2021年12月 5日 (日)

「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」バディムービーとして正統進化

大ヒットした「ヴェノム」の続編となる作品でアンディ・サーキスが監督しています。
ヴェノムは元々はコミックでスパイダーマンの敵役として登場しましたが、「ヴェノム」では映画の「スパイダーマン」とは全くリンクがない形で登場した独立した作品でした(過去形)。
サム・ライミの「スパイダーマン3」ではヴィランでしたが、スパイダーマンの暗黒面を持っているような複雑な存在でありました。
そのイメージもあり初回登場時もダークヒーローのイメージで鑑賞しましたが、このヴェノムは思いのほかユーモアもあり、人間味のあるキャラクターとなっていました。
そういう点では個人的には期待とは違っていたのですが、主人公エディとヴェノムの掛け合いはいわゆるバディムービーのような軽妙さがあり、その点が多くの人に受け入れられjヒットしたのではないかと思います。
最近のヒーロームービーは長尺化が進んでいますが、2時間以下と見やすい尺であったのも要因の一つですね。
続編である本作はその様な前作のヒット要因を踏まえて作られているように思いました。
2作目ということでエディとヴェノムの掛け合いも磨きがかかっています。
こういうバディムービーは正反対の性向の二人が組み合わさるほどに面白くなりますが、ヴェノムの粗暴ながらも愛嬌があるキャラクターの魅力が増していている点がよかったですね。
主人公のエディより存在感があるかもしれません。
映画の尺は前作よりもさらに短く1時間半強くらい。
そのためサクサク展開進みますし、複雑さもありません。
最近の複雑な映画に慣れている身としては、ちょっと物足りなさを感じるところもなくはないのですが、あまりこの手の映画を見ない方には受け入れやすいかもしれません。
個人的には敵役二人はもう少し踏み込んで描写してくれた方がより魅力も増したかなと思いました。
いい俳優を当てているのでちょっともったいないですね。
ラストのバトルは大きな音に弱いというシンビオートたち特徴を踏まえたもので、目まぐるしく変身と解除が変わっていく状況で目新しかったです。
<ここからネタバレあり>
この映画で何が一番びっくりしたって、エンドロール中のマーベル映画では恒例のおまけ映像です。
ここで今まで独立している物語であった「ヴェノム」がMCUの「スパイダーマン」にリンクする可能性が示唆されました。
1月に公開される「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」ではマルチバースが本格的に物語に組み込まれ、サム・ライミ版やマーク・ウェブ版の敵キャラ(グリーンゴブリンや、ドクター・オクトパス、エレクトロなど)が登場することがわかっています。
ヴェノムは冒頭に書いたように「スパイダーマン3」に登場はしていますが、本作のヴェノムとは設定が違います。
「ヴェノム」にはスパイダーマンが存在しているような描写はありませんでした。
しかし、本作ではおそらくドクター・ストレンジの秘術によりマルチバースが交差し、本作のヴェノムがMCUの「スパイダーマン」の世界に来てしまったらしい状況になっている様です。
「ノー・ウェイ・ホーム」で実際にヴェノムが登場するかどうかはわかりませんが、いずれどこかで接点が設けられるようになるのでしょう。
MCUでは叶わなくとも、ソニーが進めようとしている「スパイダーバース」の中では十分ありそうです。

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2021年11月26日 (金)

