2017年2月 6日 (月)

「マグニフィセント・セブン」 「七人の侍」の素晴らしさを再確認

「荒野の7人」のリメイク作品です。
監督はアントワーン・フークアなので男っぽい雰囲気に仕上がっていて好感が持てます。
「荒野の7人」自体がそもそも黒澤明監督の「七人の侍」をベースに作っているわけですが、本作を観ると「七人の侍」のプロットがすばらしく優れているということが改めてわかりますね。
無法者に搾取されている村の農民たちが、七人のアウトローを雇い、悪人たちを追い払おうとします。
アウトローたちは農民たちのなけなしの金を受け取り、彼らのために戦いますが、ひとりまた一人と命を落としていきます。
そのおかげで彼らと農民は無法者たちを追い払うことができ、村には平和が訪れます。
これが「七人の侍」のプロットですね。
まず優れているのがアウトローたちがそれぞれに個性的であること。
様々なバックボーンを持った男たちが偶然に集まり、無法を許さず村人たちを守るということのために戦います。
本作においても、若者から壮年まで年齢も幅広く、白人・黒人・東洋人・メキシカン、・ネイティブアメリカンなど人種も様々、南北戦争で南軍に属していた者、北軍にいた者など出自もいろいろです。
バックグラウンドが違う彼らですが、目的のためにいつしか固い絆を作っていきます。
それぞれ戦うことに関してはプロフェッショナルであり、それぞれにリスペクトを持っていくわけです。
七人の男たちが次第に結束を高めていくプロセスによって観る者が共感を高めていけるんですよね。
また決戦において一人またひとりと命を落としていく姿もぐっとくるものがあります。
自分の信じる正義のために戦い、そのために命を落とすというのは、やはり男のロマンのようなところはありますよね。
そういう姿は素直にかっこいいと思ってしまうところはあります。
そして最後には悪は敗れ、平和が訪れるというのも見ている側としてカタルシスを感じます。
七人のメンバーが全員死んでしまうというわけではないというもいい。
あまりに悲劇に寄りすぎても、ハッピーな気分にはなれないので。
こう見るとこの作品を観ていいなと思うところはすべて「七人の侍」のプロットに含まれていることなのですよね。
いかにこのプロットが優れているかどうかがわかります。
「七人の侍」にあってこの作品にないのは、実は農民は子狡く、そしてたくましく生きているということ。
ここに黒澤明は生命力のようなものを重ねていたように思いますが、この感覚は本作にはありません。
アメリカ人にはわかりにくい感覚かもしれないですね。

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2017年2月 3日 (金)

「ドクター・ストレンジ」 次期アベンジャーズのキーマン?

マーベルのニューヒーロー「ドクター・ストレンジ」を観てきました
個人的にはまったくこちらのヒーローについては知らなかったのですが、アイアンマンにしてもソーにしても同じ状況だったので、すぐに馴染むでしょう。
マーベルのヒーローをよくよく見てみると次のように大別できるかと思います。
1.テクノロジーによってパワーを補強するもの(アイアンマンとかアントマン等)
2.鍛錬などによって人間離れしたスキルを身に着けるもの(ブラック・ウィドゥとかホークアイ等)
3.テクノロジーとは異なる異次元のパワーを持っているもの(ソーとかスカーレット・ウィッチ等)
今回のドクター・ストレンジは3番目のカテゴリーですかね。
ドクター・ストレンジは空間と時間を自在に操る力を持っています(時間についてはアイテムが必要なのと、リスクを伴うために自在にとはいかないかもしれないですけれども)。
空間を自在に操るという力は今回の作品でもいくつもそういう場面があり、「インセプション」のように空間がねじられるような描写は映像的にも見ごたえがありました。
3Dで観たので、けっこうくらっときましたよ。
マーベル・シネマティック・ユニバースでは数々の超人が登場してきましたが、時間と空間を操る力を持つヒーローはいなかったと思います。
私の予想では今後「アベンジャーズ」などで「X-MEN」シリーズのようなタイムリープ的なエピソードが出てくるのではないかと思います。
今回のラストもまさに時間を遡る力で相手を打ち倒しましたから(というよりは根負けさせる)。
相手を倒すのではなく、あきらめさせるという結末は新鮮でした。
本作でも並行宇宙というキーワードが何回か出てきましたし、時間に関わる話になりそうな予感があります。
また空間を操る力を持っているということで銀河の彼方にいる「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」の面々を呼び寄せることもできますよね。
ドクター・ストレンジは次期「アベンジャーズ」のキーマンになりそうな気がします。
物語としてはドクター・ストレンジの登場篇ということで、物語的にはそれほど変わったところはなく定番のヒーローものとして仕上がっていたと思います。
本作のヒロインはレイチェル・マクアダムス。
好きな女優さんなので、もうちょっと出てほしかったですけれど。
歳を重ねていっても可愛らしい女優さんです。

