2024年2月10日 (土)

「『鬼滅の刃』 絆の奇跡、そして柱稽古へ」

昨年に引き続き「鬼滅の刃」ワールドツアーとして、「刀鍛冶の里編」の最終話とこれからオンエアされる「柱稽古編」の第一話がセットで公開されました。
「刀鍛冶の里編」は時透無一郎、甘露寺蜜璃の二柱のそれぞれエピソードが描かれつつ、最終話では禰󠄀豆子の進化が描かれました。
最終話の炭治郎の葛藤はまさにジリジリとするようなもので、それもあって禰󠄀豆子の進化には救われた想いを強く感じるものでした。
炭治郎と禰󠄀豆子が互いを大切に思っていることが、伝わってくる締めくくりであったと思います。
私は原作未読のため、「柱稽古編」についてはどのように展開していくのかは知りません。
今回見た第一話はまだ導入といった様子であり、どのようなものになるかはまだわかりませんでした。
「刀鍛冶の里編」では登場していなかった善逸、伊之助も戻ってきている様子で、コメディ的な要素が強めなのかという印象です。
今まで詳しく描かれてこなかった個性ある柱たちにもフォーカスが当たるようで、この辺りは楽しみなところです。

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2024年2月 8日 (木)

「ある閉ざされた雪の山荘で」映像化が難しいとは

原作は東野圭吾さんの初期のミステリーで、映画化は難しいと言われていたようです。
ミステリーでは、クローズドサークルという設定が使われることがあります。
これはある山荘や孤島などで交通が遮断された状況の中で殺人事件が起こるというものです。
外部との出入りができないという状況なので、犯人は必ずその閉じられた環(クローズドサークル)の中にいるわけですので、互いに疑い合うという状況となり、緊迫感が生まれる設定です。
本作はクローズドサークルをベースにしながらも、ユニークな設定となっています。
登場人物は皆、役者である山荘にオーディションとして集められます。
主催者からそこは雪で閉ざされた山荘で、誰も外に出ることができないという設定であると告げられます。
そしてそこで起こる出来事に対して、アドリブで対応し、その演技を審査すると言われるのです。
実際には自由に出入りできるのにも関わらず、想像上でクローズドサークルを作るというユニークなアプローチですね。
ユニークな設定なのですが、本作を見ていて、どうにも緊迫感が出てこないという印象を受けました。
そして、そのワケと、映像化が難しいと言われてきた理由もわかりました。
先ほどあげたユニークな設定は、小説だからこそより面白いものであったのだと思います(原作読んでいないんで、想像ですが)。
雪の山荘であるという設定で演技をする役者たちの様子を小説を読んでいる時、我々の頭の中には雪に囲まれている山荘がイメージされているのか、それとも現実の山荘がイメージされているのか。
それは非常に曖昧じゃないかと思います。
時には雪で囲まれているようでもあり、別の時はそうではない。
そのあやふやな感覚は小説ならではないのでしょうか。
対して映像化作品の場合は、すべてが見えてしまう。
雪で囲まれている山荘と、現実の山荘がオーバラップするという演出はところどころで見られましたが、あまり効いていない。
多くの場面では、現実の山荘の中で、役者たちが演技をしているという「様子」が見えてしまいます。
そのためクローズドサークルならではの緊迫感がどうしても薄れてしまいます。
殺人現場でのヒントとなるアイテムに関しても、割とわかりやすく映像として捉えられているので、不自然さには気づきやすい。
小説だとサラッと触れられているだけだと、感度を上げてないとスルーしてしまうため、あからさまには気づきにくい。
設定にしても、ヒントにしても、あまりに「見えすぎる」ので、小説では気が利いている設定でも映像ではあまり効果的にはなっていない気がしました。
映像化が難しいというと、映像で再現ができないというように捉えられがちですが、本作の場合は映像で再現されすぎることでつまらなくなってしまうという意味で、映像化が難しいと言われたのであったのだろうと思いました。