「アイス・ロード」 兄と弟

タイトルにあるアイス・ロードとはカナダで冬の期間のみ利用できる湖上に張った氷の上に作られた道のこと。
この上を大きなトラックが物資を運んで行き交うらしい。
日本に暮らしている身としては、氷の上をトラックで走るなんていうことはかなりおっかない感じがしますが、冬季の間、政府によって管理されているこの道は安全ということです。
極地にほど近い鉱山である日落盤が発生し、何人かが閉じ込められてしまいます。
彼らを救うにはガスを抜くための掘削機を高山まで運ばなければなりませんが、その機械は非常に重量がありヘリなどでは運べません。
唯一の方法は大型トラックでアイス・ロードを走って送り届けること。
しかし時期は春に差し掛かろうとする時期で氷が薄くなってきており、政府はすでにアイス・ロードを閉鎖しています。
さらにはその運搬を妨害しようとする者たちもいて・・・。
70歳も近いというのにアクション映画に次々と出演しているリーアム・ニーソン主演の作品です。
最近の彼のアクション映画は割と大味なものが多く、本作もご多分に漏れません。
大体ストーリーの展開も予想できますし、VFXもややチープな感じも否めませんでした。
とは言いながらも全く楽しめないわけではないので、気軽にアクション映画を楽しみたいのであれば問題ありません。
最近長尺の作品が多い中では、上映時間もコンパクトなので見やすいかと思います。
本作の中で良かったのはリーアム演じる主人公マイクとその弟であるガーティの関係でした。
マイクはドライバーとして、ガーティは整備士としてコンビで運送会社に雇われいます。
しかしガーティ絡みで彼らはしばしば問題をお越し、何度も転職を繰り返しています。
というのもガーティはイラク戦争に出兵し、そのためPTSDを患い、失語症になっており、そのため仕事仲間から馬鹿にされたりすることがあったからでした。
ガーティはPTSDのためちょっとしたことにびくついたりしますが、整備士としての腕は一級品であり、その能力は高いものです。
しかし、病気のために周りの人から軽んじられていたのです。
マイクはそんなガーティを庇い、支えて生きてきました。
ガーティを馬鹿にする者たちへ彼は鉄拳をふるいます。
彼自身は自分は弟のことを完璧に信じていて、支えているという自負があったのだと思います。
しかし、内心では思うようにいかない弟に対し、苛立ちも感じていました。
様々な妨害を受けながらアイス・ロードを爆走する彼らがトラブルを受けスタックしてしまった時、マイクはガーティへの苛立ちを爆発させます。
ガーティがどうしてもマイクの言うことを聞かなかったからでした。
しかし、実際はガーティはウインチが寒さで脆くなっていることに気づいており、無理をすることに危険を感じていたからマイクを止めていたのでした。
それに気づかずマイクが強硬したため、ガーティは瀕死の状態になります。
マイクは考えるより先に拳がでる直情型です。
決断力・行動力はありますが、我を忘れることもあります。
対してガーティは冷静に状況を見る目を持っています。
マイクは常に世話をしているため、いつしか弟を手がかかる者という目で見てしまう様になってしまったのかもしれません。
本来は肉親であるからこそ、弟が持つ本質的な力をきちんと認めてあげなければならなかったのだと思います。
とはいえ、日常的に世話をすることによるストレスでは、なかなかそのようには見れなくなることも事実だと思います。
色々介護の現場でも問題となることもありますが、このような身近な者の間の軋轢みたいなことが描かれるとは意外でした。
マイクが弟が瀕死となった時に、嗚咽するのは、自分の中にある暗部に気づいたからだと思います。
その後息を吹き返したガーティとマイクが力を合わせて、危機を乗り越えていく姿はカタルシスがありますね。
それだからこそ最後はちょっと残念でしたが・・・。
アクション映画としてはそこそこでしたが、個人的には二人の兄弟の関係性にはドラマを感じて見ることができました。

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2021年11月14日 (日)