エンディングを観るとドクター・ストレンジはソーの新作に出そうな感じですね。
両方ともマジック的なパワーを使うので、相性はいいかも。
「アベンジャーズ」の新作にも出るのかな。
そのときはスタークとストレンジのゴーマン対決が見ものですね。

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2017年1月15日 (日)

「この世界の片隅に」 当たり前のこと、大切なこと

昨年後半よりしみじみと話題になってきていたアニメ映画「この世界の片隅に」を見てきました。
ほのぼのとしたタッチの絵柄ではあるのですが、描いているのは太平洋戦争の頃で、なかなかに深そうなテーマであるので、観にいくのを躊躇していたところもあるのですよね。
結果的には最後に滝の涙になってしまいました。
主人公のすずは戦争という時代の中でも、日々ご飯を作ったり、着物を縫ったり、家族や旦那さんのお世話をしたりととても日常な生活を毎日繰り返しています。
配給がどんどん厳しくなって手に入るものが少なくなってきたり、空襲警報のサイレンが鳴り響くタイミングが間がなくなってきたりと戦争が間近になってきているわけですが、それでも日々の生活を暮らすための日常的な仕事は代わりません。
それを家族のためにしっかりと行っていくことが、すずの生活の全てであったのですね。
けれどもそういったすずの世界の外では戦争が着実に進んでいます。
幼馴染の晢が一時帰ってきた時はそういった変わらないすずの姿を彼は愛しく感じました。
多分彼が戦っている南方は非人間的な行為も行われていたことでしょう。
だからこそ晢は変わらない日常の象徴であるすずが愛おしく感じたのでしょうね。
夫の周作にしてもすずがいる場所が彼の戻るべきところでした。
しかし、すずのお母さん(おばあさんだったか?)がこのような意味のことを言っていたと思うのですが、「(戦争になって)驚くようなことが起こったが、それに驚かなくなってきている」、つまりは非日常的な戦争が次第に普通の生活の中にも次第に侵食してきているということなのですよね。
すずが営んできていた普通の生活、それは呉への空爆で決定的な変化を強いられます。
すずは姪の晴美を目の前で失い、そしてまた自分の右手も失ってしまいます。
彼女の右手は大好きな絵を描くための手、そして家族のお世話をするための手。
右手は平和で日常的な日々を営むことの象徴でした。
それは強引に奪われてしまいました。
自分にも子供ができたからか、日々の当たり前のような生活がとても愛おしい。
そういった普通の日々がずっと続いてもらいたい。
世の中に影響力があるような大それた人物なんかでなくてもいい、この世界の片隅で当たり前の生活を送れていればそれでいいと感じます。
それを強引に終わらすようなことが起こらなければいいと、強く感じました。
すずが玉音放送を聞いた後に怒りに囚われたのは、そんな大切な日常を奪ったのにもかかわらず、あっさりと配線を認めてしまった人々へ思わず沸き立ったものなのでしょう。
自分の右手、晴美のいのち、母や兄のいのち、そんな掛け替えのないものがなくなったのに・・・。
戦争はとかくマクロな視点で語られます。
それは仕方がないことではあると思います。
しかし、とてもミクロな視点で眺めることもかたや大切なのですよね。
そこに普通に生きる人々がどのようになっていくのか。
どう感じるのか。
当たり前はいつも同じようにあるから、その大切さを感じにくいものですが、なくなった時それがかけがえのないものであることがわかる。
この映画を観て、自分の周りにある当たり前のこと、そしてそれがどんなに大切なものであるかを改めて感じました。

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2017年1月 6日 (金)

