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2023年9月19日 (火)

「グランツーリスモ」没入感ある映像とストーリー

プレステのゲーム「グランツーリスモ」。
私はこのゲームの大ファンでこのためにプレステを買っていると言っても過言ではありません。
歴代のプレステは「グランツーリスモ」の発売がされることをきっかけに買っています。
ですのでナンバリングの「グランツーリスモ」が出ていないプレステ4は買ってない(笑)。
さてそんな大好きな「グランツーリスモ」が映画になると聞いて、少々不安になりました。
ゲームの映画化作品は一部うまく行っているものもありますが、大体が残念な結果に終わっているものが多い印象です。
そもそもオリジナルのゲームはドライビング・シミュレーターと言っているわけで、ストーリー要素はありません。
どうやって映画にするのだろうという疑問が湧きました。
しかし、監督が「第9地区」のニール・ブロムカンプと聞いてそれは期待に変わりました。
確かに彼の今までのディストピア的な作風とは全く違う題材です。
しかし、彼は映像がエッジが聞いているのと、今までの作品もSFでありながら、リアリティにもこだわりがあるように感じていたからです。
今まで見てきたレース映画とは違うものを見せてくれるような気がしました。
その期待通り、レースシーンはかなりの迫力がありました。
レースカーのコクピットに入りこみ、被写界深度が激浅のカメラでレーサーの心情に迫るようなカメラ。
地面スレスレの位置に設置したカメラが描くスピード感。
はたまたゲームでプレビューで見せてくれるようなレース場のカメラワーク。
それらが早いテンポのカッティングで、激しくスピード感あふれる臨場感のあるレースシーンとなっていました。
しかし、この作品はレースシーンだけではありません。
本作が題材としたのは、GTアカデミー。
これは「グランツーリスモ」をプレイする実際のゲーマーから選抜されたメンバーがリアルなレースに挑戦するというプロジェクトで、かつて実際に行われていました。
私も存在は知っていましたが、あまり詳しくはありませんでした。
本当にレーサーとしてデビューした人がいたとは!
本作はその現実にあったエピソードを映画化した話なのです。
主人公のヤンは大学を中退したただのゲームファン。
しかし「グランツーリスモ」の実力は確かなもので、GTアカデミーへの入学が認められます。
本作はいわば典型的なスポ根もののストーリーで、それだからこそ胸が熱くなります。
ニール・ブロムカンプはリアルなタッチで描くことが得意なので、ヤンが直面する困難、挫折しそうになる時の気持ちも我々自身が感じているかのようにリアルに描きます。
映像だけでなく、登場人物の心情も丁寧に描いているからこそ、ラストレースの緊迫感がより一層高まります。
この作品はIMAXで見るしかないと思い、奮発しましたが、その甲斐がありました。
本作で登場するレース場は全てゲームの「グランツーリスモ」に収録されています。
主人公のヤンほどではないですが、私も何百回かは走っているコース。
ですので、映画の中で映し出されるコースは初めて見るのに、なぜか既視感がありました。
この直線の後にはカーブがある!みたいなところがわかって勝手にレーサー気分を味わえました。
ヤンが事故を起こすニュルブルクリンク。
このコースは劇中でも最も難しいコースと言われていましたが、私も何度もこのコースを(ゲームの中で)走りましたが、いつも苦戦します。
高速コースと細かいカーブが連なるコースが複雑に絡み合っっていて気を抜けるところが一切ない。
これを何周も走るレーサーの精神力は半端ないです。
ヤンが事故を起こした箇所は私も何回もやらかしている場所です。
高速で走る直線が最後上り坂になり、登り切った後にきつめの右カーブがあるのです。
直線をフルアクセルで走り切ると坂の最後で車が浮く感覚があり、そのため右に曲がろうとしても浮いてるため、タイヤのグリップが効かないのです。
結局曲がりきれずにコースアウトするということを何度もやりました。
本来は坂道が終わる前でブレーキングして、タイヤがしっかりグリップできる状態でカーブをしなくてはなりません。
劇中のヤンの場合はさらに条件が厳しく、ちょっと車体が浮いた瞬間に強い風が吹き、飛行機のように飛び上がってしまったのです。
こんなに飛ぶの?と思う方もいるかもしれませんが、以前レースの中継でこんな感じで車が飛んでしまうのは私も見たことがあります。
改めてゲームの「グランツーリスモ」の実際の車の挙動の再現性が高いことを確認させられました。

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2023年9月17日 (日)