「エターナルズ」生々しい神々

<ネタバレあります>
MCUに初めて登場する不死の宇宙種族、エターナルズを描く本作で、アカデミー賞を「ノマドランド」で受賞したクロエ・ジャオが監督をしました。
エターナルズとは、宇宙をつくったと言われるセレスティアルズに作られた存在で、地球の人類を文明の黎明期より守ってきました。
彼らはそれぞれが強大な力を持っており、そのため人々からは神のように見えた存在であったのでしょう、彼らを描いた神話が各地に残されました。
そのような力を持っているのにも関わらずサノスに対して何もしなかったのは、彼らはディヴィアンズという人類に脅威を与える邪悪な存在にしか関与が許されていなかったからなのです。
本作は従来のMCUの作品とは大きくテイストが異なります。
エターナルズを神のような存在と書きましたが、本作はまさに神々の叙事詩といったような雰囲気を持っています。
ここでいう神とは、キリスト教のような超越神ではなく(どちらかと言えばこれはセレスティアルズに近いか)、ギリシャ神話に登場する神々のイメージに近いです。
ギリシャ神話の神々は、神と言っても非常に人間くさい。
愛しもするし、憎みもする。
欲深いし、嫉妬もする。
人の良いところと悪いところを極端にしたような存在です。
まさにエターナルズもそのような存在に見えました。
彼らは人を愛し、慈しむ。
そして彼らも悩み、迷う。
初めてMCUの作品でラブシーンが描かれたのも驚きましたが、それも彼らが非常に人間らしいということを印象付けました。
クロエ・ジャオの作品で見たことがあるのは「ノマドランド」だけですが、彼女は人間と自然を対比させて描いているように見えました。
彼女は人間が暮らすこの地球の自然を雄大に印象付けているように見えます。
そのことにより自然がそもそも人を超越している存在であるように感じさせ、そしてその自然との対比により個々の人の存在をより際立たせているように思えたのです。
本作でも彼女がこだわったというロケによる自然の描写が各所に見受けられます。
雄大な自然の前に、スーパーパワーを持ったエターナルズの人間が持つ生々しさが強く印象に残ります。
この生々しさは今までのマーベルのヒーローにはなかったもののように思えました。
そんな生々しさを持ったエターナルズがそもそも生物ではなかった、というのは衝撃的でした。
その事実を知った彼らはそれぞれに悩み、その結果エターナルズ内部でお互いに戦い合うようになります。
これもギリシャ神話を見ているようでありました。
結果、神々の幾人かは滅び、幾人かは生き残ります。
本作はMCUに属するものですが、他作品とのクロスオーバーはほぼありません(もちろん設定は共有されているので地つづきではあります)。
生き残った彼らは次回作でMCUの他メンバーと開講するのでしょうか。
本作を見ていて、湧いてきた疑問が一つ。
セレスティアルズは新たなセレスティアルズを生み出すため、ディヴィアンズに対抗させるためにエターナルズを創造しました。
セレスティアルズは宇宙をつくりだすほど力を持っているわけですから、どの様なものでも作れそうな気がします。
ディヴィアンズに対抗するためであったら、まさにロボットのように人間性を持たない存在をつくっても良かったように思います。
人間性を持ったからこそ、本作で描かれるような顛末が起こったわけですから。
長い宇宙の歴史の中で、このような事態になったのが地球だけというのは不自然です。
他の星でもこの様なことが起こったと思われます。
そうなるとあえてセレスティアルズがエターナルズに人間性を持たせる意味があったのではないか、と思ったのです。
その理由は今のところなんだかわかりません。
次回作などで明らかになることを期待したいです。
とはいえ、ディヴィアンズのような失敗作も作ってしまったセレスティアルズですから、ただの間違い、ということもありえます。
その場合は、セレスティアルズ自体も創造神のような絶対性は持っていないということになるので、その辺の展開も気になります。
さらには「ホワット イフ」に登場した、また一つの超越した存在であるウォッチャーとの関係性も気になるところです。
これも今後の展開で謎が解けることを期待しましょう。

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2021年11月 5日 (金)

