2018年11月 1日 (木)

「億男」 やはりお金は難しい

「宝くじが当たったら何をする?」なんて話になったりすることもありますが、なかなか答えに困ります。
世界一周旅行?
出不精なので旅行を計画するのが面倒くさかったりするし、海外行くと色々心配しちゃうので気苦労ばかりが多くて、あまり楽しめないので、ちょっと・・・。
高級車?
最近あまり車を運転することがなくほとんどペーパードライバーだし、運転するのは意外と神経使って疲れるので、ちょっと・・・。
ブランド物を買う?
そもそもブランドをよく知らないし、ブランド物身につけている自分が想像できないので、ないかな・・・。
我ながらつまらない男だな、と思いますが、思いつかないものはしょうがない。
宝くじが当たってしまったことによって、身を滅ぼすという話も聞きますし、なんか当たってしまうことも怖い(当たるわけないですが)。
サラリーマンの生涯収入は2.5億円くらいと言われていますが、本作の一男が当たったのは3億円。
一生働かなくても生きていけそうな気がしますが、そうはいかない。
1億円の億ションみたいな大きな買い物をしてしまったら、もう一生分には足りない。
そこまで大きな買い物をしなくても、宝くじが当たってしまうと気が大きくなって、少しづつ高いものを買ってしまいがちになってしまうらしい。
そうなると結局は生涯収入2.5億円で回せるはずが、3億円でも足りないってことになる可能性も。
そう考えると3億円って額はかなり微妙。
大金持っているのに汗かいて働くっていうのは、なかなか意志が強くないとできにくい。
働かないと生きていけないから、それが原動力になる。
生きていくのに必要な金を稼ぐというのは、強いモチベーションの一つ。
それがなくなってしまうと、働くことに別の意義を求めないと務まらないですよね。
そう考えていくと、3億円なんて当たると困りそうなので、買わないというわけです。
お金というのはなければ困るし、ありすぎてもまた別の困ったことがある、なかなか難しいものですよね。
お金は物質的にはただの紙だったり、金属片だったりするわけですが、物質的にそれが価値があるというわけではありません。
印刷されている紙が、いつでもそこに書いてある額に見合った価値のものと交換できるという、皆の共通認識があるからこそ、そこに価値があるわけです。
この共通認識というのが曲者で、お金の額に見合った価値が上がったり下がったりするわけです。
これが為替ですね。
お金は何が起ころうとも変わらない絶対的な価値基準を持っているわけではありません。
例えば、人間が滅びても物理法則が変わらないというような。
絶対的ではないのにも関わらず、現代のすべての人間の活動はお金を基準に営われている。
これがお金をわけわからないものにし、また人を不安な気持ちにさせることなのだと思います。
人間の活動を評価する唯一の価値基準であるのにも関わらず、絶対的ではないので人を不安にさせる。
持っていても不安になる。
だからもっともっとと思ってしまう。
この作品に登場する人物は、それぞれがそれぞれのお金観を持っています。
百瀬はお金を儚いものとして見ているし、千住はお金を万能のものと見ている。
十和子はお金を安心材料として見ている。
どれも正しいように思えるところが、お金が正体不明であるということを表しているのかもしれません。
自分自身もお金のことをどう考えていいのやらわかりませんが、それだけに振り回されてしまうのは嫌だなと思います。
一男の妻が、借金のせいでお金のことしか考えないようになってしまったと言います。
一男の場合は借金ですが、千住などはお金持ちですがお金のことしか考えてません。
これが幸せなのか不幸なのか。
そうかといって生きていく分だけあればいいというように考えるほど、達観しているわけでもないのでもないのですよね、自分は。
なくても困る、あっても困る、やはりお金は難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月31日 (水)

