2023年10月22日 (日)

「沈黙の艦隊」満を持しての実写化

コミック「沈黙の艦隊」は学生から社会人になった20代の頃、リアルタイムに読んでいました。
そのストーリーは現実に米ソの間の冷戦構造と核抑止があるという時代をベースに作られていましたが、まさに連載中にソ連崩壊、それに伴う冷戦構造の終結という大きな変化の中で展開されていきました。
その後、世界は米国への一極化、そしてテロ事件の勃発などがあり多極化へ変化していきます。
本作が映像不可能と言われてきたのは、潜水艦そして艦隊との戦いを描くのが難しいのもありますが、現実世界の状況が原作の頃と大きく変わってきたのもあったかと思います。
しかし、ロシアが仕掛けたウクライナ戦争により、再び核による恫喝が現実的になってきたということもあり、再び本作で語られてきた考え方に注目がいくようになったのでしょう。
映像についても、今回は自衛隊の協力が得られたこと、そしてCGなどの技術の発達がありクリアでき、まさに満を持しての実写化ということでしょう。
主人公海江田を演じるのは大沢たかおであり、考えを読ませない得体の知れなさをうまく表現していたと思います。
「キングダム」もそうですが、大沢さんはコミックのキャラクターを再現するという点で、非常にテクニックを持っていると思います。
ストーリーも終始緊張感を持たせながら展開しており、ややもすると政治色が強くなり会議室での会話劇が中心になりがちなところ、バランスよく潜水艦戦、艦隊戦を入れてきているので、エンターテイメントとしても見やすくできているかと思います。
惜しいのは、というより長い原作を映画化するということで仕方がないところはあるのですが、本作で描かれるのはほんのさわりのところで、本作だけでは海江田の意図というのはほとんど分かりません。
まさに導入部分というところなので、本作の評価は本作だけではできないように思います。
次回作ができるかどうかのアナウンスは聞こえてこないのですが、この作品の本当の評価は次回作を観て、ということになるでしょうね。

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2023年8月16日 (水)

「トランスフォーマー/ビースト覚醒」エモーショナルと派手さのバランス

「トランスフォーマー」シリーズも早いもので第7作目となリマス。
第1作目を見た時は自動車がロボットにガチャガチャと変形するCGに度肝を抜かれましたが、その後はこの手の映像も見慣れてしまい、新鮮味が薄れてしまいました。
シリーズを追うごとにストーリーもスケールアップしていき、いつしか人類置いてけぼりの大風呂敷を広げた状態となり収拾がつかなくなってきた感もありました。
そうなってくるとマイケル・ベイの迫力のある演出もやや大味にも感じられ、食傷気味となったのも事実です。
これは皆が持った印象だったのか、前作ではリブート的な位置付けで「バンブルビー」が公開されました。
こちらの作品はマイケル・ベイ的な派手な演出は抑えられ、少女とバンブルビーの間の友情が描かれるハートウォーミングなジュブナイルとなっていました。
これはこれで非常に新鮮で、新たな「トランスフォーマー」を見せてくれたと思います。
そして本作「ビースト覚醒」ですが、タイムライン的には「バンブルビー」の後のようです。
80年代的であった「バンブルビー」から本作は90年代的な要素を持った作品になっています。
「バンブルビー」は少女とバンブルビーに焦点を絞ったため、従来の「トランスフォーマー」的な派手なアクションは少なかったと思いますが、本作はリブート版の人間とオートボットの繊細な関係性と従来路線の派手さのバランスを上手に取ろうと苦労した感じがしています。
加えて新しい要素として動物型のトランスフォーマーも登場し、描くべき要素は格段に前作から増していると思います。
その苦労は概ね成功しているのはないでしょうか。
主人公ノアとオートボットミラージュの関係性は力を入れて描かれており、クライマックスでの二人のコラボレーションへの納得性を高めています。
後半のユニクロンと人間、オートボット、マクシマルとの戦いは従来の「トランスフォーマー」的な派手さがあり、映像的に見応えありました。
今までの作品でもラストバトルでは、どうしても人間が置いてきぼりになりがちなのを、ノアがミラージュを装着することで回避するというのもなかなかのアイデア。
これがクレジットの時の映像に繋がるというのも興味深かったです。
本作の制作にはトランスフォーマーを販売しているハズプロが入っていますが、ここの主力商品にG.I.ジョーがあります。
「G.I.ジョー」については今までも何度か映画化されていますが、本作で「トランスフォーマー」とクロスオーバーする可能性が示唆されています。
これはマーベル的なユニバースを狙っているということでしょうか。
また風呂敷を大きくして、畳めなくなってしまうという懸念はありますが、期待もしてしまいますね。