「映画 トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!」夢を持つということ

5歳の娘と一緒に行ってきました。
うちの娘は幼稚園で「将来になりたいのはプリキュア」と書くぐらいのプリキュア好き。
ですので、私も日曜の朝は付き合って見ているので、相当詳しくなっています。
現在放映中のプリキュアは「トロピカル〜ジュ!プリキュア」で、タイトルからも伝わってくるように南国のように明るいトーンが特徴です。
昨年の「ヒーリングっど プリキュア」は恐ろしいほどにコロナ禍の状況にシンクロしていましたが、「トロピカル〜ジュ!プリキュア」は世間に蔓延している鬱屈した気持ちを吹き飛ばすように底抜けの明るいのです。
子供たちも親や周りの人々のモヤモヤした気分を察知していて子供なりにストレスを感じていると思う中、好きなテレビを見ているときは明るい気分になれるのはいいですよね。
制作者もそのような意図でこの作品を企画したのではないかと思っています。
「トロピカル〜ジュ!プリキュア」の主人公はキュアサマーこと夏海まなつという中学生の少女。
「トロピカってる?」というのが口癖ですが、これは今とっても楽しい気分でイキイキとしているか、ということを言っているのですね。
まさに今を大切に生きている女の子で、エネルギーに溢れています。
まなつと共にもう一人の主人公とも言うべき存在が、グランオーシャンという人魚の国からやってきたローラという人魚です。
彼女もキュアラメールというプリキュアに変身します。
ローラはまなつと違い自分の将来の夢をしっかりと持っている少女です。
その夢とはグランオーシャンの女王になり、皆を幸せにしたいということ。
ローラ自身は自信家で少々鼻持ちならないところもありますが、彼女の夢に対しての思いは真っ直ぐです。
今回の映画はまなつというよりは、ローラが主役と言ってもいいストーリーとなっています。
彼女たちは不思議な生き物に招待され、雪の国のプリンセスが女王となる戴冠式に向かいます。
そこでローラは雪の国のプリンセス、シャロンに出逢います。
まなつはローラの夢を応援してくれているものの、その夢の大きさを叶えることの大変さ、重さは本当にわかっているかわかりません。
シャロンは同じような大望を持っているという点でローラが共感できる存在でした。
ストーリーは後半大きく動きます。
詳しくは書きませんが、自分の夢を叶えるために他の人を犠牲にして良いか、というテーマに行き着きます。
そしてもし夢に敗れた時、忘れられていってしまうかもしれないという恐ろしさ。
でも本当に忘れられるのではなく、誰かはきっと夢を叶えるための頑張りは見てくれている。
そういう救いも語られます。
うちの娘の将来の夢は今のところプリキュアです。
夢というのは恐ろしい側面もあり、ある種の呪いともなります。
叶えられなくて苦しくなるのだったら、そもそも夢なんて持たない方がいいと考えるかもしれません。
でも夢があるからこそ、「今」という時間が充実したものにもなってきます。
彼女の夢は叶うかどうかわからないけど、夢はずっと持っていってほしい。
そこに行き着こうと頑張る姿をお父さんは見ています。

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2021年10月23日 (土)