「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」 そもそもメジャー狙いが間違い

公開後の評判がものすごく悪い本作、私はたまたまですが初日に観に行っていました。
三木聡監督の作風はちょっと独特なところあります。
不条理な設定や展開だったり、ちょっと世間からズレているキャラクターだったり。
本作でいうと主人公が住んでいる怪しげな人が集まっているエリアとかなどは現実的ではないですよね。
けれど、それが現実の吉祥寺の近くにあるような風に描いている。
何か日常とそこからちょっと斜めにズレているところが同居していう不可解な感じが三木ワールドだと思います。
この独特の不可解さというのは、なかなか一般ウケはしにくいでしょう。
深夜枠で放送するにはいいけど、ゴールデンタイム枠では無理という感じと言いましょうか。
この作品の評判がすごぶる悪いのは、こういう一般ウケしにくい三木ワールドなのにも関わらず、メジャーな売り方をしてしまったということでしょうか。
元々はこういう三木ワールドのテイストにはぴったりな阿部サダヲさんですが、今ではすっかりメジャーな俳優の一人です。
また吉岡里帆さんは今を時めく女優さん。
この二人が主演ですから、メジャーな売り方をしたくなるのはわかります。
けれどそういうメジャーな売り方をしてしまうと、三木ワールドの味わいがわからない人も見てしまうわけです。
普通の邦画を見慣れている人にとっては、なかなかこの作品はうまく味わいにくい。
最近の邦画は予定調和というか、見る側にあまり負担をかけない素直な作り方をしているものが多いですよね。
そのような作品は映画を見慣れていない人が劇場に足を運んでくれるようにするにはいいとは思うのですけれど。
けど、この作品というか、三木監督自体はそういうタイプの監督ではないと思います。
なんというか、歌舞伎町の裏の方でとてもおいしくて知る人ぞ知るの店が、間違って新宿の駅ビルに店を出してしまい「コレジャナイ」と一見のお客に言われてしまった感じというか。

作品の話ではなく、売り方の話をしてしまいましたが、個人的には三木監督の作風はキライじゃないので全くダメということではありません。
とはいえ今までの三木作品に比べると逆に切れ味が少ない感じがしました。
もっと世間とのズレた感があったほうが好きです。
作品もちょっとメジャーな方にずらしたのだけど、中途半端だったというところでしょうか。
三木監督にはTOHOシネマズでかかる映画ではなく、テアトルとかでかかるような作品を目指して欲しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月17日 (月)

「アントマン&ワスプ」 ヒーローとダイバーシティ

「アントマン&ワスプ」
本作が公開する前から気になっていたことは、一連のマーベル・シネマティック・ユニバースの時系列のどこに位置付けられているかということ。
アントマンは「シビル・ウォー」には参加していましたが、前作の「インフィニティ・ウォー」では姿を見せず。
本作で語られる物語が、サノスの指パッチンの前なのか後なのかというとことが一つのポイントです。
「インフィニティ・ウォー」にアントマンが参加できなかったことはすぐに語られていて、「シビル・ウォー」の時に当局に捕まってしまったため、ずっと自宅軟禁中だったというわけですね。
なるほど・・・。

「インフィニティ・ウォー」でかなりシリアスな展開になった後の最新の作品が本作「アントマン&ワスプ」。
この作品はトーンが全体的に明るいので、深刻さがちょっと緩和されてシリーズ全体でいうと一服のお茶のようなホッとした感じがありますよね。
アントマン=スコット・ラングの友人であるルイスが自白剤をうたれて、ペラッペラ喋るくだりはバカバカしくて結構好き。
なかなかああいうテイストは「アベンジャーズ」ではできないですよね。
この作品タイトルが「アントマン&ワスプ」なのですが、主人公はアントマンというよりは、タイトルのまんまワスプも加えたダブル主人公という感じがしました。
エピソードはピム博士とその妻、そしてホープ(=ワスプ)の家族の話が中心なので、どちらかといえばワスプの方が主人公ぽい。
ちょいとアントマンは影薄いかな。
そういう点でいうと実は本作はマーベルの一連のマーベル・シネマティック・ユニバースの中ではターニングポイントとも言える作品かもしれません。
アメコミヒーロー物というと、今までは男性、そして白人が主人公のものが多かったですよね。
最近は「ブラックパンサー」でマーベル初の黒人ヒーローが登場していますし、DCですが「ワンダーウーマン」がヒットしたのも記憶に新しいところ。
だんだんとヒーローの世界もダイバーシティを意識し始めているのかもしれません。
今後登場が予定されているのは「キャプテン・マーベル」でこちらは、マーベル初の女性ヒーローの単独作品です。
こちらは若き日のニック・フューリーも登場するということで、マーベル・シネマティック・ユニバースとしても重要な位置づけになりそうです。
大きくフェーズも変わろうとしている中で、ヒーローの有り様も変わっていくというタイミングなのかもしれないですね。

