2021年2月22日 (月)

「新解釈・三國志」 ・・・退屈

昨年末から公開していましたが、ようやく見てきました。
福田雄一監督の作品は何本か見てはいますが、正直言ってどれもあまり面白いと思ったことがなく・・・。
どうも笑いのセンスが合わないようです。
とは言いつつも、「三国志」の方は大好きで小説や映画など三國志ものは何度も読んだり見たりしてきました。
その三国志がどのようにコメディとして料理されているか、が興味はあったので、迷いつつも劇場に足を運んだわけです。
その結果ですが、やっぱり福田監督作品は自分には合わない・・・。
映画を見ると面白いなり、つまらないなり、何か作品について語りたくなるものですが、そういう気持ちが湧かなかったのです。
一言で表現すると「退屈だ」ということでしょうか。
映画を見ながら、寝そうになることはこのところありませんでしたが、本作ではしばしば意識が飛びそうになりました。
大泉洋さん演じる劉備玄徳も、ムロツヨシさんの諸葛孔明も、彼らのバラエティのようなノリのキャラとなっていて、言っちゃなんですが、薄っぺらい。
繰り出されるギャグも軽すぎて笑えません。
いや、こういうのが好きな人もいるのかもしれませんが、私にとってはツボではなかったです。
どうも本当に書く気がしない。
短めですが、終了です。
もう福田監督の映画は見に行かないだろうなあ。

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2021年2月13日 (土)

「スパイの妻 劇場版」 夫の正体は

第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した「スパイの妻」を遅ればせながら、見に行ってきました。
軍の活動を巡るサスペンス劇、男女の愛情を描く恋愛もの、太平洋戦争を描く歴史ドラマという様々な要素を持ち、その要素全てで満足させ、さらにはそれらをバランスさせて成立させている作品でした。
確かに賞を取るのもわかります。
私が見ていて、惹かれたのは高橋一生さん演じる福原優作というキャラクターです。
彼は貿易商であり、戦時下に置いて次第に厳しい締め付けが厳しくなっている状況においてもコスモポリタンを自認して活動をしています。
物語が始まったあたりでは、彼は理想を持っているながらも、社会の状況に合わせうまく立ち回っている人物のように見えました。
しかし、彼と甥が満州で軍が人体実験をしているという秘密を知ってしまった後は、今まで通りの貿易商という仮面を被りつつ、軍の悪事を明らかにしようと画策をします。
戦争は止まらない、しかしアメリカに参戦させることにより戦争を収束させることはできるのではないか。
アメリカに参戦させるきっかけに彼が持っている証拠が役立つのではないかと。
彼は国際派らしい人権主義の価値観で、軍の行いが許せなかったのです。
彼は心に怒りを持ちつつも、冷徹さを持って着々と準備を続けます。
ここで見えてくるのは、それまでの彼にはなかった冷たいまでの冷静さです。
その冷たさは元々彼が持っていたものなのか。
それとも満州での体験により、彼の中で芽生えたものなのか。
妻・聡子も自分が愛してきたそれまでの夫が変わっていくように感じました。
聡明な聡子が夫の秘密を明らかにした後、優作は妻も仲間とし、彼の計画を実行しようと進めます。
聡子はようやく再び夫が心を開き、自分を必要としてくれたと感じました。
そしてアメリカに旅立つ最後まで、そう思っていたのです。
しかし、密航しようした聡子は誰かの密告により、当局に拘束されてしまいます。
この密告をしたのは優作であったと思われます。
彼は妻を囮にし、当局が彼女に注目をした隙をついて国外に脱出したのです。
この行為にも彼が持つ冷徹さが現れていると思います。
結局聡子は精神病院に収監され、そこで戦争末期のアメリカ軍による空襲に巻き込まれます。
そこで彼女が見た光景は、焼き払われた街で苦しむ人々の姿でした。
それは優作が持っていった証拠によって引き起こされたのかもしれません。
彼は日本軍が人々の命を弄んだことに対する怒りで行動した。
しかし、その行動により、無垢な人々が大量に死に、苦しむこととなった。
それが本当にしたかったことなのか。
人権主義という理想を実現するために、行動した結果、引き起こされたこのことを優作はどう見ているのか。
この冷徹さは彼の中に元々あったものなのか。
彼は何者であるのか。
焼け野原となった神戸を見て、聡子は彼女の夫がわからなくなったのでしょう。
海岸を彷徨う彼女の姿からそう感じました。
彼女は数年後アメリカに渡ったとありました。
聡子は彼女の夫が本当はどのような人間であったのか、確かめずには居れなかったのかもしれません。

