなので、紅子の見た目とは全く違いますが、特殊メイクでかなり印象は近くなっていました。
見た目だけではなく、天海さんはお芝居も貫禄があるので、想像以上に役柄に合っているように思えました。
原作が子供向けの小説なので、子供向けの内容かと思いきや、大人が見ても考えさせられるところもあり、ドラマとしても見応えありました。
それもそのはずで、スタッフを見れば脚本は吉田玲子、監督は中田秀夫とベテランの布陣で、しっかりとした作りになっているのも納得です。
アニメも含めた「銭天堂」シリーズの私の印象は、ややブラックなテイストの「ドラえもん」というところでしょうか。
銭天堂で売られているお菓子って「ドラえもん」の秘密道具っぽいところがあると思いませんか。
この駄菓子を食べると不思議な力が身について、望んだことが叶えられますが、いい気になって使っていくとこっぴどくしっぺ返しを受けてしまう。
「ドラえもん」でのび太はいつも秘密道具を使って、欲張りすぎて失敗してしまいますが、「銭天堂」でも何人かのお客はのび太のように欲に流されて、大変な目に遭ってしまいます。
アニメ版を見ていると、意外と救われないまま終わってしまう時もあり、思っていたよりブラックな印象なんですよね。
そういう意味では「笑ゥせぇるすまん」に近いかもしれないですね。
実写版でも主人公小太郎の大学の後輩である相田さんなどは自分の欲望がコントロールできない状態になってしまいます。
その様は買い物依存症ぽくもあり怖くなります。
願いを叶えたいという欲望は人が行動を起こすモチベーションとなり、それ自体は悪いものではありません。
しかし、欲望に支配され、人生全てに優先されてしまうと不幸になります。
そして欲望に支配されると、自分と他人を比べたくなります。
もっともっと欲しくなる。
人よりももっともっと。
その欲は周りの人も、そしてその人自身も不幸にしてしまう。
そもそも欲望は自分の中から湧き起こるものですが、いつの間にやら自分自身を支配してしまう。
作品の中でも悪意と呼ばれるものは自分の中から湧き出る黒い煙のように描かれていますが、それが自分も、人も飲み込んでいってしまいます。
欲望の力を知りながら、それをうまくコントロールしていく術を身につけていかなくてはいけません。
主人公の小太郎は幼い頃、願望を叶え、その力をうまく使って、良き大人になりました。
完璧ではないけれど、自分の願いを力にして善良な人間として生きてきました。
彼のように生きていきたいものです。

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2024年12月27日 (金)

「はたらく細胞」実写ならではを貪欲に追求

そもそも細胞たちを擬人化させるという原作のアイデアが秀逸過ぎます。
そのためコミックは非常にエンターテイメント性もあって楽しめつつ、情報量が多くて知的好奇心が満たされる作品人になっています。
そのコミックの実写化作品が本作。
色々すごいところが本作はいくつもあります。
まずはキャスティング。
本作で主人公格となるのは赤血球と白血球(好中球)です。
それぞれ永野芽郁さん、佐藤健さんが演じていますが、原作の再現度レベルがかなり高いです。
白血球はバイ菌を倒す役割なのでコミックでもそういったシーンがありますが、本作では実写ならではの立体感のあるキレのアクションが見られます。
佐藤健さんなので「るろうに剣心」を彷彿とさせるような立ち回りもあり、アクションだけでも見る価値があります。
永野芽郁さんは見習い赤血球のドジっ子ぶりを見事に再現。
それでありながら最後は成長した姿も演じきっており、泣かれます。
まさか赤血球に泣かされるとは・・・。
お二人だけでなくその他のキャラクターも素晴らしい。
キラー細胞の山本耕史さん、NK細胞の仲里依紗さん、マクロファージの松本若菜さん、と色々挙げられますが、キリがないですね。
見た目の再現度が高ければいいというものではないのですが、外見も内面も含めてキャラクターの再現度が高いのですよね。
コミックのキャラクターたちがイキイキと動いている様は、実写映画にする意味だと思います。
これがすごいところの一つ目。
二つ目は世界観です。
本作では細胞をキャラクター化し、人体を一つの世界・施設・装置のような舞台装置としています。
コミックでもそれは描かれていますが、実写映画となるとスケールが違います。
体内を一つの世界として描いたのは「ミクロの決死圏」が思い浮かびますが、それに勝るとも劣らないオリジナリティ溢れる人体の内部が描かれます。
ロケなども多く行い、非常にスケール感が大きく描かれているため、人体というものがとても複雑なシステムであるということが、見ているだけで伝わってきます。
このビジュアルの力は非常に大きい。
本作はキャラクターに目が行きがちですが、この世界観を作り上げたことは特筆されるべきことだと思います。
最後にあげるすごいところはストーリー。
原作コミックはさまざまな人体の機能を単発エピソードにしています。
しかし、それでは長編映画としてはやりにくい。
そこで映画オリジナルとして、細胞たちが働いている人体のその人を登場させています。
それが茂と日胡の親子です。
この二人の親子の物語が縦軸となっているため、映画としてのストーリーの芯がしっかりとできています。
そしてそのストーリーが泣かせてくれるのです。
病気に負けぬよう戦う父娘と、その体内の中にいる細胞たちの戦いがシンクロします。
そして病気を治療するためのさまざまな方法は、細胞たちへも悪影響を与えます。
確かに抗がん剤も放射線治療も体へのダメージは非常に高い。
それすらもストーリーに織り込んでいくのは、なかなかの発想だと思いました。
本作は人気漫画をただ実写化しただけにとどまらず、実写ならではの表現、実写だからこそできることを貪欲に追求していると思いました。
今年の締めくくりの月にいいものを見せてもらいました。