あと一つ残っていた疑問は、指パッチンの前か後かということですけれども、それは最後に明かされます。
ネタバレになるので、ここでは記しませんが。
アントマンが今後のインフィニティ・ウォーにおいて、大きな役割を果たしそうなことが伺えます。
ますます楽しみになりますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月19日 (日)

「インクレディブル・ファミリー」 一粒で何度でも楽しめる

ピクサーの「Mr.インクレディブル」の続編です。
前作は2004年の公開だったので、もう14年も経っているんですね!
監督は前作に引き続き、ブラッド・バードです。
考えてみると「Mr.インクレディブル」は現在のアメコミヒーローブームの先駆けかもしれません。
マーベル・シネマティック・ユニバースが開始されたのは「アイアンマン」からで、公開時期は2008年。
「Mr.インクレディブル」の方が先になります。
ヒーローの存在が法律で禁じられている設定というのは、最近のマーベル・シネマティック・ユニバースでも展開されていますが、全然「Mr.インクレディブル」の方が先でした。
「Mr.インクレディブル」はレトロさを持ったタイツを着たスーパーヒーロー、そして懐かしいスパイ映画の雰囲気、昔からの映画ファンにはぐっとくるアイデアが詰まっている作品です。
そしてただヒーローが活躍する事件を描くのではなく、そのヒーローたちの私生活の部分を描くところが新しくもありました。
「ヒーロー×家庭」という意外な組み合わせが新鮮で、かつ普遍的なテーマでもあり、とても楽しめたのを覚えています。
久しぶりの続編はその基本的な「Mr.インクレディブル」の設定をさらに現代的なテーマを取り入れて、パワーアップしています。
その現代的なテーマとは「女性の社会進出」ですね。
本作を見て思ったのは、日本もアメリカも同じような課題に直面しているんだなということです。
女性が社会に出て働けるようにするには、家事や育児の負担を夫婦でしっかりと協力してやるということが大事です。
それは分かっていて、頑張ってやろうとするのですが、奥さんほどにはなかなかうまくできないのが旦那さんの悩みだということはどこでも共通なのですね。
自分もいろいろやろうとするのですが、奥さんにダメ出しされて凹むときが度々あります・・・。
本作のボブの気持ちにすっかり共感してしまいました。
奥さんが頑張って社会に出て輝いているのを見るのは嬉しい。
けれど自分は、家事もうまくできず疲労困憊で追い込まれてしまう。
これは男だからということではありません。
逆に仕事をしていた女性が子供が生まれて家庭に入ったときにも同じように思うこともあるでしょう。
だからこそ、夫婦で協力して家庭のことを考えるというスタンスが大事なのですよね。
それぞれの家庭の事情もあるので、どういうやり方がいいってことはないとは思います。
けどどういうやり方がベストかを夫婦で話し合うことが大事なのかな。
時々夫婦喧嘩とかがあると、改めてしっかり話すことが大切だと思います。
日々の生活の中で、お互い甘えちゃっていることがありますからね。
ちゃんと理解をするということが大切です。
とはいえ、「インクレディブル・ファミリー」はこういった現代の家庭事情の話だけではありません、もちろん。
そういう内容は別にして、ヒーロームービー、スパイムービー的な楽しみ方でも十分に堪能できます。
さすが「ミッション:インポッシブル」を監督した経験もあるブラッド・バードなので、アクション映画としての見せ方もさすがだと思います。
リニアモーターカーのチェイスシーンとか、最後の暴走する船を止めるシーン(「スピード2」か!)とか、見応え十分。
あと子育て真っ盛りの人も楽しめますよね。
赤ちゃんのジャック・ジャックが可愛い。
無邪気な彼が赤鬼になるところとか、自分の娘もそうなので、思わず笑ってしまいました。
赤ちゃんあるあるです。
社会的なテーマ、アクションムービー様々な側面で、一粒で何度でも楽しめる「インクレディブル・ファミリー」。
さすがピクサー、安定の品質です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月12日 (土)

