2022年1月24日 (月)

「ハウス・オブ・グッチ」それぞれの正論

「最後の決闘裁判」から間を置かずに公開されたリドリー・スコットの最新作。
この監督は本当に作品の幅が広い。
グッチといえば、誰もが知るファッションブランドの一つ。
個人的にはファッションにものすごく疎いため、どうすごいかとか、他のブランドは何が違うのかは全く説明できないのだが。
グッチは伝統のあるブランドだが、一時期低迷した時期もあり、また創業家の一族の争いなども激しかったようだ。
そしてこの映画で初めて知ったのだが、創業者の孫が暗殺されてしまい、そしてその犯人が元妻であったというスキャンダルもあったということだ。
本作はその元妻パトリツィアを主人公にすえ、グッチ一族の骨肉の争いを描きます。
パトリツィアにはレディ・ガガ、その夫であるマウリツィオにはアダム・ドライバー、そのほかの出演者にはアル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレッド・レトと、存在感のあるメンバーを揃えています。
この出演者たちが演じるグッチ家の人々も非常に強烈な個性を持っています。
彼らにとってグッチとは富であり、誇りであり、夢であった。
しかし、そのグッチは同じものではなく、それぞれが思い描く自分にとっての理想のグッチがあった。
ある人物にとっては、グッチは富の象徴。
ほかの人物にとっては、自分の才能を開花させてくれるもの。
または守らなければいけない伝統。
それぞれのグッチが相克し合い、骨肉の争いになった。
彼らが思い描くグッチは決して間違っているわけではない。
ブランドが持つ多面性の一つの側面を自分が都合のいいように解釈しているとも言える。
それぞれが主張していることは、それぞれにとって正論なのだ。
自分は間違っていないという確信があるからこそ、そのぶつかり合いは激烈となる。
もはや忖度などはない泥試合となっており、それぞれの人間性が丸出しとなっている。
その生々しさに人間らしさを感じる。
冒頭に書いたように自分自身はグッチ家のファミリーヒストリーを全く知らなかったため、どのように話が決着するのか全く想像できず、最後まで気を抜くことができず見ることができた。
最後のぶつかり合いは思いもよらぬ悲劇となった。
結局は勝者なしのゲーム。
現在のグッチには創業家のメンバーは誰もいないということだ。

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2022年1月16日 (日)

「クライ・マッチョ」二人の人生の交流

クリント・イーストウッド演じるマイクは元ロデオスター。
事故により引退し、その上妻子を事故で失い、酒や薬に溺れ置いて落ちぶれてしまった男です。
昔ながらのカウボーイというのは男の中の男(まさにマッチョ)というイメージがあり、憧れと共に語られることが多いですが、現代においては過ぎ去った古き良き時代のものとも受け止められますね。
イーストウッド自身はかつてマッチョな男たちを演じてきましたが、「許されざる者」以降からは、時代の変化とともにそれまでの価値観や見方が変わっていっていることに面することなるそのような男たちを描いてきていると思います。
本作の舞台となっているのは80年代で、まだマッチョな男たちが憧れであった時代。
しかしマイク自身はすでに老い、若い頃自分が信じていた価値観そのものが自分の中で変わっていることを自覚しています。
若い頃は、強いことが正義であり、誰にも負けない男であろうとした。
しかし、さまざまなものを失い、そして自身からも強さが失われていったとき、自分の中に何も残っていないという自覚があるように感じます。
この辺りは最近のイーストウッド主演の作品に通じるところがあるかと思います。
この作品でイーストウッドと共に旅をすることになるラフォという少年。
彼は母親に反発し、ストリートで生活しています。
今の生活から脱出したいと考えており、そのためには自身が強くなりたい、マッチョになりたいと考えています。
本作は男らしい男になりたいと願う少年と、そのことへ価値を感じられなくなった老人とのロードムービーになります。
二人は互いに影響を与え合います。
マイクからすれば、少年の描く夢はいつしか挫折し、自分のように後悔を感じることになるかもしれないとも思っているでしょう。
しかし、だからと言って少年の行く道を否定するわけではありません。
そして少年も、マイクは年老いた自分の中には何もないと思っていたかもしれませんが、彼の中には強い男が持っているやさしさが依然としてあることに気づかさせてくれます。
マイクは旅の途中で会った女性とその家族や街の人々と交流する中で彼の優しさを人々が認め、そこが彼にとって大切な場所となっていきます。
少年が歩み始めた道には挫折もあるでしょう(父親との暮らしも多難なことが想像できる)。
しかし、彼はマイクとの交流により強い男には強さだけが求められるわけではないことを知りました。
そしてマイクも自分の中に残っているものがとても大事であることに気づき、人生最後の時間に最も大切な場所を得ました。
全く歳が異なる二人のしばしの旅路の中でそれぞれの人生に影響が与えられたことを描いた作品でありました。