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2024年2月 6日 (火)

「アクアマン/失われた王国」飾れなかった有終の美

前作「アクアマン」が公開された頃、DCのユニバース(DCEU)は方向性を見失っていたように思います。
DCEUはザック・スナイダーが牽引してきていましたが、期待の「ジャスティス・リーグ」などが振るわず、MCUと比べて見劣りする様子がありました。
その中で、「ワンダーウーマン」や前作の「アクアマン」はユニバースとの連携にあまり比重を置かず、独立した作品として見て、充実感のあるものとなっていました。
「アクアマン」は公開時「海中のスター・ウォーズ」とも言われ、派手な戦闘シーンなどが見どころとされ、実際に目を引くようなスペクタクルが展開されました。
よくも悪くもザック・スナイダーは独自のテイストがあり、DCEUはそれに縛られていた感がありましたが、「アクアマン」ではその縛りはほとんど感じなかったように思います。
個人的にはMCUとは違う単体主義の方向性は悪くないと思っていましたが、結果的には再びDCはユニバース化へ舵を切り、ジェームズ・ガンにそれを託すこととなったのです。
その結果、本作「アクアマン/失われた王国」はDCEUの最終作となりました。
最終作として有終の美を飾れたかというと、それはそうではなかったような気がします。
監督はジェームズ・ワンで前作から変わらないのですが、前作ほどの圧倒的な映像の迫力は感じられませんでした。
ストーリーはわかりやすく、典型的なヒーローものの脚本で、無難にまとめられています。
「ワンダーウーマン」「アクアマン」「シャザム!」と単独主義になった頃のDC EUはストーリーもそれぞれにユニークで楽しめたのですが、最近の「ブラックアダム」「シャザム!の続編などもストーリーが陳腐であって、退屈な印象がありました。
本作についても同様の感想を持ちました。
「スーパーヒーロー疲れ」と言われながらも、個人的にはMCUは大きな流れがあり、それが作品それぞれの個性と相まって、惹きつけられるものがあると感じています。
対してDCEUは大きな流れもなく、個々の作品としてのパワーも落ちているため、非常に厳しいと言わざるを得ません。
リブートされる新しいユニバースが、その状況から脱するきっかけになれるのでしょうか。

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2024年1月27日 (土)

「ウィッシュ」視線が過去に向いている

ディズニー100周年記念となる作品と大々的に公開されました。
私は最近はディズニー作品はコンスタントに見ているのですが、子供の頃はあまり見ていませんでした。
本作は100周年記念ということで、今までの作品のオマージュがいろいろと入っているようなのですが、そのためあまりわからなかったです。
日本では割と観客は入っているようなのですが、アメリカなどでは期待ほどには動員数は少なく、また批評的にも芳しくありません。
私が最近ディズニー作品を見ているのも、子供向けであることは基本としつつ、しっかりとキャラクターを描けている点を評価しています。
その点において本作は個人的にも物足りないものとなりました。
本作はディズニー全盛の頃のアニメへのオマージュが強いためか、悪い魔法使いとそれに立ち向かうヒロインという形をとっています。
それ自体は悪いということはないのですが、ヒロインもそれに対する魔法使いも、行動のモチベーションが抽象的です。
最近のディズニーのキャラクターはキャラクター自身の内面の葛藤や望みなどが丁寧に描かれており、そのためどうしてそのような行動をとるかが共感性を持って伝わってきます。
それに対して、本作においては登場人物の行動のモチベーションがそれほど強くは伝わってきません。
主人公アーシャは国民や祖父の夢を取り戻すために、悪い国王へ挑みます。
モチベーションはあるのですが、正義のために戦う、幸せのために戦うといったようなステレオタイプな動機であって、アーシャのもっと個人的な内面から湧き出るような思いのようなものはあまり感じられませんでした。
特に本作はディズニー伝統のミュージカル形式になっており、そのため歌に乗せる想いが弱いのは致命的であるかなと思います。
また対する悪い魔法使いの国王ですが、前半はまだ魅力的に描かれていたように思います。
彼は国民のことを全く考えていないわけではなかったからです。
しかし、魔法の強大な力に呑み込まれてからは、古典的なディズニーの悪い魔法使いのような、これもステレオタイプなキャラクターと化してしまいました。
もう少し善と悪の両面を持つキャラクターとして深みを与えられそうだったのに、もったいないと感じました。
映像表現としては絵画のような質感を持たせたり、楽曲自体は魅力的ではあったと思いますが、ストーリー・キャラクターが100周年の記念作品であるということで過去の集大成としての意識が強く、古典的な風合いを持ってしまったように感じます。
本来記念作品は、過去を踏まえつつも、今後につながる可能性を描くべきで、視線は未来に向けているものであってほしい。
視線が過去に向いていたという点ことが、最近のディズニーのチャレンジの姿勢を感じさせなかったことが残念でした。

