2021年9月11日 (土)

「オールド」 時間は有限

「シックス・センス」のM・ナイトシャマランの最新作です。
彼の作品は登場人物もそして観客も何も情報がない状況に置かれた中で、じわじわと不穏な出来事が起こり、次第に主人公も追い込まれていくということが描かれていくことが多い。
見ている我々も登場人物と同じように、追い込まれていく気分を味わうことになります。
この辺りの感覚を描くのがナイトシャマランは非常にうまく、本作でもその腕は健在だと思います。
心理的に追い込まれていくスリラーの感覚と並んで、彼の作品では「どんでん返し」の要素もとかく言われます。
最後まで見て「えっ!」となって、終了!という展開がいくつかの作品でありましたよね。
映画が終わってもモヤモヤした気分は残るという印象です。
それは高い評価として受け止められることもあれば、投げっぱなし感もあるため不親切に感じる方もいたかと思います。
本作について言うと種明かしはありますが、非常に親切です。
これもナイトシャマランのどんでん返しが好きな方には物足りなく感じられるかもしれません。
ただ最後にきちんと着地しているため、モヤモヤは残さずすっきりとした印象で映画を見終えることはできます。
ここは彼がどんでん返しのこだわりを捨て、映画として観客にメッセージをちゃんと伝えることを意識したと言う点で円熟してきたとも言えるかもしれません。
何組かの家族が訪れたのはプライベートビーチ。
彼らはバカンスを楽しみますが、しばらくすると異変に気づきます。
そのビーチでは通常よりもものすごいスピードで老化が進んでいくのです。
幼かった子供たちはみるみるうちに成長していきます。
彼らはビーチから脱出を図ろうとしますが、そうしようとすると頭を圧迫される感覚を覚え、気絶してしまうのです。
そこで過ごすと1日あたり50年程度老化が進むらしい。
人間のほぼ一生分です。
人生があと1日で終わると知った時、人は何を思うのか。
ビーチを訪れた主人公夫婦は彼らの間にトラブルを抱え、離婚の危機にあります。
諍いがある前提として、人は残り時間はまだまだあるというように皆が思っているということがあるかと思います。
だから目先の小さな不満に目がいく。
けれど時間がないことがわかった時、何が本当に大切なことなのかにようやく目がいくのです。
この夫婦も自分たちの時間がもうないと悟った時、ようやく本当に大切なことに気づきました。
だからと言って二人が救われることはないのですが、えてして時間は残酷なものです。
ですが、気づけたいうこと自体はよかったのかもしれません。
元のままだったら気づくことすらできなかったのかもしれないのですから。
私はかなり歳をとってから娘を授かったので、なんとなく娘が大人になり子供を産むまで生きていられるのだろうか、と考えるようになりました。
一人っ子ですし、娘の成長の過程を見ることはたった一回のかけがえの無いものとして考えています。
だから一緒に過ごす時間をなるべく取りたいと考えていますが、これも時間が有限だと感じているからです。
普通に生きていると時間が有限であるという感覚はあまりありません。
無駄な時間も過ごしてしまいます。
しかし、限られたものであることを認識した時、何が大切か改めて考えることになるのだと思います。

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2021年8月20日 (金)