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2022年1月10日 (月)

「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」 ヒーローの目覚め

2022年最初の劇場鑑賞作品はこちら、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」です。
トム・ホランド主演の「ホーム」シリーズの3部作、最終作となります。
こちらの作品、当初からいろいろありました。
3作目ではスパイダーマンが(SONYとマーベルの都合で)MCUから離脱しそうになりましたが、トムが仲を取り持って結局は引き続き両者で共同で作っていくことになったとか。
それが本当かどうかはわかりませんが、両者にとってその方が得であると判断したのだと思いますが、大ヒットとなっておりますので、その決断は正しかったということなのでしょう。
そもそもSONYはスパイダーマンの映画化権を持っており、MCUに倣ったSSU(SONY SPIDERMAN UNIVERS)を作り上げようとしています。
それが「ヴェノム」であり、今後公開される「モービアス」であったりします。
「ヴェノム」も興行的に成功しており、SSUは着実に構築されつつあります。
その中心であるスパイダーマンがMCUに所属しているのは、SONY的には都合が悪い。
それをひっぱり戻そうというのが、SONYの思惑であったのです。
その後両者は再びタッグを組むこととなりますが、そのときにマーベルのケビン・ファイギが「スパイダーマンは2つのユニバースを行き来する初めての存在になる」と言いましたが、まさに本作はそれを具体的に提示したものとなりました。
ネタバレなしで書くのはなかなかに難しいので、こちらについては後半で触れたいと思います。
MCUの「スパイダーマン」が過去のサム・ライミ版、マーク・ウェブ版と異なるのは、主人公ピーター・パーカーがティーンであることを非常に意識したものとなっているところかと思います。
過去の2シリーズは1作目でピーター・パーカーが蜘蛛の力を手に入れ、そして自覚を持つヒーローとしての目覚めを描いています。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」というのは両作でピーターの叔父ベンが亡くなるときにいう言葉です。
ピーターは自分の自覚のなさにより、大切な人を失うという悲しみを経て、人のために戦うというヒーローとして目覚めたわけです。
それに対してMCUのスパイダーマンはそのようなヒーローとしての覚醒は描かれていませんでした。
もちろん師匠であり、彼にとって心の父のような存在であるトニー・スタークとの別れはありました。
それを経ても、というよりその様な経験があったからこそ、彼はヒーローという立場から逃げてきたとも言えます。
MCUのヒーローたちはピーターに比べ、大人であり、そしてプロフェッショナルです。
彼らは自覚的に行動をします。
スティーブ・ロジャースは揺るぎない正義感、トニー・スタークは力を持つものの責任感、ナターシャ・ロマノフは贖罪のために。
前作では彼らがいなくなった世界で、自分自身が背負わなければならない責任とどう向き合うか葛藤する様が描かれました。
しかし、それはまだスパイダーマンとしての葛藤でした。
前作のラストでピーターがスパイダーマンであることが周知となりました。
本作ではピーターとしてどうその責任と向き合うかが描かれます。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
本作である人物がこのセリフをピーターに告げます。
それまでのシリーズと同様に、ピーターは悲しみとともに自分が背負ってしまった責任を心の底から自覚をします。
そのために自分が犠牲を払わなければならないことも。
彼が払う犠牲はトビー・マグワイアの1作目のラストにも通じるものがあります。
本作は過去シリーズの1作目で描かれていたスパイダーマンのヒーローとしての目覚めを描いた作品です。
本当のスーパーヒーローとしてスパイダーマンが生まれたと言えると思います。
SONYのプロデューサーはトム・ホランドとの「スパイダーマン」は引き続き検討していると発言しています。
今後の「スパイダーマン」は大人として、ヒーローとして自覚を持った「スパイダーマン」が描かれることになるのでしょうか。
本作でさりげなく触れられた「黒人のスパイダーマン」(マイケル・モラレス)の登場もあるかもしれませんね。
「スパイダーバース」のピーターBパーカーのような役回りになるのかも・・・。
<ここからネタバレ前回>
公開前より今回の「スパイダーマン」はマルチバースがテーマになると言われていました。
そして過去のシリーズのヴィランたち(グリーン・ゴブリンやドック・オク、エレクトロなど)が登場することもわかっていました。
それで期待されていたのが、過去シリーズのスパイダーマン、つまりはトビー・マグワイア、そしてアンドリュー・ガーフィールドが登場することでした。
彼らは取材などを受けていても、それを否定していましたが・・・。
