« 2023年11月 | トップページ | 2024年1月 »

2023年12月31日 (日)

2023年を振り返って<映画>

2023年、映画鑑賞本数は63本でした。
一昨年は64本で、その前は63本でしたので、このところこのくらいの本数で推移していますね。
変わったことと言うと、この63本のうち、娘と見に行ったのは13本にもなりました。
小学一年生になり、アニメだけでなく実写も見るようになったので、かなりの本数です。
中でも「プリキュアオールスターズF」は合計4回も見に行ったので、回数で言うと16回にもなります。
確実に映画ファンに育っています(血は争えない)。

さて、今年もランキングをつけてみました。
1.「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
2.「ゴジラ-1.0」
3.「かがみの弧城」
4.「映画 プリキュアオールスターズF」
5.「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
6.「マイ・エレメント」
7.「怪物」
8.「グランツーリスモ」
9.「PERFECT DAYS」
10.「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:Volume3」

1.「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
マーチン・スコセッシによる本作、2023年を代表する圧倒的1位と言っていいでしょう。
3時間半にも及ぶ長尺でありながら、骨太なストーリーで最後まで観客も引っ張り込みます。
ディカプリオが演じる主人公を含めキャラクターたちもそれぞれに魅力的です。
まさに「映画を見た」という充実感を味合わせてくれます。
スコセッシは今の映画産業に対して色々と物申していますが、彼が目指す映画というものはこういうものだと、作品で答えを出しているように感じます。

2.「ゴジラ-1.0」
日本だけでなく、アメリカでもヒットとなっている歴史的な作品となっています。
「シン・ゴジラ」とは全く異なるアプローチで、山崎監督らしいヒューマンな要素が入っているため、幅広い観客の心を掴めたのではないかと思います。
アカデミー賞の視覚効果にノミネートされたように白組のVFXもクオリティが高く、見応えあります。
ゴジラが熱線を吐くシーンはケレン味もあり、またおそろしさもあり印象的なシーンになっていました(ヤマトの波動砲のようでもある)。
年明けにはモロクロ版も公開されるようで、こちらも楽しみ。

3.「かがみの弧城」
全くノーマークでしたが、娘が見たいということでお付き合いで鑑賞しましたが、自分の方が号泣しました。
自分の居場所がない子供たちが、互いに交流しながら、自分自身を認め、居場所を見つけていくという物語。
物語の舞台設定、トリックが最後に明かされますが、全く想像もしていなかったので、驚くと同時に大きな感動を得ました。
映画の帰りに原作買って、読んでしまうほど気に入りました。

4.「映画 プリキュアオールスターズF」
娘と一緒に合計4回見にいきました。
テレビシリーズが20周年ということで作られましたが、周年記念作品らしく非常にクオリティが高い。
特にアクションアニメーションがかなり力が入っていて、非常によく動く。
カメラもかっこいいアングルからキャラクターを追いながらぐるぐると動きます。
最後の決戦はテーマソングと相まって、鳥肌が立つくらいに、かっこよくそして気持ちを揺さぶられます。
過去のキャラクターも登場しますが、その登場がいちいち意味があってかっこ良い。
昔からのファンにも今のファンにも想いが伝わる作品でした。

5.「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
SF色が非常に強く、こういう作品が一般で公開されることが素晴らしい。
そしてさらにただSFを描くのではなく、現代の人々が陥りやすい自分が何もであるかわからなくなってしまうことに対しての、希望も描いています。
自分自身を認められる自己肯定感をテーマにしていて、ただの設定だけのSFになっていないところがとても良い。

6.「マイ・エレメント」
最近のピクサーはやや冴えがない印象がありましたが、本作はアニメーションの表現にしても、魅力的なストーリーにしてもピクサーらしさが蘇ったように思いました。
3DCGに関しては多くのプロダクションが作り一般的になってきましたが、やはり物質の表現に関してはピクサーは一枚上手。
今回は火や水の表現が多く、そしてそれで感情も表現しているのですが、とても豊かな表現ができていたと思います。
また、本作のテーマは多様性でもあり、マイノリティ同士がお互いの価値観を認め合うことが描かれ、分断の時代という現代においても社会的なメッセージを発信していたと思います。