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2023年6月 7日 (水)

「TAR/ター」権力の誘惑

ケイト・ブランシェット演じる主人公リディア・ターはベルリンフィルハーモニー初の女性指揮者です。
彼女は音楽に対しての深い理解と、その表現において卓越した才能があり、輝かしい経歴を持っています。
そして世界有数のオーケストラの首席指揮者として絶大なる権力を持っています。
彼女自身はその地位は自分の才能に対して相応しいものであるという強い自負を持ちつつも、いつかそこから転落するかもしれないという恐怖感が彼女を苛みます。
自分が理解した通りに音楽を奏でたいという点において、彼女は強欲であり、支配的でもあります。
彼女は音楽にのみ忠実なのです。
そして、彼女はその権力をオーケストラという場だけなく、周囲にも振るうようになっていきます。
長年勤め上げていた副指揮者も彼女の思惑で首にし、長年サポートしていた助手には人参をぶら下げながら献身を求めます。
彼女の周囲も彼女の振る舞いに気付きながらも、それを見て見ぬふりをしていたようにも見えます。
史上初の女性指揮者という看板は興行的にも有利ということもあるでしょう。
彼女に逆らったら居場所がなくなるという恐怖もあるでしょう。
周囲のそのような態度はターが自分の行動が許されるものであると思い込んでいくことにつながっていったかもしれません。
そして教え子であった若手音楽家へセクシャルハラスメントを行い、挙句その若手は自殺をしてしまいます。
そのような出来事により、次第に彼女は精神的に追い込まれていきます。
ストーリーに挟み込まれてくるターの隣人のエピソードがあります。
その隣人は実の母親を椅子に縛り付けて虐待し、挙げ句の果てに殺してしまいます。
それに対してターは激しく嫌悪感を抱きますが、実のところ彼女が周囲に対してやっていることもさほど変わりがありません。
現在の座を約束する代わりに、彼女が思うままにコントロールしようとするわけですから。
本作は権力というものが持つ恐ろしさ、そこに座った者をいかに変えていってしまうかということを描いています。
非常に本作がユニークな点は、今まで権力というものは男性的なものとして描かれることが多かったのですが、女性が権力に溺れてしまうところを描いている点です。
つまり、権力というものは男性であっても、女性であっても、溺れる可能性があるものであるということです。
ターの物言いは女性らしく柔らかいものでありつつも、そこには有無を言わさぬ調子があります。
それこそが権力であり、それに溺れた者は無意識にそれを使ってしまうのです。
権力自身は彼女自身も蝕んでいたのでしょうか。
全てを失った彼女が辿り着いた場所で、タクトを振っている姿は原点に立ち返ったような清々しさを感じました。

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2023年4月26日 (水)

「ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り」キレのいいテンポの良さ

食わず嫌いですみません!
予告を見た時はよくあるファンタジー映画と思い、全く食指が動きませんでしたが、思いの外ネットでは評判がよく、ようやく見に行ってきました。
評判通り、想像以上によくできていて、非常に楽しめました。
そもそも「ダンジョンズ&ドラゴンズ」というのは、テーブルトークRPGというボードゲームです。
RPGというと「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」を思い浮かべますが、その元祖と言っていいゲームです。
実際、劇中でもシーフ、バーサーカー、ソーサラー、マジシャン、パラディン(聖騎士)などRPGでお馴染みの言葉が出てきますが、その元ネタは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」なんですね。
しかしゲーム原作の映画というのは、少数を除いて、外し気味の作品が多いのも確か。
その辺りも惹かれなかったところです。
本作の一番の良さと言えば、テンポの良さでしょうか。
このテンポの良さというのは2つ意味があって、一つはストーリー自体の進行が非常にさくさく進んでいくことです。
ファンタジー映画というのは、進行が遅いイメージがあります。
日常とは異なる世界を描くため情報量が多いというのもあるでしょうし、登場人物が多いということもあるでしょう。
その最たるものが「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで、面白いとは思いつつも、進行の遅さにイライラした覚えがあります。
それに対して本作は話の展開が非常に早く、良いテンポで見ることができます。
世界観についてもそもそもがこのようなファンタジーの元祖であるので、あまり説明する必要もないということもあるかもしれません。
また基本的にストーリーは主人公エドガンを中心に一本道を進んでいくので、迷子になることもありません。
もう一つのテンポの良さは編集です。
アクションシーンも多いですが、これらの編集が非常にキレがあります。
またそのキレはアクションだけでなく、本作の要素の一つのコメディ部分にも生かされており、特に墓場のシークエンスは編集が笑いに直結していたように思います。
このようにストーリーの展開の早さ、編集の小気味良さでストレスなく鑑賞できるというのが、本作の良さではないかと思います。
テンポよく進むということだと、キャラクターが描ききれていないかもと思う方もいるかと思いますが、意外とそうではありません。
本作はコメディ色が強く、登場するキャラクターもクセがある者が多いです。
主人公エドガン、彼とパーティを組むメンバーたちは主人公側と思えないほどの負け犬感が漂っています。
それぞれ過去の様々な経験により、自分に自信が持てなくなったり、人を信じられなくなったりしているわけですが、そのような彼らが一緒に旅を続ける中で、お互いに影響され、自信を取り戻していく様子が描かれます。
先に書いたようにストーリーとしては一本道なので、まさに彼らが自信を得ていく過程に寄り添っている感じもし、彼らへの思い入れがどんどん強くなっていく感じがしました。
エドガンは負け犬ながらもポジティブな気持ちを常に持っていて、彼が言ったセリフ「失敗したためことをやめたら、ほんとうに失敗する」はメモをしたくなるような名言だと思いました。
RPGというのは、パーティを組んで旅をしていくという形式が多いですが、まさに自分もパーティの一員となって彼らと旅している気分になれるように感じます。
本作は出演陣も意外にも豪華です。
主人公のエドガンのクリス・パイン、その相棒ホルガのミシェル・ロドリゲスがは見る前から認識していましたが、悪役(?)をヒュー・グラントが演じています。
またカメオでブラッドリー・クーパーが出てきて、びっくりました。
どこに出てくるかは、見てのお楽しみです。
あと、パーティの一人ドリックを演じていたのが、エイミー・アダムスではないかと一瞬思ったのですが、年齢的にちょっと合わない。
確認したらソフィア・リリスという別人でした。
しかしソフィアはドラマでエイミー・アダムスが演じた役の若かりし頃を演じたこともあるようで、やっぱりみんな似ていると思っているのですね。

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2023年3月18日 (土)

「映画ドラえもん のび太と空の理想郷」原作者へのリスペクト

劇場版の「ドラえもん」の最新作で、久しぶりのオリジナルストーリーです。
脚本家は現在大河ドラマ「どうする家康」を執筆している古沢良太さんです。
「ドラえもん」らしくタイムマシンを使った伏線も張ってありますが、この辺は元々デビュー当初から「キサラギ」などでしっかりとした構成力を見せていた古沢さんらしさも感じました。
さて本作ですが、オリジナルストーリーでもありますが、劇場版の「ドラえもん」の多くがそうであるように、日常とは異なる世界(それは過去であったり、宇宙であったり、地底であったりしますが)にのび太たちが冒険に行くという立て付けになっています。
タイトルにある「空の理想郷(ユートピア)」とは、空中都市パラドピアで、この都市は時空を調節する力を持っていて、そこに暮らす人々は平和で穏やかな生活を送ることができています。
本作のテーマは現代らしくズバリ多様性となるでしょう。
パラドピアの人々は皆、優秀で穏やかです。
そこで暮らし続けると、都市を照らす光の影響を受け、皆そのようになっていくのです。
しずかちゃんやジャイアン、スネ夫もその光の影響を受け、みな「いい人」になっていきますが、さすがのび太は一人だけダメな子のままです。
皆が画一化され、管理されている未来都市というイメージは今までも数々のSF映画でも語られてきました。
一見ユートピアに見えるが、その実は人間性を否定したディストピアであるというテーマですね。
本作もそのテーマをなぞっているように思います。
多くのこのテーマの作品は前半よりユートピアの皮を被ったディストピアであることは醸し出されているのですが、本作が巧みであるのは、途中までは本当にユートピアとして見えるように描いていながら、中盤くらいで一気にものの見方を180度変えるような出来事を置いているということでしょうか。
そのため多様性というテーマがより強調してわかりやすくなったと思います。
ラストのスペクタクル感も十分にありましたし、見応えのある劇場版に仕上がっているかなと思いました。
古沢良太さんは原作者の藤子・F・不二雄さんを強くリスペクトしているようで、その思いが伝わってくる作品となっています。

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2022年10月10日 (月)