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2021年2月 3日 (水)

「劇場版 美少女戦士セーラームーン Eternal 前編」 セーラームーン初体験

誰もが知っている「美少女戦士セーラームーン」ですが、しっかり見るのはこれが初めて。
なぜ見に行ったかというと・・・。
4歳になる娘が「プリキュア」にどハマりで、ネットフリックスやアマゾンプライムで過去作まで遡って見ていまして、それらの原点とも言える「セーラームーン」まで手を出し始めているのです。
その「セーラームーン」の映画をやることを聞きつけた娘がぜひ行きたいということで、そのお供でありました。
アニメの「セーラームーン」は初めてではありますが、実は東映が制作した実写版の「セーラームーン」(まだ無名だった北川景子や泉里香など錚々たるメンバーが出演している伝説の特撮)は見ていまして、主なキャラクターは知っていたので、ついていけるかなと。
まず見て感じたのは思っていたより恋愛要素が強いのね、ということですね。
元々少女漫画ですものね。
娘に付き合って「プリキュア」を散々見ているのですが、あちらは中学生設定ですが、あまり恋愛要素はありません。
「セーラームーン」も中学生くらいの設定(本作は高校生になったところ)ですが、結構大人っぽい。
恋愛要素の強い少女漫画は苦手なので、個人的にはあまりグッとくるところはありませんでした。
今回登場する敵は、うさぎ以外のセーラー戦士の心を惑わし、戦士としての力を削ごうとします。
セーラーマーキュリーこと亜美ら戦士たちはそれぞれその惑いを跳ね返すわけですが、この辺りのエピソードの積み重ねが少々たるい。
テレビシリーズで一話ずつ各戦士の戦いを描いていくのであれば良かったと思いますが、映画というフォーマットには向かなかったかもしれません。
うちの娘もこの辺りは退屈していたようです。
まだ恋愛のなんたるかもわかっていないので、恋愛要素にも娘的にはあまり気持ちは惹かれなかったようですね。
断然「プリキュア」の方が食いつきが良いです。
後編はどうしようかな・・・?
娘が行きたいといえば行ってみると思います。
劇場に行ってみると、小さな子たちもいましたが、大きなおともだち(お姉さん)も結構いましたね。
やはり子供の頃見ていて好きだったという方たちでしょうか。
私も子供の頃好きだったものが今でも好きなので、その気持ちわかります。
 
「月にかわっておしおきよ!」はさすがに私でも知っていましたが、他の戦士にも決め台詞があったとは知りませんでした。
その中でも気に入ったのはセーラーマーキュリーの「水でもかぶって反省しなさい!」です。
これは娘も気に入って、しばらく私らの間でプチブームとなりました(笑)。

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2020年12月19日 (土)