「映画 プリキュアオールスターズF」友情は永遠

今年で「プリキュア」シリーズは20周年。
娘と一緒に見るようになってからもう5年です。
「仮面ライダー」と「スーパー戦隊」はずっと前から見ているので、それに「プリキュア」が加わり、ニチアサは1時間半テレビの前に座ります。
「プリキュア」を見るようになって感じるのは、このシリーズは女児向けではありますが、描いているのは友情や、夢、願いなどの前向きな想いだということ。
プリキュアたちは強い敵と戦い傷つくこともありますが、彼女たちを支えているのは、そのポジティブな想いです。
それはずっと変わりません。
タイトルにある「F」の意味は友情(Friends)であり、絆は永遠(Forever)ということのようです。
思い返せば「プリキュア」シリーズの第1作は「ふたりはプリキュア」です。
第1作目からプリキュアは複数であり、ですから彼女たちの友情がテーマであったわけです。
仲が良くとも意見がぶつかることもある。
けれどもお互いの絆があるからこそ頑張れる。
相手を思いやれる。
まさにその「プリキュア」シリーズが大事にしているポジティブな想いをテーマに作った20周年記念作品なわけですね。
20周年ということで、本作には歴代のプリキュアたちが登場します。
なぜかプリキュアたちは異世界に突然送り込まれてしまいます。
いつもの仲間たちの行方は知れず、そして他の歴代のプリキュアのメンバーと出会います。
彼女たちは戸惑いながらもいつもと違うメンバーとチームを組み、何か秘密がありそうな城を目指します。
彼女たちはその旅の中で、別れてしまったメンバーたちとの友情を改めて強く持ち、そして新しいメンバーとの絆も深めていきます。
プリキュアの敵となるのは唯一にして全ての存在で一度プリキュアたちに勝っています。
それの力は究極的であり、全てのプリキュアたちの力を合わせても敵いません。
プリキュアたちはそれぞれパワーを持っていても完璧な存在ではありません。
得意なことも不得意なところもありますし、性格も様々です。
けれど違った人間が集って想いを一つにすることにより、それぞれの力を活かし、増幅することができます。
考えてみると「プリキュア」の必殺技は、メンバーが力を合わせて繰り出すものが圧倒的に多いです。
誰かの力だけで勝つことはほとんどない。
力を合わせているからこそ勝てる。
最後の決戦でもプリキュアたちは何度も倒れます。
そこにフラッシュバックのように映し出されるのは、かつて彼女たちが通ってきた友情、絆の記憶。
その想い。
一緒に通ってきた記憶があるから、相手を大切に思える。
それが彼女たちに力を与える。
まさに周年企画にふさわしい「プリキュア」の根幹のテーマを真正面に捉えた作品となっていたと思います。
映像的にも最初からバトルは炸裂していましたし、作画は少々荒っぽいところもなくはなかったですが、よく動く。
アクションのキレも物語のテンポもよく、コンパクトにまとめ上げていたと思います。
一緒に行った娘は早速2回目を見たいと言い出しています。
映画を見に行って驚いたのは、小さな男の子二人兄弟で見にきていた子がいたこと。
最新のスカイプリキュアでは初のレギュラー男の子プリキュアが出てきていますが、男の子のファンもいるのですね。
でも、テーマは友情、勇気ですから男の子が見ても元気が出る作品ですよね。
こういう子もどんどん増えてくると思います。

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2023年9月16日 (土)

「MEG ザ・モンスターズ2」「ジュラシック・ワールド」の海洋版?

前作はよくあるサメのトンデモ映画かと思いきや、意外としっかり作ってありました。
そのためかスマッシュヒットとなり、この度続編の公開となりました。
前作は巨大ザメメガロドン対人間というシンプルな構図で、到底敵わない相手に人間が知恵と勇気を振り絞って戦うという物語でした。
意思疎通ができず、どうやっても倒せそうもない敵と戦うという点では、「エイリアン」や「プレデター」と同じで、盛り上がる構造を持っている作品でした。
この構造の物語は相手が謎めいているところが、よりサスペンスフルに感じさせるところなのですが、続編では正体バレしているわけなので、同じような構造で勝負はできません。
ですから「エイリアン」も「プレデター」も2作目は違ったアプローチをしているわけですが、本作にも同じことは言えます。
本作で主人公の敵となるのは、メガロドンではなく、人間です。
メガロドンたちが暮らすエリアに埋蔵されているレアアースを狙う人間たちです。
そのためメガロドンたちは本作では脇に追いやられている印象を受けました。
当然、サメ対人間の対決の場面はいくつかあるのですが、サスペンスを盛り上げる小道具のような扱いをされているように感じました。
そのためか前作に比べメガロドンが怖くない。
アクションシーンはかなり多く、見せ場もたくさんあるのですが、サメ映画らしい恐怖感はあまり感じませんでした。
アクションシーンも次から次へと盛り込まれていて飽きることはありませんが、恐怖感がないからか、あまたあるアクション映画のなかに埋もれてしまうような凡庸な感じになってしまった印象は否めません。
「ジュラシック・ワールド」の海洋版といったような。
前作は一人の男とサメの極限の中の決闘という趣があり、それが緊迫感を生んでいたような感じがしますが、本作はそのような緊張はありません。
なかなかこのような作品の2作目は難しいと、改めて思った次第です。