7.「怪物」
こちらも多様性を描く物語と言えます。
しかし現代においては既存の価値観から、それぞれの個性を受け入れられないことが多く、マイノリティの人々は非常な生きにくさを感じています。
物語は羅生門的な展開で、何が正しいのかがわからないまま進んでいきます。
最後の視点で語られた時、彼らの苦しみがようやく伝わってきます。
ストーリーテリングという点でも最後まで惹きつけられる作品でした。

8.「グランツーリスモ」
ゲームの「グランツーリスモ」は大ファンなのですが、ゲームの映画化作品というのは何度か裏切られているので、あまり期待はしていませんでした。
しかし、本作は陸の「トップガン」とも言えるストーリーで、夢を持った主人公が苦難を乗り越え、栄光を掴むという王道の展開で見ていてカタルシスがあります。
映像はゲーム以上にスピード感あふれる映像で、今までのレース映画とも一線を画すものになっていると思います。

9.「PERFECT DAYS」
ある男の日常を淡々と描く物語。
何も起こらなそうで、日々の生活は人との出会いや別れで、同じように見えても木漏れ日のように変化している。
男の人生は何も語られないですが、今までの彼の人生を想像したくなってきたりもします。

10.「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:Volume3」
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の最終章であり、(今のところ)ジェームズ・ガン監督の最後のマーベル作品となります。
個性豊かなガーディアンズが今まで以上に生き生きと描かれ、そして今まで謎であったロケットの過去に触れ、物語としても厚みもあります。
映像としても見どころ多く、最終決戦でのガーティアンズ全員での長回しによる立ち回りは見応えがあります。

通常はこの後に、ワースト3をあげるのですが、今年は頭に来るほど許せない作品もなかったのですよね(退屈して寝た作品はありましたが)。
今年は割とバラエティに富んだベスト10だったかと思います。
最近、公開期間が短いものが多く、うっかりするとすぐに公開終了となってしまい、映画館好きとしてはなかなかやりにくい時代となりましたが。
来年も良い作品と出会えるといいですね。


| | コメント (0)

2023年12月30日 (土)

「PERFECT DAYS」木漏れ日

2023年最後に鑑賞したのはヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の「PERFECT DAYS」です。
ヴィム・ヴェンダースの作品は久しぶり。
主人公の平山は公衆便所の清掃を生業としている男。
平山は非常に几帳面に仕事を行い、毎日規則正しく暮らしています。
彼の1日は早朝の近所の箒の音で始まり、几帳面に布団をたたみ、缶コーヒーを一本買って仕事場に向かいます。
いくつかのトイレを丁寧に掃除をし、昼間は決まった神社で木漏れ日を見ながらコンビニのサンドイッチを食します。
仕事が終わった後は、銭湯で風呂を浴び、その後行きつけの一杯飲み屋で食事をし、そして帰宅後は古本屋で買った小説を読んでから就寝。
本作はこのような規則正しい平山の生活を追っていきます。
何も起こらない映画、と言えるかもしれません。
平山がどのような人生を送ってきたかは本作では語られませんが、何かから逃げてきて、今のような生活に行き着いたように思えます。
何も起こらないというのは、彼にとって幸せで完璧な日々なのでしょうか。
タイトルロールの後に「木漏れ日」という言葉がスクリーンに映し出されます。
その意味も書いてあって、木の葉が重なり合って変化する光であって、同じものはないとありました。
この木漏れ日は劇中でも何度も触れられていて、平山は昼休みに木漏れ日の写真を撮るのが日課となっていました。
平山の繰り返される日常も一見、同じように見えながらも、全く同じではありません。
突然同僚が辞めてしまったために二人分の仕事をしなくてはならず、疲れ切って夜帰った後は、いつもの通り明日の準備をする前に眠ってしまったり。
同僚が好意を寄せる若い女の子に、突然ほおにキスをされたり。
突然、姪が訪れて、彼女を仕事に連れて行ったり。
同じように繰り返される日々の中にも木漏れ日のような変化があります。
お休みの日には必ず行きつけのバーに顔を出しますが、そこのママの元夫が末期の癌だと知った時、彼は繰り返す日常も終わることがあるということを突きつけられます。
どういう生き方が完璧なのか、それはその人自身が決めること。
同じような暮らしの中でも、木漏れ日のような変化が彩りを加えます。
穏やかだけど完璧な日々。
それも終わる時が来る。
それを思いながら、平山は微笑み、そして涙を流したのでしょうか。

| | コメント (0)