「映画おしりたんてい スフーレ島のひみつ」 ミステリーの入門に最適

これまた娘と一緒に見に行ってきました。
「おしりたんてい」も娘が最近どハマりしているアニメの一つです。
「クレヨンしんちゃん」といい「おしりたんてい」といい、どんだけ「おしり」が好きなんだ・・・。
それはさておき、娘がこのシリーズが気に入っているのは犯人を当てたり、迷路を解いたりするような、ちょっと考えてみるところらしい。
そういえば自分も小さい頃から推理もの、ミステリーは好きでした。
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは学校の図書館で借りてほとんど読んでいましたね。
なのでこのシリーズは娘と一緒にテレビを見ていても、自分でも結構楽しめたりします。
子供のミステリーの入門編として最適ですね。
登場するキャラクターも皆なかなかに魅力的。
まずおしりたんていが、まさに名が体を表すの言葉通りに顔がおしり・・・。
そんなお茶目な容貌なのに、そのキャラクターはまさにジェントルマン。
レディには優しく、どんなピンチでも焦る様子は見せません。
そして必殺技が嗅いだ者を悶絶させる「屁」。
毎回ここぞと言う時に「失礼こかせていただきます」との言葉とともに屁を放りますが、水戸黄門の印籠というか、ある種パターンの快楽のような感じがあります。
この時のBGMが「必殺仕事人」の仕事の時の音楽っぽいところもセンスが良いです。
相棒を務めるのはブラウンという少年。
明智探偵の助手である小林少年のような役回りでしょうか。
ちょっと頼りないところはご愛嬌です。
おしりたんていに事件を依頼するわんころけいさつのトップがマルチーズ署長。
見た目は本当に小さい子犬なのですが、屈強な大型犬の刑事たちを引き連れ、事件に挑みます。
丸い物に目がないのがカワイイ。
そして探偵といえば、必要なのはライバルとなる犯罪者です。
明智小五郎に対しての怪人二十面相、シャーロック・ホームズに対してのモリアーティ教授、銭形警部に対してのルパン三世(最後はちょっと違うか)。
おしりたんていのライバルと言えば、変装の名手である怪盗U。
彼はエレガントかつ華麗に美しいものを盗みます。
今回の映画では怪盗Uも大きな役割を担います。
彼は盗賊ではありますが、汚い手は使いません。
彼は何者にもとらわれず自由であり、自分の価値観である美しさにだけ拘ります。
本作のゲストキャラであるスフーレ島のルルは彼の自由さに惹かれます。
おしりたんていと怪盗Uの対決もなかなか見どころありますし、大人でも結構楽しめます。
無論、娘もものすごく集中して見ておりました。
将来ミステリー好きになるかしら。

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2021年8月11日 (水)

「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園 」 いつも一生懸命

初めて「クレヨンしんちゃん」を劇場で見てきました。
5歳になったばかりの娘がぜひ見に行きたい!と言ってきたもので。
そもそも「クレヨンしんちゃん」がアニメ化されたのが1992年、この時はすでに社会人になっていたため全く馴染みがありませんでした(そりゃそうだ)。
しんちゃんの天真爛漫なキャラクターが、世の真面目な父兄から「こんな下品なアニメを放映するとは何事か」的な抗議を受けたという話は小耳に挟んでおりました。
最近の娘はネットフリックスを駆使して、好きなアニメなどを勝手に見ているのですが、最近のお気に入りがこちらの「クレヨンしんちゃん」。
映画の「爆盛!カンフーボーイズ」は一時期毎日見るというヘビーローテションとなっておりました。
影響を受けてか「おしりブリブリ〜」とか突然やり出すので、抗議をしていた父兄の気持ちはちょっとわからなくもないですが、一緒に見ているとお話はしっかりと作られていて、かつ意外とグッとくるようなところもあり、これだけ長年愛されているのもわかります。
さて本作についてです。
「クレヨンしんちゃん」の映画は切り口がバラエティに富んでいます。
先程の「カンフーボーイズ」はカンフー映画へのオマージュたっぷりですし、「失われたひろし」はインディ・ジョーンズですしね。
今回は実は「クレヨンしんちゃん」では初めてのミステリーです。
娘は「おしり探偵」にもハマっていて(おしりばっかりだな・・・)、犯人当てなどにも興味津々ですので、ぴったりでありました。
ミステリーのトリックや犯人なども意外や意外でしっかりと考えられたもので驚きました。
しかしよく考えてみると「クレヨンしんちゃん」は意外な切り口を持ってきますが、その題材に関してはいつもかなり真剣に挑んでるんですよね。
「カンフーボーイズ」などもアクションシーンのアニメのパートはなかなか見応えがありました。
本作では野原家ではなく、カスカベ防衛隊のメンバーたちが大活躍します。
意識高くて向上心がある風間くん、オマセで仕切りたがりのネネちゃん、臆病者だけどスイッチ入るとキャラが変わるマサオくん、いつもほんわか優しいボーちゃん。
この子たち、みんないい子ですよね。
そんなかでもしんちゃんに対してツンデレ感のある風間くんは結構好きなんですよね。
自由奔放に生きるしんちゃんに対する妬みと憧れみたいなものがあって、なんか自分自身に似ている部分もあって共感してしまいます。
映画を見終わって娘とエスカレーターを降りていると、ちょうど後ろにカップルが立っていました。
彼らも「しんちゃん」を見ていたらしく、感想を述べていました(デートで「しんちゃん」をセレクトするのはすごいなと思いましたが)。
彼女さんが「しんちゃんっていつも最後一生懸命走っているよね!」と言うと、彼氏さんが「そうそう、前も東京タワーを登ってたよね!」と応えてました。
そうでした「オトナ帝国の逆襲」でもしんちゃんは両親を助けるためにすごい勢いで東京タワーを駆け上がっていました。
この二人の指摘は正しく、しんちゃんはいつも一生懸命なんですよね。
おふざけするときも、遊んでいる時も、その時しんちゃんが大事だと思うことに一生懸命。
今回も大事な友達である風間くんを助けるためにしんちゃんはがんばりました。
一生懸命やるって言うのはなかなかできないことです。
なんだかんだ言い訳作って諦めてしまう。
そういうことに慣れきってると、しんちゃんのがんばりがとても清らかに見えてグッときてしまうのですよね。
子供たちはまだ諦めることを知らないから素直に見れるのかもしれないですが、大人は逆に諦めてばかりなので、意外と心に刺さる。
一生懸命やることの大切さを思い出させてくれる。
最初に書いた抗議をしていた父兄は、ちゃんと物語を見たことがなかったのかもしれませんね。
表面的な「おしりブリブリ〜」の現象だけを見て、文句を言っていたのかな。
子供はもっと大事なことを学んでいたのかもしれないのに。
先程のカップルさんも子供の頃から「しんちゃん」を見てきてたのかな。
もう30年近くもアニメをやっているわけですから、子供の頃から「しんちゃん」に親しんできた二人が子供を作る世代にもなっていますよね。
あの頃抗議していた父兄の心配は杞憂に終わったということでしょうか。