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2023年9月15日 (金)

「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司」空気を読まない純粋さ

「クレヨンしんちゃん」初の3D CG作品。
海外作品「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」やこの秋公開される「ミュータント・タートルズ」の新作など最近は3DCGも表現の幅が広くなって、様々な質感が表現できるようになってきました。
日本でも長年愛されている「ドラえもん」など手書きのアニメも3DCG化されてきています。
とはいえ、手書きのタッチの良さもあり、すべて3DCGにするのが良いかという議論はあるかと思います。
日本にはロングランのアニメが数ありますが、「クレヨンしんちゃん」は中でも独特な手書きのタッチがある作品です。
そのタッチが活かせるのかという疑問はありました。
鑑賞してみると、やはりあのタッチはなかなか表現しにくいなというのが正直な感想です。
「しんちゃん」はシンプルな絵ですし、そもそも立体的に表現しようという意図のない、いい意味でいい加減なタッチなので精緻な3DCGには馴染まない印象です。
任天堂のMiiのキャラのような不思議な感触の表現になっていたと思います。
しかしだからと言って、本作の3D CGが全てうまくいっていなかったかというとそういうことはありません。
後半戦のカンタムとモンスター非理谷のバトルシーケンスは、怪獣特撮映画のような迫力がありました。
巨大なモンスターを見上げる時の空気遠近法のような色の加減などは非常にうまく表現できていたと思います。
アングル的にも怪獣映画のようなところを狙っていて、特撮ファン的には見応えがありました。
さすが新作ゴジラも手がける白組だなと思いました。
後半のCGだけでもみる価値はありますね。
作品のテーマ的にはかなり重めで、子供たちよりも大人をターゲットにしている印象です。
大人になって暮らしていく社会は、子供の頃には想像以上に不条理だったりします。
その不条理に怒り、蟠ったりするものの、いつしか抵抗するにも疲れて、世の中を斜に構えて見ることしかできなくったりしてしまう。
しんちゃんというキャラは、おバカではありますが、自分の周りの世界を素直に見ることができる力があります。
好きなものは好き。
嫌なものは嫌。
大人になれば周りに合わせて、空気を読んで暮らしてしまいますが、しんちゃんは空気を読まない。
感じたことをそのまま言い、行動する。
空気を読まないという点がおバカに見えるところなのですが、彼自身は非常に素直なのです。
今回の映画のゲストキャラである非理谷は、社会から不条理な扱いを受けながらも、それを受け入れて生きています。
心の中では様々な不満がありますが、それに蓋をして。
その鬱屈した気持ちが今回は利用されるわけですが、彼は自分の気持ちには素直になれておらず、奥底の気持ちと社会に迎合する気持ちの間に不満が溜まっていってしまったわけです。
そして彼は社会との間に自ら壁をつくり、ますます社会との距離が離れていってしまったのだと思います。
しんちゃんはそのような不満を貯めることがありません。
全て感じたことを素直に言い、行動しているから。
非理谷はしんちゃんの素直な気持ちに触れ、自らが作ってきた壁を自覚したのでしょう。
それにより、自らの不満が作り上げたモンスターから解き放たれることができました。
一緒に見にいった小一の娘の感想は、「面白かったけどなんか怖かった」です。
その怖さの本質はまだわからないよね。
映画を観た晩の食事は娘のリクエストにより手巻き寿司でした・・・。

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2023年9月10日 (日)

