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2022年3月27日 (日)

「ナイトメア・アリー」因果応報

<ネタバレあり>
ギレルモ・デル・トロは、なかなか見ることはできないが闇の中に確かに存在するモノに対して非常に強い偏愛を持っている。
本作の闇は「人の心」だ。
人はそれぞれに心の中に隠している思いがある。
欲望であり、憎しみであり、それをそのまま発露させてしまうと醜悪な思い。
それを人は隠している。
主人公スタンはカー人バルで読心術を学び、それをショービズの中で活用してのし上がる。
その読心術を教えたピートはその危険性を知っていて、自分ではその技を封印していた。
読心術を使えば、人の隠された思いを明らかにし、そしてそれを使って人をコントロールすることができる。
人をコントロールできることを知ってしまった時、そのことは使うものに非常な優越感を与えることになる。
その危険性をピートは知っていたのだ。
スタンは登場してきた時は何かから逃げているような得体の知れない男だった。
しかし物語が進むにつれ、スタンが心の中にある憎しみや欲望に突き動かされている男であることがわかってくる。
独善的なこの男は、結局その技を人に使っていくことを躊躇わないようになっていく。
人の心の闇を開け、それを使ってコントロールする。
しかし闇から出ててきたモノは、怪物のようにその人を喰らう。
スタンが金のためにその術をかけた人々は、心から現れた怪物に人生を狂わされてしまう。
そしてその術はスタン自身の闇をも解放していくことになったのではないか。
自らの飲酒の禁を破り、ピートの戒めも無視し、スタンの欲望がどんどんと自身を食らっていく。
結局、スタンは人の運命を狂わしていく最大の罪である殺人も犯し、逃亡する。
結局辿り着いたのはカーニバルの見せ物小屋。
最初はスタン自身が憐れむように見ていた獣人として、彼は生きていくことになる。
まさに因果応報。
ラストカットのブラッドリー・クーパーの表情は最高。

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2022年3月26日 (土)

「映画おしりたんてい シリアーティ」単独公開なのでのびのびと

「映画おしりたんてい」前作は昨年夏に公開されましたが、一年経たずして新作の公開です。
今回、名探偵おしりたんていの相手となるのはシリアーティ教授。
まさにホームズVSモリアーティの構図です。
そしておしりたんていの最大の敵となるシリアーティの声を担当するのが、あの福山雅治!
名探偵ガリレオ=福山雅治が、探偵の好敵手となるとは粋なキャスティングです。
テレビシリーズの「おしりたんてい」は子供向けの謎解きものですが、前作の映画は謎解き要素よりも、子供に向けた「良いお話」という印象が強かったです。
見終わった後の読後感としては、「アンパンマン」や「しまじろう」を見た時の印象に近かったように思います。
しかし、本作はホームズVSモリアーティをモチーフにしているため、追うものと追われるものの対決といった要素が強くなり、ドラマ性が上がっているように感じました。
「良い子向け」に作られたいたような前作よりは、大人としては見ていて面白かったように思います。
元々「おしりたんてい」の映画は「東映まんがまつり」の1コンテンツとして始まっていて、前作も他のコンテンツとの同時上映でしたし、「良い子向け」にせざるを得なかったのかもしれません。
本作は単独の公開になりますので、「おしりたんてい」らしく物語を作ることができたのかもしれませんね。

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2022年3月22日 (火)

「ガンパウダー・ミルクシェイク」いい拾い物!