「アベンジャーズ/インフィニティ・ ウォー」 無限に続く戦いか

ある意味、今までのマーベル・シネマティック・ユニバースの総決算とも言える作品ですね。
事前に観た方はかなりの高評価をしていたので、期待して観に行ってきました。
個人的には今までとは異なり、かなり重い展開であることと、登場人物が多くてやや話が忙しいのが気にはなりましたが、マーベルファンに対してのイベント映画としてはしっかりと堪能できました。
総決算と言えるくらいだけあって、登場するヒーローの数も半端ありません。
なかなかこれだけ出てくると、それぞれのキャラクターのことを描くのに時間がないと思うのですが、なんとかまとめあげていたと思います。
中でもアイアンマン、ソー、スターロードあたりが中心に話が進んで行きます。
とはいえ、真の主役と言ったら敵役のサノスになるのではないでしょうか。
登場したキャラクターの中でも最も時間をかけて語られていたのは彼ではなかったかと思います。
サノスについては今までのマーベルムービーの中でも名前は何度となく語られてきました。
曰く宇宙最強の敵と。
なので私はサノスはただただ無慈悲な完全な悪の存在であるというようなイメージを持っていました。
しかし、本作を観るとサノスは純粋な悪といった単純な人物ではありませんでした。
彼は容赦なく人々を殺していきますが、それは彼の中では慈悲でありました。
増えすぎた生き物がやがて資源の枯渇に滅びて行く。
そうなれば全ての生物が絶滅してしまう。
だから生き物を半分にし、余裕を持って行きていけるようにする。
宇宙のバランスを保つということを大義としています。
これは歪んだ考えであることは間違いありませんが、彼は彼なりの考えを持っているということがわかります。
そしてそれはある側面では説得力を持っているということがあります。
そしてまた彼は人としての感情、愛情を持っている(歪んではいますが)こともわかります。
ただただ単純な悪ではない。
彼なりに正しいと思う信念をサノスは持っています。
だから彼は強い。
強大なパワーを持っているから彼が強いわけではなく、彼が信念を曲げないから強いのですね。
それに対し、アベンジャーズたちは常に押されます。
かつてないほどの劣勢に彼らは立たされます。
そして衝撃的なラストを迎えます。
当然これでマーベル・シネマティック・ユニバースが終わるわけはないでしょう。
キーとなるのはドクター・ストレンジが持っていたタイムストーンかと思います。
インフィニティ・ウォーというタイトルからすると無限に続く戦いということですから、時間がポイントになるかと思うのですよね。
今はサノスの手に渡っていますが、これにドクター・ストレンジを何か仕掛けを施したような気がします。
タイムストーンなので、時間を巻き戻してしまうとか(アメコミではよく使われる手)。
もしくは人々を半減させるということで、片方はもう一つの宇宙(ユニバース)に移ったとか。
何かびっくりするような解決方法を見せてくれることでしょう。
劇場では「アントマン&ワスプ」の予告が入っていましたが、こちらはこのインフィニティ・ウォーより後の時間軸なのかな?
それでしたら、何かしらの答えが用意されているかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月30日 (月)