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2024年11月23日 (土)

「風都探偵 仮面ライダースカルの肖像」おやっさん、カッコいいです

いやあ、おやっさん、カッコいいです。
私は自他ともに認める「仮面ライダー」ファンですが、その中でも一、二を争うほどに好きなのが「仮面ライダーW」なんですよね。
この作品が放映されたのは15年以上も前(!)なのですが、その後日談が今もコミックで連載されていて、アニメ化もされ、舞台も作られ、そしてとうとう映画まで作られました。
私以外にも多くのファンに愛されていることがわかります。
ちょうどコミックの最新刊では、主要キャラクターの一人であるときめの”ビギンズナイト”が語られたところで、本作では主人公翔太郎とフィリップの”ビギンズナイト”が語られるわけで、何か感慨深いものがあります。
彼らの”ビギンズナイト”とは、二人が仮面ライダーWに初めて変身した夜のことであり、そしてそれは二人の運命を大きく変えた夜でもありました。
その二人の運命に影響を与えるのが、鳴海荘吉ことおやっさんです。
”ビギンズナイト”は「仮面ライダーW」の劇場版「仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦2010」でも描かれていました。
その時、鳴海荘吉を演じていたのが吉川晃司さんでした。
それが本当に激シブでカッコ良かったんですよね。
まさにハードボイルドを体現しているようでした。
吉川さんは本作でも主題歌を担当していますが、「仮面ライダーW」のドラマの劇中歌「Nobody’s Perfect」がとても渋くていい曲で、ドラマの中でも何回か使われましたが、実際何度も泣かされました。
「Nobody’s Perfect」は本作でも劇中歌として使われており、条件反射的に泣きそうになりました・・・。
「風都探偵」は「仮面ライダーW」の正統な続編なので、描かれる”ビギンズナイト”は実写版に準拠していてリスペクトを感じます。
鳴海荘吉が仮面ライダースカルに変身する場所も劇場版のセットを意識していたように見えましたし、最後の戦いの場面もそうでした。
同じ場面をアニメで描いていながら、本作は十分な尺で描いているので、登場人物たちの心情がより細やかに描かれます。
翔太郎がおやっさんの遺志を継ぐ覚悟を決め、フィリップが自分の道を歩み始めた夜の彼らの気持ちが痛いほどに伝わります。
「風都探偵」の続編についてはまだ情報が出ていないですが、期待できますかね。
映画の最後にはジョーカードーパントの姿も現れたので、ときめの”ビギンズナイト”まで行ってもらいたいものです。

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2024年11月 2日 (土)

