「TOKYOタクシー」人生と時代を巡る東京の旅
ある日、個人タクシー運転手の浩二は、老齢のマダムすみれを乗せた。
彼女は東京を去るにあたって、思い出の場所を巡ってみたいと言う。
東京の街を巡りながら、すみれは自分の半生を浩二に語っていく。
葛飾、浅草、上野、千住、渋谷、銀座、新宿・・・。
カメラに写し出されるのは、東京の今の街並み。
昔の面影を残している街もあれば、ガラリと様変わりした場所もある。
すみれの話は戦争の頃から始まる。
幼い頃、空襲によって父親を亡くしたこと。
当時隅田川では炎に追われ、川で溺れ死んだ方も多いと聞く。
そして青春時代の初恋の話。
相手は在日2世で、北朝鮮への帰還事業で祖国に帰ってしまい、その後会うことはなかった。
帰還した在日は夢を持って北朝鮮に渡ったが、行方知れずになった者も多い。
初恋の相手との間には息子を得て、高度経済成長時代にすみれは再婚をし、団地住まいとなる。
しかし、その夫はすみれにも息子にも暴力を振るうようになった。
女性の人権が叫ばれるようになる前である。
そして、すみれは息子を守るために、夫を半殺しの目に合わせてしまう。
彼女は服役をするが、その間に息子を事故により亡くしてしまうのであった。
彼女の人生には時代性が色濃く反映されている。
それを聞く、浩二はどこにでもいるような平凡な男である。
妻と中学生の娘の三人暮らし。
個人タクシーを生業としているが、生活は慎ましい。
娘が私立高校の推薦を受けられそうと聞いて喜ぶが、その学費の額に驚く。
娘は文句なく可愛く、なるべくその願いを叶えてあげたいと思う。
妻とは恋愛結婚だったようだが、今では空気のような存在。
何かと出費が多いため経済的な悩みが多く、妻にはくどくどと金策をするように言われている。
そう、どこにでもいるような平凡な男。
浩二はすみれの話を聞きながら、自分たちの生活が平凡なものながらも、かけがいのないものであることに気づいたのだと思う。
家族というのは毎日接するからため、その存在を当たり前と思ってしまいがちだ。
まさに空気のように。
対してすみれは父親を、初恋の相手を、そして息子を失ってきた。
そういう時代であったと言えば、それまでかもしれない。
でも今の当たり前が通じない時代であったのだ。
そんな時代を生きる中で愛する人々をすみれは失ってきていた。
現在はまた今なりの問題も色々あるが、大切な家族と平凡でも一緒に暮らしていけるのは幸せなことだ。
浩二がすみれの話を聞いて、思わず妻に電話してしまうところが可愛い。
すみれは、昔も悪いところだけではなかったと言う。
商店街はもっと活き活きとしていて、元気だった。
高度成長期という時代背景があるかもしれない。
確かにあの時代は、どんどん豊かになっていくということを疑ってもいない時代であった。
すみれは息子を失ってから、ずっと一人であったのだろう。
事業で成功していたように見える彼女の葬式は思いの外、小さかった。
身寄りがないことがこれからもわかる。
ずっと寂しい、という気持ちを抱えていたのだろう。
人生を終えようとする時に、自分の人生を浩二と共有できたことは彼女にとってどれだけ嬉しかったことか。
何か残せたという気持ちになれたのではないだろうか。
浩二を息子と言うには、ちょっと歳が下かもしれない。
けれど、自分の半生を話し、それに共感してもらったことによって、息子のような感覚を持ったのかもしれない。
だからこそ、もう少し彼と一緒に過ごしたかった。
そして最後に彼のために何かを残してあげたくなったのだ。
時代が変わり、街並みが変わっても、人にとって大切なことは変わらない。
すみれと浩二、その人生の最後と途中において、そのことを共有し合えた。
それはある日の奇跡かもしれない。
暖かな余韻の残る作品でありました。

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