痛快!爽快!こんな映画が見たかった!
映画を色々見ていると時々、あんまり期待していなかったのに、いい拾い物をしたと思える時があります。
まさにこの作品はそれ!
女性が活躍するアクションは好きで、最近では「355」も面白かったのですが、あちらは「007」「ミッション・インポッシブル」的な正統派スパイ映画。
こちらはタランティーノの「キル・ビル」的なマニアックで過激なカルト的なテイストがプンプンです。
監督はイスラエルのナヴォット・パプシャド。
全然知らない監督ですが、以前に撮った「オオカミは嘘をつく」(私は未見)をタランティーノが絶賛したらしいですね。
パプシャド自身はタランティーノだけでなく、ヒッチコックや黒澤明、セルジオ・レオーネから影響を受けていると言っていますが、そもそもタランティーノもその辺りから影響を受けていますからね。
日本も好きらしく、主人公サムが着ているTシャツには怪しげな日本語が書いてあるし、最初のシーンの衣装はまるで「女囚さそり」ですし、十分に伝わってきます。
アクションシーンは過激かつキレがある。
後半の図書館でのガンアクションもなかなかに良いですが、私が好きなのは中盤の三バカとの対決シーン。
サムは両腕に麻酔を打たれて自由が利かない中、メスと拳銃をテープで括り付けて応戦します。
その辺にあるものを臨機応変に使ってアクションをしていく様はジャッキーの映画にも通じるところも感じます(もちろんジャッキーにも影響を受けているらしい)。
ここのシーンだけでも一見価値ありです。
ところどころ入ってくるスローモーションを効果的に使った演出はジョン・ウーっぽいですし。
好きな映画の要素が詰まっていて、たまりません。
主人公サムは背が高く、手足も長くて、アクションが非常に見栄えがよろしい。
「キル・ビル」のユマ・サーマンに通じるカッコよさですが、これは誰だ?と思って調べたらカレン・ギラン。
どっかで名前を聞いたことがあるような・・・。
さらに調べたら「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」のネヴュラでした。
あちらでは特殊メイクバリバリだったので、素顔を知りませんでした・・・。
現在35歳のようですが、童顔な感じがあるので、今回の役柄に非常に合っていました。
これからもアクション続けていってくれないかな。
本作十分続けられる要素はあるので、第二弾を期待したいところです。

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2022年3月19日 (土)

「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021」今、自分にできること

昨年春、公開寸前でコロナの感染がひどくなり延期となってしまった「ドラえもん」の新作映画。
ですので、タイトルは「2022」ではなく「2021」となっています。
今年もまた公開直前にロシアによるウクライナ侵攻という世界的事件が起こり、物語と現実が妙にシンクロナイズしている感じもいたします。
子供時代に「ドラえもん」にハマり、映画も欠かさず見ていましたが、中学生になるくらいには当たり前のように卒業。
前回の作品から再び娘と一緒に観にいくようになりました。
前作である「のび太の新恐竜」も過去作のリメイクでしたが、本作も同様にリメイクです。
しかし、前作が公開されていた時は私はすでに卒業をしていたので、初めて見る物語となります。
「ドラえもん」という作品は子供向けではありますが、人にとってとても大事なことを伝えようとしているところがあります。
私も子供の頃に色々と学びました。
本作では戦争や独裁ということをどう考えるかということがテーマであるかと思います。
冒頭で書いたように今の世界情勢に妙にシンクロしてしまうところですが、独裁というものの危うさ、正しいことを正しいと言えなくなることの不自然さを子供たちにも感じ取ってもらいたいと思います。
それに対抗するために戦え、ということまでは言えません。
ただ本作で登場人物たちが何度か言っていたように「今、自分にできることをやる」という考えは大切だと思います。
現在世界で起こっていることに対し、もちろん義勇兵に参加せよ、などと言うつもりはないのですが、それでも自分ができることは何だろうと考えれるようになってほしい。
人道支援のための寄付をするでもいい。
正しくないことにちゃんとモノを申し、自分ができることをちゃんとやる、そういう小さいけど大切なことはしていってほしいと思いました。

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2022年3月18日 (金)