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2021年7月 8日 (木)

「それいけ!アンパンマン ふわふわフワリーと雲の国」 アンパンマン卒業?

毎年夏休み前に公開される「アンパンマン」の映画ですが、昨年は多くの作品と同様に公開延期となり、結局1年遅れでの公開となりました。
前作と引き続き、娘と見に行ってきました。
「アンパンマン」の映画は娘にとって初めて劇場で見た作品ですので、感慨深いです。
と思っているのは親だけで、今年は娘は今までとちょっと違っていました。
私「アンパンマンの映画やるってよ。一緒に見に行こうか」
娘「行ってもいいよ」
・・・なんか違うぞ。
前回までは「行くっ!」って感じだったのに。
「プリキュア」を見に行った時は「行く行くっ!」だったので、映画が嫌いになったわけではないのです。
考えれば娘ももう4歳、「アンパンマン」はもう卒業なのかもしれないですね。
こんなところで娘の成長を感じる私でした。
映画の方は意外にもアンパンマンではなくドキンちゃんが主役のお話でした。
こういうアプローチもあるのですね。
ドキンちゃんは「アンパンマン」の中でも人気があるキャラクターの一人です。
ちょっとわがままだけど自分に素直で、感受性も高くて、優しいところもあって、なんか憎めない。
娘も好きなキャラクターの一人です。
私からするとなんか娘を見ているような感じもするキャラクターですね。
本作はドキンちゃんが赤ちゃんの雲の子フワリーと出会い、育てて、最後は別れが来るというお話。
娘も4歳になると、年下の子のお世話をしたがったりするお年頃。
なんかドキンちゃんには共感した様子。
でも、もう「アンパンマン」は卒業なので、来年は一緒に来ることはないんでしょうね。

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2021年6月12日 (土)

