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2021年8月31日 (火)

「パウ・パトロール ザ・ムービー」パウっと解決!ワンダフル!

こちらも娘と一緒に見に行ってきました。
「パウ・パトロール」はNetflixのアニメの中でも娘のお気に入りの一つです。
まず見ていて驚いたのは、劇場版ということでCGの精度がかなりアップしていること。
テレビ版は予算の関係かCGの表現力は一昔前のレベルでしたが、劇場版は他のスタジオの作品と比べても遜色ありません。
主役のワンちゃんたちの毛並みが違います(笑)。
さてストーリーはというと、大人が見ても結構楽しめます。
パウ・パトロールはケントという男の子と、その仲間のワンちゃんたち(チェイス、マーシャル、ラブル、ロッキー、スカイ)で構成されていますが、今回はその中でもチェイスが主役的な扱いでした。
舞台となるのはアドベンチャー・シティという都会。
チェイスが子犬の頃に捨てられたいた街で、そのためにチェイスは幼い頃の不安な気持ちがトラウマのように湧き上がってきて、いつものように活躍できません。
彼が怖気付いてしまったため、ケントがピンチに陥ってしまいます。
そこでチェイスは勇気を振り絞り、トラウマを克服してケントを救出するのです。
見終わった後、娘がこの場面を熱心に語り「感動した!」と言ったことに、親として感動してしまいました。
物語を見て、主人公の気持ちに共感することができる。
成長したなぁ・・・。
また映画ということでパウ・パトロールのメンバーが乗るビークルもグレードアップ。
チェイスが乗るのは通常はポリスカーという名のワゴン型パトカーなのですが、本作ではGTR的なスポーツタイプに。
そしてこれがバットモービル的な装甲車風へ変形。
さらにはポリスカーからバイクまで発進するのです。
これがメチャクチャかっこいい。
メカ萌えします。
男の子だったら、おもちゃをねだるところだろうなぁ。
娘だったので、ねだられなかったですが。
子供のお付き合いということで見に行った作品でしたが、お父さんも結構楽しんでしまいました(笑)。
チェイス以外のワンちゃんも個性的なキャラなので、他の子達のエピソードも見てみたいですね。

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2021年8月30日 (月)

「妖怪大戦争 ガーディアンズ」 あまりにいい子

2005年に公開された「妖怪大戦争」の続編で、同じく三池崇史監督です。
前作も個人的には高い評価とは言い難かったのですが、本作についても同様の印象です。
それでも前作は主人公の少年が成長していく過程が描かれているので共感性はあったのですが、本作の主人公ケイとその弟ダイはあまりにいい子であって隙がありません。
ケイは妖怪に攫われた弟のために後を追いますし、その道程で自分を襲ってきた鬼に対しても寛容な姿勢をとります。
弟のダイも兄を助けるために、恐ろしい大魔神を目覚めさせるための贄になろうとします。
あまりに出来すぎた子供たちなので、愛するための隙がなく、彼らの存在こそがファンタジーな感じがしてしまいました。
心清き二人の兄弟がある意味全ての出来事に対してのワイルドカードのように都合よく使われている感じがしました。
都合の良い感じがしたのは、全体的に盛り込まれた要素が多く、そしてそれらがうまく物語の中で構成されているような気がしなかったことによるかと思います。
収拾できずに、彼らの清き心によって鎮まったという形で全て収めているような印象でした。
東京を目指す妖怪獣に対抗するのは、兄を思うダイの心によって目覚めた大魔神です。
そしてその大魔神が暴走した時には、弟を庇うケイの行動により、大魔神は鎮まりました。
ファンタジーですから、この点についてあまり言うのもなんなのですが、安易さは禁じえません。
目覚めた大きな力を利用して、首都東京を破壊すると言うプロットは、本作でも製作者に名を連ねている荒俣宏さんの「帝都物語」でも繰り返し出てくるものです。
首都破壊を目指すのは日本の先住民族の末裔である加藤保憲です。
彼は国を奪われた者たちの恨みにより生きながらえ、天孫へ恨みを持ちつつ関東で首を刎ねられた将門を目覚めさせ、その絶大なる力により、東京を破壊しようとするのです。
本作もまさにその繰り返しではあるのですが、今回の東京壊滅を行うものが妖怪獣という存在であることがちょっと迫力不足でした。
オープニングで説明されたように妖怪獣は日本が海だった古代に陸地で化石になった海の生物たちが海へ戻りたいという気持ちによって生み出されたものらしい。
今までの「帝都物語」と比べると、あまりに弱々しい。
もっと禍々しさのようなものがあってもよかった。
またこのプロットでは加藤の存在が欠かせないような気がしていたが、最後の最後に登場してきた。
ファンサービスのような感じではあったが、どうせ出すならもっと物語の中心にしっかりと絡んだ出し方をしたほうが断然面白くなるような気がしました。