出ましたね!二人とも!
それもカメオというレベルではなくガッツリと。
鳥肌が立ちました。
「ウルトラマン」も「仮面ライダー」も兄弟や先輩が出てくるとぐっとくるものがありますが、「スパイダーマン」でもそれが味わえるとは!
そしてただ出すだけではなく、彼ら二人には役割も与えられていました。
今回ピーターが味わう悲しみと苦悩を、彼は誰とも共有できません。
この本質はMJともネッドとも共有できないのです。
ピーターの先輩であったヒーローたちも今は彼の元から去っています。
しかし、同じスパイダーマンである彼らは同じ様な体験をしてきたからこそ、今回のピーターの苦しみがわかる。
彼らにその苦悩を共有できたことは、ピーターにとっていかほどにありがたかったことか。
トビー・マグワイアのスパイダーマンは己の怒りに任せて行動したことによる悲劇を知っています。
だからこそ、トム・ホランドのスパイダーマンが怒りで鉄槌を下そうとすることを止めます。
アンドリュー・ガーフィールドのスパイダーマンは自分が及ばず大切なひとを失った悲しみを知っています。
だからこそ、彼は身を挺してトムのMJを救います。
予告でも流れていたMJが落下する場面は、「アメイジング・スパイダーマン2」でグウェンが落ちるシーンに酷似していました。
あの悲劇が繰り返されるのか、とも思いましたが、アンドリューのスパイダーマンがMJを救うことができてよかったです。
これはずっと十字架を背負ってきた彼自身をも救うことができたのではないか、とも思いました。
ヴィランたちも存在感がありましたね。
特にグリーン・ゴブリンを演じるウィレム・デフォーが素晴らしい。
狂気と正気の演じわけが流石、性格俳優だと改めて認識しました。
ゴブリンのマスクが語りかけるという描写なども1作目のオマージュたっぷりでした。
前半でスパイダーマンが2つのユニバースを行き来する存在になるとケビン・ファイギが言ったことに触れました。
2つのユニバースとはMCUとSSUなのは明白です。
今回のラストでピーター・パーカーがスパイダーマンであることは誰も知らないこととなりました。
その魔法をかけたドクター・ストレインジでさえ。
これはある意味、MCUからスパイダーマンは自由になったということができます。
アベンジャーズのメンバーからもピーターは忘れられてしまっているわけですから、それまでの柵からは解き放たれています。
今までは地球や世界を救う規模の戦いでしたが、これからは「親愛なる隣人」としてのニューヨークを舞台にした戦いが中心になる可能性もありますね。
本作ラストで救急の無線を聞いて手作りスーツで急行しようとするピーターの姿はそれを表している様にも感じました。
MCUとのしがらみが薄くなったことにより、SSUで動きやすくなる様にも思います。
これから公開される「モービアス」では「ホームカミング」に登場したヴァルチャーが出るという話なので、これはMCUと同じ世界を舞台にしている可能性があります。
そこにトム・ホランドのスパイダーマンが絡むということはあり得ます。
しかしその場合はヴァルチャーもピーターがスパイダーマンの正体であることは忘れているはずですが・・・。
二人のスパイダーマンが登場した時は、劇場で「あっ!」と声を上げましたが、その前に同じように声を上げたところがあります。
本作でピーターは当局に拘束されますが、彼を敏腕弁護士が弁護します。
その弁護士がチャーリー・コックス演じるマードック、つまりはデアデビルだったのです!
年末にディズニーチャンネルで公開された「ホークアイ」のラストでキングピンが登場したことからデアデビルがどこかの作品に登場するとは予想していましたが、こんなに早くとは驚きです。
先ほど書いたように今後の「スパイダーマン」がNYを中心に活躍していくならば、同じくそこで活動するデアデビルとの共演もあり得そうです。
期待したいですね。
そういえば「ホークアイ」のラストバトルの舞台となったNYのスケートリンクが本作でも映っていましたね。
まだクリスマスツリーは倒れていなかったようですので、「ホークアイ」は時系列的には「ノー・ウェイ・ホーム」の後なのかな?
最後に「ヴェノム」について。
「カーネイジ」のポストクレジットでMCU世界に転移したと思われていたエディとヴェノムですが、やはり来ていました。
本作で転移した者たちは「スパイダーマン=ピーター・パーカー」であることを知っているという条件であると言われていたので、「?」と思いました。
二人の口ぶりからすると当然スパイダーマンを知っている様子ではなかったですし、彼らの世界には他のヒーローはいない様子です。
じゃ、なんで彼らは転移してきたかというと、ヴェノムらシンビオートは集合意識というものを持っている存在です。
それは多次元世界を越える集合意識なのかもしれません。
トビー・マグワイアの3作目のもシンビオートは登場しており、ピーターに寄生し、黒いスパイダーマンを生み出しました。
その記憶が集合意識で共有され、エディ&ヴェノムも転送されてきたということなのでしょうか。
結局彼らも元の世界に戻りますが、シンビオートの破片は残されており・・・。
これが新たな展開に繋がる予感がありますね。