「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」 キャラクターがさらに磨きがかる

浜辺美波さん主演の「賭ケグルイ」の劇場版第2作です。
もともと浜辺さんの振り切った演技が見たくて、放映したあと遅れてNetflixでTVシリーズを鑑賞し、その後劇場版を見ました。
すっかりこのシリーズにハマり、続いてアニメ版を第二期まで見て、最後は原作コミックへ。
通常とは違って遡っている感じですね。
前回の劇場版と同様に今回も劇場版のオリジナルストーリーです。
このシリーズの魅力はキャラクターの過剰なまでのハイテンションぶりと、ギャンブル勝負の際のジリジリとした緊迫感です。
前作劇場版はドラマ要素の方が強い印象を受けましたが、今回は上記の2点にフォーカスしているように感じました。
より「賭ケグルイ」らしい印象です。
キャラクターに関しては、浜辺さん演じる蛇喰夢子はコミックやアニメとはまた違う進化をしているような感じがします。
コミックの夢子はかなりグラマラスでセクシャルなのに対して、浜辺さんはご自身のイメージがそのような感じではありませんので、掴みどころのない夢子(ちょっと幼児退行しているようなふしぎちゃん)という実写版オリジナルな個性が出ているキャラクターとして確立しています。
早乙女芽亜里役の森川葵さん、鈴井涼太役の高杉真宙さんも同様ですが、まさにハマり役となっています。
また今回は生徒会長、桃喰綺羅莉もギャンブル勝負に参加し、ガッツリと登場しています。
実写版では存在感は示しつつも、自身がギャンブルをするシーンはなかったですが、今回は夢子と共にギャンブルに挑みます。
彼女を演じている池田エライザさんもまさにイメージがぴったり。
そしてギャンブルの方も緊迫感があって面白かったです。
ギャンブルを扱った映画としては「カイジ」シリーズがありますが、命懸けのギャンブルという点では「カイジ」の1作目、2作目に通じる緊張感がありました。
夢子、綺羅莉の賭ケグルイっぷりがよく出ており、次元の違うキャラクターの強さを感じました。
非常に面白く鑑賞できたので、続きが見たいなと思っていたところでのあのエンディング。
原作やアニメで描かれた生徒会長選に突入しそうな終わり方。
続編ありそうですね。
滾ってしまいます。

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2021年4月 5日 (月)

「映画 ヒーリングっど♥プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!」 自分の夢、人の夢

娘がハマっている「プリキュア」シリーズの最新の映画です。
2月まで放映されていた「ヒーリングっど♥プリキュア 」と過去作「Yes!プリキュアGoGo!」のコラボ作品となります。
うちの娘にとっては、私が子供の頃の「ウルトラマン」や「仮面ライダー」のような存在なのですね。
すごく真剣に見ているし、現在オンエア作品だけでなく、過去作にも遡って見ているので、大抵のプリキュアについて説明できます。
私も過去作の「ウルトラマン」や「仮面ライダー」の怪獣・怪人まで暗記していたものなあ・・・。
娘に付き合って「プリキュア」を見ているので、私自身の知識も日々レベルアップ中です。
このシリーズ見ていると感心するのは、本当にちゃんと考え得られて作られているということ。
この辺は最近の「仮面ライダー」シリーズもそうなのですが、大人が見ていても結構メッセージが伝わってくるのですよね。
本作のメインとなるヒーリングっど♥プリキュア 」はビョーゲンズという病原菌から地球を守り癒すプリキュアですが、意図せずコロナ禍でフィクションとリアルがリンクしてしまうという状況になりました。
その中で子供たちへ真摯なメッセージを伝えていたと思います。
映画のテーマは夢・想い。
誰でも将来の夢を持っていたり、誰かのことを大切に想ったりしますよね。
ただそれは簡単には実現できなかったりするもので、諦めずにどれだけ強く想い続けられるか、が大事だったりします。
しかし、強く想い続けることによって、他の誰かの夢を犠牲にしても良いのかという問題も起こります。
今回のプリキュアが対峙する事件の首謀者はただの悪ではなく、事件はその人にとって本当に大事な人への想いがあることによって引き起こされます。
ですので、ただの悪とはいえません。
悪役めいた怪物エゴエゴも登場しますが、彼とて生みの親に認められたいという想いから暴走してしまうわけです。
自分の想いを諦めずに大切にすることは大事。
でも他の人の想いも大切にすることも大事。
どっちがより大切かというのはなかなか難しいことですが、それについてちゃんと考えようというのが、子供たちへのメッセージになるのだと思います。
「プリキュア」にせよ「仮面ライダー」にせよ、子供向けのコンテンツはそれだけで見向きもしない方もいますが、実は結構ちゃんと考えて作られているのですよね。
下手なバラエティ見せるよりは子供たちにとって有意義な感じがしています。
本作には最新作の「トロピカルージュ!プリキュア」のショートムービーも同時上映されます。
この作品は割とはっちゃけて元気一杯のテイストで、こういう色々なことで制約がある世の中で、力を与えてくれる作品になっていく作品になるような気がします。
ショートムービーはすごく短いのですが、キャラクターが縦横無尽に動き回りとても楽しく見れました。

