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2025年10月24日 (金)

「ワン・バトル・アフター・アナザー」観たことのないカーアクション

ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)監督のアクション映画ということで大いに話題になっています。
確かに後半のカーアクション(そう呼んでいいのかどうかわからないですが)は、あまり見たことのない画であり、PTAらしい独創性が表れているように思いました。
カーアクションと言われてまず思い浮かぶ派手なカメラワークやスピード感のある演出といったものはほぼありません。
どちらかというとカメラはロングからズームで車を捉えているようなカットが多く、ゆったりと構えている印象です。
上下に波を打つように続く道を走る車を正面から捉えているカットが印象的で、正面からのためスピード感はほぼありません。
しかし、波打つ道に車が隠れ、そして再び表れたりすることで、不思議な緊張感が出てくるのです。
このようなカーアクションはあまり見たことがありません。
唯一、印象として近いと思ったのはスピルバーグの「激突」ですが、彼が本作を続けて3回見たという話も伝わってきていて、何か通じるものを感じたのかもしれませんね。
このようにカーアクションとしての新しい見せ方をしている本作ではありますが、PTAらしい映画でもあると思いました。
私がPTAの作品で見たことがあるのは「マグノリア」と「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の2本のみ。
個人的には、彼の作品は濃厚なドラマと強烈なキャラクターたちという印象が強く、見る側にも非常にエネルギーを要求するイメージがありまして、ちょっと躊躇してしまうところがあります。
それでも今回見に行ったのは、最初に触れたPTJとしてどのようにアクション映画に挑むのかという点に興味があったのです。
本作の中で強烈な印象を残すのは、ショーン・ペンが演じるロックジョーで、この人物はPTA作品にしばしば登場する強い個性を持った登場人物です。
彼は国境警備をする軍人であり、権威主義であり、また白人男性至上主義でもあります。
しかし、その反面、革命家でありペルフィディアに支配されることに快感を求めるアンビバレントな感情を持ち合わせています。
彼は排他的な白人男性至上主義の秘密結社に入ることを望みますが、その時に障害になるのが、ペルフィディアとの間に生まれたかもしれない子供です。
その子の存在は、彼の「純潔」を揺るがすこととなり、彼は執拗にその子ウィラを追いかけます。
ロックジョー、そして彼が所属を望む結社の男たちは、距離をとって眺めると、共通して自分中心の子供ぽさを持っているように思います。
しかし、その彼らは権力を持っているため、こっけいさと怖さを併せ持っており、理解し難い不気味さを感じます。
ディカプリオが演じるボブはかつてペルフィディアの同志であり、そして恋人であり、ウィラを自分の子と信じて育ててきました。
十数年平和に暮らしてきて、怠惰な生活を送っていた彼は、ロックジョーがウィラを狙って行動してきたことをきっかけに、かつての革命家としての闘争心が目覚め始めます。
それと同時に、当たり前の存在としていたウィラを失うかもしれないという危機感に直面し、本当の親として自覚し始めます。
そういう意味で彼は非常にまともであり、観客として共感しやすい人物です。
PTJの作品はクセが強い人物が多いため、自分が共感できる人間を探しにくいのですが、本作は主人公が最も共感しやすいため、他の作品に比べ圧倒的に見やすいと思います。
ロックジョーたちの不気味さが描かれていくほどに、ボブの存在が際立ってきます。 冒頭に触れた荒野でのカーチェイスの表現は、娘に届きそうで届かないボブの不安を表しているようでもあり、アクションシークエンスそのものがボブへの共感を強めていっているようにも思います。 大団円とも言える終わり方であり、もやもやもなくすっきりとした読後感です。
PTJ慣れていない方でも観やすい作品かもしれないです。

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