「映画 デリシャスパーティ♡プリキュア 夢みる♡お子さまランチ!」大人は穢れか、憧れか

6歳になる娘が大好きな「プリキュア」。
現在放映中の「デリシャスパーティ♡プリキュア」の劇場版に、もちろん娘と一緒に行ってきました。
どのくらい娘が好きかというと、七夕の短冊に将来の夢で「ぷりきゅあになりたい」と書くくらいです。
突然ですが、本作はコメコメが主役と言ってもいい。
コメコメとは主人公の和実ゆい=キュアプレシャスのペア妖精です。
「プリキュア」シリーズはお約束として、プリキュアたちをサポートする妖精が登場するのですが、コメコメもそのような立ち位置になります。
大体の作品においてこの妖精はプリキュアをサポートする立場というか、ガイド役のような存在となります(前作のくるるんは何もしなかったです・・・)。
本作でのガイド役はレギュラーで登場しているローズマリーが担っているので、デパプリの妖精たち、特にコメコメはちょっと立ち位置が違うように感じています。
コメコメだけ人間への変身能力を持っていて、当初は赤ちゃん、そして幼児、本作では少女になっています。
コメコメはキュアプレシャスに憧れており、彼女のようになりたいと願っています。
これはこの映画の主題になります。
まさにコメコメの立ち位置は、私の娘のように「プリキュアになりたい」と思っている子供たちそのものなんですよね。
映画独自キャラクターとしてケットシーという登場人物がいます。
ネタバレにはなりますが、彼は幼い頃から天才であり、大人たちに利用されて研究を続けてきました。
彼は大人たちから逃げ出してきた時に、幼い頃の和実ゆいに出会っています。
彼はその後も大人に利用され続け、やがて大人を憎むようになります。
代わりに(幼いゆいに会ったこともあってか)子供の純真さを絶対視するようになります。
そんな彼が子供たちのために作ったのが、ドリーミアというテーマパークで、ここには大人は入ることができません。
子供たちだけのテーマパークなのです。
コメコメはキュアプレシャスに憧れ、彼女の役に立ちたいと思いますが、幼いからか思うようにいきません。
コメコメは早く大人になりたいと願う少女なのです。
そんなコメコメにケットシーは「そのままでいい」と言いますが、それは彼の過去の経験からくる大人への不信が言わせています。
彼に対する大人の扱いは虐待と言ってもいいでしょう。
彼にとって大人は穢れた存在なのでしょう。
それに対し、コメコメにとっては大人は憧れの存在。
大人と言ってもゆいは中学生なのですが、少女にとっては憧れの大人に見えますよね(本作はプリキュアの年齢設定を非常にうまく使っていると思います)。
ゆいはおばあちゃんに「ご飯は笑顔」と言われ、食べること=生きることを大切に素直に育ってきました。
そんな彼女に憧れるコメコメもとても素直な子です。
大人を穢れと見るか、憧れと見るか。
正反対なケットシーの育てられ方、ゆいの育てられ方を見るにつけ、子供たちの周りの大人たちの日頃の接し方が重要であると思いました。
子供たちが少なくとも、こんな大人になりたいという希望を持てるような接し方をしたいと思います。

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2022年10月 2日 (日)