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2021年3月20日 (土)

「映画しまじろう しまじろうと そらとぶふね」 1年越しでようやく公開

子供と一緒に行ってきました。
最近は映画につれて行っても、ちゃんと座って見れるようになりました。
「しまじろう」の映画は通常春の時期に公開されますが、昨年はまさにコロナの拡大時期と重なり、延期になりました。
およそ1年余り経ったところで、ようやくの公開となりました。
今までは2Dであったり、着ぐるみの実写であったりがごっちゃになっていた形式でしたが、今回の「しまじろう」の映画は初の全編3Dでの作品となっています。
コロナ禍の中での公開ということで、感染対策についても考えられています。
今までは鑑賞の前に配られるメガホン状の入場者プレゼントを使い、子供たちが「しまじろう、がんばれ!」と大きな声をかけるというのが恒例でしたが、こちらは今回は見送り。
その代わり、拍手で応援となっていました。
入場した子供たちもその辺りはちゃんとわかっていて、しまじろうたちが言う通り拍手で応援していましたよ。
ストーリーとしては、大人から見ればたわいもないお話ではありますが、子供としては素直に楽しんでいたようでした。
確実に映画好きになってくれているので、大きくなってもいろんな映画を一緒に見に行ってくれるといいなと思っています。
今週末はおそらく新作の「プリキュア」の映画を一緒に観にいくことになりそうです。

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2021年3月 9日 (火)

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」 ???からの大団円

ようやく「新劇場版エヴァンゲリオン」完結・・・。
長かったですねえ。
鑑賞に先立ち新劇場版を改めて見直すことなく、劇場へ。
・・・無謀でした。
初めにこれまでの新劇場版のおさらいはあるにはあるのですが、あまり親切な作りではないので、結局復習にはなりません。
前半は記憶をさらいながらの鑑賞でかなり大変ではありました。
前半はずっと「???」でした。
鑑賞に行く方はおさらいしてから行くことをお勧めします。
さて新劇場版ですが、本題に行く前にタイトルからの考察を。
新劇場版ではアニメで使用していた「エヴァンゲリオン」という記述ではなく「ヱヴァンゲリヲン」となっています。
なぜこのような旧仮名遣いになっているかはどこにも触れられてはいないのですが、旧劇場版と区別するためというのも一つであるかと思います。
それが今回は元々の「エヴァンゲリオン」となっています。
これに意味があるのか、ないのか。
そしてタイトルにある謎の記号「:||」。
これは楽譜で用いられるリピートを表す記号ということです。
繰り返しということですね。
これは本作を考えるにあたり、非常に意味を持ってきます。
そして最近の庵野作品に多く用いられる「シン」という言葉。
これには「新」「真」などの意味が込められていると言われます。
<ここからネタバレありです>
前にもレビューで書きましたが「破」は個人的に評価が高い作品でした。
テレビシリーズや旧劇場版にあったような内へ内へ向かっていく陰性のベクトルではなく、自分以外の他者とのコミュニケーションを前向きに捉えているように感じたからです。
しかし「Q」では再びディスコミニケーションに陥ってしまい、全てが混沌としてしまいます。
結局またテレビ、旧劇場版のようなカオスに陥っていくのかもしれない、と予感しました。
本作前半は「Q」からの混沌感は引き続いていました。
シンジは相変わらず陰々としているし、アスカはそんなシンジに攻撃的です。
ただそういったネガティブな感情が描かれるだけでなく、レイが村の人々に心を開いていく様や、シンジのかつての同級生であったケンスケやトウジ、ヒカリらが人の逞しさや優しさを感じさせてくれます。
「エヴァンゲリオン」という物語は、自分と他者の関わりをテーマにしていると思います。
碇ゲンドウが目指す人類補完計画とは人々の意識も肉体も全て一つとし、何も誰も失うことのない世界を目指すということであろうかと思います。
本作においては初めてゲンドウが彼の気持ちを彼の言葉で語るシーンがあります。
彼もまた息子であるシンジと同様に、周囲とのコミュニケーションでの違和感を感じていました。
彼の孤独でありたいと価値観を覆したのが、妻であるユイであったのです。
妻を失った彼は、そもそも自分と他者というものが分かれて存在することによる生じる摩擦、失うことによる苦痛を無くすために人類補完計画という考えに至ったのでしょう。
人とのコミュニケーションにおいて悩み、自分が人の間でどうあるべきか、自分の居場所はどこなのかと苦悩するという点では、シンジ=ゲンドウでもあるわけですね。
前作「Q」のレビューではシンジとカヲルも裏表のようだと書きました。
そして本作ではカヲル=ゲンドウであることも示唆されます。
つまりはシンジ=カヲル=ゲンドウであるわけですね。
ある意味カヲルは人との関わりをポジティブに捉えたシンジであり、逆にゲンドウはネガティブに捉えたシンジであるとも言えます。
本作の前半のシンジはいつものようにイジイジとしたネガティブなシンジですが、後半の最終決戦でのシンジには悲壮感はなく、前向きな感情を感じます。
これは「破」で感じたシンジにも通じ、ネガティブな感情に支配されたゲンドウを救おうとする意思すら感じます。
人間は人との関係性を厭う気持ちもありながらも、それを求める気持ちも合わせて持ちます。
それがせめぎ合って生きていると言ってもいいでしょう。
しかし厭う気持ちが強くなっていますと、その人の世界はもしかすると壊れていってしまうかもしれない。
誰しも心の中にシンジ=カヲル=ゲンドウを持っている。
 