「サイレント・トーキョー」 いいところが見当たらない

<ネタバレあるのでご注意ください>
錚々たる俳優たちが出演するサスペンススリラーであり、まさに年末ホリデー向けのビックタイトルだと思います。
しかし正直言って面白くない。
面白くない理由はいくつかあると思います。
まずはプロット自体がそれほど新しいものではないということです。
平和ボケした日本人に対し、世界中では現在進行形で存在する戦争という現実を気づかせるのが劇中で描かれているテロの目的ですが、これは今までも何度か見たプロットであり、新味はありません。
私が見て頭に浮かんだのは「機動警察パトレイバー2 THE MO VIE」でした。
これもPKOで派遣され現地での戦争の現実を目の当たりにした元自衛官が仕掛けたテロを描いていました。
もう一つの理由は脚本・構成の悪さだと思います。
この手のサスペンススリラーは首謀者が誰であるか、その目的はなんであるのかというところが作品を牽引する力になります。
ですので上手にミスディレクションをしていくことができれば、見ている側としても感心して手を打つことになります。
ただ本作についてはミスリードをさせようという意図が割と見え見えで興醒め感がありました。
まずは中村倫也さんがいかにも現代の若者のような何を考えているかわからない体で登場し、犯人に関わるような怪しさを出していましたが、渋谷での爆発後、割と素直に犯人でないことがわかってしまいます。
佐藤浩市さんが冒頭より思わせぶりな出方をしますが、明らかに彼を犯人の一味であるとミスリードさせようとする意図を感じます。
中村倫也さんも佐藤浩市さんもクセがある役柄を今までも演じてきているので、「犯人らしい」感じを纏っているのですが、流石に今まで演じてきた役と同じような雰囲気なので、逆に怪しくない感じがしてしまいます。
また真犯人が分かり、その背景の説明がされますが、これもなかなか納得するのに無理があるようにも思いました。
そもそも一般の市民である女性があれほどの爆薬をどのようにすれば調達できるのかが謎です。
彼女に爆破術を教えた夫はその教育のための爆薬をどのように手に入れたのか。
自衛隊から掠め取ってきたのかもしれませんが、流石に自衛隊も備品(それも爆薬)を簡単に持ち出させることはないでしょう。
爆破はダミーだけをいじっているだけでは簡単に習得できないと思います。
実際に爆発させる経験がいると思いますが、あのような別荘地でそれができるとは思えない。
石田ゆり子さんが演じる犯人である女性は、爆破予告の片棒を担がせられるテレビ局のバイト君を気遣う優しさを持っているというように描かれていますが、渋谷であのような大爆発をさせ、大勢を虐殺することを厭わない人物像とどうしても被りません。
いっそのこと人格が破綻している人物として描かれていれば、まだ納得できるのですが、同じ人物の中にその二つの側面が同居していることが想像しにくい。
つまりは人物像にリアリティがないように感じました。
尺が1時間半程度とこの手のクライムサスペンスの作品にしては短いです。
元々はもっと長かったのではないかと感じました。
出演陣はかなり豪華ではありましたが、それぞれのキャラクターの描き方に深さはないです。
かなりカットされているような印象なのですね。
どうなんでしょう?
久しぶりにあまりいいところが見当たらない作品に出会いました。

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2020年12月 6日 (日)

「STAND BY ME ドラえもん 2」 ドラ泣きではなかったが、ジーン

2014年に公開された初の「ドラえもん」3DCG映画「STAND BY ME ドラえもん」の続編です。
前回の宣伝コピーは「ドラ泣き」でしたが、そのコピーの期待を裏切らず泣かせてもらいました。
ドラえもんの数あるエピソードの中でも泣ける回を複数構成したものでしたので、泣かないわけにはありません。
さて今回の2作目ですが、前作の後日談(のび太としずかちゃんの結婚式を描く)を中心にしつつ、その他原作の中のジンとくるエピソードを組み合わせた構造となっています。
前作ほどに「泣けた」かというとそうではありませんが、ノスタルジックな気持ちにはなりました。
のび太が自身の結婚式を前に不安になり、自分が生まれてから生きてきた人生を振り返るという構成になっています。
自分が生まれてきたことがいかに家族にとってかけがえのない事であったか、自分自身が存在する意味を気づくという事ですね。
1作目を見た時はまだ独身で、本作が公開された今は自分にも家族もでき子供もいます。
子供はまだ幼く、わがまま放題で叱ったりすることもありますが、それでもかけがえの無い存在であることはのび太のお父さん・お母さんと同じです。
そういえばこの間に父も亡くなったのでした。
生まれたばかりの孫を父がとても可愛がっていたのを思い出します。
いつか自分の子もそのような気持ちであることに気づいてくれるといいなと思いました。
自分もそうですが、そういうのに気づくのは子供ができてからだったりするのですけれどね・・・。
子供よりもいい大人が見て、改めて気づくという作品であったと思います。