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2022年1月 4日 (火)

2021年を振り返って<映画>

2021年最後に鑑賞した作品のレビューが遅くなってしまったので、振り返りもちょっと遅くなってしまいました。
昨年劇場で鑑賞した作品の数は63本でした。
久しぶりの60本越えとなりましたが、過去の記録を見てみると2014年の93本以来となります。
結構見たなという感じですね。
今年は洋画の公開数も増えたので、洋画もたくさんみることが出来ました。
では早速ベスト10の紹介です。

1.「ザ・スーサイドスクワッド"極”悪党、集結」
2.「ノマドランド」
3.「すばらしき世界」
4.「シャン・チー/テン・リングスの伝説」
5.「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」
6.「オールド」
7.「劇場版 きのう何食べた?」
8.「護らなかった者たちへ」
9.「るろうに剣心 最終章 The Beginning」
10.「パンケーキを毒味する」

1.「ザ・スーサイドスクワッド"極”悪党、集結」
ジェームズ・ガンのセンスが爆発した作品で非常に良かったです。
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」も良いのですが、マーベルだと抑えるべきポイントがいくつかあるので制約があるように思いますが、こちらについては全くリミッターがない感じが良かったです。
オープニングから無駄に死にますし。
登場するキャラも全てがエキセントリックでパワフルでした。
ハーレイ・クインも今までで一番良かったですね。

2.「ノマドランド」
「エターナルズ」は入れなかったのですが、クロエ・ジャオのアカデミー受賞作品は入れました。
ランキングで入れたいくつかの他の作品にも共通するのですが、今の時代に生きる人々を描いている作品に心揺さぶられました。
社会の仕組みの中でスポッと穴に落ちてしまい、顧みられない人々の生き様にクロエ・ジャオのカメラは寄り添っています。
この監督の良さはリアルな空気感の表現なのだと思います。
「エターナルズ」でもマーベル作品でありながら、空気感を非常に気にしているなと感じました。

3.「すばらしき世界」
こちらも社会の中で顧みられない人を描く作品。
西川美和監督の作品は見るのにエネルギーがいるのですが、それだけに非常に心に刺さる作品です。
あるレッテルを一旦貼られてしまうと、今の社会はなかなか生きていくのが難しい。
本来はそのような人々を救っていく仕組みでなければいけないはずなのに、それが出来ていない。
もし自分がそのような人々の近くにいたときに、公正に付き合えるのかと言われるとなかなか難しいという心情もあります。
ランクインにはしませんでしが、「ヤクザと家族 The Family」も共通するテーマだと思います。

4.「シャン・チー/テン・リングスの伝説」
マーベルの新ヒーローのデビュー作。
一見地味な印象を与えるヒーローでしたが、アクションシーンも見応えがありとても良かったです。
ジャッキー・チェンの世代ですのでカンフーアクションは大好物ですので。
トニー・レオンの存在感がありました。

5.「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」
Qでどこに行ってしまうのかと不安になってしまいましたが、最終作で力技で大団円に持っていきました。
いろいろ意見はあるかと思いますが、個人的には納得できた終わり方だったと思います。
子供はどこかで大人になるというなのだと思います。
最初にこのシリーズに触れた時は独身でしたが、すでに結婚し、子供もできた立場で見るとこの終わり方はしっくりいきます。
「エヴァンゲリオン」というシリーズはこの作品にいつ触れ、見たかというタイミングで大きく受け止められかたが変わる作品なのだろうと改めて思いました。

6.「オールド」
久しぶりのナイトシャマランの作品。
大どんでん返しのイメージが強い彼ですが、真骨頂は日常の中に非日常がじわじわと進捗してくるところからくる恐怖が彼の真骨頂だと思います。
本作はその様な彼らしさがうまく出ていた作品であったと思います。
どんでん返し感は薄かったですが、そのらしさを評価したいです。

7.「劇場版 きのう何食べた?」
人気ドラマの映画化作品です。
テレビシリーズの頃から主人公を演じる西島さんと内野さんの雰囲気が素晴らしい。
何気ない日常を描いている作品ですが、こういう時代だからこそ何気ない時が大切であると思います。
それはゲイだろうとなんだろうと関係なくて、どのような人々にとっても大切な人と過ごす日常って大事なのだなと改めて思いました。