「いぬやしき」 ヒーローの本質

奥浩哉さん作の漫画が原作で、「GANTZ」同様に佐藤信介監督がメガホンを取っています。
「GANTZ」は原作も映画も非常にタッチが硬質なのですよね。
圧倒的な状態に対して、無常感というか、自分ではどうしようもない感じがあります。
そのような環境の中で、人は人らしく生きて戦えるか、状況に飲み込まれて人らしさを失っていってしまうかというところが描かれていたと思います。
そういう点において、本作「いぬやしき」も同じようなテーマを感じました。
あるときに、何者かによって人間ではないものに作り変えられてしまった獅子神という高校生と、犬屋敷という中年サラリーマン。
彼らが得たのは同じ能力ですが、二人はその力を全く異なることに使います。
獅子神の状況は不幸なものであることには間違いないですが、言ってしまえば不幸であるのは彼だけではない。
しかし、もともと自分の心の中にあった鬱屈した思いを吐き出すことができる力を得てしまったおかげで、彼は変わってしまいます。
そして一線を越えてしまったおかげで、どんどんと周りの者も不幸に巻き込んでいってしまいます。
彼の中には「こんなはずじゃなかった」という思いがあったのだと思います。
そしてまたその鬱屈した思いが、他への攻撃という形で現れてしまった。
そういう点で言えば、彼は非常に幼い心の持ち主であったのかもしれません。
かたや犬屋敷という男も幸せではありません。
家庭でも職場でも蔑ろにされており、ただそういう自分を諦めて生きています。
しかし、彼が獅子神と違っていたところは、人の不幸も幸せも自分のことのように感じることができる共感性でしょう。
これは人が持つ人らしい力であるのですが、それを獅子神は持っていなかった。
犬屋敷は人の持つ当たり前の共感性という力を持っていたのですが、人のために役に立つ能力を今までは持っていなかった。
それを彼は得ることができ、その力を人のために使った。
それまで人の役に立てなかったからこそ、それが彼の生きがいのようになったのでしょう。
人は誰かの役に立ちたいという思いは普通に持っているものなのですよね。
そういう意味では犬屋敷が特別な人間ではあったわけではありません。
当たり前の男なのですよね。
獅子神は世の中をわかっているような感じで見ていますが、その実何もわかっていませんでした。
人がどのように喜び、悲しむかということを想像できなかった。
自分のことだけで、他人のことを考えることができなかった。
犬屋敷は人に対して共感できる心を持っていた。
誰かが喜ぶこと、悲しむことに思いを馳せることができた。
それがこの二人の違い。
それが一人を悪役にし、一人をヒーローにした。
ヒーローにとって大事なのは見かけやその能力なのではなく、人としての心であるわけです。
設定としては非常に変わった作品でしたが、描いているのはヒーローの本質でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月14日 (土)

「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」 乱世の男

昨年クリストファー・ノーランの「ダンケルク」で第二次世界大戦の初期のダイナモ作戦が題材となり、ダンケルクから脱出しようとする兵士たちの姿が描かれました。
本作はちょうど同じ時代、イギリスサイドの話です。
ウィンストン・チャーチルは、それまでドイツに宥和的な態度をとっていたチェンバレンに代わりイギリス首相になりました。
本作を見て感じたのは、チャーチルは極めて政治家らしい政治家であるということ。
政治家としての野心を隠そうとはしませんし、ドイツや政敵にも容赦はしません。
しかしながら、国を思い、国民を思う気持ちは他のどの政治家よりも持っています。
彼は聖人君子ではありません。
ことば巧みに国民を戦争に導く扇動者にも見えます。
彼は複雑な人間であり、一筋縄ではいきません。
フランスが降伏するに至り、チャーチルが追い込まれ庶民の声を聴く場面があります。
彼はドイツには屈服したくないという国民の意見を直接聞き、勇気をもらいます。
人民の声は彼を弱気から救っただとは思いますが、チャーチルはその意見を政治的に利用もします。
その後、閣外大臣に演説をするときにも庶民の声と言っている部分に巧みに自分の意見をのせているのですね。
この辺りは議員たちを自分が進みたい方向に上手に誘導しているわけです。
その後彼らの指示を背景に国会で演説を行い、挙国一致内閣はドイツに対し徹底抗戦の方針を決めます。
彼は彼自身の理想を持ち、強引に、そして犠牲を厭わず邁進します。
しかし、その犠牲にも心を痛め弱気になるところも持ち合わせています。
彼は演説し言葉で人々を先導しますが、また周りの人々の言葉に救われもします。
彼は完璧な人間ではありません。
近くに居たら、非常に扱いにくい人間でしょう。
しかし、強い理想があり、それを推し進める強さがある。
それがかつて見たことのない状況において諦めない力を人々に与えるのでしょう。
彼は乱世に生きる人だったのかもしれません。
彼は第二次世界大戦を戦い抜きドイツを屈服させ、その後戦争終了後は首相の座を追われます。
平和なときには彼の性格は過激に過ぎたのかもしれません。
ただ世の中が混乱しているときは強力な個性、リーダーシップが求められるものです。
確かに、彼は乱世の男だったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月29日 (月)