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2020年7月24日 (金)

「ステップ」 共感、ただ共感

しばらく前に予告編を見た時から泣けてしまった作品です。
というのも自分も3歳の娘の子育て真っ盛りで、やはり自分のことのように感じてしまうのですよね。
主人公の健一は娘が1歳半の時に病気で妻を亡くしてしまったシングルファーザー。
それから男手ひとつで娘を育てていく様子が、娘が小学校を卒業するまで描かれます。
うちは夫婦二人で育てているのにも関わらず、子育てには悪戦苦闘です。
それをたった一人で仕事をしながらと考えると、その苦労は想像できないくらいです。
私も自分の親の世代に比べてみれば、断然子育てに関与しているとは思います。
イクメンという言葉が普通になり、父親が子育てにちゃんと関わるというのが一般的になっていたので、そのことにはあまり抵抗はありませんでした。
とは言いつつも、妻との家事分担ではそれぞれ言い分があり、喧嘩もしますし、また子供のことでイレギュラーなことが発生するとやはり大変です。
本作でも健一が仕事と娘の世話の両立がうまくできない時に「ああ、もう無理かもしれない」と呟く場面がありますが、こういうのは分かりますね。
彼ほど大変ではないにせよ、仕事と家庭の負担が一気にくると泣き言の一つでも言いたくなるというのは、子育てしているお母さん、お父さんは一度ならずあるのではないでしょうか。
とは言いつつも、それでも子育てを続けていけるのは、やはり子供の成長を感じられるからだと思います。
うちは今3歳ですが、もう会話は大人並みで、基本的に体が小さいだけで基本的にはもう大人と中身はそうそう変わらないのではいかと思うくらいです。
お友達と喧嘩したらちょっとボヤいたりしていますし、泣いている子がいたら慰めたりもする。
赤ちゃんに対してはお姉さんぽく世話をしてみたりする。
私が玄関にくつを出しっぱなしにしたりすると片付けて、と注意してきますし。
いろいろな場面でそういう成長を感じられる時、日々の苦労は忘れてしまいます。
世の中の風潮的に男性の育児参加が普通になってきたということもあるのですが、娘が生まれた時になるべく子育てには関わろうと思っていました。
私は結構歳をとってからの子供でしたので、二人目はあまり考えられませんでした。
ですので、子供の成長を見られるのは一度きり。
子供の成長は早いので、そのたったひとつの機会を見逃したくないと思ったのです。
もしかすると娘が成人する時まで生きているのかしらとも思ったりも時々思うのですよね。
先日、初めて娘が補助輪なし自転車に乗りました。
他の子に比べて圧倒的に早いタイミングなのですが、ほとんど苦労することなくパッと乗れたんです。
その瞬間に立ち会っていたのですが、結構感動したのですね。
こういう瞬間があるからこそ、親は頑張れる。
本作でも健一が日々仕事と子育ての両立に苦労しながらも、やっていけるのは娘の成長を感じられたからだからこそだとも思います。
ずっと一緒にいるからこそ、他の父親は見過ごしてしまったことを彼は見ることができた。
それは彼にとって宝物だと思います。
本作は2歳頃の娘、6歳ごろの娘、12歳頃の娘との日々が描かれます。
自分の子供の頃はあまりしっかりしていた記憶はないのですが、子供は子供ながらにしっかりと考えているというのは、自分の子供を見ていても思います。
6歳くらいになったら、こんな大人びたことを言うようになるのかなと思ったりしながら見ていました。
ありふれた言い方ですが、やはり優しい子になってもらいたいと思いますね。
本作の健一の娘も、親の愛情、そして周囲の人からの愛情を受けて育ったからこそ、優しい心根の女の子に育ちました。
自分が子供の親になるまでは全く実感は持っていなかったですが、子供が成長し、それを助けられることにこそ自分が存在する意味があるのだということを本気で思うようになりました。
そのようなことは映画や本などで見たり聞いたりして、表面的にはそうだなと思っていたのですが、リアルに自分の気持ちとしてそう思っているのです、今は。
本作も子供がいない時に見ていたら、違う感想になっていたかもしれません。
この作品は親の感じる気持ちを本当にストレートに素直に描いてくれて、そのため直球で心に響いた作品でした。
 