「沈黙のパレード」 共感への巧みな誘導

「ガリレオ」シリーズの劇場版第3弾です。
前作が公開されたのはもう9年も前なんですね!
天才ガリレオ湯川学の相棒はやはり内海薫のイメージが強いのですが、同役で柴咲コウさんが14年ぶりに復帰です。
14年経ったとは思えないコンビぶりでした。
原作は未読です。
ある若い女性が殺害されたもののその容疑者は不起訴になります。
その女性は家族や周りの人々から愛されており、人々はそこに不条理と怒りを感じます。
そして、しばらくしてその犯人が殺されてしまう。
犯人は誰なのか・・・。
予告を見たときは、「オリエント急行殺人事件」のような展開なのかもしれないと思いました。
単独犯ではなく、容疑者へ怒りを持つ人々が皆で彼に罪を贖わせようとしたのではないかと。
映画が始まると、その女性の生涯が描かれます。
生まれた時から、家族や周りの人々にとても愛されていました。
見ている自分は彼女の運命を知っています。
自分にも娘がいるので、見ていて切なくなり、アバンのところですでに泣いてしまいました。
ここで私は彼女の周りの人々に一気に共感してしまいました。
殺人そのものが悪いということは分かりつつも、容疑者に復讐をしてもらいたいと思ったりもし、彼らにその本懐を遂げてほしいとも思いました。
本作の中で主人公の湯川よりも、存在感があり、もう一人の主役と言ってもいいのが、草薙です。
彼は湯川の大学時代からの同期で刑事をしており、今までも彼と協力して事件を解決してきました。
彼は以前この事件の容疑者を同じように自白が取れなかったということで、起訴できなかったという過去があります。
そのためにこの事件を起こしてしまったという悔恨の念を持っており、そのため彼自身も被害者の家族への共感を持っています。
しかし彼は刑事であり、法のもとで犯人を裁かなければいけません。
もし家族の誰かが殺害したのであれば、その人物を逮捕しなくてはいけないのも彼の役目です。
彼は家族たちへの疑いを深めていく中で、彼らへの共感と申し訳なさ、自分の職務への責任感の狭間で、憔悴していきます。
彼の苦しみは、見ている我々、つまりは冒頭の描写で、家族への共感を強く持ってしまった我々も同じように感じることができます。
最初は家族へ共感していきましたが、見ているうちに草薙の苦しみとも共感を強くしていきます。
湯川は、友人を苦しみから解放するために真実を明らかにしていきます。
疑いのままにいるからこそ、彼は狭間で苦しみ続ける。
真実が明らかになれば、プロである草薙はやるべきことを果たすことができる。
湯川にはそれがわかっているからこそ、真実を明らかにしようとしたのだと思います。
容疑者を殺害した犯人にしても、真実が明らかになれば少しは救われるところがあったと思います。
本作は登場人物への共感への誘導が非常に巧みで、そのため見ていて苦しいところもありましたが、最後は救いも感じられるものでした。

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2022年9月 3日 (土)

「TANG タング」親は子供によって育てられる

主人公の健は子供のまま成長を止めてしまったようなところがあります。
不幸な出来事があり、社会に出て、そして大人として責任を背負うことに恐れを持ってしまったのかもしれません。
弁護士の奥さんに収入の面でも、その他のことについてもおんぶに抱っこ。
奥さんからすれば、彼は夫ではなく、手のかかる子供のようであったのでしょう。
そんな健のところに突然現れたTANG。
記憶を失ったこのロボットは生まれたばかりの赤ちゃんのよう。
健と旅を続ける中で、TANGはまるで子供のように成長していきます。
このロボットは特殊なAIを持っており、そのため人の情緒を学習していくようです。
TANGは子供が親になつくように健に懐いていきます。
コーヒー好きな健のためになけなしの100円を持って買ってくるところは良い場面でした。
自分の子供もこういうようなエピソードありましたが、大好きな親のためにやってくれようとする気持ちが伝わってくるとギュッとしたくなりますよね。
子供からの愛を与えられることにより、親も子供に愛を与える。
このようなやり取りの中で子供の情緒は成長していきます。
TANGのように。
そして、子供と一緒に親も成長していきます。
自分のことですが、子供を持つまでは自分でもあまり子供好きではないと思っていました。
しかし、子供が成長していく過程のなかで、自分にも親としての自覚と愛情がどんどん深まっていくのですね。
不思議なものです。
同じように健にも変化が訪れます。
子供のようだった彼は、TANGと一緒にいる中で、このロボットに愛しさを感じるようになります。
何事からも逃げてきた彼は、さらわれたTANGを救うために自ら行動を起こします。
彼はTANGによって、親として、大人としての自覚が目覚め、成長していくのです。
成長した彼は、ようやく過去と折り合いをつけ、そして妻との関係にも向かい合う勇気ができました。
親は子供によって育てられる、と言いますが、まさにその通りですね。

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2022年8月10日 (水)

