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2024年4月 7日 (日)

「オッペンハイマー」揺れる

本作の冒頭にプロメテウスの神話の件が語られる。
すなわちプロメテウスは天上から火を奪い、人間に与えた罪により、ゼウスにカウカーソス山に磔になったと。
人はプロメテウスに与えられた火によって文明を発展させたものの、また武器を生み出し争いを続けるようになったのだ。
プロメテウスに与えられた火によって人間は後戻りできない道に踏み出したのだ。
オッペンハイマーはプロメテウスに準える。
彼は核の扉を開けた。
核は夢のエネルギーでもあったが、地球を破滅させることができるパワーでもあった。
核以前と、核以後は異なる世界であり、まさにオッペンハイマーは新世界を生み出したとも言える。
核爆弾はウランやプルトリウムにを爆薬により臨界点を突破させ、核分裂を引き起こすことにより莫大なエネルギーを生み出させる。
核分裂により飛び出した中性子は次々に周囲にも反応を連鎖させて急激にエネルギーを解放するのだ。
これが核爆弾の連鎖反応(チェーンリアクション)なのだが、オッペンハイマーの核爆弾により、米ソによる核開発競争という別のチェーンリアクションも引き起こさせる。
主人公であるオッペンハイマーは本作において常に揺れている。
世界や宇宙の成り立ちを探ろうとする冷静な洞察力を持っていて、周囲の誰よりも先見の明を持っているように見える。
しかし、目先の欲望や名誉に囚われて、馬鹿げた過ちも繰り返す。
戦中は熱心に核爆弾開発を指揮し、しかし広島・長崎への爆弾投下で動揺し、後悔する。
戦後はしばらくは核開発に従事するものの、その後核爆弾反対論へ転向する。
妻を愛し家庭を愛しているものの、ジーンとの関係にも溺れそこから抜けることもできない。
どちらが本当のオッペンハイマーなのか。
彼の主義はどこにあるのか。
彼はずっと揺れている。
彼は揺れ続けたまま、己の行為によって引き起こされた結果(原爆の投下やジーンの自殺)に慄くのだ。
しかし、両方とも彼なのかもしれない。
彼が信望する量子論で、光が波であり粒子でもあるように。
これがこういうものであるという確定さは人を安心させる。
ずっとこのままでいられると思えるからだ。
しかし、ノーラン監督はものが見えたままである確信をいつも揺さぶる。
「ダークナイト」では正義という価値観を揺さぶったし、「TENET」が常に時間が過去から未来へ流れるという前提を揺らがせた。
彼は全てのものの前提を揺さぶるのだ。
クリストファー・ノーランの演出は見事で、特に圧巻だったのが、原爆投下後にオッペンハイマーが研究所で多なったスピーチの場面だ。
彼が演説すると同僚たちは歓喜の叫び声をあげ、互いに肩を抱きながら泣く者も見える。
しかし、それは視点を変えて見てみると、原爆を落とされた広島・長崎の人々が苦しみの叫び声をあげ、悲しみで互いの肩を抱きながら泣いているようにも見えるのだ。
歓喜と悲哀という全く逆の感情をオーバーラップさせている。
原爆を生み出したことの両側面を表した驚異的な演出であり、物事は見えるままだけではないという彼の共通したものの見方を表した象徴的なシーンであったと思う。

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