「新宿スワン」 掃き溜めの白鳥

園子温監督の作品はあまり見ることがなかったのですが、こちらの作品「新宿スワン」をお正月休みに観てみました。
彼の作品で観たことがあるのは、テレビドラマの「時効警察」くらいじゃないでしょうか。
どうも園監督の作品はけっこうヘビーな印象があって、観るのにけっこう心理的にエネルギーが必要な感じがしていて、なんとなく避けてたんですよね。
今回については正月休みの時間があるときに、自宅で映画を観ようということになり、嫁の希望は綾野剛さんか山田孝之さんが出ている作品が良いということで、お二方が出ている「新宿スワン」にしようということになりました。
1作目はヒットもして続編も作られるという情報があったので、あまりえぐくはないだろうという読みもあり。
とはいえ歌舞伎町が舞台のスカウトマンの話なので、風俗の話などもバンバンでてくるので嫁と一緒に観ているとやや気まずいところもありましたが(笑)。
さて作品はというと、長尺の作品ではありながらも、想像していたよりもずいぶんと観やすい作品でした。
園監督はとっつきにくいというイメージがあったので意外ではありましたが、食わず嫌いでしたかね。
魅力的であったのは、綾野剛さん演じる主人公白鳥龍彦のキャラクターですね。
歌舞伎町のスカウトマンの話なので、登場人物たちは腹に一物を持っているような人間ばかりです。
ある意味、ゲスな人間が多く登場するわけですが、その中にあって龍彦だけが純粋に自分が世話をする女の子の幸せを考えて行動しています。
それは最初から最後まで変わらない彼の行動原理で、そのブレなさ加減が気持ちいい。
なかなか自分の思うようにならない世の中でストレスを持っていたり、自分を無理に合わせたりしている人(自分も含めて)が多い現代で、彼のブレない姿勢に爽快感を感じます。
汚れた街の中で、彼の気持ちだけは穢れない。
彼の名字の「白鳥」はその穢れなさを表し、名の「龍彦」は彼の生き方を貫くためのの激しさを表しているようにも感じます。
まさに歌舞伎町(掃き溜め)の白鳥。
この場合は見てくれの美しさというよりも、生き方の美しさというものなのですけれど。
彼自身は彼の生き方に深い考えがあってそう生きているわけではなく、もっとピュアで素直な気持ちなのですよね。
「バカ」とも言えるわけですが、そういうまっすぐさが気持ちいい。
2作目は劇場で観たくなりました。

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2016年12月30日 (金)

20156年を振り返って<映画>

そろそろ2016年も終わりますので、恒例の1年間の振り返りを行いたいと思います。
今年の鑑賞本数は44作品で、過去最低だった去年を更に下回る本数になってしまいました。
年明けすぐに長期で海外出張に行ったり、子供が生まれたりと公私ともどもいろいろあったため、劇場に足を運ぶ時間を都合つけるのがなかなか難しかったですね。
それでもがんばったほうではないかと。
どちらかというとレビューを書く時間がないのが、悩みの種でしたね。
今までは鑑賞後すぐに書いていたのですが、数日後、下手をすると二、三週間後などに書いていることもあり、観終わってすぐのフレッシュな感想ではなくなってレビューの内容が薄くなる傾向にあったのは否めません。
来年は本数は稼げなくても、内容はもう少し充実させたいですね。

1.「オデッセイ」
2.「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」
3.「64 (前編)」「64(後編)」
4.「レヴェナント:蘇りし者」
5.「君の名は。」
6.「シン・ゴジラ」
7.「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」
8.「スター・トレック BEYOND」
9.「スポットライト 世紀のスクープ」
10.「ズートピア」

1.「オデッセイ」
こちら2016前半の作品なのですが、1位にあげさせてもらいました。
この作品の好きな点は、人類の知恵や思いやりということにとてもポジティブなところですね。
最近の映画は未来というと暗いイメージが多い作品が多いのですが、人間という生き物は色々あっても、知恵や良心で困難を克服できるのだという気にこの作品はしてくれます。
またSF的にも考証がちゃんとされていて、ファンタジーでないSFを久しぶりに映画で楽しませてくれました。