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2024年1月 8日 (月)

「エクスペンダブルズ ニューブラッド」一つの時代の終わり

ビックネームなアクションスターたちが共演するというビックな企画「エクスペンダブルズ」、10年ぶりの新作です。
新作を作るにあたっては、スタローンが企画から離れたり、戻ったり、コロナがあったりといろいろあったようですね。
これまではスタローンの人脈からか、信じられないような出演者たちが集結するところが見どころの一つでしたが、本作に関しては、新たに加わったアクションスターとしては「マッハ!」のトニー・ジャー、「ザ・レイド」のイコ・ウワイスくらいでやや物足りない(二人はそれぞれ一級のアクションスターだが)。
元々このシリーズはアクション映画ファンとしては、かつてはライバル的な存在として競っていたアクションスターたちが共演をしている凄さを味わうメタ的な楽しさもあったりしたわけなので、それらの要素がなくなると普通のB級なアクション映画とあまり変わらなくなってしまう。
確かに、今回製作も務めるジェイソン・ステイサムのアクションは未だ健在で見所もあるのですが、それゆえ彼が出演している「いつもの」アクション映画とあまり違った印象に放っていません。
企画として元々持っていた魅力がないことに気づいているからか、終盤脚本的にはどんでん返し的なところが用意されているのですが、それも割とあからさまなので、驚きはありません。
むしろB級アクション映画ではよくある展開とも言えるでしょう。
このシリーズ、80〜90年代のマッチョなアクション映画の遺産で作っているようなものなので、それらを見ていた観客が歳を取ったり、そもそもそのようなアクションスターがいなくなったり(引退したブルース・ウィルスのように)すると、なかなか継続は厳しそうな気がします。
90年後半から00年代はこのような泥臭いアクションよりはスタイリッシュなものにトレンドは移っていったので、このシリーズに出てくれそうな人がいないのですよね(思いつくのはヴィン・ディーゼルとかしかいない)。
一つの時代がとうとう終わったということでしょうか。

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2023年12月 2日 (土)

「映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ」意外と奥深い

子供に請われて行ってきました。
すみっコぐらし、小学生に大人気ですものね。
丸っこくて可愛らしい見た目ですが、彼らのキャラクター設定がなかなか奥深いのです。
しろくまはしろくまなのに、寒いのが苦手で暖かい場所を求めて逃げてきました。
ぺんぎん?はぺんぎんのような見た目だけど、自分でそれに自信がなくて自分探し中。
とんかつは脂身が多くて、残されちゃたとんかつの端っこ。
みんな、なんか大多数の趨勢からは外れていて、だから居づらくて、そんな仲間たちで集まって(社会の)すみっこの方で暮らしているということなんですね。
けど、そこではそれぞれが尊重しあっているので、とっても幸せに暮らせています。
世の中、こうあらねばならぬというプレッシャーがあったりして、そうなれないとなかなか生きにくく感じたりもします。
でもそうでなくてもいい、違う自分でもいいと思えれば、もっと幸せに生きれるのですよね。
今回映画に登場するキャラクターはおもちゃのこうじょう。
と言っても、このこうじょうはすでに打ち捨てられていたのですが、すみっコたちと出会って、再び稼働し始めます。
こうじょうは皆が喜んでくれるおもちゃを作りたいという望みがありますが、うまくいきません。
結果、こうじょうはすみっコたちの力を借りて映画館へ生まれ変わります。
こうあらねばならぬという考え方から解放されたのですね。
結構、すみっコ奥深いです。