2023年12月29日 (金)

「劇場版 SPY×FAMILY CODE: White」まさにタイトル通り

原作もアニメも全く見ていなかったが、娘のたっての希望で一緒に鑑賞してきました。
未見とはいえ「SPY×FAMILY」の基本設定は頭に入れてありました(娘はアニメ全話鑑賞済みで色々予習させてくれたので)。
父ロイドは凄腕のスパイ。
母ヨルは女殺し屋。
娘アーニャは人の心を読むことができる超能力者。
そしてペットの犬、ロイドは未来予知犬。
彼らがある任務のため、仮初の家族となって暮らしながら、様々なトラブルに巻き込まれていく、ということですね。
お互い相手の職業や能力を秘密にしているというところも緊張感を生みます(アーニャは人の心が読めるので、全部し知ってる)。
実際、これだけわかっていれば劇場版は難なく楽しめます。
アーニャは年が娘と全く一緒で、この年頃らしい行動をするのでいちいち可愛い。
ロイドとヨルは相手の素性を知らず、相手に素性をバラしたくないので、物語が常にスパイ映画的な緊張感があります。
それでいてロイドは意外と家族思いであったり、ヨルさんの天然な行動もまた愛らしかったりと、ファミリーコメディの要素もあります。
このバランスが絶妙で、「SPY×FAMILY」はまさにコンセプトをそのままタイトルにしていると感心します。
劇場版だからか、アクションシーンもなかなかに凝っていて見応えがあります。
特にヨルさんとタイプFの対決シーンはカメラワークもものすごく見応えありました。
これはテレビシリーズも見なくちゃいけないですね。
お正月休みにでも見ましょうか。

| | コメント (0)

「仮面ライダー THE WINTER MOVIE ガッチャード&ギーツ 最強ケミー★ガッチャ大作戦」もう少し丁寧に

「仮面ライダー」シリーズの恒例の冬映画となりますが、正直このところの劇場版は精彩がありません。
本作についてもそのように言えるかと思います。
特に冬映画は平成ライダー第二期からオンエア中の現役ライダーとその一つ前の先輩ライダーがコラボするのが恒例となっているため、異なる世界観をつなぐ仕掛けが必要となってきます。
平成以降の仮面ライダーはそれぞれが独立した世界観を持っているため、以前はコラボレーションするにしてもなぜそのようなことになっているか、設定的に吟味されていたと思いますが、最近はその辺りは非常にゆるく取り扱われています。
もちろん設定過剰で複雑になるのは本末転倒だとは思いますが、ゆるすぎると物語がご都合主義に陥りやすくもなります。
最近の劇場版はその傾向が強い気がします。
本作はまさにそうで、神となったはずの英寿が普通に仮面ライダーとして現れることについて何の説明もありません。
神だからなんでもあり、ということなのかもしれませんが
前作に思い入れがあるほど、安易な展開には残念な気持ちになってしまいます。
今回の「ガッチャード」と「ギーツ」は作品のトーンも真逆であるため、共存させることに苦労はあったとは思います。
全体的な比重としては「ガッチャード」が8、「ギーツ」が2といったバランスでしょうか。
「ギーツ」のキャラクターたちはゲスト的な扱いでしたので、これであったら無理矢理にコラボでもなくてもいいかなと思いました。
もう一点気になったところとしては、本作は「ガッチャード」本編の世界線に位置するものとなっていますが、15話と16話の間にある出来事となります。
今まで「仮面ライダー」の劇場版の場合、パラレルワールド的な扱いのもの(「555」や「ブレイド」「ジオウ」)もあれば、同時間軸のものとがあります。
同時間軸の場合も、本編との整合性をしつつ、映画を見てなくてもテレビの方は話は追いかけられる作りとなっていました。
しかし、今回の劇場版は15話までの伏線が劇場版で回収され、その後の16話ではそれらが「済んだこと」として話が展開していきます。
今回の劇場版では重要な二号ライダーが登場するというイベントがありますが、その後の16話ではそのライダーの誕生は描かれず「済んだこと」となっています。
これはテレビしか見ていない方にとっては、いかがなものかと思います。
劇場版に足を運んで欲しいという気持ちはわかりますが、ややテレビシリーズの視聴者には不誠実な展開であるように思いました。
これらのことを含めて、本作は非常に安易である印象が強く、今後はもっとファンにとっての満足を意識した作品になって欲しいと思います。