「ONODA 一万夜を越えて」 信じるものを信じ続ける怖さ

太平洋戦争後もフィリピンでゲリラ戦を行い、29年を経て日本へ帰還した小野田寛郎の実話を元にした作品。
出演者は全て日本人で言語も日本語であるのにも関わらず、監督はフランス人という珍しい座組みです。
なぜフランス人がこのテーマを選んだのか、というところに興味が出てきますね。
自分が信じることを人生をかけて信じ続けたということへ感銘を受けたのでしょうか。
これを美しいことと捉えるか、悲劇と捉えるかは作品内では明確には描いてはいませんが。
個人的にはこの出来事は恐ろしいことと捉えました。
主人公である小野田は情報将校として陸軍中野学校二俣分校で訓練を受けたのち、フィリピンに派遣されました。
陸軍中野学校はいわゆるスパイ養成機関であると言われています。
派遣される前に、小野田は上官より通常の日本軍ではあり得ない訓示を受けます。
一つは玉砕は許さない、ということ。
敗戦の色が濃くなった当時、本土決戦やら総玉砕などという勇ましいスローガンが語られましたが、それとは全く逆のことを上官は述べました。
すなわちスパイは生きて情報を得て、それを利用し尽くすのが本分ということなのでしょう。
そしてそれに関連して、自分こそが自分の司令官であるとも言いました。
つまり状況がどう変化するかわからない中で、それを自ら判断し、臨機応変に対応せよということであると思います。
これも命令が全てであった軍隊という組織の中では異例の訓示であると思います。
自ら状況を見て、判断し行動せよ、ということであるので、小野田は自由に判断し、日本が敗戦したという情報を得たときに投降してもよかったとも思えます。
が、彼はそうはしなかった。
自ら考えろという命令はあったのに、なぜか。
生き残れ、臨機応変に対応せよ、という命令の前提としてあったのは戦争を遂行せよという大前提の命令があります。
自ら考える訓練はされていたものの、その前提は絶対でした。
自ら考えているように見えて、支配されているという状況は自分でも気づかないものであり、ちょっと恐ろしいと感じた訳です。
また、小野田はジャングルに潜伏していた時に戦争が終わっているという認識があったと思います。
その時に小野田は認知的不協和の状態であったとも考えられます。
自分が信じていることを否定する事実が発覚した時に、その人の中で矛盾が起こります。
この場合は(1)ゲリラ戦を遂行しなくてはいけないという信念に対し、(2)終戦しているという事実がコンフリクトを起こします。
通常は(1)を修正し、ゲリラ戦を止め投降するということになると思いますが、小野田の場合は長期にわたる戦いを否定するという辛い決断(自分の年月も部下の死も無駄であったという認識を持つ)をしなくてはならず、そうできなかったのだと思われます。
そのため(2)終戦しているという事実を自らの認識の中ではねじ曲げ、それは連合軍の欺瞞情報であると考え、認知的不協和を回避したのではないかと考えます。
小野田は前提となる命令が絶対的なものであったこと、そして長年に渡る潜伏期間により認識を変えるためのコストが上がってしまったため、認知的不協和に陥ってしまったことがあったのでしょう。
それを正すためには、彼を支配していた上官の命令自体を無くするほかはなく、彼がジャングルを出るためにかつての上官のフィリピン訪問は絶対的な要素となったのでしょう。
本作を見て思ったのは、このような絶対的な命令の刷り込みであり、それによって人生の大部分を浪費してしまったという悲劇の恐ろしさです。
自らは信じたいものを信じていると認識しているかもしれませんが、そう思わされているという恐ろしさ。
見たいようにしか見ないというフェイクニュース的な恐ろしさにも通じるものも感じます。
そのため、この物語は戦中の過去の話と片付けるのではなく、現代にも通じるものとしても見ることもできるかと思いました。

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2021年9月11日 (土)

「オールド」 時間は有限

「シックス・センス」のM・ナイトシャマランの最新作です。
彼の作品は登場人物もそして観客も何も情報がない状況に置かれた中で、じわじわと不穏な出来事が起こり、次第に主人公も追い込まれていくということが描かれていくことが多い。
見ている我々も登場人物と同じように、追い込まれていく気分を味わうことになります。
この辺りの感覚を描くのがナイトシャマランは非常にうまく、本作でもその腕は健在だと思います。
心理的に追い込まれていくスリラーの感覚と並んで、彼の作品では「どんでん返し」の要素もとかく言われます。
最後まで見て「えっ!」となって、終了!という展開がいくつかの作品でありましたよね。
映画が終わってもモヤモヤした気分は残るという印象です。
それは高い評価として受け止められることもあれば、投げっぱなし感もあるため不親切に感じる方もいたかと思います。
本作について言うと種明かしはありますが、非常に親切です。
これもナイトシャマランのどんでん返しが好きな方には物足りなく感じられるかもしれません。
ただ最後にきちんと着地しているため、モヤモヤは残さずすっきりとした印象で映画を見終えることはできます。
ここは彼がどんでん返しのこだわりを捨て、映画として観客にメッセージをちゃんと伝えることを意識したと言う点で円熟してきたとも言えるかもしれません。
何組かの家族が訪れたのはプライベートビーチ。
彼らはバカンスを楽しみますが、しばらくすると異変に気づきます。
そのビーチでは通常よりもものすごいスピードで老化が進んでいくのです。
幼かった子供たちはみるみるうちに成長していきます。
彼らはビーチから脱出を図ろうとしますが、そうしようとすると頭を圧迫される感覚を覚え、気絶してしまうのです。
そこで過ごすと1日あたり50年程度老化が進むらしい。
人間のほぼ一生分です。
人生があと1日で終わると知った時、人は何を思うのか。
ビーチを訪れた主人公夫婦は彼らの間にトラブルを抱え、離婚の危機にあります。
諍いがある前提として、人は残り時間はまだまだあるというように皆が思っているということがあるかと思います。
だから目先の小さな不満に目がいく。
けれど時間がないことがわかった時、何が本当に大切なことなのかにようやく目がいくのです。
この夫婦も自分たちの時間がもうないと悟った時、ようやく本当に大切なことに気づきました。
だからと言って二人が救われることはないのですが、えてして時間は残酷なものです。
ですが、気づけたいうこと自体はよかったのかもしれません。
元のままだったら気づくことすらできなかったのかもしれないのですから。
私はかなり歳をとってから娘を授かったので、なんとなく娘が大人になり子供を産むまで生きていられるのだろうか、と考えるようになりました。
一人っ子ですし、娘の成長の過程を見ることはたった一回のかけがえの無いものとして考えています。
だから一緒に過ごす時間をなるべく取りたいと考えていますが、これも時間が有限だと感じているからです。
普通に生きていると時間が有限であるという感覚はあまりありません。
無駄な時間も過ごしてしまいます。
しかし、限られたものであることを認識した時、何が大切か改めて考えることになるのだと思います。