8.「護らなかった者たちへ」
中山七里さん原作の作品なので、最後のどんでん返しはさすがだと思います。
しかし、それよりも「すばらしき世界」「ヤクザと家族 The Family」にも通じる社会に顧みられなかった人々を描き、社会の課題を浮き彫りにします。
全ての人を救うのは難しいことですが、それでもなんとかしなければならないと感じさせてくれる作品でした。

9.「るろうに剣心 最終章 The Beginning」
「るろうに剣心」シリーズの最終作。
剣心という人間を掘り下げた作品であったので「The Final」よりもこちらの方が好きでした。
こちらを見てからシリーズを最初から見てみたいですね。

10.「パンケーキを毒味する」
コロナ禍において政治に対してずっとモヤモヤしておりましたが、本作を見て溜飲を提げた感じがしました。
東京ではほぼ単館での公開でしたが、やはり同じ思いをしている人が多かったせいか異例のロングランとなっていましたよね。
菅総理は続投できなかったですが、本作の影響も少なからずあった様な気がします。

ここまでがベスト10でした。
番外編としては「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」があります。
こちらの作品は公開は2020年でしたが、見たのは昨年のお正月でした。
とても良い作品でしたが、さすがに2021年のランキングに入れるのはどうかと思い外しました。

さてワーストに関してです。
「新解釈・三國志」
「妖怪大戦争 ガーディアンズ」
「信虎」
です。

「新解釈・三國志」
やはり福田監督は私は合わない様です。
面白さがわかりません。

「妖怪大戦争 ガーディアンズ」
三池監督も最近なんか合いません。
昨年の「初恋」は良かったんですけれどね。

「信虎」
映画としての体を成していない気がします。

今年は劇場は通常営業で一年間通していけるでしょうか。
オミクロン株が広がっているのも気になります。
みなさんが健康で、劇場で映画を鑑賞できるように・・・。

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2022年1月 3日 (月)

「マトリックス レザレクションズ」 今の時代にこの物語を語る意味とは?

こちらの作品、昨年末には見ていたのですが、レビューが年明けとなってしまいました。
「マトリックス」と言えば20世紀末に突如登場し、その後の映画へ大きな影響を与えた作品です。
サイバーパンク的な世界観、バレットタイムをはじめとする斬新な映像表現、カンフーを現代的に取り入れたアクションなど革新的と言っても良いでしょう。
同様な世界観としては押井守監督の「攻殻機動隊」が先行してきましたが、実写での電脳世界の表現に、私も初めて劇場で見た時は衝撃を受けました。
ただ1作目から受けたインパクトが大きかったせいか、その後に続く「リローデッド」「レボリューションズ」にはそれほど強くは心動かされることはなかったのも正直なところです。
1作目は「マトリックス」が描く世界をどう受け止めるのかという葛藤があったように思います。
その世界の謎も全ては明らかにはなっていなかったということもあるかもしれませんが、その葛藤が作品の力でもあった様に思います。
2作目、3作目はマトリックスの世界の種明かしをしているわけで、納得度が上がるほどに印象はこじんまりとしていく様な感じがしました。
そして本作「レザレクションズ」です。
レザレクションとはresurrectionで「復活」という意味があります。
「マトリックス」という作品が「復活」ということもありますし、主人公ネオが再び「復活」するという意味もあるのでしょう。
タイトルは複数形になっていますが、これは複数の復活があるという意味で、それはネオだけではなく、もう一人(トリニティ)の復活もあるということを表していると思われます。
肝心のストーリーですが、今なぜ「マトリックス」の新エピソードを語るのかということがわからなかったというのが正直なところです。
ストーリーにしても、映像表現にしても「マトリックス」らしいとは思うものの、1作目を超えてくるという印象にはなりませんでした。
同じ様なことを再生産しているのように受け取れました。
20年経って新たに語ろうとする場合、今の時代を何かしら反映したものであってほしいと思います。
1作目はインターネットが普及し始めた頃に語られた物語で来たるべき未来を予想したものでありました。
それからサイバーな世界はより現実と深く結びついている状況で「マトリックス」として何を語るのかということを期待していたわけですが、物語として大きな進化は見られませんでした。
そこが残念です。
映像表現としてもその後の作品が「マトリックス」を目標として、それを越えようとしてきた20年間で、明らかに古典的に見えるような表現になってしまった印象です。
偉大なシリーズの続編には、その時代に合わせたメッセージというものを含んでいってほしいと思いました。

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2021年12月29日 (水)