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2023年9月17日 (日)

「映画 プリキュアオールスターズF」友情は永遠

今年で「プリキュア」シリーズは20周年。
娘と一緒に見るようになってからもう5年です。
「仮面ライダー」と「スーパー戦隊」はずっと前から見ているので、それに「プリキュア」が加わり、ニチアサは1時間半テレビの前に座ります。
「プリキュア」を見るようになって感じるのは、このシリーズは女児向けではありますが、描いているのは友情や、夢、願いなどの前向きな想いだということ。
プリキュアたちは強い敵と戦い傷つくこともありますが、彼女たちを支えているのは、そのポジティブな想いです。
それはずっと変わりません。
タイトルにある「F」の意味は友情(Friends)であり、絆は永遠(Forever)ということのようです。
思い返せば「プリキュア」シリーズの第1作は「ふたりはプリキュア」です。
第1作目からプリキュアは複数であり、ですから彼女たちの友情がテーマであったわけです。
仲が良くとも意見がぶつかることもある。
けれどもお互いの絆があるからこそ頑張れる。
相手を思いやれる。
まさにその「プリキュア」シリーズが大事にしているポジティブな想いをテーマに作った20周年記念作品なわけですね。
20周年ということで、本作には歴代のプリキュアたちが登場します。
なぜかプリキュアたちは異世界に突然送り込まれてしまいます。
いつもの仲間たちの行方は知れず、そして他の歴代のプリキュアのメンバーと出会います。
彼女たちは戸惑いながらもいつもと違うメンバーとチームを組み、何か秘密がありそうな城を目指します。
彼女たちはその旅の中で、別れてしまったメンバーたちとの友情を改めて強く持ち、そして新しいメンバーとの絆も深めていきます。
プリキュアの敵となるのは唯一にして全ての存在で一度プリキュアたちに勝っています。
それの力は究極的であり、全てのプリキュアたちの力を合わせても敵いません。
プリキュアたちはそれぞれパワーを持っていても完璧な存在ではありません。
得意なことも不得意なところもありますし、性格も様々です。
けれど違った人間が集って想いを一つにすることにより、それぞれの力を活かし、増幅することができます。
考えてみると「プリキュア」の必殺技は、メンバーが力を合わせて繰り出すものが圧倒的に多いです。
誰かの力だけで勝つことはほとんどない。
力を合わせているからこそ勝てる。
最後の決戦でもプリキュアたちは何度も倒れます。
そこにフラッシュバックのように映し出されるのは、かつて彼女たちが通ってきた友情、絆の記憶。
その想い。
一緒に通ってきた記憶があるから、相手を大切に思える。
それが彼女たちに力を与える。
まさに周年企画にふさわしい「プリキュア」の根幹のテーマを真正面に捉えた作品となっていたと思います。
映像的にも最初からバトルは炸裂していましたし、作画は少々荒っぽいところもなくはなかったですが、よく動く。
アクションのキレも物語のテンポもよく、コンパクトにまとめ上げていたと思います。
一緒に行った娘は早速2回目を見たいと言い出しています。
映画を見に行って驚いたのは、小さな男の子二人兄弟で見にきていた子がいたこと。
最新のスカイプリキュアでは初のレギュラー男の子プリキュアが出てきていますが、男の子のファンもいるのですね。
でも、テーマは友情、勇気ですから男の子が見ても元気が出る作品ですよね。
こういう子もどんどん増えてくると思います。

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2023年8月13日 (日)