「暴太郎戦隊ドンブラザーズ THE MOVIE 新・初恋ヒーロー」濃いキャラクターたち、楽しめます

前作「機界戦隊ゼンカイジャー」がそれまでのスーパー戦隊シリーズの集大成といった趣でしたが、それを次ぐ「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」はスーパー戦隊のフォーマットをことごとく破り、新しさを全面に出して、可能性を一気に広げている意欲作となっています。
シリーズ当初は見ていて戸惑いもありましたが、キャラクターの濃さ、予期せぬ展開に、次第に病みつきになってしまいました。
その劇場版が本作となります。
通常夏映画は「仮面ライダー」と同時上映で、「スーパー戦隊」は30分弱ぐらいの尺となっており、テレビとほぼ長さは変わりません。
ですので今までは、映画ならではの特別な敵などを登場させるとどうしてもテレビシリーズに比べると慌ただしく、内容としても薄くなりがちでした。
本作はプロデューサー曰く、特別な敵と戦うといった映画ならではの展開は「仮面ライダー」に任せ、前座として賑やかに、あくまで「ドンブラザース」らしさを全面に出すということを狙ったそうです。
それはうまくいっていて、テレビシリーズと同様のはちゃめちゃな展開で楽しく見れました。
「ドンブラザース」の魅力は濃いキャラクターたちと書きましたが、その中でも特別にいい味を出しているのが、メンバーの一人であるオニシスターに変身する鬼頭はるか。
演じるのは志田こはくさんですが、なにしろすごくいい。
ポジションとしてはヒロイン役ではあるのですが、体を張っているというか、若いのに変顔も出し惜しみなく、稀有なコメディエンヌぶりを発揮しています。
今回は映画の中で映画を撮るという劇中劇の体となっていますが、その中での役も通常よりも輪をかけて崩してきてます。
本作はドンモモタロウこと桃井タロウが主役で間違いありませんが、主役を食うほどの存在感は素晴らしい。
男の子向けの「スーパー戦隊」でここまで女性キャラクターが存在感を出しているのは初めてではないでしょうか。
小さい男の子はどう受け取っているのでしょう。
こういうお姉さんは好きそうですけれどね。
最近のスーパー戦隊は脚本がスマートな作品が多い印象があります。
見やすいのは間違い無いのですが、ちょっと物足りない時もあります。
本作を担当しているのは井上敏樹さんで、ベテランだからこその従来からジャンプしたストーリーで毎回意表をつかれます。
はちゃめちゃな展開も「スーパー戦隊」シリーズの面白さでもあるので、そのようなDNAも大事にしていってほしいです。
無茶苦茶やってもストーリーとしては破綻していないのが、さすが大御所な感じです。

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2022年6月23日 (木)

「峠 最後のサムライ」古臭い価値観

母親が時代劇が好きで、子供の頃からよく見ていたせいか、このジャンルのものは嫌いじゃない。
特に幕末期は時代が変わろうとする時であり、さまざまなドラマのある作品が作られてきていて、魅力的であると思う。
古来より続く日本人的な価値観、進歩的で自由な価値観、どちらが正しいということではなく、その両方が今の日本人のベースになっているようにも感じる。
だから幕末期は倒幕派、佐幕派のどちらの立場に立っても共感できるドラマを感じることができる。
本作の主人公河井継之助は幕府譜代の長岡藩の家老である。
彼は戊辰戦争において新政府軍と戦い、結果敗れ、その時に負った怪我のために死ぬ。
義のために戦い死ぬ、というサムライらしい生き様をした人物として描かれている。
が、私が映画で描かれているこの人物を見たときに感じた印象は「古くさい」であった。
映画そのものもオーソドックスな時代劇であり、別段何か優れているものがあったという感じがなかったということもひとつかもしれないが、この主人公にあまり共感することがなかったのだ。
個人的には昔気質の日本人にある、義に生きるという価値観は嫌いじゃない。
そのようなドラマを見て、グッとくることも多々ある。
しかし、本作についてはそうは思わなかったのだ。
まず、彼は最初は迫ってくる新政府軍を前にし、長岡藩はスイスのような中立的な立場をとるという判断をする。
しかし、天下がひっくり返ろうとしている時に、そのようなことを新政府軍が認めるわけがない。
継之助は西洋の制度にも明るく新しいことを取り入れる人物のようだが、あまり状況が読みきれていないようにも思える。
政府軍との交渉はうまくいかず、結果的に長岡藩は新政府軍と戦闘に入る。
その時も継之助は可愛がっていた宿の娘に「勝てはしないが負けもしない」と言うが、結果敗退をしてしまう。
長岡軍は会津へ向かい、長岡は西軍に蹂躙される。
継之助は理想を持ち、義を大事として、戦うものの、先読みができているとは言えず、そのため藩民は苦難を味わう。
本人はいいかもしれない。
理想を追い、正義を貫き、死ぬのだから。
本望かもしれない。
しかし、それについていった者たちは・・・。
ある意味、自分勝手といってもいいだろう。
夫(もしくは上司)は我を通して、妻(部下)は黙ってそれに付き従う。
あまりに古臭い価値観で辟易としてしまったのが、正直なところ。
見にいった劇場の観客の方々もかなり高齢者の方が多く、見終わった時にそこに納得してしまったりもしたものである。

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