「バービー」自分らしく生きる

オープニングでいきなり「2001年宇宙の旅」のパロディだったので驚きました。
有名なこのシーンはモノリスが影響を与えることにより、人類が類人猿から進化したことを表しています。
獲物の骨で遊んでいる間に、それを「道具」として扱うことに目覚め、放り投げた骨が宇宙船にオーバーラップしていく場面は映画史に残る名シーンです。
本作においては、無心に人形でおままごとをして遊ぶ少女たちが、それらの人形を「2001年」の類人猿の骨のように叩き壊すというパロディになっています。
おままごとというのは、赤ちゃんをお世話をする母親をロールプレイしている遊びともいえます。
人としてはこの行為は自然ではあるのですが、人形遊びの人形を与えるということは、子供に良き母親になるようにという役割を与えているともいえます。
現代は様々な生き方があり、多様な価値があるというコンセンサスがあり、ステレオタイプは役割期待は押し付けになります。
少女たちがこの押し付けの役割期待を破壊し、新たな生き方を見つけ出すということを象徴しているこのシーンは極めて現代的です。
そのような彼女らに影響を与えているのは、なんとバービー。
これらはバービーという人形のコンセプトを表しています。
かつてのバービーは理想的な白人女性のアイコンのような存在でしたが、現在のバービーは様々な人種のバージョンがあり、また彼女たちはいろいろな職業のバージョンがあります。
「何にでもなれる」というのがコンセプトで、女性たちの多様性のある価値観、生き方を認めるものとなっています。
このような価値観で作られているバービーランドは、バービーたちにとって理想の国です。
彼女は自分の好きなこと、やりたいことを自由に選択し、生きています。
女性が解放されている世界です。
バービーには彼女の彼氏という立場でケンという人形がいます。
彼は実は何者ではなく、バービーの彼氏という立場しかありません。
彼はそれに疑問を持たず、バービーと一緒にいることだけで幸せを感じていました。
この価値観は何かを感じさせませんか。
これはかつて女性に押し付けられていた価値観です。
よき妻であれ、よき母親であれ。
ケンに押し付けられたのは、よき彼氏であれです。
ケンはバービーと共にリアル世界に行き、まだ男性至上主義が罷り通っている世界を見、衝撃を受けます。
自分が何ものであるのかという疑問を初めて持ったのです。
これはかつて女性が相対した疑問です。
現実世界で、女性登用を進めようという流れがありますが、女性というだけで優遇されるという状態も起こっている時があります。
これは本来的には問題の捉え方として間違っていて、女性だから男性だからというのを抜きにして、その人だからということを評価するべきであるのです。
ケンがバービーたちに叩きつけたのは、女性の楽園が全ての人にとっての楽園ではなかったということです。
かつて女性ばかりがステレオタイプな役割を押し付けられていました。
それが次第に改善されつつあるものの、まだまだ道途上であることも確かです。
しかし、究極的に目指すべきなのは、女性であろうと男性であろうと関係なく自分らしく生きられる世界です。
非常にセンシティブで議論を呼ぶ話題ですが、それをユニークな世界観とコメディタッチで、ソフトにくるみつつ、しかしエッジは効かせて、うまく表現した作品であると思いました。
バランス感覚がしっかりしていないと崩壊しそうな恐れもありますが、非常に巧みにまとめられていたと思います。

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2023年9月 3日 (日)

「リボルバー・リリー」100%綾瀬はるかを堪能する映画

興行成績は振るわなかったようですが、個人的には楽しめました。
本作の舞台となるのは大正時代。
この時代は西洋と日本の文化が混じり合いながらも、まだそれぞれの色が濃密に残っている印象があります。
浪漫、耽美といった言葉がこの時代を形容するのに使われますが、明治や昭和とはまた異なったコスモポリタンな匂いがあるのが、この時代の特色なような感じがあります。
そのあたりは本作では主演の綾瀬はるかさんや他のキャラクターのファッションや、セットなどでとても丁寧に表現されていて、楽しめました。
大正時代は明治時代以降政府が取ってきた政策の歪みや、政治的な意見の対立、関東大震災などによる社会不安など社会に不穏な雰囲気が起こり始めたきな臭い時代でもあります。
繁栄していながらも先行きが濁っている不穏な印象が本作でも醸し出されていました。
本作で見どころといえば、主演の綾瀬はるかさんでしょう。
彼女は普段インタビューなどではほんわかしたような雰囲気の女性ですが、役に入るとその雰囲気は鮮やかに変わります。
コメディもシリアスもできますし、情緒深くも演じることもできながらも、アクション俳優ばりの体のキレがあります。
本作では彼女の素質を活かした役となっていると思います。
彼女が演じる主人公リリーは凄腕の元殺し屋です。
本作でもアクションシーンがいくつもありますが、目も見張るほどに体の動きが良い。
そしてさらにその時の彼女の表情が良いのです。
特に目が。
アクションをしている時の綾瀬さんの目力はなかなか他の女優さんでも敵う人はいないのではないでしょうか。
今回はノースリーブの衣装を着ながらのアクションシーンがありますが、敵と格闘するときに見える彼女の二の腕の引き締まり具合も素晴らしいなと思いました。
女性らしい柔らかさも感じさせつつ、鍛えられている肉体となっていました。
役のためにその動きを覚えて演じている、という感じではないのですね。
そして彼女の良さはアクションだけではありません。
主人公の情緒を綾瀬はるかさんは見事に演じていると思います。
リリーは過去の悲しい思いを背負って生きている女性です。
本作では失ってしまった我が子を彷彿とさせ、そして理由もなく離れていってしまった良人に関わる少年を守るというのが、彼女の任務となります。
元殺し屋なので、彼女は自分の感情を押し殺すことに長けています。
しかし、ほんの少し彼女の感情が現れてくるところもあり、そこも綾瀬さんは演じることができています。
そしてまたその感情を抑えて、最終決戦に挑む姿もクールでかっこいいのですよね。
本作は100%綾瀬さんを堪能する映画です。