「キングスマン:ファースト・エージェント」 テイストもクラッシック

仕立てのいいスーツを着こなしながら、過酷な任務でもスタイリッシュに闘うエージェントを描く「キングスマン」シリーズの最新作です。
最新作ではありながら本作はキングスマンの誕生秘話、つまりプリクエルとなっています。
監督は全2作に引き続きマシュー・ヴォーンとなっています。
同じ監督ですが、随分雰囲気は全2作とは異なっている印象でした。
今までの「キングスマン」は非常にノリが良くて、クラッシックなルックでありながらも、ポップな印象を与える不思議な魅力がありました。
本作はどちらかというととてもスタンダードな作りであったと思います。
ノリの良さというのは今までの作品ほどは感じられず、オーソドックスなスパイ映画の印象でした。
時代的には第一次世界大戦前夜ということですので、あまり今までのようなテンポで描くのはマッチしなかったということでしょうか。
あの雰囲気が好きであった自分としては少々残念だったところです。
ガイ・リッチーの「シャーロック・ホームズ」などは時代は19世紀でもノリは現代的なテイストで、個性を出していたので、あんな感じでチャレンジしたらよりマシュー・ヴォーンらしい感じが出たかもと思いました。
ストーリーとしては面白くないことはなく、ヨーロッパの第一次世界大戦前の歴史に詳しい人が見ると、さまざまな出来事の裏で謎の組織とオックスフォード卿たちの戦いがあったことにワクワクすると思います。
第一次世界大戦の引き金となったセルビアの皇太子の暗殺なども描かれます。
ただあまりこの時代に詳しくなくとも、そこが気になって見れないということはありません。
歴史を知っているとより深く楽しめるということですね。
個人的には現代のキングスマンの続編を早く作ってほしい。
あのノリのアクションが見てみたいです。
あと「ステイツマン」のスピンオフの企画もあるらしいので、こちらも見てみたい!

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2021年12月28日 (火)

「仮面ライダー ビヨンド・ジェネレーションズ」 「お祭り」はもういい

今年の夏の「仮面ライダー」の劇場版は50周年ということと、今年の「機界戦隊ゼンカイジャー」がスーパー戦隊45作品目ということでコラボレートした「スーパーヒーロー戦記」という形で公開されました。
冬は単独の「仮面ライダー」作品ですが、50周年記念作品ということで、例年通り昨年の作品(セイバー)と今年の作品(リバイス)のクロスオーバー作品となっています。
周年記念作品となっていますが、平成も終わりそうな頃から「仮面ライダー」に関してはこれらの作品群をいろいろな角度から総括しようとする試みが劇場版ではなされていて、個人的にはこの様な形の周年記念は食傷気味に感じています。
現在オンエア中の「リバイス」のテーマは家族ですので、本作でも時代を超えた家族の絆、仮面ライダーの歴史が描かれていますが、これについても今までの「仮面ライダー」作品では何度かテーマになっており、新味がありません。
昨年の「ゼロワン」の劇場版は、コロナによって公開時期が冬にずれたため、例年のような新旧コラボ作品とはなりませんでしたが、その分完成された作品世界の中で突き詰めた形での劇場版だったため、とてもシャープな出来栄えとなっていたと思います。
新旧コラボ作品はどうしても異なる作品世界を融合させるところに無理があったり甘い部分が出てきてしまい、そこが子供騙し的な設定に感じられたりするものです。
「ディケイド」や「ジオウ」など作品そのものがメタな要素を持っている場合はそれも違和感がないのですが、「セイバー」「リバイス」だとあまりに違いすぎるため、それらが違和感なく併存する世界に違和感を感じてしまうのです。
周年映画だからお祭りだからいいじゃないということもあるかもしれませんが、それがたまにならまだ割り切れるのですが、公開作品が全てそのようなお祭り映画になってしまっている状況がちょっと良くないかなと感じています。
ちょっとインフレーションを起こしている気がするのですね。
ですので、同じく50周年記念と銘打ち制作が進行している「シン・仮面ライダー」や「仮面ライダー Black Sun」には期待しています。
半端にメタな展開でお祭り騒ぎをするのではなく、それぞれ原点を見つめ直すという視点で作られている様なので。
それらの作品も制作を進めているということで、東映もちゃんとわかっているとは思うのですが、本作のようなお祭り映画ばかりを作り続けていると、過去の財産だけ食っていく様な状態になっていくのではないかと心配してしまいます。
一時期「ウルトラマン」はその様な過去の財産だけで食っているような状態になってしまいました。
私はその頃から「ウルトラマン」からは離れていってしまいました(今はまた面白くなっている様ですが)。
新しいコンテンツを作り続けていくことにこそそのシリーズが生きていく道はあると思います。
「仮面ライダー」も歴史の長さに甘んじることなく、新しい驚きを見せていくということで生き抜いていってほしいと多います。
現在オンエア中の「リバイス」は昨年の「セイバー」とは異なりかなり脚本も面白く、先行きが見えない展開で毎週楽しみにしております。