2.「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」
こちらはファンタジーの方のSFですね。
古くからの「スター・ウォーズ」ファンとしてはEpisode4に繋がる話ということで気分が盛り上がりました。
しかし、記事の方でも触れたのですが、フォースを持たない人々に焦点を当てるという点では「スター・ウォーズ」シリーズとしては新しい試みでもありました。
こうやって上手に「スター・ウォーズ」の世界を広げてくれると毎年ファンとして楽しみに待つことができますね。

3.「64 (前編)(後編)」
軽いタッチの邦画が多い中で、骨太の警察ドラマを味あわせてくれました。
事件自体の謎を解いていくという面白さもありましたが、佐藤浩市さん演じる主人公の気持ちが深く描かれていて見ごたえがありました。
後編の最後の方の佐藤さんと緒形直人さんの河原のシーンは圧巻でした。
あと永瀬正敏さんの抑制した演技も素晴らしかったです。

4.「レヴェナント:蘇りし者」
こちらも主人公を演じるディカプリオの演技が圧巻でした。
追い込まれて追い込まれて撮ったという、演技者の魂のようなものを感じます。
ディカプリオは上手い役者だと思うのですが、なかなか評価されてこなかったので、この作品で認められて良かったです。
もちろんアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの映像美も素晴らしい。

5.「君の名は。」
今年の邦画を席巻した作品の一つ。
年末だというのにまだロングラン上映を続けています。
この作品、とても計算されて作られているという感じがしました。
そういう点でとてもプロらしい。
新海監督はアマチュア感というかインディーズな印象を持っていましたが、とても見る側のことを考えて作っている感じがします。

6.「シン・ゴジラ」
多くの人がこの作品を1位するのではないかと思うのですが、私はちょっと低め。
元々「ゴジラ」への思いがあるため、どうしても辛口になってしまうというのが一つ。
あとはやはり「エヴァンゲリオン」を彷彿とさせるので、それなら早くエヴァ作ってよと庵野監督に言いたいって行こうとがもう一つの理由。

7.「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」
マーベルが長年にわたって構築してきた「マーベル・シネマティック・ユニバース」の一つの頂点とも言える作品ですね。
ここに至るまでの全ての作品が「シビル・ウォー」のドラマティックな盛り上がりに貢献していると思います。
それに比べDCの映画化作品は、急ぎすぎ。

8.「スター・トレック BEYOND」
「スター・トレック」らしさをしっかりと理解している人が作っているとわかる作品です。
「フォースの覚醒」とこの作品を見ると、「スター・ウォーズ」は基本的にファンタジーで、「スター・トレック」はSFであることがわかると思います。

9.「スポットライト 世紀のスクープ」
渋めの作品も一つ入れておきました。
なかなかこういう作品は見る機会が減ってきてしまっているのですが・・・。
お話も面白かったですし、出ている役者さんがいいところをおさえているのですよね。
マイケル・キートン、レイチェル・マクダアムズ、マーク・ラファロ、みんな好き。

10.「ズートピア」
ディスニーではありますが、ダイバーシティとか色々と深いところをテーマにしています。
ピクサーのジョン・ラセターが絡むようになってディズニーのアニメは格段にレベルが上がりました。
クリエイターはそうそう変わらないと思うのですが、彼らの力を引き出せる体制になったということですよね。

さてワーストの方ですがこちらになります。
「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」
「テラフォーマーズ」
「10 クローバーフィールド・レーン」
「スーサイド・スクワッド」
「デスノート Light up the NEW world」
つまりは二匹目のドジョウ的なことを考えるとダメということです。
三池さんは最近ちょっと外しているぞ。