「映画 仮面ライダーギーツ 4人のエースと黒狐」仮面ライダー劇場版の難しさ

「仮面ライダーギーツ」の夏の劇場版です。
テレビシリーズの方はラスト前の佳境となり、先が読めない展開となっています。
今回の「ギーツ」のテレビシリーズは従来にも増して、一人の脚本家が年間書き切るという、大河ドラマの色が濃いのですが、こういう場合の劇場版はなかなかに立ち位置が難しい。
仮面ライダーの劇場版の方向性として、テレビシリーズのストーリーの合間に劇場版のエピソードが挟み込まれるという体をとるケース、テレビシリーズとは登場人物は同じでも別の世界を舞台にする場合(龍騎、555)があります。
劇場版は前者のケースが多く、本作もそのようなタイプの一つになっています。
どうしてもこのケースの場合は、テレビシリーズにあまり影響を与えないような独立した番外編となっているため、テレビシリーズが盛り上がっているほど、内容的に薄い感じがしてしまうことが多いです(「電王」はテレビシリーズとクロスオーバーするという特殊な作り)。
このケースで唯一うまくいっているのは「W」の劇場版だと思いますが、これはテレビシリーズが二話でワンセットの構造になっていたからかもしれません。
「ギーツ」はテレビシリーズがシリアスな展開を迎えているためか、劇場版は差を出すためか、ややコメディタッチとなっています。
主人公浮世英寿は劇場版はある未来人の干渉より、4人のエースに分解されてしまいます。
それぞれの英寿はテレビシリーズとは異なったキャラクターとなっていて、それが通常の英寿のキャラクターとギャップがあり、そこが本作のコメディトーンを出しています。
個人的にはテレビシリーズのシリアスなトーンが気に入っているので、劇場版のコメディトーンはやや違和感を感じました。
「ゼロワン」はコロナ禍の影響で半年遅れのタイミングで単独映画となりましたが、ストーリーもテレビシリーズの後日談となっていたおかげで、劇場版としても見応えのあるものとして仕上がっていました。
仮面ライダーの劇場版の難しさは、テレビシリーズが佳境を迎える寸前のタイミングで公開されるというところでしょう。

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2023年8月 7日 (月)

「映画 王様戦隊キングオージャー アドベンチャー・ヘブン」日本特撮の転換点

スーパー戦隊シリーズ最新作「王様戦隊キングオージャー」の夏の劇場版です。
前2作がスーパー戦隊シリーズの中でも特に異色作と呼ばれるつくりだったのに対し、オンエア前は王道へ回帰かと思われましたが、いや何、これはまた別の意味でなかなかの冒険をしていると思います。
冒険の一つとして大きいのは、その撮影方法です。
従来特撮番組での特殊撮影はクロマキー合成(いわゆるグリーンバック合成)やCGなどの合成が主でした。
本作では本格的にバーチャルプロダクションという技術を導入しています。
バーチャルプロダクションとはセットの背景に巨大なLEDスクリーンを置き、そこに背景を映し出し、その前で演技する俳優を背景ごとそのまま撮るというものです。
この方法の利点は、巨大なセットを組まなくても良いということ、俳優がグリーンバックではなく実際の背景の前なので演技がしやすいなどがあります。
ディズニーの「マンダロリアン」で本格的に導入され話題になりましたが、日本で毎週放映される番組に導入したのはなかなかに画期的であると思います。
本作は地球ではなく、チキューという異世界を舞台にし、個性豊かな5つの国が出てくるという物語です。
今までの特撮番組では予算や制作効率の都合上、どうしてもロケなどでセットを組む手間を省かざるを得ませんでした(セットは主人公側の基地や、敵側のアジトなど限られたもののみ)。
しかし、バーチャルプロダクションの導入により、表現の自由度が飛躍的に上がりました。
今回劇場版では、テレビシリーズよりもさらに意欲的に想像力あふれる異世界をチャレンジングに描こうとしています。
ニチアサの特撮の劇場版でここまで異世界を構築したのは正直驚きました。
ハリウッドの映画や、日本でも山崎貴監督のような制作費をかけられる映画ではこのレベルは当たり前でも、ここまでできるとは今までは思えませんでした。
確実にこの技術は日本の特撮のターニングポイントとなると思います。
ストーリーとしては、テレビシリーズの合間に挟まれるような話となっています。
「キングオージャー」は一話完結的な展開が多いスーパー戦隊シリーズの中では特異的で、ストーリーの展開が非常に大河的(仮面ライダー的)です。
ですので、かなり大人でも見応えがあるシリーズなのですが、映画もそのようなテイストでしっかり鑑賞できます。
そして短い尺ながら、テレビシリーズでは描かれていないそれぞれのキャラクターの深堀もできており、脚本も巧みだと思います。
タイトルでは「王様戦隊」と名乗っていますが、ドラマの中でこの名称が出たのはつい最近。
6人の王様がようやく揃ったわけで、シリーズとしても大きな転換点となる時期での劇場版となりました。
シリーズも後半戦となりますが、今後の展開も期待させてくれる作品です。