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2021年12月 5日 (日)

「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」バディムービーとして正統進化

大ヒットした「ヴェノム」の続編となる作品でアンディ・サーキスが監督しています。
ヴェノムは元々はコミックでスパイダーマンの敵役として登場しましたが、「ヴェノム」では映画の「スパイダーマン」とは全くリンクがない形で登場した独立した作品でした(過去形)。
サム・ライミの「スパイダーマン3」ではヴィランでしたが、スパイダーマンの暗黒面を持っているような複雑な存在でありました。
そのイメージもあり初回登場時もダークヒーローのイメージで鑑賞しましたが、このヴェノムは思いのほかユーモアもあり、人間味のあるキャラクターとなっていました。
そういう点では個人的には期待とは違っていたのですが、主人公エディとヴェノムの掛け合いはいわゆるバディムービーのような軽妙さがあり、その点が多くの人に受け入れられjヒットしたのではないかと思います。
最近のヒーロームービーは長尺化が進んでいますが、2時間以下と見やすい尺であったのも要因の一つですね。
続編である本作はその様な前作のヒット要因を踏まえて作られているように思いました。
2作目ということでエディとヴェノムの掛け合いも磨きがかかっています。
こういうバディムービーは正反対の性向の二人が組み合わさるほどに面白くなりますが、ヴェノムの粗暴ながらも愛嬌があるキャラクターの魅力が増していている点がよかったですね。
主人公のエディより存在感があるかもしれません。
映画の尺は前作よりもさらに短く1時間半強くらい。
そのためサクサク展開進みますし、複雑さもありません。
最近の複雑な映画に慣れている身としては、ちょっと物足りなさを感じるところもなくはないのですが、あまりこの手の映画を見ない方には受け入れやすいかもしれません。
個人的には敵役二人はもう少し踏み込んで描写してくれた方がより魅力も増したかなと思いました。
いい俳優を当てているのでちょっともったいないですね。
ラストのバトルは大きな音に弱いというシンビオートたち特徴を踏まえたもので、目まぐるしく変身と解除が変わっていく状況で目新しかったです。
<ここからネタバレあり>
この映画で何が一番びっくりしたって、エンドロール中のマーベル映画では恒例のおまけ映像です。
ここで今まで独立している物語であった「ヴェノム」がMCUの「スパイダーマン」にリンクする可能性が示唆されました。
1月に公開される「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」ではマルチバースが本格的に物語に組み込まれ、サム・ライミ版やマーク・ウェブ版の敵キャラ(グリーンゴブリンや、ドクター・オクトパス、エレクトロなど)が登場することがわかっています。
ヴェノムは冒頭に書いたように「スパイダーマン3」に登場はしていますが、本作のヴェノムとは設定が違います。
「ヴェノム」にはスパイダーマンが存在しているような描写はありませんでした。
しかし、本作ではおそらくドクター・ストレンジの秘術によりマルチバースが交差し、本作のヴェノムがMCUの「スパイダーマン」の世界に来てしまったらしい状況になっている様です。
「ノー・ウェイ・ホーム」で実際にヴェノムが登場するかどうかはわかりませんが、いずれどこかで接点が設けられるようになるのでしょう。
MCUでは叶わなくとも、ソニーが進めようとしている「スパイダーバース」の中では十分ありそうです。

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2021年11月28日 (日)

「信虎」歴史オタクによる趣味映画

スルーする予定だったのですが、ネットの記事で三谷幸喜さんが褒めてるらしいことを知り、見に行きました。
信虎とは武田信玄の実父であり、息子に故郷を追われた男です。
今までも大河ドラマなどで登場人物として知ってはいましたが、主人公として描かれるのはあまり聞いたことはありません。
そういう点でも興味が湧きました。
また監督が実績のある金子修介さんでもある点も安心材料でした。
が、正直言って鑑賞するのが苦行のような作品でした。
物語は信虎が息子信玄が死んだことにより武田家の存亡の危機と知り、故郷甲斐へ帰還しようとしたところから始まります。
そこから彼の歩みを追っていく展開となるのですが、粛々と物語が進んでいくため、起伏に欠けます。
本作は歴史研究を趣味とする古美術商の方が共同監督・脚本・編集など多くのポジションで関わっており、そのためかマニアックに細々と様々な人物や歴史的な出来事が詰め込まれていて、脚本も編集も非常に流れが悪い。
普通だったらバッサリ切ってしまうような部分も入っているので、まるで素人の作品を見ているような印象を受けました。
あまり金子監督の手が編集には入っていないのではないか、と思ってしまったりします。
歴史オタク的な人が見ると、こんな人物も出ているとか、こんなトピックにも触れているとか楽しむところがあるのかもしれないですが、一般的な観客にとってはちょっとマニアックな感じもしました。
最終盤では信虎のサイキック(?)な能力なども現れ、これは伝奇ものか?と思ったりもして、ちょっとチグハグな感じも受けました。
結果2時間15分にも及ぶ長尺の苦行となってしまいました。
本作は江戸時代武田家復興に力を貸した柳澤保明が語り手となっており、その息子が聞き手となっています。
その息子は保明の話を聞いてあまりの長さにうたた寝をしてしまうという描写がありましたが、私が唯一共感できたのがこの息子でした。
久しぶりに早く劇場を出たいと思った作品です。
三谷さんがどこを評価したのかが全くよくわかりません。