死んだ奥さんが残した壁のマジックの跡。
これの使い方が非常に印象的でした。
こういうセンスがある監督さん、いいですね。

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2020年7月12日 (日)

「水曜日が消えた」 巧みな脚本

事故により奇妙な多重人格となってしまった青年の物語。
彼は7つの異なる人格を持っている。
そしてその人格は曜日ごとに切り替わっていく。
すなわち、月曜日の人格は月曜日だけ、火曜日の人格は火曜日しか生きていない。
彼らは同時には存在できないので、日毎の申し送りを付箋で行っている。
この物語は7人の人格の中の一人「火曜日」の視点で語られる。
彼らは夜中に人格が入れ替わるため、12時前には必ず就寝する。
朝起きた時には翌日の人格に切り替わっているのだ。
しかし、ある日「火曜日」が目覚めた時、それが水曜日であることに気づく。
今までなかった出来事に「火曜日」は驚くが、火曜日には会うことができなかった図書館の女性に初めて出会い、心惹かれる。
そしてその翌週も「火曜日」に水曜日は訪れた。
「水曜日」が消えたのだ。
そしてとうとう「木曜日」も消えた。
7つあった人格が次々に消えていっているのだ。
そして最後に二つの人格が残った。
「火曜日」はどうなるのか、消滅するのか、生き残るのか。
非常にアイデアに満ちた脚本だと思いました。
原作ものかと思いきやオリジナルの脚本とのこと。
そしてそれを書いているのは本作の監督も務める吉野耕平さん。
し、知らない・・・。
短編映画は何作か監督されているようなのですが、実写の長編は本作が初めてらしいです。
予告を見た時から、面白そうだなという期待がありましたが、どちらかというとサスペンス的な作品かと思っていました。
多重人格というとそういう展開になる作品が多かったので。
本作はどちらかというと、ロマンチックでもあり、ハートウォームでもある作品でした。
脚本・監督の両方を務めているので、いくつかのカットにその後の展開で意味が出てくるように工夫されていて、ハッとするところがいくつもあります。
新人監督とは思えない巧みさだと思いました。
上記であらすじを書きましたが、その後の展開はネタバレになるので、なかなか書きにくいですね。
何度か象徴的に出てくる同じようなカットがあるのですが、同じように見えて実はちょっとづつ変わっています。
そのこと自体にとても意味があるので、注意して見ていてくださいね。
最近の邦画はわかりやすいストーリーのものが多いので、この作品のように凝った脚本のものがなかなか出てこない。
見ていて展開に唸る、といったものが少ないのですよね。
「カメラを止めるな」などもその部類かと思うのですが、出来が良ければ当たるのですから、こういう作品をもうちょっと作ってくれると嬉しいと思ったりします。

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2020年3月 3日 (火)