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2023年9月 2日 (土)

「マイ・エレメント」豊かな感情を表現できる豊かなCG

ピクサーは今までもキャラクターとしてユニークなものを取り上げてきました。
虫や魚や動物だけでなく、おもちゃや車、そして心の中にある感情まで。
本作でキャラクターとして取り上げたのはなんと元素。
これは化学的な元素ではなく、いわゆる四大元素である、火・水・気・土のことです。
この物語ではこの4つの元素がそれぞれ種族となり、一つの大きな街エレメントシティで暮らしています。
まず、本作の見どころはその映像のクオリティです。
最近はどのスタジオの3Dアニメを見てもかなりのクオリティを持っていますが、ピクサーの作品は今でもやはり抜けているように思います。
主人公のエンバーは火の種族の女の子。
意志が強く、頑固で勝ち気、けど年頃の娘らしく将来に色々と悩みを持っています。
ですので、感情の浮き沈みもあるのですが、それをCGは巧みに表現します。
エンバーのキャラクターデザインは炎をモチーフとしているのですが、炎の持つ激しさ、そして暖かさを手書きのテイストも感じるようなCGで表現しています。
彼女の感情の変化で顔の炎の色も変化し、彼女の感情を巧みに表現しています。
ピクサーのCGは技術を見せつけるものではなく、あくまでキャラクターの感情をどのくらい上手に表現できるのかということを常に考えて、技術を開発しているように思えます。
エレメントたちが暮らすエレメントシティはそれぞれの種族の特徴が生かされた街でとてもユニークです。
仔細にまで作り込まれたこの街のCGもなかなかに見事でただ背景にしておくには惜しいほど。
もっとじっくり見たいとも思わせるほどです。
本作の見どころは映像表現だけではありません。
やはりキャラクターも深く描かれていて、そこに引き込まれます。
エンバーたち火の種族は、一番最後にエレメントシティにやってきました。
いわばエレメントシティではマイノリティです。
エンバーはこの街で生まれた二世になるわけですね。
彼女は一世の父親の期待を背負い、この街で暮らす種族の憩いの場である店を継ぐことが自分の望みだと思ってきました。
しかし、彼女は火の種族の一人でもありますが、エレメントシティの子供でもあるのです。
二つの文化の狭間で自分のアイデンティティに悩むのは、多くの移民二世が経験することだと思います。
実際、本作の監督は韓国移民二世のアメリカ人ということで、やはりエンバーのような気持ちを経験したそうです。
そして、そこにも関わりますが、もう一つ描かれているのが異なる文化を越えての恋愛です。
本作ではエンバーが、一番最初にエレメントシティを作った水の種族の男の子ウェイドと出会い恋に落ちます。
しかし、火と水ですから、触れ合えばお互いがお互いを消し去ってしまうかもしれません。
またエンバーの父親はマイノリティとしての文化を大切にしており、他の種族と交わることを良しとしていません。
エンバーは文化的ギャップ、そして物理的なギャップ、そして自分の将来に関する相反する思いで心が乱れます。
しかし、ウェイドはおおらかに彼女の全てを受け止めます。
水らしい包容力で、彼はエンバーを優しく包み込み、守ります。
そして奇跡が起こります。
本作ではエレメントという奇抜なモチーフを使っていますが、そこで描かれている物語は多くの人が経験する共感できる気持ちです。
これがピクサーのオリジナリティだと思います。
一見、とっつきにくいからか、公開当初は興行成績振るわないという話がありましたが、徐々に口コミで評判が広がり観客動員は増えている様子です。
いい作品はちゃんと評価が上がりますね!

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