| | コメント (0)

2023年12月28日 (木)

「窓ぎわのトットちゃん」今の時代に公開される意味

ご存知黒柳徹子さんによる小説「窓際のトットちゃん」をアニメーションとして映画化。
原作が発表されたのは1981年で40年以上も昔です。
当時ベストセラーとなりましたが、なぜに今映画化されたのでしょうか。
実はベストセラーにも関わらず、私は原作を読んだことがなく、今回子供が見たいと言ったので、一緒に鑑賞してきました。
本作を見てみて、今という時代に映画化された意味がわかったような気がしました。
舞台となる時代は、日本が太平洋戦争に足を踏み入れようとしているとき。
トットちゃんは自由奔放な性格のため、普通の小学校には馴染めず、トモエ学園という自由な校風な小学校に転校します。
その学校は生徒の個性を重視する方針で、その時代においては非常に最先端の教育をしている学校でした。
そのためか世間的には異端のようにも見られてもいました。
日本は戦争に向かう道にあり個性よりは、愛国的な国民を育てる全体主義的な教育が主流でした。
そのような考え方からすれば、トモエ学園の思想は異端に他かなりません。
そのような校風のなか、トットちゃんは伸び伸びと育ちます。
様々な子供たちがいる中で、トットちゃんも学友それぞれの個性を大事にすることを学んでいきます。
これはまさに今の時代主流となってきている多様性の考え方と言えるでしょう。
戦争直前という時代においていかに先端的な考え方であったか、わかると思います。
それがなぜ今映画化されているのでしょうか。
出版されていた時期(1980年代)は日本が世界的に見ても高度に経済的発展をしていた時期で自信に溢れていた時でした(80年代後半でバブル崩壊し、日本は急速に自信を失います)。
そのためか我も我もという、自己中心的な考え方が強くなっていた時代であったようにも思います。
他人への思いやるという気持ちも薄くなってきていて、そのことに黒柳さんは警鐘を鳴らしたかったのではないかと思います。
伝説的なエピソードとして、黒柳さんが司会をしていた「ザ・ベストテン」で一般人が発した差別的なコメントに対し、生放送中に苦言を呈したという事件がありました。
それは多様性を否定するような発言であり、トモエ学園で学んできた黒柳さんとしては許せない言動であったのでしょう。
そして、今の時代です。
黒柳さんは40年ぶりに「窓ぎわのトットちゃん」の続編を発表しました。
これに関するインタビューで、昨今のアメリカの分断やウクライナの戦争など、他者に対して非寛容な風潮が非常に気になっているというようなことを話されていました。
多様性が言葉としては定着し、その価値観を誰もわかるようになってきた時代ではありますが、人の行動や世界の流れはそれに反対の動きとなっています。
今こそ、もっと等身大に多様性ということを皆がもう一度理解しなくてはいけない時期なのかもしれません。
子供はもちろんですが、大人に対してもそのようなことを考えるきっかけになる作品であると感じました。

| | コメント (0)

2023年12月14日 (木)

