「ペリリュー 楽園のゲルニカ」異なるタッチの意味
ペリリュー。
恥ずかしながらこの島の名を本作を見るまで知らなかった。
この島はパラオ諸島にあり、太平洋戦争の終盤で米軍と日本軍で激しい戦闘が行われた場所ということだ。
圧倒的な戦力で米軍は襲いかかるが、周到な準備と地の利を生かしたゲリラ戦で日本軍は抵抗を続けた。
これはその後行われる硫黄島の戦いを彷彿とさせる。
そして戦争終結を知らぬまま、生き残った日本兵は2年近くも戦い続けたのだ。
戦争という重々しい題材であるが、本作のキャラクターはデフォルメされたほのぼのとしたタッチをしている。
日常を舞台にしたギャグ漫画に登場しそうにも思える。
キャラクターのルックが持つ日常感と、描かれる血生臭い戦争の非日常がアンバランスで、それがかえって悲惨さを際立たせている。
キャラクターのタッチは柔らかいのだが、戦闘シーンに登場する戦闘機や戦車、トラックなどの兵器類は非常にリアルな3DCGで描かれている。
それら兵器は冷たく、硬質である。
これこそが戦争のリアルだというように。
また、タイトルに「楽園」とあるようにペリリューの自然や生き物は瑞々しいリアルなタッチである。
輝く太陽に照らされる自然は、戦争といった愚かな人間の営みとは無関係と言ってるかのように、鮮やかに表現されている。
これもまたリアルである。
主人公の田丸は漫画家志望の初年兵だ。
その創作力を島田少尉に買われ、功績係に任命される。
死亡した兵隊の家族へ、どれだけ戦死者が国の役に立ったかを書き記すのが功績係の役回りである。
戦闘とは関係ない事故で亡くなった場合も、その家族には名誉の戦死であったと伝える。
彼は戦友のためにそのような文章を書くのだが、不思議な気分にもなる。
「嘘くさい」
と彼がつぶやくことがあるが、そもそも勝ち目のないように見える戦争を勝てると皆が信じていることが「嘘くさい」と薄々気づいていたのかもしれない。
「信じたいから、信じるのか・・・」
とも彼は言っている。
冒頭に書いたような様々なタッチが本作の中で混在している意図はここにあるのかもしれない。
無機質な兵器のリアルなタッチが象徴する戦争の非人間性。
対照的に瑞々しく鮮やかなリアルな自然が表現する生命力。
2つのリアルに対して、キャラクターたちはデフォルメされてリアル感は排除されている。
彼らがリアルの世界では生きていないかのように。
彼らは冷静な現状把握とは離れた世界で生きている。
今は劣勢でも必ず日本は勝つ、という幻想の世界で。
物理的なパワーを象徴する兵器類のリアルを見ずに、精神的な世界で生きる。
生き生きとした生命の輝きを見ずに、大義のために無駄に命を落とす。
ずっとそう信じてきた。
今さら後戻りはできない。
なぜなら死んだ者たちが無駄死にになるから。
なぜなら今の自分が否定されることになるから。
まさに確証バイアスの罠に嵌っている。
彼らがそのような確証バイアスの罠にいることを表現しているのが、デフォルメされ日常感溢れるキャラクターデザインなのではないかと思う。
思えば、当時は日本全国民が、確証バイアスの罠に嵌っていたのかもしれない。
そしてそれは今の時代でも油断をすれば、その罠に落ちることもあるのだ。
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