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2021年11月26日 (金)

「アイス・ロード」 兄と弟

タイトルにあるアイス・ロードとはカナダで冬の期間のみ利用できる湖上に張った氷の上に作られた道のこと。
この上を大きなトラックが物資を運んで行き交うらしい。
日本に暮らしている身としては、氷の上をトラックで走るなんていうことはかなりおっかない感じがしますが、冬季の間、政府によって管理されているこの道は安全ということです。
極地にほど近い鉱山である日落盤が発生し、何人かが閉じ込められてしまいます。
彼らを救うにはガスを抜くための掘削機を高山まで運ばなければなりませんが、その機械は非常に重量がありヘリなどでは運べません。
唯一の方法は大型トラックでアイス・ロードを走って送り届けること。
しかし時期は春に差し掛かろうとする時期で氷が薄くなってきており、政府はすでにアイス・ロードを閉鎖しています。
さらにはその運搬を妨害しようとする者たちもいて・・・。
70歳も近いというのにアクション映画に次々と出演しているリーアム・ニーソン主演の作品です。
最近の彼のアクション映画は割と大味なものが多く、本作もご多分に漏れません。
大体ストーリーの展開も予想できますし、VFXもややチープな感じも否めませんでした。
とは言いながらも全く楽しめないわけではないので、気軽にアクション映画を楽しみたいのであれば問題ありません。
最近長尺の作品が多い中では、上映時間もコンパクトなので見やすいかと思います。
本作の中で良かったのはリーアム演じる主人公マイクとその弟であるガーティの関係でした。
マイクはドライバーとして、ガーティは整備士としてコンビで運送会社に雇われいます。
しかしガーティ絡みで彼らはしばしば問題をお越し、何度も転職を繰り返しています。
というのもガーティはイラク戦争に出兵し、そのためPTSDを患い、失語症になっており、そのため仕事仲間から馬鹿にされたりすることがあったからでした。
ガーティはPTSDのためちょっとしたことにびくついたりしますが、整備士としての腕は一級品であり、その能力は高いものです。
しかし、病気のために周りの人から軽んじられていたのです。
マイクはそんなガーティを庇い、支えて生きてきました。
ガーティを馬鹿にする者たちへ彼は鉄拳をふるいます。
彼自身は自分は弟のことを完璧に信じていて、支えているという自負があったのだと思います。
しかし、内心では思うようにいかない弟に対し、苛立ちも感じていました。
様々な妨害を受けながらアイス・ロードを爆走する彼らがトラブルを受けスタックしてしまった時、マイクはガーティへの苛立ちを爆発させます。
ガーティがどうしてもマイクの言うことを聞かなかったからでした。
しかし、実際はガーティはウインチが寒さで脆くなっていることに気づいており、無理をすることに危険を感じていたからマイクを止めていたのでした。
それに気づかずマイクが強硬したため、ガーティは瀕死の状態になります。
マイクは考えるより先に拳がでる直情型です。
決断力・行動力はありますが、我を忘れることもあります。
対してガーティは冷静に状況を見る目を持っています。
マイクは常に世話をしているため、いつしか弟を手がかかる者という目で見てしまう様になってしまったのかもしれません。
本来は肉親であるからこそ、弟が持つ本質的な力をきちんと認めてあげなければならなかったのだと思います。
とはいえ、日常的に世話をすることによるストレスでは、なかなかそのようには見れなくなることも事実だと思います。
色々介護の現場でも問題となることもありますが、このような身近な者の間の軋轢みたいなことが描かれるとは意外でした。
マイクが弟が瀕死となった時に、嗚咽するのは、自分の中にある暗部に気づいたからだと思います。
その後息を吹き返したガーティとマイクが力を合わせて、危機を乗り越えていく姿はカタルシスがありますね。
それだからこそ最後はちょっと残念でしたが・・・。
アクション映画としてはそこそこでしたが、個人的には二人の兄弟の関係性にはドラマを感じて見ることができました。

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