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2024年4月 3日 (水)

「落下の解剖学」平行線の関係性

本作はアカデミー賞で脚本賞を受賞しましたが、それもわかりますね。
フランス人の夫とドイツ人の妻、そして視力に障害がある息子が暮らす山荘。
息子が犬の散歩から帰ってきた時、父親が頭から血を流して家の外で死んでいるのを発見します。
やがて夫を殺したとして妻サンドラが立件されます。
こう書くとミステリーのように聞こえますが、本作はミステリーではありません。
この事件の犯人は最後までわからないのですから。
この作品は夫婦というものがいかに分かり合えないか、ということを非情なまでに掘り下げたものとなっていて、見ているとなかなかにしんどいところもありました。
「仮面夫婦」という言葉がありますが、本作で描かられている夫婦はまさにそのような関係性でしょう。
しかし、そこまでとはいかずとも、お互いに本当に理解し合えている夫婦というのはどれだけいるのでしょう。
作中で描かれる裁判の中で、彼らの夫婦の関係性が次第に明らかになっていきます。
記録された音声が再生されますが、彼らのやりとりは聞いていると耳を塞ぎたくなるようなところもあります。
夫にしても、妻にしてもそれぞれの主張には、それぞれわかるところがあります。
しかし、彼らは互いに歩み寄ることはなく、会話は平行線です。
というより、互いに歩み寄っているつもりなのにも関わらず、相手からするとそのようには思えないというところでしょうか。
そのもどかしさがそれぞれが自分だけが自身を犠牲にして、相手だけがやりたいことをしているというように見えるのでしょう。
多かれ少なかれ、同じような感覚を持つ夫婦というのは多いのではないかと思います。
いつまで経っても平行線であるというもどかしい感覚というのは、非常にストレスフルです。
これはどちらかがひたすら我慢するか、平行線であるということを飲み込みながら互いに妥協するか、といった感じでそれぞれの夫婦がなんとか対処していっているのでしょう。
だったら別れればいいじゃないか、ということもありますが、子供がいることによりそのような思い切ったこともできにくくなります。
本作で言えば、夫は自らのミスにより子供の視力を傷つけてしまったという責任感から彼をしっかりと保護したいと思っていますし、妻は当然自分がお腹を痛めた子供ですから無条件に手放したくないと思うのも当然です。
子は鎹、と言いますが、彼らにとっては子供が彼らを結びつけている鎖のようなものになっているのかもしれません。
彼らが平行線の関係性であることは、本作での言語の使われ方でも表されています。
夫はフランス人で母国語はフランス語で、妻はドイツ人なので母国語は当然ドイツ語。
そのため彼らは家庭においては、フランス語でもなく、ドイツ語でもなく、双方の母国語ではない英語で会話をします。
二人は流暢に英語を使うとはいえ、それぞれの母国語でのニュアンスを完全に伝えられているとも思えません。
それぞれの主張が相入れられず、ずっと平行線であることを、それぞれの母国語が全く違うということで表しているようにも思えます。
結局、夫婦というものは理解し合えるようなことはあり得ないという非情な結論になっている作品でありますが、それに納得してしまう自分もいます。

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