「八犬伝」虚と実の対決

原作は山田風太郎の「八犬伝」。
学生の頃、山田風太郎にハマっていて所謂「忍法帖シリーズ」を古本屋で買い集めて読んでいました。
「八犬伝」おそらくその頃、新刊として発売されて手に取った覚えがあります。
「八犬伝」は滝沢馬琴と葛飾北斎の交流が描かれる実の世界と、馬琴が書いた「南総里見八犬伝」の世界が交互に描かれます。
そもそもなぜ、山田風太郎の作品をよく読んでいたかというと、その頃は夢枕獏や菊地秀行といった作家による伝奇ロマンというジャンルが流行っていてよく読んでおり、彼らの原点とも言えるのが山田風太郎作品であったので、そちらにも手をだしたためでした。
伝奇ロマンというジャンルは明確な定義はないと思いますが、SFや時代劇、ファンタジーというジャンルに、オカルト的な妖しげな要素が掛け合わされたものであったと思います。
山田風太郎作品でいえば、「魔界転生」などが挙げられると思います。
そのような伝奇ロマンの日本における原点とも言えるのが、滝沢馬琴による「南総里見八犬伝」です。
ですので「八犬伝」は山田風太郎が、その原点に対して挑んだ意欲作と言えるでしょう。
さて前段が長くなりましたが、映画についてです。
原作を読んだのが何十年も前なのでほぼ記憶にないのですが、映画の展開は原作に則っているように感じました。
虚の八犬伝パートは、非常にわかりやすく描かれており、馴染みがない方にも理解しやすいと思います。
若手が中心に八犬士を演じており、イキイキと描かれていました。
ただ狙いかどうかがわからないのですが、映像としてはやや安っぽいというか、書き割り感もあり、作り物のような印象がありました。
このパートは「虚」なので、この作り物感は意図しているものである可能性もあるのですが、個人的には安っぽさが気になりました。
もう少し、時代劇らしい重厚さがあっても良かったかと思います。
対して、滝沢馬琴と葛飾北斎が登場する「実」のパートは役所広司、内野聖陽というベテランを配置し、動きはないながらもドラマとして見応えありました。
特に感心したシーンは、歌舞伎座の奈落での馬琴と鶴屋南北とのやりとりです。
このシーンは馬琴と南北のそれぞれの「物語る」ということに対する、真逆の価値観がぶつかり合う場面で非常に緊迫感がありました。
馬琴は実の世界には正義はなく、そのために虚の世界で本来あるべき正義の世界を描きたいと考えます。
そのため馬琴は正義がなされる物語「忠臣蔵」を好んでいるわけですが、南北はこのような正義こそそもそもありえないと否定します。
「東海道四谷怪談」は「忠臣蔵」をベースとしておりますが、南北の狙いは「忠臣蔵」で描かれる正義を虚とすることにありました。
彼らの主義のぶつかりは静かながらも、緊張感あるもので見応えがありました。
この場面の演出も冴え渡っていたと思います。
真っ暗な奈落に立っている馬琴に対し、南北は舞台から首だけを出して逆さまのまま馬琴と対峙します。
南北自体が首だけの存在のように見え、虚のような感じもしました。
馬琴が対峙しているものが、悪魔のようにも見えるわけです。
結果、南北の言葉は馬琴に染み入り、彼自身が自分の生き方、価値観に疑問を持つきっかけとなるのです。
ところどころ気になるところはありましたが、2時間半という長尺ながら見せ切るパワーのある作品であったと思います。
改めて原作を読み直したい気分になりました。

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2024年10月20日 (日)