「THE BATMAN-ザ・バットマン-」アイデンティティの揺らぎ

3時間近くの上映時間にビビりつつも「バットマン」の新作に行ってきました。
監督は「猿の惑星」でも知られるマット・リーヴス。
「バットマン」はティム・バートン版、クリストファー・ノーラン版と名作を生み出してきたので(駄作もあったが)、今回も期待度が高まります。
「バットマン」は幼い頃に両親を殺されたブルース・ウェインがそのトラウマを抱えつつ成長し、ゴッサムシティの悪を自らの手で裁いていく執行者バットマンとなるという基本設定は共有しつつも、それぞれのクリエイターが独自の解釈をし、新たな物語を生んでいます。
ブルースは(クラーク・ケントなどと比べると)非常に複雑な人物なので、キャラクターの堀りがいがあるのかもしれません。
MCUという「正史」があるマーベルでは基本的には様々なキャラクターの解釈はありませんが(マルチバースが導入されていくとそうでもなくなっていくかもしれない)、最近のDCはキャラクター毎の掘り下げをしていき、それぞれのトーンを生み出しているということで、これはまた正しいアプローチのように思います。
<ここからネタバレあり>
さて、本作でバットマンに対するヴィランとなるのはリドラー。
「フォーエバー」のリドラーはイカれたピエロのような感じでしたが、本作のリドラーは非常に怖い。
彼が事件の後に残していく謎は次第次第にバットマンを追い込んでいきます。
本作でも劇中でバットマンは自身のことを「復讐者」と言います。
これは両親を犯罪者に殺され孤児となったブルースが、悪に対抗する正義の存在である、という自らのアイデンティティを表現した言葉だと思います。
しかしリドラーはそもそもブルースが敬愛する父親は善であったのか、という問いを突きつけるのです。
もし悪事に手を染めていたのであれば、何かしらの事情で粛清されたのであれば、因果応報ではないか。
ブルースが立脚する正義の立場が揺らぎます。
そしてまた、リドラーや彼の支持者たちも、ゴッサムシティの悪による犠牲者であることが明らかになります。
同じく親を殺されていても、ブルースには財産があり、難なく生きていくことができた。
しかしリドラーたちは生きていくこともままならない。
彼らの憎しみはバットマンにも向かいます。
なぜ、自分達だけがこのように苦しまなければいけないのかと。
彼らの境遇を知ったブルースは、また自分の立脚点が揺らいだように思ったかもしれません。
「復讐者」という立脚点は、両親を殺された孤児が悪に鉄槌を下すことを正当化するもの。
しかし、もっと不幸な境遇になったリドラーが犯罪者を成敗していくことをバットマンは責めることができるのか。
ブルース=バットマンは自らのアイデンティティの立脚点である「正義」「復讐」というものが揺らいでいくという感覚になったのではないでしょうか。
またブルースが出会ったセリーナもまた母親を失った復讐を実の父親へ行おうとしています。
彼女はまさに復讐を達成するために父親を殺そうとするのですが、ブルースは殺してはいけないと言います。
これもある種の綺麗事を述べているようにも聞こえます。
底辺で暮らしてきた者にとってはそんな綺麗事を言っている余裕はないと。
ブルースが直面したアイデンティティの揺らぎ。
自身は何のために戦っているのか。
正義のため?
自身の父親も邪魔な人間を始末するよう依頼をしていた。
復習のため?
リドラーたちも復讐をおこなっているが、それを責められるのか。
なぜ自分は戦うのか。
ラストの場面で彼は洪水に飲まそうになるゴッサムシティの市民たちを守るために戦い、そして傷ついた人々を救助していきます。
救助隊のように人々を救っていく姿のバットマンはあまり見たことがありません。
しかし、その中でブルースは自分が戦う理由を初めて見出したような気もします。
復讐のためではなく、人々を救うために戦うのだと。
ブルース=バットマンが新たなアイデンティティを獲得したように感じました。

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「オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-」 人間くささのある作戦