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2021年8月20日 (金)

「映画おしりたんてい スフーレ島のひみつ」 ミステリーの入門に最適

これまた娘と一緒に見に行ってきました。
「おしりたんてい」も娘が最近どハマりしているアニメの一つです。
「クレヨンしんちゃん」といい「おしりたんてい」といい、どんだけ「おしり」が好きなんだ・・・。
それはさておき、娘がこのシリーズが気に入っているのは犯人を当てたり、迷路を解いたりするような、ちょっと考えてみるところらしい。
そういえば自分も小さい頃から推理もの、ミステリーは好きでした。
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは学校の図書館で借りてほとんど読んでいましたね。
なのでこのシリーズは娘と一緒にテレビを見ていても、自分でも結構楽しめたりします。
子供のミステリーの入門編として最適ですね。
登場するキャラクターも皆なかなかに魅力的。
まずおしりたんていが、まさに名が体を表すの言葉通りに顔がおしり・・・。
そんなお茶目な容貌なのに、そのキャラクターはまさにジェントルマン。
レディには優しく、どんなピンチでも焦る様子は見せません。
そして必殺技が嗅いだ者を悶絶させる「屁」。
毎回ここぞと言う時に「失礼こかせていただきます」との言葉とともに屁を放りますが、水戸黄門の印籠というか、ある種パターンの快楽のような感じがあります。
この時のBGMが「必殺仕事人」の仕事の時の音楽っぽいところもセンスが良いです。
相棒を務めるのはブラウンという少年。
明智探偵の助手である小林少年のような役回りでしょうか。
ちょっと頼りないところはご愛嬌です。
おしりたんていに事件を依頼するわんころけいさつのトップがマルチーズ署長。
見た目は本当に小さい子犬なのですが、屈強な大型犬の刑事たちを引き連れ、事件に挑みます。
丸い物に目がないのがカワイイ。
そして探偵といえば、必要なのはライバルとなる犯罪者です。
明智小五郎に対しての怪人二十面相、シャーロック・ホームズに対してのモリアーティ教授、銭形警部に対してのルパン三世(最後はちょっと違うか)。
おしりたんていのライバルと言えば、変装の名手である怪盗U。
彼はエレガントかつ華麗に美しいものを盗みます。
今回の映画では怪盗Uも大きな役割を担います。
彼は盗賊ではありますが、汚い手は使いません。
彼は何者にもとらわれず自由であり、自分の価値観である美しさにだけ拘ります。
本作のゲストキャラであるスフーレ島のルルは彼の自由さに惹かれます。
おしりたんていと怪盗Uの対決もなかなか見どころありますし、大人でも結構楽しめます。
無論、娘もものすごく集中して見ておりました。
将来ミステリー好きになるかしら。

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2021年8月11日 (水)