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2023年7月14日 (金)

「1秒先の彼」ほっこりはんなり

台湾映画「1秒先の彼女」のリメイクとのことですが、オリジナルは未見です。
ほとんど予備知識がなくて、脚本が宮藤官九郎さんということもエンドロールで初めて知りました。
「天然コケッコー」でタッグを組んだ、山下敦弘監督と主演の岡田将生さんということが興味が出ました。
非常にかわいらしく愛おしい気持ちにしてくれる作品です。
岡田さんが演じるハジメは人よりも常にワンテンポ早く動く癖のある男です。
性格的にもあけすけにモノを言うタイプなので、そばにいるとやや気忙しい感じがするかもしれません。
それだからか、ルックスはいいので女性に声をかけられることは多いものの、なぜか結局フラれてしまうことが続いています。
もう一人の主人公は清原果耶さん演じるレイカです。
彼女はハジメとは全く逆で、人より動くのがワンテンポ遅い。
ですので写真が趣味なのに、動くものを撮るのが苦手。
おっとりおどおどしているので、目立つことがない女の子です。
実はレイカは子供の頃にハジメと出会っていて、ある出来事から彼のことを好きでいましたが、大きくなったハジメはそのことをすっかり忘れている様子です。
レイカは言い出すことができず、毎日ハジメの職場である郵便局に通うだけしかできません。
1秒早く動くハジメと1秒遅れて動くレイカ。
本来であればなかなかリズムが合わず、すれ違う二人ですが、不思議な出来事が起こります。
前半はハジメ視点で彼の生活、そして起こった不思議な出来事が語られます。
後半はレイカ視点で語られますが、二人の馴れ初めや不思議な出来事の秘密が語られ、伏線が回収されます。
さすが宮藤官九郎さん、脚本が巧みです。
本作で何が一番良かったかというと、レイカ演じる清原果耶さんでした。
彼女は若いですが、今まで見た作品の中でも演技が上手いなとしばしば思っていました。
本作は前半ではハジメの視界の端っこの方でおどおど動いている感じの存在感の薄い女の子の印象で演じていました。
後半のレイカパートでは、彼女はワンテンポ遅いだけで、意外に思いは強く、そして大胆に行動するタイプであることも明らかになります。
後半である人に向かって「人が大事に思っている人をバカにすんな!」と前半の彼女からは想像できないような強い言葉を吐きますが、それがかえって彼女の思いの強さを表していました。
その後の不思議な出来事の時にも大胆な行動をとるところも意外性がありました。
前半と後半で印象にギャップが出てくる感じが非常に可愛らしいなと思いました。
これがいわゆるギャップ萌えでしょうか。
世間からちょっとズレている二人。
二人とも愛らしく、幸せになってもらいたいと見ていて思える作品です。
きっと見終わったらほっこりした気持ちで劇場を出られると思います。

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