「教皇選挙」この課題に宗教界は向き合えるか
カトリックという宗教のトップとなる教皇を決める選挙のことを「コンクラーベ」というのは、以前何かの本を読んでいた時に知った。
コンクラーベでは、枢機卿たちが外部との接触を絶たれ、文字通り「缶詰」で次の教皇を選ぶという。
そこでは主力派工作なども行われるらしく、まさに「根比べ」のようだと思ったものである。
本作で描かれる教皇選挙では、まさに主力派工作のための権謀術数が行われており、参加者たちは忍耐の限界を越えようとしている。
枢機卿と言えば、聖職者のトップであるから何事も正しい振る舞いを行うものと見えているが、何のことはない、彼らも同じ人間である。
同じカトリックと言ってもその中にはさまざまな考え方がある。
伝統的なキリスト教の価値観を遵守するもの、世の中の変化を感じ取り、自らも変わっていかなければならないとする者。
自らの考えが正しいと考え、それを実行するためにはトップの座に座らないければならないとして、工作を行う。
これはどこの組織でもトップを選ぶ時には行われているものである。
聖職者といえども、それは変わらない。
主人公であるローレンス枢機卿は筆頭としてコンクラーベを取り仕切る。
彼はどちらかといえばリベラル派で、友人であり、次期皇候補であるベリーニを推すが、あくまで公平な立場であろうとする。
コンクラーベの中で、さまざまな候補が上がってはスキャンダルや権謀術数で退場していく。
誰もそれぞれの理想は持ちつつ、自分たちが権力を握るために工作を行う。
それはそもそも清廉であるべき、宗教者とは異なる姿であり、ローレンスはそのこと自体に嫌気を感じている。
その中で、突如候補として頭角を表してきたのは、ベニテス枢機卿。
彼は若いながらも紛争地域を中心に活躍しており、最もキリスト者として理想に根ざした活動をしてきていた。
コンクラーベ終盤で発せられた彼のメッセージは多くの枢機卿たちに本来のあるべき姿を思い出させたのである。
彼は結果として新教皇に選ばれるが、その後、ローレンスは驚くべき事実を知ることになる。
その事実は、ローレンスだけでなく、キリスト教に関わる全ての人の価値観を揺さぶることになる。 この事実は驚くべきものであり、これが実際に起こったとしたら、多くの論争が湧くものであると思う。
ただ、それは今現在、世界の中でも議論されている事柄であり、宗教界だけが無縁なものではないはずで、いずれ彼らもこの話題について何かしらの見解を出さないわけにはいかないと思う。
トランプ政権となり、これらの課題に関しても揺り戻しが起こっているが、大きな流れは変わらないのではないか。
その時、宗教界はどのようにこれに対応していくのだろうか。
大きなクエスチェンをこの作品は提示している。
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