今年はレスがかなり遅くなってしまいました。
そういう状況が続くと思いますが、来年も何卒よろしくお願いします。

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「バイオハザード:ザ・ファイナル」 原点回帰

「バイオハザード」シリーズの6作目にして最終作(最終作になるはず)。
結局1作目を撮ったポール・W・S・アンダーソンが最終作も監督となりました。
彼の「バイオハザード」愛と奥さん(ミラ・ジョボヴィッチ)ラブは半端ない。
本作の舞台はシリーズの出発点であるラクーンシティに戻ります。
物語の原点ハイブへアリスはTウィルスを根絶できる薬を手に入れるため再び侵入をします。
そういう意味では原点回帰、1作目が思い浮かぶストーリーで、シンプルな展開ではあります。
監督もずっとこのシリーズに関わっているわけですので、奇をてらうことはなく、「バイオハザード」とはかくあるべきという安定感のある展開になっています。
そのため驚きということはないのですが、シリーズを全部観てきた自分としては安心して観れました。
ワンパターンちゃ、ワンパターンなんですけれど。
しかし、この監督はカット割りが細かいので観ていてちょっと疲れます。
しかも3Dで観てしまったので。
一応ファイナルということで、アリスを中心にアクションも作られていましたね。
彼女は身体能力も元々高いですが、相変わらずキレがいいです。
2児の母には思えないですね。
これにてこのシリーズは終了ということですが、最後はまた作ろうと思えば作れそうな感じで終わりましたね。

日本からはローラさんが出演!と取り上げられていましたが、ほぼ瞬殺でしたね。
アンデッドになって襲ってくるかと思いきや、喰われて終了でありました。

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2016年12月26日 (月)

「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」 名もなき戦士たち

「スター・ウォーズ」シリーズ初のスピンオフ映画「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」を観に行ってきました(あれ、「イォーク・アドベンチャー」はどうなんだっけ?)。
一時期はもう「スター・ウォーズ」の新作を観ることはないと思っていたのですが、毎年のようにこのシリーズを観ることができるようになるなんて感慨深いですね。
「ローグ・ワン」の時代設定はちょうど「Episode4/新たなる希望」の直前の時期となっています。
ご存じのとおりEpisode4は帝国軍の究極破壊兵器「デス・スター」の秘密の設計図を手に入れた反乱同盟軍の反撃が描かれています。
そのオープニングにて、その設計図は反乱同盟軍のスパイが入手に成功したと語られているのですが、「ローグ・ワン」はそのスパイたちの知られざる活躍を描いているエピソードとなります。
「スター・ウォーズ」シリーズはフォースを持つジェダイたちを中心にストーリーが展開していきますが、本作はフォースを持っていない言わば普通の戦士たちが描かれているのです。
主人公ジンにしても、その他のローグ・ワンのメンバーも名もなき戦士たちですが、彼らは信じる仲間のために戦い、命を散らしていきます。
彼らが散っていくさまは切ないものなのですが、信じる者たちのために戦う彼らの姿には清々しさも感じます。
これはメインエピソードでは感じられなかった感覚であると思いました。
帝国軍と反乱同盟軍との大河的なドラマの流れの陰には、ローグ・ワンのメンバーたちのような名もなき戦士たちの数多くの戦いがあったのですよね。
これからもスピンオフシリーズはこのような人々にスポットライトを与えてもらいたいものです。

あとEpisode7のレンからそのような傾向が出ていますが、女性が活躍するエピソードになっていますね。
レイアにしてもアミダラにしても、重要な役割ではありますが、添え花的なセンスも強かったと思います。
しかしレンもジンも自らが行動し、運命を切り開く、ある意味「現代的な」女性として描かれています。
この傾向は今後も続いていくでしょうね。

「スター・ウォーズ」というと、印象深い戦闘シーンがあります。
Episode5の氷の惑星ホスにおける雪上でのスノー・ウォーカーとスノー・スピーダーとの戦い。
Episode6の森の惑星エンドアでのスピード感あふれるチェイスシーン。
本作では水の惑星スカリフを舞台にし、最後の戦闘シーンが描かれます。
常夏のリゾート地のような海岸をストームトルーパーたちが進撃する画は、ホスやエンドアに負けず劣らず印象的でした。

「ローグ・ワン」はEpisode4の直前の話ということで、様々な点でリンクがあります。
Episode4ではルークが駆るX-Wingがデス・スターのリアクターにプロトン魚雷を打ち込んで壊滅させるわけですが、初めて観たときから疑問に思っていたことがありました。
あれだけの究極兵器が一発の魚雷で破壊されるほどもろいものなのかと。
ま、物語上わかりやすくするためのことだと納得はしていたのですが、本作ではその疑問への答えが出されています。
「ローグ・ワン」のラストはEpisode4のオープニングにつながります。
デス・スターの設計図を持ったレイアが登場したスペースシップをダース・ベイダーが鹵獲する場面がありましたが、そこへリンクするのですね。