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2021年8月24日 (火)

「フリー・ガイ」 思いの込められたプログラム

私は映画を見に行くと必ずパンフレットを買う派なのですが、本作はパンフレットを作っていないとのこと。
非常にマイナーな作品の場合にパンフレットがないというはありますが、このくらいの規模の作品でないのは珍しい。
これってディズニー(20世紀スタジオは今ではディズニー傘下)のコロナ禍における劇場での公開方針が定まっていないことの余波かもしれません。
「ブラック・ウィドゥ」は劇場公開と同時にディズニー・プラスでも配信したため、大手の劇場(東宝系や東映系など)が公開を見送りました。
アメリカでは公開週はこの方法でかなりいい立ち上りではあったが、2週目以降は成績は落ちていったという話もあります。
そのためかディズニーは本作と「シャン・チー」は劇場公開後45日間は配信しないという方針に変更しました。
本作は元々「ブラック・ウィドゥ」のように劇場公開はあまりしない方針だったのかもしれないですね。
なので、パンフレットは作らなかったのではないかと思いました(「ブラック・ウィドゥ」はパンフありましたが、これは昨年作っちゃっていた在庫かも)。
「シャン・チー」はパンフ作ってくれるよね・・・?
映画そのものの話から逸れてしまいました。
この作品の主人公はモブキャラのガイ。
モブキャラというのはゲームの中の背景キャラのことで、ゲームの中でいつもその場所に行くと同じセリフ・リアクションするキャラっていますよね、あれです。
しかし、ひょんなことからそのモブキャラが自我に目覚め、憧れの女性に再び会うために、自ら行動を起こします。
ガイが存在しているゲーム「フリー・シティ」はオープンワールド系のゲームで、プレイヤーはゲーム内で好きなことをなんでもできます。
このゲームでは銀行強盗したり、人を倒したりすることでポイントが稼げるらしい。
そんな中でガイは人助けなどの「いいこと」をしていってポイントを稼ぎ、レベルを上げ、「フリー・シティ」のプレイヤーの間でも評判のヒーローとなっていきます。
自分がやりたいと思うことをやっていくことは意外と難しい。
「フリー・シティ」のベースとなるAIを開発したキーズは、自分が書いたプログラムを商品化したアントワンに雇用され苦情処理係の立場になっています。
その立場を仕方がないと受け入れてしまっている様子。
対してキーズの共同開発者であるミリーはアントワンに対し、盗用していると訴えていました。
ガイには実はキーズの想いが込められていました。
キーズがずっとミリーに抱いていた想いをガイのプログラムに書き込んでいたのです。
そのため、ガイはミリーのアバターにゲーム内で出会った時、運命のように感じたのでした。
ただのゼロイチのプログラムの中に想いが込められていて、それがきっかけでAIが自我を持ってしまうという設定が素敵だなと思いました。
映画でAIが自我を持つというと、殺伐な未来であることが多かったりしますが、想いをベースにしたAIだったらそんな暗い未来ではなく、本作のようなハッピーな世界ができていくかもしれないですね。
本作は元々20世紀フォックスで企画が進んでいましたが、ディズニーが買収した後も20世紀スタジオとして制作が継続されました。
それによりマーベルやルーカス・フィルムとも兄弟会社となったため、いくつかファンに向けてのサプライズがありました。
終盤ガイがピンチの時にアイテムとして「キャップの盾」を選択しますが、それと同時に「アベンジャーズ」のテーマが。
続いてカメオ出演のクリス・エヴァンスが「僕の盾?」という展開です。
さらには続いてガイが選んだアイテムはライトセーバー。
ここでも「スターウォーズ」のテーマが流れます。
何も関係ないと権利関係で難しいところですよね。
嬉しいサプライズでした。
あとガイが最後に橋を渡ろうとした時にかかる音楽が「アメリカン・ヒーロー」のテーマ。
80年代のアメリカのドラマですが、私は大好きでよく見ていました。
これは偶然手にしてしまったスーパースーツの力で、人々の平和のために頑張るしがない高校教師のお話なのですが、ガイに通じるところもあるので、これを選んだのかなと思いました。

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2021年8月20日 (金)