「ボルテスV: レガシー」同じ熱量

「超電磁マシーン ボルテスV」は1977〜78年にかけて放映されていたいわゆるスーパーロボットアニメ。
個人的には前作である「コン・バトラーV」の方が好きだったのだが、お年頃でこの辺りからスーパーロボットに興味を失った時期に当たるかと思います。
とは言いつつ、主題歌は歌えちゃったりするわけで、一通りは見ていたのでしょう。
さて本作はその「ボルテスV」をCGをふんだんに使った実写ドラマとしてフィリピンでリメイクした作品。
なんでフィリピンかというと「ボルテスV」は彼の地では何度となく再放送をされ、誰でも知っている日本のアニメとしての地位を確立しているのだそう。
知らなかった。
フィリピンのCGなんてどんなもんかいな、という疑問がありましたが、見てみるとなかなかどうしてCGロボットパートはなかなかに見応えがあります。
ここまで技術レベルが上がっているのかと驚きました。
「パシフィック・リム」の影響をもろに受けている感じで、大地を揺さぶる重量感が感じられます。
ボルテスV自体もオリジナルのデザインを残したまま現代的にリファインされていてかっこいい。
ちょうど「マジンガーZ INFINITY」のような感じのアレンジ具合ですね。
元々スーパーロボットなので、あまりリアルにリファインしても良さがなくなってしまうところですが、その辺りの匙がげんもわかっているな、という印象です。
垂涎ものはやはりボルトインのシーン(合体シーン)でしょう。
5つのメカが次々に合体し、巨大ロボットになるシークエンスは男の子なら必ず興奮することは間違いなし。
ああ、このスタッフで「コン・バトラーV」の「レッツ コンバイン」もやってほしい・・・。
ストーリーはベタと言えば、ベタ。
本作はフィリピンではドラマシリーズとして展開されていて、現在公開されているのはその劇場公開用に編集されたもの。
おそらくテレビシリーズの導入数話分をまとめたものだと思われるので、構成はどうしても物足りないところがあります。
ただベタさも含め、私が子供の頃らしい香りがするとも言えます。
そういった雰囲気や、わかっているなという感じがするのはフィリピンの制作者たちが子供の頃から「ボルテスV」に親しんでいたことが大きいのでしょう。
フィルムから熱量が伝わってきます。
見終わった後、劇場で席を立つと、ほとんどの観客は私と同世代(想定50代)。
あの頃子供だった人たちですね。
スタッフと同じく、観客も同じ熱量を持っておりました。

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2024年9月29日 (日)

「ビートルジュース ビートルジュース」彼が戻ってきた!

自分がティム・バートンを知るきっかけとなり、好きになったのが「ビートルジュース」。
唯一無二とも言えるティム・バートンの不条理な世界観に完全に魅了されました。
その後は彼の作品が公開されれば、劇場に必ず足を運ぶようになりました。
彼の作品は好きな作品はいくつもあるのですが、その中で不条理さと楽しさで言ったら、今でもNo.1なのが「ビートルジュース」。
それがまさかの30数年経っての続編です。
出演者は1作目でリディアを演じたウィノナ・ライダーが同じ役で続投です。
そして彼女の娘アストリッドを演じるのが、ドラマ「ウェンズデー」で主人公を演じたジェナ・オルテガ。
「ウェンズデー」を見た時から、彼女は見た目の雰囲気が絶対にティム・バートン好みだろうと思っていましたが、やはり起用してきました。
そしてビートルジュースを演じるのはマイケル・キートン。
この役は彼でなくてはいけません。
リディアはやはり30数年を経た変化をしていましたが、ビートルジュースは全く変化を感じません。
霊界の住人なので、当たり前です。
映画のテイストはしっかりと前作を踏まえたものになっていて、旧作ファンとしては楽しめました。
監督がこだわったという、以前のようになるべくVFXを使わない映像も味わい深いです。
前作でとても好きだったシーンが「バナナボート」の場面なのですが、それを踏襲したようなシーンも本作にはありますね。
前作好きとしては、好みだった部分を押さえていてくれていてとても嬉しかったのですが、逆にいえば、新たな驚きがあったとは言い難いです。
いくつかのシーンは前作を踏襲したものであり、それはそれで嬉しく思いつつも、マンネリ感は感じました。
またドラマ部分も前作では、心を閉ざしていたリディアがメイトランド夫妻との交流を通じて、心を開いていくという過程が縦軸であり、ドラマとして背骨がしっかりした印象がありました。
本作はリディアとアストリッドの関係、そしてビートルジュースと元妻ドロレスとの関係など複数プロットが走っているので、やや複雑さがあるのと、メインのラインがわかりにくい印象がありました。
続編として変化を出す工夫だったと思いますが、塩梅が難しいですね。
あと最後に気づいたブラックなネタを。
これは制作サイドが意識していたかどうかはわからないですが・・・。
ウィレム・デフォーが演じる霊界の刑事ですが、彼は頭の半分を拳銃で吹っ飛ばされています。
彼は生前は俳優だったらしく、撮影中にダミーではなく実弾で誤射されて亡くなったようです。
1作目の「ビートルジュース」でアダム・メイトランドを演じていたのはアレック・ボールドウィンです。
彼は3年前撮影中に、実弾が込められた銃でスタッフを撃ってしまったという事故を起こします。
責任は銃を管理していたスタッフにあるようですが・・・。
これはかなりブラックなネタだなと思いました。

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