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2025年12月10日 (水)

「ズートピア2」現代の風刺画

多くの様々な種類の動物たちが一緒に暮らす街「ズートピア」。
「ズートピア」は「Zoo」と「Utopia」から作られた造語であり、動物たちの理想郷ともいうべき場所。
そこには争いはなく、動物たちは平和に暮らしている。
「ズートピア」シリーズは、一見ディズニーらしい平和なファンタジー世界のように見えるのだが、その実は現代の風刺画である。
古今東西、風刺画で動物が題材として使われることはよくあり、日本では鳥獣戯画などが挙げられるし、西洋でも多くの例が見られる。
このシリーズはそのような風刺画の流れを汲むようなものであると思う。
一作目の「ズートピア」が公開されたのは2016年。
その時に書いた自分のレビューを見ると「多数決の怖さ」というタイトルをつけていた。
「ズートピア」では肉食動物と草食動物が仲良く暮らしているが、ある時肉食動物が草食動物を襲うという事件が発生。
人数(頭数?)に勝る草食動物は肉食動物を危険視し、彼らを追い込んでいく。
この作品では、真実を探ることなく、扇動され、多数決によって社会の流れが決まっていくというポピュリズムを描いていると私は思う。
そしてそれによって大きな分断が社会に生じていく。
奇しくも2016年はトランプ氏が大統領に就任した年であり、その後アメリカ社会において社会の分断が進んでいったのは周知である。
まさかトランプ大統領就任を予見していたとは思えないが、社会の変化の兆しを掴み、風刺した作品であることは間違いではない。
続く「ズートピア2」でもこの風刺の精神は継承されている。
本作で描かれているのは「多様性」であると思う。
中でも現代のアメリカの大きな社会課題である「移民問題」を風刺しているように感じた。
私も本作を見るまで気づかなかったが、「ズートピア」には爬虫類はいない。
哺乳類だけである。
その理由が本作では明かされる。
キーマンとなるのはヘビのゲイリーだ。
ヘビは「ズートピア」では危険な種族であると認識されている。
かつてある事件があり、ヘビを含む爬虫類は危険な存在とされ、彼らは「ズートピア」を追われた。
「ズートピア」の住民はヘビであることだけで彼らを危険分子として排斥する。
彼らが何を考え、何を思うのかということには配慮しない。
これは中東出身であるからテロリスト、中南米出身だから麻薬の売人といった短絡的なものの見方に通じるように思う。
トランプ大統領はしばしば移民問題について発言をするが、このようなステレオタイプなものの見方を感じてしまう。
これはアメリカだけに限られた話でもなく、最近の日本でもしばしば論議になる外国人問題でもこのようなものの見方が現出しているようにも感じる。
本作で語られているのは、このような人種・種族レベルの多様性だけではない。
個人としてのものの考え方の違いについても語られている。
主人公のジュディとニックは生まれも、抱えるトラウマも、価値観も大きく異なる。
それゆえ同じ出来事を前にしても意見が異なることもしばしばだ。
「あなたと私は違いすぎる」とジュディは言い、ニックと袂を分つ場面がある。
しかし、彼らは互いに良きバディとして求め合う。
相手のことを大切に思う。
ジュディの行動力とニックの慎重さ。
自分にないものを相手が持っており、その違いがあることよってより良いものが生まれる。
相手に必要とされていると感じる。
登場人物の一人パウバートは「違うのはいやなんだ!」と叫ぶ。
彼は誰にも必要とされていない、と感じているのだろう。
何か違う考えを持っているだけで、排斥される社会は息苦しい。
対してニックは「相手は相手らしく、自分は自分らしく」と言った。
自分らしく生きていけて、そして誰かに必要と思ってもらえる社会。
そのように皆が思えて、行動できる社会こそが「Utopia(理想郷)」だ。
「Utopia」という言葉には「どこにもない場所」という意味もある。
「ズートピア」はまだ理想の世界にはまだ遠いのかもしれない。
物語の最後に鳥の羽がハラリと落ちてきた。
そう言えば、この物語には鳥類は登場していない。
次回は鳥類を巻き込んだ風刺が語られるのだろうか。

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