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2025年8月24日 (日)

「映画 ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー 復活のテガソード」自由になるなずが不自由に

シリーズ49作目にて「スーパー戦隊」50周年記念の「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」。
今までも「ゴーカイジャー」などキリがいいところでの記念作品はあり、旧戦隊が登場するなどして大いに盛り上がりました。
本作でもそれらの作品と同じように旧戦隊が登場してきます。
しかし、正直言って個人的には「ゴジュウジャー」はいまいち乗り切れていないのです。
意欲的な作りをしていることは理解しています。
従来の型化しているようなスーパー戦隊フォーマットから離れようとしています。
型から解放されるのでストーリーとしては自由になるはずです。
実際いつもの怪人戦→巨大戦というフォーマットには従っていないストーリーになっていますし、戦隊メンバーも厳密にはチームとしての一体感はやや薄く、それぞれの思惑で動いています。
ただ戦隊である限りはチームは描かなくてはならず、自由とはいえロボ戦はやらなくてはいけないわけで、そうなるとフォーマットに沿わない形でそれらを描かなければならなくなっているからか、毎回四苦八苦しているように感じられるのです。
自由になるはずが、不自由になっているというか。
これは基本的には一話完結フォーマットであることは守っているということに起因しているのかもしれないですが。
「仮面ライダー」シリーズは一話完結にこだわっていないため、さまざまな型から自由になったことがいい方向に現れていると思います。
作りとしては王道であった前回作品「ブンブンジャー」の方が全体的なストーリーとしては一話完結は守りながらも大河的でもあり、うまくいっていたような気がします。
劇場版についてはそのようなテレビシリーズの苦しさをそのまま持ってきているようにも感じ、ドタバタしたまま終わってしまったという印象になりました。

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