次のスピンオフはボバ・フェットにまつわるストーリーとのうわさもありますが、真偽のほどはわかりません。
わかりませんが、次も期待して待ちたいと思います。

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2016年12月20日 (火)

「仮面ライダーキバ」<平成仮面ライダー振り返り-Part9-> キャラに思い入れが最後までできず・・・

「平成仮面ライダー振り返り」という企画をこのブログで不定期にやっているのですけれど、もう始まってからすでに6年くらい経ちました。
この企画を始めたきっかけが、「ディケイド」が平成仮面ライダーの10年を総括するという内容であると知ったことなのですよね。
そうであるならば、自分でも今までの平成仮面ライダーを見直してみようと。
と言いながら、第9作の「仮面ライダーキバ」を見直しするまで、こんなにかかってしまいました。
しみじみ・・・。

さて「仮面ライダーキバ」ですが、オンエアしていたときから自分の中では得意な作品でありませんでした。
毎週の放送が楽しみで待っているというよりは、付き合って観ているという感じでしたでしょうか。
1作目の「クウガ」から振り返り企画をやってみると、苦手な作品も改めて見直してみることによって改めて面白さに気付くということもありました(「仮面ライダーブレイド」とか)が、「キバ」に関しては苦手意識は最後まで変わらなかったですね。
この作品はいくつか苦手な部分があるのですが、自分でも改めてわかったのが中盤から終盤にかけて過去と現在で繰り広げられるメロドラマ的な要素がその一つです。
現在編では主人公紅渡とその兄である登太牙、そして深央との三角関係が、過去編では渡の父親である紅音也と、麻生ゆりとファンガイアの真夜との三角関係が描かれます。
誤解、すれ違い、迷いなどそれぞれのキャラクターの恋愛における心の揺れが描写されるのですが、それらから昼メロのような印象を受けました。
三角関係なのでまどろっこしいところがあるおは当たり前なのですが、日アサからそんなの見せられてもねえ、という感じでした。
あと主人公の渡のキャラクターが全般的に弱弱しく、ヒーローらしからぬ様子であったのも個人的にはマイナスでした。
やはりヒーローには強さを求めたい。
その強さは肉体的なものであったり、精神的なものであったり、いろいろあると思いますが、ヒーローものとしては譲れないポイントかなと。
前作「電王」の良太郎は腕っぷしはからっきしだけれど、彼が強かったのは心ですよね。
彼は意外と自分の想いについては揺るがない。
それが彼の強さであったと思います。
そういった強さを紅渡にはあまり感じられないんですよね。
あとこれはリアルタイムで視聴したあとのレビューにも書いていたのですが、物語の構成上の複雑さ(過去編と現代編が錯そうする)が観ていても、わかりにくかったかなと。
平成仮面ライダーがどんどん複雑になっている時期で、いろいろと凝ったことをしていくようになったのですけれど(そのチャレンジをする姿勢は否定しません)、観る側を置いてきぼりにしている感は感じましたね。
「ディケイド」をはさみ、「W」でシンプルなわかりやすい構成に戻していますが、これは「キバ」で物語がインフレに達したからだと思います。
「キバ」についてはあまり思い入れがあるキャラはいなかったのですが、再度見直すとリアルタイム視聴のときにうざくてあまり好きではなかった名護さんが、だんだん気になってきました。

続いて「ディケイド」を振り返り中です。
こちらは半年分なので、もう少し早く振り返りレビューができるかな?

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2016年12月19日 (月)