「祈りの幕が下りる時」隠された切ない想い

東野圭吾さんの人気シリーズ「加賀恭一郎」シリーズの完結作の映画化作品です。
テレビドラマの「新参者」から阿部寛さんの加賀がスタートしたので、「新参者」シリーズとも言われますね。
私はその「新参者」シリーズの初劇場作品の「麒麟の翼」が初めての「新参者」シリーズでした。
確か「泣けるミステリー」と言われていたと思いますが、宣伝通りにとても泣けたのを記憶しています。
それからテレビシリーズやスペシャル版をレンタルして全部観たのですが、どれも泣けてくるのですよね。
東野圭吾さんの作品はミステリーといってもトリックだけが重要ではありません。
それよりも、事件の背後にある人の情を描いているのですよね。
悪意で事件が起きるのではなく、誰かが誰かのことを大切に思い、そのことによって事件が起きてしまう。
その隠された想いが加賀の手によって明らかにされていき、その想いの深さによって心が揺さぶられるのだと思います。
「麒麟の翼」でも父親の子供への想いがキーとなっていました。
そして本作もやはり親と子の想いがキーとなります。
本作は加賀シリーズの完結作というだけあって、彼がなぜ日本橋署にいるのか、そして「赤い指」でも触れられた母親の失踪にも話が及びます。
この事件では加賀自身の親子関係、そしてその想いが重要なファクターです。
そしてもうひとつの親子の想いも。
「麒麟の翼」を観たときは、独り身であったのですが、それから時が経ち、自分自身が結婚して、子供もできました。
幼い子供を見ていると、月並みですが何ものにも代え難いという思いになります。
子供を守るためならば、なんでもしたいと思います。
独身の時は想像しかできなかったのですが、自分がそういう立場になると、まさにそのとおりだと感じます。
本作ではある親子の互いへの強い想いが描かれます。
親はまさに自分の人生を欠けて子を守ります。
子はその想いに答えようと生き、そして最後は親の願いを叶えようとします。
それが悲劇につながってしまうのですが、そこの強い思いに心が揺さぶられました。
今の自分の立場でまた「新参者」シリーズを見直したら、印象が変わって受け止めるかもしれません。
また東野圭吾さんの原作にもチャレンジしてみたくなりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月15日 (金)