「ナポレオン」肥大化したエゴ

アマゾン、アップル、ネットフリックスと最近はネットの配信大手が映画制作へ進出してきています。
マーティン・スコセッシやリドリー・スコットは旧来の映画映画業界に対し、ヒットが確実されるシリーズものなどへ傾注しすぎていると批判をしています。
そういう映画製作者の一つの受け皿として冒頭に挙げた配信大手がなってきているのでしょう。
劇場での興行が収入の主軸であれば、どれだけ動員できたかが業績を左右します。
しかし配信大手は配信が稼ぎの柱なので、旧来の映画業界よりもチャレンジングなことができるのかもしれません。
実際、アップルが製作したマーティン・スコセッシの「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」は大傑作でしたし、そのため同じアップル製作であり巨匠リドリー・スコットの「ナポレオン」には期待が高まりました。
しかし蓋を開けてみると、傑作とは程遠いできであったと思います。
主人公はかの有名なナポレオン。
フランスの激動期を生きた英雄。
地方出の小貴族ながら、フランス皇帝まで成り上がり、そしてまたその地位を追われたという激動の人生を送りました。
波乱に満ちた人生ですので、映画として非常にダイナミックなものになると予想していましたが、残念ながら単調な物語に見えました。
リドリー・スコットは英雄としてナポレオンを描くのではなく、エゴが肥大した男として彼を描写しました。
そしてまた彼は妻ジョセフィーヌの前では矮小な男にすら見えました。
彼の最後の言葉は「フランス、アーミー、ジョセフィーヌ」だったと言われます。
これらは彼の自己が肥大化した末に、自分と同一視したものではないかと思います。
フランスはまさに彼自身と同一化され、だからこそ皇帝となり、世継ぎが生まれないことが国の危機とさえ、彼には思えました。
またアーミー(軍隊)については、彼は軍をまさに自身の手足のように操り、類まれな戦術により多くの戦争で敵を撃破していったのです。
そして最後のジョセフィーヌは、彼はまさに彼女と一体であると感じていて、だからこそ思うように動かない彼女に対してイライラしながらも、離れることはできないという関係性になっていたのだと思います。
世継ぎが生まれないと状況では、彼はフランスという国か、ジョセフィーヌかという選択に迫られ、結果フランスを選びます。
劇中でも描写されたように、彼は泣く泣くジョセフィーヌと別れるのです。
まさに半身を切るようなことであったのでしょう。
ナポレオンは尊大でありながらも矮小である男であるというのは新しい視点ですが、それを語る語り口が淡々としていて抑揚がないのが残念です。

| | コメント (0)

2023年12月 2日 (土)

「映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ」意外と奥深い

子供に請われて行ってきました。
すみっコぐらし、小学生に大人気ですものね。
丸っこくて可愛らしい見た目ですが、彼らのキャラクター設定がなかなか奥深いのです。
しろくまはしろくまなのに、寒いのが苦手で暖かい場所を求めて逃げてきました。
ぺんぎん?はぺんぎんのような見た目だけど、自分でそれに自信がなくて自分探し中。
とんかつは脂身が多くて、残されちゃたとんかつの端っこ。
みんな、なんか大多数の趨勢からは外れていて、だから居づらくて、そんな仲間たちで集まって(社会の)すみっこの方で暮らしているということなんですね。
けど、そこではそれぞれが尊重しあっているので、とっても幸せに暮らせています。
世の中、こうあらねばならぬというプレッシャーがあったりして、そうなれないとなかなか生きにくく感じたりもします。
でもそうでなくてもいい、違う自分でもいいと思えれば、もっと幸せに生きれるのですよね。
今回映画に登場するキャラクターはおもちゃのこうじょう。
と言っても、このこうじょうはすでに打ち捨てられていたのですが、すみっコたちと出会って、再び稼働し始めます。
こうじょうは皆が喜んでくれるおもちゃを作りたいという望みがありますが、うまくいきません。
結果、こうじょうはすみっコたちの力を借りて映画館へ生まれ変わります。
こうあらねばならぬという考え方から解放されたのですね。
結構、すみっコ奥深いです。

| | コメント (0)

« 2023年11月 | トップページ | 2024年1月 »