「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園 」 いつも一生懸命

初めて「クレヨンしんちゃん」を劇場で見てきました。
5歳になったばかりの娘がぜひ見に行きたい!と言ってきたもので。
そもそも「クレヨンしんちゃん」がアニメ化されたのが1992年、この時はすでに社会人になっていたため全く馴染みがありませんでした(そりゃそうだ)。
しんちゃんの天真爛漫なキャラクターが、世の真面目な父兄から「こんな下品なアニメを放映するとは何事か」的な抗議を受けたという話は小耳に挟んでおりました。
最近の娘はネットフリックスを駆使して、好きなアニメなどを勝手に見ているのですが、最近のお気に入りがこちらの「クレヨンしんちゃん」。
映画の「爆盛!カンフーボーイズ」は一時期毎日見るというヘビーローテションとなっておりました。
影響を受けてか「おしりブリブリ〜」とか突然やり出すので、抗議をしていた父兄の気持ちはちょっとわからなくもないですが、一緒に見ているとお話はしっかりと作られていて、かつ意外とグッとくるようなところもあり、これだけ長年愛されているのもわかります。
さて本作についてです。
「クレヨンしんちゃん」の映画は切り口がバラエティに富んでいます。
先程の「カンフーボーイズ」はカンフー映画へのオマージュたっぷりですし、「失われたひろし」はインディ・ジョーンズですしね。
今回は実は「クレヨンしんちゃん」では初めてのミステリーです。
娘は「おしり探偵」にもハマっていて(おしりばっかりだな・・・)、犯人当てなどにも興味津々ですので、ぴったりでありました。
ミステリーのトリックや犯人なども意外や意外でしっかりと考えられたもので驚きました。
しかしよく考えてみると「クレヨンしんちゃん」は意外な切り口を持ってきますが、その題材に関してはいつもかなり真剣に挑んでるんですよね。
「カンフーボーイズ」などもアクションシーンのアニメのパートはなかなか見応えがありました。
本作では野原家ではなく、カスカベ防衛隊のメンバーたちが大活躍します。
意識高くて向上心がある風間くん、オマセで仕切りたがりのネネちゃん、臆病者だけどスイッチ入るとキャラが変わるマサオくん、いつもほんわか優しいボーちゃん。
この子たち、みんないい子ですよね。
そんなかでもしんちゃんに対してツンデレ感のある風間くんは結構好きなんですよね。
自由奔放に生きるしんちゃんに対する妬みと憧れみたいなものがあって、なんか自分自身に似ている部分もあって共感してしまいます。
映画を見終わって娘とエスカレーターを降りていると、ちょうど後ろにカップルが立っていました。
彼らも「しんちゃん」を見ていたらしく、感想を述べていました(デートで「しんちゃん」をセレクトするのはすごいなと思いましたが)。
彼女さんが「しんちゃんっていつも最後一生懸命走っているよね!」と言うと、彼氏さんが「そうそう、前も東京タワーを登ってたよね!」と応えてました。
そうでした「オトナ帝国の逆襲」でもしんちゃんは両親を助けるためにすごい勢いで東京タワーを駆け上がっていました。
この二人の指摘は正しく、しんちゃんはいつも一生懸命なんですよね。
おふざけするときも、遊んでいる時も、その時しんちゃんが大事だと思うことに一生懸命。
今回も大事な友達である風間くんを助けるためにしんちゃんはがんばりました。
一生懸命やるって言うのはなかなかできないことです。
なんだかんだ言い訳作って諦めてしまう。
そういうことに慣れきってると、しんちゃんのがんばりがとても清らかに見えてグッときてしまうのですよね。
子供たちはまだ諦めることを知らないから素直に見れるのかもしれないですが、大人は逆に諦めてばかりなので、意外と心に刺さる。
一生懸命やることの大切さを思い出させてくれる。
最初に書いた抗議をしていた父兄は、ちゃんと物語を見たことがなかったのかもしれませんね。
表面的な「おしりブリブリ〜」の現象だけを見て、文句を言っていたのかな。
子供はもっと大事なことを学んでいたのかもしれないのに。
先程のカップルさんも子供の頃から「しんちゃん」を見てきてたのかな。
もう30年近くもアニメをやっているわけですから、子供の頃から「しんちゃん」に親しんできた二人が子供を作る世代にもなっていますよね。
あの頃抗議していた父兄の心配は杞憂に終わったということでしょうか。

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2021年7月 8日 (木)

「それいけ!アンパンマン ふわふわフワリーと雲の国」 アンパンマン卒業?