実際に第二次世界大戦中にイギリスがドイツに仕掛けた諜報作戦を元に映画化されました。
ヨーロッパを掌握していたドイツに対し、連合国側は反撃をすべくイタリアのシチリアへの上陸作戦を敢行しようとします。
しかし、ドイツからすればそれは予想の範囲内であり、迎撃部隊をイタリアに集結させようとしていました。
イギリスはドイツに誤った情報(上陸するのはシチリアではなくギリシャである)を伝え、上陸作戦の成功率を上げようとしました。
それがオペレーション・ミンスミートです。
具体的には(誤った)機密情報を持った将校の死体をドイツ軍に拾わせ、それを信じさせることにより、ドイツ軍部隊をギリシャに移動させようとするものでした。
テクノロジーの発達した現代の視点からすると、不確定要素が多い非常に危なっかしい作戦ではありますが、逆に人の要素が多くなり、ドラマとしての緊迫感が生まれていたように思います。
その将校は死後時間が経っていない死体を使い、その人物が実在する将校であるとドイツ軍に信じさせるためにさまざまな設定がされます。
彼が持つ持ち物などにもその背景となる設定が考えられました。
そこまで入念に設定しても死体が持っている書類はドイツ軍の手に渡るのか、そしてそれをドイツは信用するのか、など非常に不確定要素があります。
実際に劇中でも死体は(当時ドイツ側についていた)スペインに渡るものの、彼らはイギリス軍との間にもパイプがあり、絶妙なバランスをとっていたため、ドイツに渡らない可能性が出ました。
そこで現地にいるイギリスの情報将校らがあの手この手を使い、ドイツに情報を渡そうと苦戦するのです。
現代であればもっとテクノロジーを駆使した作戦になるとは思いますが、非常に人間が作戦を運営しているということが見えてくる人間臭いシークエンスで面白かったです。
本作には登場人物として「007」シリーズの原作者として知られるイアン・フレミングが登場します。
実際はフレミングはミンスミート作戦には関与していないようですが、情報作戦には関わっており、それがその後のスパイ小説を創作することにつながったことは有名ですね。
劇中に作戦をサポートする技術者が登場し、「Q」と呼ばれていたのは映画ファンには嬉しいところです。
死体の設定に登場する恋人のモデルとなった女性と、主人公とその同僚の三角関係的なものもドラマの縦軸としてありますが、個人的にはあまり惹かれるところはありませんでした。
人間臭い作戦執行のところにフォーカスしてもよかったかなとも思いましたが、他の方はどう思ったでしょうか。

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2022年3月16日 (水)

「ゴヤの名画と優しい泥棒」見ないようにするか、対処しようとするか

1961年にイギリスのロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれました。
その犯人は実は60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。
彼は「公爵」の身代金(?)として年金受給者のBBC受信料をタダにせよ、と要求したのでした。
そんなバカな、という話ですが、これは実際にあった話ということ。
ケンプトンは10歳近くにいたら、結構な変人だとは思いますが、作品では愛らしいポジティブさを持った人物として描かれています。
それに対して彼の妻は非常に普通というか、保守的で常識的な人物として描かれています。
この二人の夫婦が対照的です。
二人には娘がいました。
しかし、ケンプトンが買い与えた自転車に娘が乗っていた時に事故に遭い、彼女は亡くなってしまいました。
夫婦二人は共に悲嘆に暮れますが、悲しみへの対処の仕方が全く異なります。
妻は彼女の死、自体を受け入れようとしません。
彼女のことを思い出して苦しくなるからか、彼女の遺影を飾ることも嫌がります。
ケンプトンは自分が原因であったかもしれないと悔やみつつも、娘の死は受け入れています。
彼らは不都合なことを見ないようにするか、見て対処しようとするか、全く対応の仕方が違います。
ケンプトンは元々社会が内在している不都合に対して、物を申す人物でした。
働いている会社で経営に対し、色々注文をつけるため、中々仕事も長続きしません。
物語の中で彼が気にしているのは年金生活をしている老人たちです。
彼らの世代は世界大戦で家族を失い、孤独に生活している人も多い。
彼らの唯一の楽しみは孤独を紛らすテレビであるのに、生活が苦しい彼らからも国は受信料を取ろうとする。
彼はそれに憤慨していました。
そのことに対し彼は「公爵」を使って、要求をしようとしたのです。
もちろんそのような行動を知った妻は卒倒しそうなほどに驚きます。
価値観が違うのでそれも尤もなことです。
裁判を通して変人でもある夫が、本当に不遇な状況にある人たちを救うために、時にユーモアを交えて、訴える様子を彼女は見ます。
そしてその言葉に多くの人が賛同していく様子も。
見たくない現実をしっかりと見て、行動していくことによって少しでも変えられることを。
そんな夫の姿を見て、妻は娘の死にようやく向き合おうという気になりました。
不都合なことを見ないようにするか、それに対処しようするか。
向き合う勇気をケンプトンは伝えてくれたように思います。

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2022年3月13日 (日)