「オリエント急行殺人事件(2017)」 原作を読んでいても楽しめる

アガサ・クリスティーのミステリーは大好きで、もちろん原作も読んでいます。
この作品の結末は実に驚くべきもので、初めて読んだときはポアロの謎解きの内容にひっくり返りそうになった覚えがあります。
驚くべきところは、謎の答えは非常にシンプルでありながら、(それゆえに)それまで誰も思いつかなかったというところでした。
ミステリーの謎解きというと、複雑な仕掛けがあったりというイメージがありますが、単純な答えこそ人は見逃しがちであるということがわかります。
「オリエント急行殺人事件」以降は同じような答えのミステリーを誰も書けなくなるほどのものであったと思います。
それだけオリジナリティのあるアイデアでした。
アガサ・クリスティーは他にも「アクロイド殺し」など、驚くべきトリックが仕掛けられている作品がいくつもあるので、この映画を観てミステリーに興味が出た方は、手にとってはいかがでしょうか。
(「アクロイド殺し」はその仕掛け上、映画化は難しそうですが・・・)
結末を知っているので、映画を楽しめなかったかというと、そんなことはありませんでした。
「オリエント急行殺人事件」は以前にも豪華キャストで映画化されていますが、本作も出演者は豪華でしたね。
主人公の探偵「灰色の脳細胞」を持つエルキュール・ポアロはテレビシリーズのぽっちゃりなイメージが強く残っていたのですが、ケネス・ブラナーが演じるポアロもなかなかに良かったです。
ポアロはやや偏執狂的にきっちりとした人間で、だからこそ人が見逃しそうな些細な違いにも違和感を感じ、それを手掛かりにして論理的に推理を組み立てていくというアプローチをしていきます。
最近でも古典と言えるくらいに古くなったクリスティーの作品ですので、ポアロのことを知らない人も多いかと思うのですが、オープニングのエルサレムのくだりで彼の性格が簡潔に描写されていました(卵の大きさが揃っていないと気に入らないという場面)。
また彼はベルギー人であり、彼の活躍の場となるイギリスでは異邦人ということになります。
そのためか、非常に客観的な立場の目線で事件を見ることができるわけですね。
この辺りはクリスティの設定の妙でしょう。
他の出演者もまさに主役級を集めていると言ってもいいですね。
ジョニー・デップ、ミッシェル・ファイファー、ペネロペ・クルス、ジュディ・ランチ、ウィレム・デフォー、そして「スター・ウォーズ」のレイ役で注目を集めたデイジー・リドリー。
誰が犯人でもおかしくないというところがミソになるので、やはり登場人物もこれだけ豪勢でないとこの作品は成り立ちません。
以前に読んでいて結末は知っていたとはいえ、細かい部分は忘れているので、観ていて素直にハラハラしました。
最近は本格ミステリーの映画は少ないので、堪能できました。
ラストではポアロがエジプトに呼び戻されるようなところで終わりました。
「ナイル殺人事件」に繋がったりして・・・と思いましたが、本当に作るらしいですね。
本作のヒットを受け、そのようなことになったようです。
ケネス・ブラナーのポアロは良かったので、再び彼でやってくれるといいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2017年10月14日 (土)

「亜人」 割り切りがしっかりできていて小気味いい

例によって原作は未読で鑑賞してきました。
最近、原作の映画は結構長尺のものが多くなってきていますよね。
長い原作をコンパクトに映画をするのは大変ですし、登場人物を説明していく段取りなどもあるので、長くなりがちです。
特に登場人物の説明は丁寧にすればわかりやすくはなりますが、展開が遅くなって冗長な感じがしてくるので、バランスが難しいところです。
その点において本作「亜人」はかなり割り切って描いているかなと思います。
オープニングから主人公永井の佐藤による救出作戦が開始され、その後すぐに二人は対立し、バトルシーンに突入します。
ある意味、イントロなしでクライマックスに入った感じもあり、一気に作品世界に引き込まれる感じがしました。
と言いながら、ただバトルをしているだけでキャラクターの背景が全く不明かというとそういうことでもなく、ちょっとしたシーンであったり、台詞であったりでその登場人物がどんな人間なのかを伝えることは行なっていると思います。
永井なり、佐藤なりの過去話など掘ればいくらでも掘れそうだと思いますが、そこをあえて掘らず、映画としての展開のスピードを重視した潔い構成になっていると思います。
亜人研究所とか、政府の黒幕とか色々ありそうですけど、この辺りもあっさり切っていて小気味がいいです。
どうして亜人は存在するのかということなども描きたくなるとは思いますが、そのあたりもそういうものだという割り切りにの中で話が進んでいきますよね。
そのため映画全体は見ていて非常にスピード感があり、また比重の多いアクションについても亜人という特性を活かしたアクションとなっていて見応えがありました。
普通は死んだら負けということが前提にアクションが組み上げられていますが、本作の亜人の戦いは死んだら元々の完璧な状態で復活します。
劇中ではリセットと言っていましたが、まさに言い当てていますよね。
リセットボタンに手をかけながらゲームをしている感じ。
彼らにとって最悪なのは、リセットできない状態になること。
死んではいないけれども、動けない状態になると彼らは負けなのですよね。
ゲームの前提が違うから、アクションも通常のものとは変わるはずです。
そのあたりのルールの違いがよく劇中のアクションシーンで描かれていました。
そういう点では見たことがないアクションになっていたと思います。
割り切りがしっかりできていて、やりたいことが明確になっている作品に仕上がっていると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