「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」正直者な愚か者
公開最終日に観てきました。
非常に評判がいいという話は聞いていたものの、3時間半という尺の長さと重そうなテーマに躊躇していたのです。
しかしそれは全くの杞憂で前評判通りの出来でした。
尺の長さは全く気になることはなく、最後までドラマに引き込まれました。
さすが、マーティン・スコセッシです。
主演のレオナルド・ディカプリオの愚か者っぷりも素晴らしかったですし、ロバート・デ・ニーロも友人ぶった権力者という役柄を巧みに演じていました。
この作品は史実に基づいているということですが、私個人としては全く知らない出来事でした。
時は禁酒法時代で、居留地で石油が見つかったことにより巨万の富を得たインディアンの部族オセージ族の街が舞台になります。
その街では何人ものオセージ族が怪死を遂げていました。
当初この作品はこの事件を捜査する連邦捜査官側から描く予定でしたが、ただのヒーロー映画になり、事件の本質が描けないということでオセージ族側から描くことになったということです。
確かに連邦捜査官側から描くと、同じ時代の「アンタッチャブル」のような作品になってしまったかもしれないですね。
ちょっと脱線しますが、デ・ニーロが理髪店で髭を剃られるシーンがあったり、クロケットのバット(野球のバットではなく)を持ってディカプリオのお尻を叩いたりする場面があって、「アンタッチャブル」へのオマージュかと思ったりもしました。
デ・ニーロがバットを持つとドキッとしてしまいます。
話を元に戻して・・・・
物語が緊張感があるのは、ディカプリオ演じるアーネストが後先を考えることができない愚か者であるからです。
アーネスト自身は自分の欲を制御できない小物で、叔父であるヘイル(ロバート・デ・ニーロ)に命じられるまま悪事に手を出します。
ヘイルはまさに狡猾と言える男で、巧みにインディアン社会に信頼されるようにしつつ、裏では時には(自分の手は汚さず)殺人まで犯しながら彼らから搾取しています。
ヘイルはアーネストがインディアンの娘モリーに好意を持ったことをきっかけに、彼を彼女の一族に食い込ませ、ゆくゆくは彼らの財産を奪うという腹積りです。
しかしアーネスト自身はまさに小物で、ヘイルに圧倒されながら彼の言われたように動きつつ、一方で本当にモリーを愛し、家族を大切にします。
彼は自分の欲に忠実であり、かつ家族を愛する男で、そういう点では、自分の気持ちに素直な正直者と言えると思います。
しかし、彼は救いようのないくらいに愚か者なのです。
アーネストの正直者な愚か者という属性により、彼は始終揺れ動き、その場しのぎの行動をとっていきます。
その行動が物語がどう転んでいくかわからない予断の許さない緊張感を生み出しているような気がします。
彼はやはり金が欲しいという欲望に囚われた悪党になるのか、それとも妻と家族を守る英雄となるのか。
最後まで自分の意思がはっきりせず、誰かに影響を受けるアーネストのダメっぷりを演じたディカプリオの演技は素晴らしい。
いつまでも煮え切らない彼は、結局は金も愛も失います。
またアーネストの妻であるモリーも揺れ動いていました。
彼女自身はアーネストとは全く異なり、思慮深くそして強い意志を持つ女性です。
おそらく自分の体調が日に日に悪くなっていく状況で彼女は、アーネストが何かしら関与しているのではないか、と疑っていたでしょう。
しかしまたアーネストの愛情も本物であるともわかっていました。
だからこそ彼女はアーネストが最後には本当のことを話してくれることを信じて待っていたのでしょう。
自分の命をかけながら。
この対照的な夫婦のそれぞれが持つアンビバレントな気持ちが絡み合い非常な緊張感を生んでいます。
それが3時間半という時間を気にさせないほどのドラマのエネルギーを与えてくれたのだと思います。
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