毎年夏休み前に公開される「アンパンマン」の映画ですが、昨年は多くの作品と同様に公開延期となり、結局1年遅れでの公開となりました。
前作と引き続き、娘と見に行ってきました。
「アンパンマン」の映画は娘にとって初めて劇場で見た作品ですので、感慨深いです。
と思っているのは親だけで、今年は娘は今までとちょっと違っていました。
私「アンパンマンの映画やるってよ。一緒に見に行こうか」
娘「行ってもいいよ」
・・・なんか違うぞ。
前回までは「行くっ!」って感じだったのに。
「プリキュア」を見に行った時は「行く行くっ!」だったので、映画が嫌いになったわけではないのです。
考えれば娘ももう4歳、「アンパンマン」はもう卒業なのかもしれないですね。
こんなところで娘の成長を感じる私でした。
映画の方は意外にもアンパンマンではなくドキンちゃんが主役のお話でした。
こういうアプローチもあるのですね。
ドキンちゃんは「アンパンマン」の中でも人気があるキャラクターの一人です。
ちょっとわがままだけど自分に素直で、感受性も高くて、優しいところもあって、なんか憎めない。
娘も好きなキャラクターの一人です。
私からするとなんか娘を見ているような感じもするキャラクターですね。
本作はドキンちゃんが赤ちゃんの雲の子フワリーと出会い、育てて、最後は別れが来るというお話。
娘も4歳になると、年下の子のお世話をしたがったりするお年頃。
なんかドキンちゃんには共感した様子。
でも、もう「アンパンマン」は卒業なので、来年は一緒に来ることはないんでしょうね。

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2021年6月12日 (土)

「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」 キャラクターがさらに磨きがかる

浜辺美波さん主演の「賭ケグルイ」の劇場版第2作です。
もともと浜辺さんの振り切った演技が見たくて、放映したあと遅れてNetflixでTVシリーズを鑑賞し、その後劇場版を見ました。
すっかりこのシリーズにハマり、続いてアニメ版を第二期まで見て、最後は原作コミックへ。
通常とは違って遡っている感じですね。
前回の劇場版と同様に今回も劇場版のオリジナルストーリーです。
このシリーズの魅力はキャラクターの過剰なまでのハイテンションぶりと、ギャンブル勝負の際のジリジリとした緊迫感です。
前作劇場版はドラマ要素の方が強い印象を受けましたが、今回は上記の2点にフォーカスしているように感じました。
より「賭ケグルイ」らしい印象です。
キャラクターに関しては、浜辺さん演じる蛇喰夢子はコミックやアニメとはまた違う進化をしているような感じがします。
コミックの夢子はかなりグラマラスでセクシャルなのに対して、浜辺さんはご自身のイメージがそのような感じではありませんので、掴みどころのない夢子(ちょっと幼児退行しているようなふしぎちゃん)という実写版オリジナルな個性が出ているキャラクターとして確立しています。
早乙女芽亜里役の森川葵さん、鈴井涼太役の高杉真宙さんも同様ですが、まさにハマり役となっています。
また今回は生徒会長、桃喰綺羅莉もギャンブル勝負に参加し、ガッツリと登場しています。
実写版では存在感は示しつつも、自身がギャンブルをするシーンはなかったですが、今回は夢子と共にギャンブルに挑みます。
彼女を演じている池田エライザさんもまさにイメージがぴったり。
そしてギャンブルの方も緊迫感があって面白かったです。
ギャンブルを扱った映画としては「カイジ」シリーズがありますが、命懸けのギャンブルという点では「カイジ」の1作目、2作目に通じる緊張感がありました。
夢子、綺羅莉の賭ケグルイっぷりがよく出ており、次元の違うキャラクターの強さを感じました。
非常に面白く鑑賞できたので、続きが見たいなと思っていたところでのあのエンディング。
原作やアニメで描かれた生徒会長選に突入しそうな終わり方。
続編ありそうですね。
滾ってしまいます。

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