あとタイトルのところで触れた「:||」ですが、前述したように繰り返しを意味します。
これは「エヴァンゲリオン」という物語が繰り返されてきたということを意味している、つまりはテレビシリーズ、旧劇場版、新劇場版と何度も繰り返しているということであるかと思います。
テレビシリーズ、旧劇場版は決してハッピーエンドであったかというとそうではなかったかと。
シンジは決して幸せとは言えないかと思います。
本作劇中でカヲルがシンジに向かって「君も成長しているんだね」(大人になっただったかな?)的なことを言っていたと思います。
これはこの作品の中でのシンジのことを言っているのでなく、繰り返されるエヴァンゲリオンの物語の中での成長を意味しているかとも思います。
明らかに新劇場版のシンジは人とのコミュニケーションについては旧作よりも大人になってきている。
本作においてもコミュニケーションを前向きに捉えるエピソードが盛り込まれています(レイのエピソード、ケイスケのエピソードなど)。
ようやく本作でシンジが人とのコミュニケーションに対し前向きに挑めるようになり、そして自分のマイナス面でもあるゲンドウにも向き合えるようになったことで、大人になったと言えると思います。
それによりようやく「エヴァンゲリオン」は物語を閉じることができたのだと思います。
そういう意味での「シン=真」であるのかなと。
ラストでは大人になったシンジとマリが付き合っているような様子が描かれます。
チラリとレイとカヲルが一緒にいるところも映ります。
レイ=ユイであり、カヲル=ゲンドウであるわけですから、彼らも幸せになれたようです。
シンジの相手がレイでないのは、彼女はあくまで母親の写し身であり、シンジは大人になるには母親ではなく、あくまで別の女性と結ばれるべきなのです。
ずっと存在が謎であったマリがいる意味というのもわかりました。
 
見てきた直後に書いているので、少々とっ散らかっていますし、読み違いもあるかもしれません。
とはいえ、長年に渡り続いてきた「エヴァンゲリオン」の物語、納得いく形で完結したと思います。

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2021年2月 5日 (金)

「おとなの事情 スマホをのぞいたら」 日本人の感覚に合うのかな?