「ファンタスティックビーストと魔法使いの旅」 子供の可能性を閉ざしてはならない


「ハリー・ポッター」シリーズ完結からおよそ5年、待望の新シリーズのスタートです。
監督は「ハリー・ポッター」シリーズの最後の4作の演出を担当し、このシリーズの世界観を知り尽くしているデイビッド・イェーツ、そして原作者であるJ.K.ローリングが初めて映画の脚本を書いたことでも話題となっています。
「ファンタスティックビースト」の舞台となるのは、「ハリー・ポッター」から時間と場所を変え、1920年代のアメリカのNYとなっています。
主人公は魔法生物の研究者ニュート・スキャマンダーとなりますが、実はこの方は「ハリー・ポッター」の方でも名前は登場しています。
映画タイトルの「Fantastic Beasts & Where to Find Them」は、実はハリーが劇中で使う教科書の名前と同じで、その著者がニュート・スキャマンダーなのですね。
今後もこのシリーズと「ハリー・ポッター」のリンクがいくつか登場してくるかもしれませんね。
ニュートの同級生でレストレンジの名前が出てきましたし、今後の展開が楽しみです。
「ハリー・ポッター」シリーズはファンタジーでありながらも、人の闇の部分を描くダークな一面を持っていました。
本作もその特徴を引き継いでいます。
アメリカで魔法族に対して排斥運動を行っている女性メアリー・ルーは何人もの養子を抱えて、運動を手伝わせています。
その中の一人クレデンスは実は魔法族であったのですが、継母に魔法を禁じられ、加えて虐待を受けています。
それにより彼は自身の中に抑圧された暗い気持ちを抱き続け、それがとうとうオブスキュラスという闇の魔力を持つ化け物に変化してしまいます。
その強大な力をコントロールできず、破壊を続けるオブスキュラス=クレデンス。
スキャマンダーたちは暴走を止め、クレデンスの心を救うことができるのか・・・。
メアリー・ルーの行為は虐待そのものであり、そして子供たちが持つ可能性を親が摘んでしまうことの不遜さを描いています。
子供はそれぞれに違う個性を持ち、そのいいところを引き出し伸ばしてあげることこそが親の役割。
その個性を受け止めてあげることが大切なのですよね。
ご自身も子の親であるローリングの考えがストレートに表れている作品だなと感じました。

最後にちょっとジョニー・デップが登場してびっくりしました。
事前にあまりアナウンスはなかったと思うのですが、サプライズですよね。
このシリーズのレギュラーになるかしらん。
「ハリー・ポッター」のヴォルデモードのような役柄になるのかな。

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2016年12月16日 (金)

「海賊とよばれた男」 今を創業者はどう感じるのだろうか

本作の主人公国岡鐡造は、石油元売業者出光興産の創業者、出光佐三氏をモデルとしています。
出光興産はユニークな会社で、創業時より「大家族主義」を掲げ、タイムカードや定年がありません。
出光が標榜する「大家族主義」とは社員を家族同様に処遇するという考え方で、制度として定年がないということは、家族に定年などはないという意味なのでしょうね
劇中でも鐡造が社員を家族のように扱い、会社が苦境の時も首は切らないと言っていました。
これは昨今の人件費をコスト(固定費)とする考え方とは一線を画するもので、個人的には小さな商店としてならばいざ知らず、大企業となったときはこのやり方が経営としてコントロールしやすいのかどうかというのは疑問にもつところはありますが、企業のトップとして社員を大切にするという姿勢は素晴らしいことだと思いました。
本作では戦後、日本に進出してくる石油メジャーと鐡造率いる国岡商店が激しく鍔迫り合いをする様が描かれます。
鐡造は石油を日本復興のためのキーマテリアルであると考え、それを外国に掌握されることの危険性を認識し、あくまで民族系石油会社として独立を貫くことにこだわります。
現在、石油の安価安定を受け石油元売業者は厳しい状況にあり、そういった環境変化に対応すべく出光興産と昭和シェル石油は経営統合するべく調整をしていますが、創業家(出光家)の反対により頓挫しています。
出光佐三氏はいわゆるカリスマ創業者であり、その個性と会社があまりに強く結びついていたので、創業家としては創業者の意志に逆らうようなことはできないということなのでしょうか。
かつて石油メジャーと戦い続けた出光としては、宿敵と組むのは潔しとはできないのでしょうね。
とはいえ、グローバル化が進む現在においては、提携せずに単独で邁進するということも難しいかとも思います。
映画で描かれている鐡造の本質は、既成概念にとらわれず、常識はずれと言われそうなことにも果敢にくじけずにチャレンジをしていったことだと思います。
それぞれのエリアが決まっていたときに船上での取引をしてみたり、不可能と言われたタンク底をさらってみたり、どこの国も取引ができなかったイランにタンカーを送ってみたり。
現在の出光創業家は創業者が掲げたポリシーのこだわるあまり、変化することに抵抗しているようにも見えなくはありません。
もしくは会社が生き残ること(すなわち社員を守ること)をするためになにをすべきかを考えずに、原理原則にこだわっているようにも思います。

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