「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」 和製レクター

前作「スマホを落としただけなのに」は、現代人に欠かせないスマホというアイテムから、隠していた自分が丸裸にされていくという恐ろしさを描きました。
私たちにとってあまり身近なツールであるからこその怖さは、見ている人誰もが自分ごとのように感じられたと思います。
主人公もそして真犯人も本当の自分を偽って生きているというのも、アカウントの方が自分らしいことがあるかもしれないという現代人の一側面をうまく表していたと思います。
非常に今現在という時代を映し出していた作品であったと感じました。
前作で主人公の二人を凌駕するほどの存在感を放っていたのが、真犯人である浦野でした。
物語の前半はただのその他大勢のキャラクターであるように見えたのに、後半でその正体が分かったあたりからの異様なほどの存在感たるや・・・。
私はその時ほとんど初めて成田凌さんを認識したのですが、演技の振れ幅に圧倒されました。
おそらくそのような観客も多かったのでしょう、浦野がさらに重要な役となるのが今回の続編です。
浦野は前作で逮捕されているので、彼はまさに「囚われの殺人鬼」です。
本作の主人公は前作で浦野を逮捕した加賀谷刑事です。
前作では犯人のミスリードの対象となっていた人物ですが、彼もまた闇を抱えている男であり、浦野とついになる様な立場です。
まさにこの二人はレクター博士とクラリスのような関係で、新しく起きた事件に挑みます。
ミステリーとしての出来としては、残念ながら前作の方が上であったような気がします。
前作は主人公そのものが謎の大きな要素であり、後半それまでの前提が大きくひっくり返ることがミステリーとして俊逸でした。
それに加えて彼女を狙う犯人が誰かという謎解きも重なり、謎が複層的であったところも凝っていたと思います。
それに比べると本作はミステリーとしてはシンプルでありましたし、前作に比べて主人公たちは素直な人であったため、どんでん返しのようなものもありません。
見所はというとやはり浦野というキャラクターでしょう。
まさに和製レクターとも言えるキャラクターとして異彩を放っていたと思います。
主人公ら側になびくことなく、彼は彼の通常人とは異なる価値観に従って行動します。
レクター博士がクラリスに協力しているように見えながら、その残忍性は少しもなくなることなかったように、浦野もまた彼の価値観を変えません。
そのあたりのぶれなさはある意味見ていて気持ちがよく、そしてそれを演じる成田凌さんのパフォーマンスにも感心しました。
邦画にはあまりいないタイプのヴィランとしてさらに魅力が出てきたと思います。
最後ではまた次につながるような印象のシーンもありました。
次回作はありますでしょうか・・・?
再登場を期待したいところです。

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2020年2月 9日 (日)

