「ザリガニの鳴くところ」彼女の強さ
主人公はノースカロライナの湿地帯で、親兄弟に捨てられ一人で暮らしてきた少女カイア。
彼女は街の人々から「湿地の少女」と呼ばれ、異質な者として謂れのない差別を受けて生きていました。
彼女にとって湿地帯は、自らが生きるための糧でもあり、彼女を守る城でもあり、生きる術を教えてくれる教師でもありました。
本作はたった一人で逞しく生き抜いていくカイアの成長を描く物語でもあり、また人がいかにレッテルで他人を見てしまっているかということの問題提起もしています。
またミステリーとしての面白さも併せ持っていて、様々な視点で興味を引くことができる傑作となっています。
ですので、色々な視点で本作を語ることができると思いますが、ミステリー的な視点で見てみたいと思います。
<ここからネタバレあり>
ある時、湿地帯で街の若者チェイスの死体が発見されます。
当初は事故と思われていましたが、カイアが殺人者として逮捕されてしまいます。
一時期カイアとチェイスは恋人のような関係になっていましたが、実のとことはチェイスには婚約者がおり、彼にとっては遊びであることが露呈して、破局していたという経緯があったからです。
彼女はその事実が明らかになった時、チェイスに詰め寄りますが、かえって彼から酷い暴力行為を受けます。
そして彼は街の有力者の息子であり、彼女を破滅させる力も持っています。
彼女には動機はあったのです。
さらにはカイアは「湿地の少女」と呼ばれる異質な者であり、街の人々は当初は根拠のないまま彼女を犯人扱いしていました。
しかし、裁判を通じて彼女の凄まじい半生が明らかになり、また弁護人の巧みな論述により、彼女は無罪を勝ち取ります。
検察側の思い込みによる犯行経緯の筋書きの荒っぽさも影響与えたと思われます。
作品を見ている我々も彼女に対し、陪審員ように彼女に同情的になっていきます。
カイアは将来夫となるテイトにアドバイスをもらい、彼女の湿地の生物に対する知識を紹介する本を出版することになりました。
チェイスに暴力を振るわれた後に、編集者とカイアが打ち合わせの場ででホタルについて語るところがあります。
カイア曰くホタルの光り方には2種類あるとのこと。
一つは交尾をする相手を引き寄せるため。
もう一つは生きるために相手を捕食するため。
編集者はそれを聞き恐ろしいですね、とコメントをしますが、カイアはその時「生き物には生きるために善悪の観念はないのかも」と言います。
私はこの言葉におやっと思いました。
彼女に取って沼地はまさに教師そのものであり、生きる術をそこから学びました。
また本作のタイトル「ザリガニの鳴くところ」は非常にユニークですが、これもカイアの母親が夫に暴力を振るわれた時に、子供たちに「ザリガニの鳴くところまで逃げなさい」と言います。
そこまでは追いかけてこないから、と。
彼女にとって、自分を破滅させようとするチェイスの存在そのものが生存の危機の原因であり、「ザリガニの鳴くところ」まで逃げるためにはチェイスそのものを消し去らなければいけません。
カイアは湿地帯以外では生きられないのですから。
個人的には編集者との会話でカイアは非常に怪しいと思いつつも、かたや陪審員と同じく同情心は持ちましたし、検察側の飛躍的な推論にも無理があると感じました。
そのように思わせる構成が巧みであり、最後はやはり彼女は無実だったのだと結局は思いました。
ですが、物語の最後のあの展開です。
やはり、とも思いましたが、衝撃的でありました。
彼女は湿地に育てられた生き抜くための強さを持った「湿地の少女」であったのです。
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