とある晩に旧知の7人の男女が集う。
彼らは3組の夫婦と一人の独身男性。
ふとしたことから、彼らは自分のスマートフォンをテーブルの上に置き、受信した電話やメール、SNSを見せ合うことになる。
受信するたびに明らかになる秘密や嘘、沸き起こるお互いへの不信・・・。
ワンシチュエーションドラマはかなり好きなジャンルです。
脚本が良くなければ成り立ちませんし、俳優の演技にも巧みさが求められます。
原作はイタリアで作られた同名の映画で、この作品はそのリメイクとなります(私は未見ですが)。
原作は世界各国でリメイクされているということで、最も多くリメイクされた映画としてギネスにも載っているとか。
ワンシュチュエーションドラマでは次々に明らかになっていく事実から、元々描かれていた人物像が次第に変容していく様が見応えのあるところです。
本作でもそこが見どころではあるのですが、明らかになる真実がいただけません。
不倫、浮気、性的嗜好など人が隠したくなるような赤裸々な事実。
こういう人の秘密を知りたいという人もいるのかもしれないですが、私はあまりそういうことは知りたいとは思いません。
ですので、そういう隠し事が明らかになっていく様子は見ていてちょっと不快であったのです。
原作映画はイタリアの映画ということで、そのような性的なことには寛容なのかもしれないのですが、日本においてはどうでしょうね・・・?
最後は綺麗にまとめてはいましたが、実際の人々であればお互いに心に蟠りが残らないわけがないとも思ってしまいます。
正直、許せないという気持ちになるかなと私は思いました。
その辺の感じ方のずれがこの作品に対して、好きになりきれないことにつながったのかもしれません。

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2020年12月30日 (水)

「映画 えんとつ町のプペル」 同調圧力

「鉄コン筋クリート」などで知られるSTUDIO4℃制作のアニメーション。
元々画作りは丁寧でクオリティが高いプロダクションですが、今回は初の全編3DCGで挑みました。
3DCGアニメでありがちなCGライクなタッチではなく、絵本のような肌触りのある作品でした。
本作を見てもはや3DCGでのリアリティさというのは差別化ポイントではなく、作品のタッチなどが重要になってくる時代になっていると認識を改めてしました。
海外ものでは「スパイダーマン:スパイダーバース」などが独自のタッチを出していましたが、技術レベルが上がってくるとその技術の差ではなく、表現の個性が改めて大切になってくるのだと思います。
 
今年一年を振り返ってみると、コロナ禍という状況において、さまざまな人の習性が見れたようにも思えます。
「自粛警察」なんて言葉も新語・流行語大賞にノミネートされていましたが、同調を強いるようなこともしばしば耳にしました。
色々と考えた上で同調を求めるのであればまだいいのですが、あまり何も考えずに強要することは問題がありますよね。
ある意味それは思考停止状態とも言えるわけです。
先が見通せない状況であるからこそ考えなくてはいけないわけですが、単純に同調するということは、すなわち考えなくていいということなので楽でもあるのです。
本作の舞台となるえんとつ町の人々の多くは勤勉に仕事をして生きている印象を受けます。
彼らの姿からは充実している印象を受け、ささやかながらも幸せに暮らしているように見えます。
ただ一つのタブーは、年中煙に覆われた空の向こうに何があるか、また海の先に何があるか、を問うこと。
主人公のルビッチは父の作ってくれた物語を信じ、空の向こうにある星をいつか見てみたいと思っています。
しかし、そう思うこと自体を周りの人々からは否定され、肩身の狭い思いを感じています。
これはまさに同調圧力ですよね。
真実とは異なるかもしれない、だけど皆がそう言っているからそのように思わなければいけない。
幼馴染であるアントニオはルビッチに対し強く当たりますが、実は彼は一度星を見た事がありました。
けれど、それは「ありえない」ことで自分自身でそれを否定してしまった。
だからこそ、ずっと信じていられるルビッチのことが疎ましかったのだと思います。
アントニオのエピソードは一瞬でしたが、これが本作の一番言いたかったことを集約したものであると感じました。
与えられた常識を疑うことをしない、すなわち思考停止状態に我々は自らを置いてしまう時があります。
けれどそれにより停滞しまったり、先に対して夢を持つこともできなくなってしまう。
無茶かもしれないけれど、考えて、自分が信じることをやってみる。
それが現状を打破することに繋がるかもしれない。
ルビッチの行動が、なんとなく同調をしていた人々の心の奥にあったモヤモヤに光を当てました。
きっかけを与えられ人々は考え始めたのだと思います。
エンディングでルビッチたちは海を渡ろうとしていることがわかります。
その先に何があるかわかりません。
けれど前には進んでいる。
考えて、先に進もうとすることが大事なのですよね。

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