「ナイル殺人事件」人間としてのポアロ

2017年の「オリエント急行殺人事件」に続く、ケネス・ブラナー監督主演のポアロシリーズの第二作です。
前作でも最後にこの後ポアロはエジプトに行くと言われており、第二作目の示唆はありましたね。
アガサ・クリスティのミステリーには学生時代にハマり、長編・中編の作品はほぼ全部を読んだと思います。
ミス・マープルよりはポアロのシリーズの方が好みではありましたので、前作についても見に行きました。
ケネスのポアロはとてもしっくりとしたので、ぜひ続編でも見てみたいと思っていました。
原作の「ナイルに死す」は読んだのが随分前なので、あまり覚えていません。
「オリエント急行の殺人」はミステリー史に大きなインパクトを残すトリックがあったので、非常に強く印象付けられていましたが、「ナイルに死す」は典型的なアガサ・クリスティの作品であったという印象くらいですね。
ですので、割とフラットに鑑賞に臨むことができました。
意外だったのは、最初のオープニングです。
第一次世界大戦に従軍していた時のポアロが描かれます。
ポアロについては小説でも第一次世界大戦の頃は従軍していたこと、その後ベルギーで警察官を務めていたことは経歴として語られることはありましたが、当時の様子が描かれたことはなかったと思います。
ですので、少々驚きました。
あえて原作にないシーンを入れてきたわけですので、意図があると考えられます。
若きポアロはその頃より深い観察力と洞察力を持っており、それによって劣勢であった自軍が戦線を突破する術を見出します。
しかし、最後の最後で彼がひとつ見逃していたことにより、上官は死亡し、自身も大きな怪我を負います。
そんな彼を恋人が戦地の病院まで見舞いにきますが、その帰り道で彼女の乗っていた列車が攻撃され、彼女は命を失ってしまいます。
これらのエピソードが何を意味しているか。
アガサ・クリスティの作品における探偵は事件の登場人物とは一歩離れた位置をとっていることが多いです。
ミス・マープルは安楽椅子探偵ですので、人から聞いた情報だけで真犯人を見つけます。
ポアロは現場にはいますが、彼らとは距離を置いた位置におり、あくまで客観的に彼らを観察します。
彼は観察者ですので、彼の心情が深く描かれることはあまりありません。
しかし、本作では事件に巻き込まれ、真犯人を追うポアロはしばしば感情的に、執拗に尋問を行います。
これが小説のポアロとはちょっと違う点です。
よくよく考えると最近のミステリーは探偵そのものを深く描くことが多くなりました。
例えばベネディクト・カンバーバッチがシャーロック・ホームズを演じた「シャーロック」。
コナン・ドイルの原作は探偵ものの原点なので、クリスティのポアロと同様にホームズ自体はいつも客観的な立場をとっています。
しかし「シャーロック」ではまさに物語の中心にホームズがおり、彼を中心にストーリーが進行していきます。
ミステリーにおいて探偵のキャラクターを深く描くというのはトレンドなのかもしれません。
本作のポアロは「シャーロック」のホームズまでとは言いませんが、原作に比べてキャラクターが描かれていると思います。
冒頭の過去の話が語られたのは、ポアロが自分の灰色の脳細胞を極限まで活用しないと、そのことにより後悔をするかもしれないという彼の思いを表すため。
また人は愛のために何でもするという真理は、彼が愛するものを失ってしまったことによる悲しみを心の奥底に持っているから、彼は理解できる。
だからこそ彼はなりふり構わず、事件に挑み、真犯人を見つけ、犠牲者を増やさないようにしようとしたのでしょう。
ケネス・ブラナーのポアロは第3作も企画されているとのこと。
次回作でさらにポアロのキャラクターの深堀がされていくのでしょうか。

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2022年3月12日 (土)