「ジョジョ・ラビット」 偏見

第二次世界大戦中のドイツ、少年ジョジョにとってヒトラーはアイドルであった。
彼はファシズムがなんたるかを理解して、ヒトラーを好きになっているわけではない。
大人を含めて世の中が彼に熱狂していたから、ジョジョも熱に浮かされているようにヒトラーを崇拝していたのだろう。
冒頭のナチスの熱狂を表すシークエンスにビートルズなどの音楽を当てているのはうまいアプローチだと思った。
こちら側がビートルズに熱いコールを送ったのと同じように、彼らは「ハイルヒトラー」と声を上げたのだ。
ナチスというと、人間とは違う生き物ほどに違う人々にも思えてくるが、彼らも同じ人間であるということが伝わってくる。
おそらく戦時の日本も同じようなところがあったのだろう。
あまりに大きな熱狂の渦の中にいると、それ以外のものが見えなくなってくる。
同調圧力もあるだろうし、そもそもその他の選択肢の情報が入ってこないので、価値観が単一になってしまう。
ジョジョはそういう熱狂の中で成長してきたので、ヒトラーを崇拝してしまうのも無理もない。
彼にとっての唯一の社会であるヒトラー・ユーゲントでジョジョをいじめる少年たち、また教官のミス・ラームなどはファシズムの思想で凝り固まっているので尚更だ。
ジョジョは気が弱く優しい少年なので、心の奥底ではナチスの思想には共鳴していないのだが、そのような社会の中で馴染めない自分の方が悪いと思ったのだろう。
その結果、イマジナリー・フレンドとしてのアドルフを生み出したのだ。
しかし、彼の唯一無二の価値観を揺るがすのが、壁の中に隠れていたユダヤ人の少女エルサとの出会いだ。
ジョジョが教わってきたユダヤ人像とは全く異なる、賢く美しい少女に彼は惹かれていく。
彼の価値観が次第に綻んでいくのだ。
また熱狂の中にあっても、その渦の中に飲み込まれず自分が信じる視点に立っている者もいる。
ジョジョの母ロージーもその一人だ。
彼女は人知れずエルサを匿い、そして秘密裏にナチスに対しての抵抗運動をしていた。
あの時代のドイツというと全ての人がナチスの思想に支配されているというように思ってしまいがちだが、そうでない人もいたということだ。
よく考えてみれば、日本でも少なからず戦争に反対していた人がいたわけで、ドイツでも同じような人々がいたというのは当たり前なのだ。
しかし、彼らにとっては生きにくい時代であったということは変わらない。
結局ロージーは悲劇的な結末を迎えるようになってしまう。
ジョジョの世界観はエルサとの出会い、そして愛する母との別れによって決定的に変わる。
守りたいものを守りきれなかった経験を経て、彼の中に守りたいものを守ろうという勇気ができたのだ。
感銘を受けたキャラクターがもう一人いる。
ジョジョが所属しているヒトラー・ユーゲントの教官の一人であるキャプテンKだ。
彼はやる気があるのだかないのだかわからない男だが、陰ながらジョジョのことを気にかけている。
彼自身もナチスの思想に共感していないように見えるが、適当な感じを装って生きにくい世の中で生きていっているように感じる。
彼は何度かジョジョのピンチを救うが、最後は彼を救うために「ナチスとして」殺されてしまう。
皮肉的ではあるが、とてもカッコいい男だと思えた。
ナチスがユダヤ人をある種の枠をはめた見方で見て、迫害していたのと同じように、現代の我々もあの時代のドイツ人が全てナチスであったように思いがちである。
しかし、それは実は人々をある型にはめて見ているということでは同じであるということに気づく。
どうしても人はステレオタイプに捉えがちである。
それが偏見なのだが、それはかなり意識しないとなかなか自分がそのようなフィルターで見ているということに気づかない。
本作はコメディようなところもあるが、そういう人間の本質に気づきを与えてくれる作品であると思う。

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2019年12月28日 (土)

「屍人荘の殺人」 現実と非現実のバランス

まったくの予備知識を持たずに鑑賞しました。
基本的にはミステリーもの、特に名探偵ものが好きなので。
探偵者でよくある舞台設定としては、雪山の山荘や孤島など、外部の人が出入りできない場所、いわゆるクローズドサークルがあります。
タイトルからして「屍人荘」がクローズドサークルの舞台となるのだろうと想像はできましたが、そのような状況を作る方法が奇想天外で非常に驚きました。
後から思えば、それもタイトルに書いてあったのですけれども。
不思議なバランスで作られている作品です。
事件が起こり、それがどのように実行されたか、そして犯人が誰なのかということの謎解きでは、とてもオーソドックスに物理的に可能な可能性をロジカルに解いていきます。
この辺のアプローチは古典的な探偵小説のような趣があります。
非常に現実的で曖昧なものが入る余地があまりないように感じられます。
けれどもその推理劇が展開している場所が作られているのは非常に非現実的な理由によるものです。
ここについてはSFサスペンスや怪奇ものといった趣があります。
このような古典的で非常に現実的な要素と、現代的で非現実的な要素が一緒くたになっているというのが不思議な感覚でした。
あくまで非現実的な設定は状況を作るものであって、犯行そのものは論理的に組み立てらているのが、難しいところを逃げていないように感じました。
観ていたとき、ちょっと雰囲気が既視感あるなと思っていたのですが、「TRICK」でした。
よくよく監督名を見てみたら木村ひさしさんで、脚本は蒔田光治さんでした。
まさに「TRICK」のコンビ。
浜辺美波さん演じる剣崎比留子のキャラも奇妙でしたが、これも「TRICK」風ですよね。

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