「ウエスト・サイド・ストーリー」今の時代に作られた意味

ミュージカルの金字塔「ウエスト・サイド物語」のスティーブン・スピルバーグによる二度目の映画化作品。
ミュージカル映画は好きですが、一度目の映画化作品は縁がなく今まで見たことがありませんでした。
そのためそちらとの違いについて語ることはできません。
本作はどちらかと言えばオリジナルのミュージカルに近いということらしいです。
劇中でかかるスコアはどれも耳に馴染みのあるものばかり。
どれだけオリジナルや1961年度版が浸透していたかが伺えます。
スピルバーグはミュージカル作品は初めてですが、非常に躍動感があるミュージカルシーンになっていたと思います。
私は1961年度版とは比較はできませんが、カメラワークなどがイキイキとしていて音楽やダンスと合わせて、若者の熱を感じさせてくれました。
スピルバーグはミュージカルは初めてですが、思えば「魔宮の伝説」のオープニングは音楽と合わせた演出などもしていて、昔からやってみたかったのかもしれませんね。
しかし、なぜ今「ウエスト・サイド・ストーリー」が60年を経て再び映画化されたのでしょうか。
みなさんもご存知だとは思いますが、そもそも原作のミュージカルがベースにしているのがシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」。
対立するそれぞれの家に所属する男女が惹かれ合い、しかし結果的にはその間は引き裂かれ、二人の死という悲劇を迎えてしまいます。
「ウエスト・サイド・ストーリー」では再開発が進むスラムの非行グループジェッツと新進のプエルトリコ系によるシャークスのそれぞれに属するトニーとマリアの恋愛悲劇です。
なぜ、今かという問いに対しては、現在の世界(特にアメリカ)は分断と対立というキーワードで表現できるからでしょう。
トランプ政権時に一気に顕在化した保守とリベラルの対立は今も尚、残っています。
相容れない主義が異なる集団同士の緊張感がある関係がしばらく続くとほんのちょっとした出来事から一気に暴力的な対立にまで発展してしまう。
偶発的な事故から始まった憎しみは連鎖しながら増大していく。
なんでこんなことに、と後で皆が思うかもしれないが、その渦中にいるとその流れは誰も止められない。
集団の力学では、その憎しみの連鎖は如何ともし難いのですが、それを超える唯一の方法は個人レベルの愛であり信念。
分断と対立が激しくなっているからこそ、愛や信念が必要であるというメッセージなのかもしれません。
スピルバーグはユダヤ系であり、今までも差別や分断ということをテーマにしてきた作品を作ってきました。
「シンドラーのリスト」も個人の信念で分断と対立を一部なりとも影響を与えることができたことを描いた物語とも言えると思います。
本作を見た後に、ロシアがウクライナへ侵攻、アメリカだけでなく世界全体に分断と対立が広がっているようにも思います。
ロシアとウクライナは同じ民族であり、この侵攻がどんな結末になるにせよ、二つの国の国民の間には分断と対立が残されるような気がします。
60年を経て作り直された本作の意味を考えてもいいかもしれません。

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2022年3月11日 (金)

「アンチャーテッド」見るアクションゲーム

原作はプレイステーションのアクションゲームとのこと。
ジャンル的には「インディ・ジョーンズ」や「トゥーム・レイダー」のようなトレジャーハンターものですね。
主人公ネイサンを演じるのは「スパイダーマン」のトム・ホランド。
1月にも「スパイダーマン」の新作が公開されましたし、売れっ子となってきました。
「スパイダーマン」ではアクションシーンはコスチュームだったのでほとんどスタントマンが演じているとは思います。対して本作は素面ですので、多くの場面をトムが演じていますが、意外にも結構アクション上手。
元々ダンスをやっていたということですので、体の使い方がうまいのかもしれないですね。
この手の映画はまずアクションが楽しめるかどうかですが、予告でもやっていた冒頭の貨物飛行機でのシークエンスやバルセロナのダンジョン、最終盤の空中戦などは見応えありました。
もちろんCGはたっぷり使っているとは思いますが、非常に立体的な(ある意味ゲーム的な)アクションは、今風だなと感じました。
「インディ・ジョーンズ」の頃とは隔世の感があります。
ストーリー展開もテンポ良く飽きさせないです。
アントニオ・バンデラスがラスボスかと思ったら、中盤にあっさり殺られていてちょっとびっくり。
その代わり敵のトレジャーハンターが女性でありながら、極悪で存在感ありました。
彼女はまた出てくるかもしれないですね。
最近はプラベートタイムがほぼ取れず、時間を食うゲームはなかなかできない状態ですが、本作はまさに「見るアクションゲーム」という感じがしました。
アクションとストーリーのテンポの良さはまさにゲームをやっているかのよう。
ラストの場面からは次回作作る気満々な感じがしますね。
原作ゲームも多くのタイトルが出ているシリーズのようですし。
トム・ホランドとソニー映画のタッグの「スパイダーマン」に続く人気シリーズとして定着していくでしょうか?

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