「映画おしりたんてい スフーレ島のひみつ」 ミステリーの入門に最適

これまた娘と一緒に見に行ってきました。
「おしりたんてい」も娘が最近どハマりしているアニメの一つです。
「クレヨンしんちゃん」といい「おしりたんてい」といい、どんだけ「おしり」が好きなんだ・・・。
それはさておき、娘がこのシリーズが気に入っているのは犯人を当てたり、迷路を解いたりするような、ちょっと考えてみるところらしい。
そういえば自分も小さい頃から推理もの、ミステリーは好きでした。
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは学校の図書館で借りてほとんど読んでいましたね。
なのでこのシリーズは娘と一緒にテレビを見ていても、自分でも結構楽しめたりします。
子供のミステリーの入門編として最適ですね。
登場するキャラクターも皆なかなかに魅力的。
まずおしりたんていが、まさに名が体を表すの言葉通りに顔がおしり・・・。
そんなお茶目な容貌なのに、そのキャラクターはまさにジェントルマン。
レディには優しく、どんなピンチでも焦る様子は見せません。
そして必殺技が嗅いだ者を悶絶させる「屁」。
毎回ここぞと言う時に「失礼こかせていただきます」との言葉とともに屁を放りますが、水戸黄門の印籠というか、ある種パターンの快楽のような感じがあります。
この時のBGMが「必殺仕事人」の仕事の時の音楽っぽいところもセンスが良いです。
相棒を務めるのはブラウンという少年。
明智探偵の助手である小林少年のような役回りでしょうか。
ちょっと頼りないところはご愛嬌です。
おしりたんていに事件を依頼するわんころけいさつのトップがマルチーズ署長。
見た目は本当に小さい子犬なのですが、屈強な大型犬の刑事たちを引き連れ、事件に挑みます。
丸い物に目がないのがカワイイ。
そして探偵といえば、必要なのはライバルとなる犯罪者です。
明智小五郎に対しての怪人二十面相、シャーロック・ホームズに対してのモリアーティ教授、銭形警部に対してのルパン三世(最後はちょっと違うか)。
おしりたんていのライバルと言えば、変装の名手である怪盗U。
彼はエレガントかつ華麗に美しいものを盗みます。
今回の映画では怪盗Uも大きな役割を担います。
彼は盗賊ではありますが、汚い手は使いません。
彼は何者にもとらわれず自由であり、自分の価値観である美しさにだけ拘ります。
本作のゲストキャラであるスフーレ島のルルは彼の自由さに惹かれます。
おしりたんていと怪盗Uの対決もなかなか見どころありますし、大人でも結構楽しめます。
無論、娘もものすごく集中して見ておりました。
将来ミステリー好きになるかしら。

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2021年8月15日 (日)

「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」 ジェームズ・ガンのクレイジーさ炸裂

本作「ザ・スーサイド・スクワッド」はマーゴッド・ロビーが演じるハーレイ・クインが登場していますが、「スーサイド・スクワッド」の続編という扱いではないらしい。
デイヴィッド・エアー版はジョーカー以外はメジャーなキャラクターは登場せず、全体的にとっ散らかった印象であまり感心しなかった記憶があります。
そのころのDCエクステンデッド・ユニバースの方向性が迷走していた感がありました。
MCUのように全てが統合された世界観でいくのか、それぞれのキャラクターの個性を出していく作品群となるのか。
「スーサイド・スクワッド」の後の「ワンダーウーマン」「アクアマン」の成功により、キャラクターや監督の個性を重要視する方向に舵を切ったと思います。
そして、それはMCUとは違う方向性として成功しているように感じます。
本作は一時期マーベルを解雇されていたジェームズ・ガンを起用し、彼の個性を引き出して前作よりも格段に面白くなったと思います。
ハーレイ・クインも今ではDCの中での存在感のある主要なキャラクターになったので柱もしっかりとしているように思いました。
ジェームズ・ガンは「スーパー!」などでもわかるようにかなりぶっ飛んでクレイジーな表現をする監督ですが、「ガーティアん・オブ・ギャラクシー」などでは映像センスは光るもののMCUらしい品行方正な枠の中に納められている感じもします(それでもMCUの中ではタイカ・ワイティティとともにぶっ飛んでいる方ではあると思いますが)。
それに対して、本作は彼のクレイジーなセンス(毒々しさやバカバカしさ、ナンセンスさ)が出ていて楽しめました。
監督自身も楽しんでやっている感じがします。
ジェームズ・ガンは映像がいいと思っているのですが、今回の作品ではハーレイ・クインが自動小銃をぶっ放し、槍で刺しまくっているところが非常にいい。
真っ赤なドレスをした彼女がスローモーションで敵をぶっ倒していくと、血飛沫のように花模様が散っていくんです。
これは彼女のキャラクターを一目瞭然に表現しているいいビジュアルだなと思いました。
イカれたセンスでとてもいい。
「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」のヨンドゥ役で有名なマイケル・ルーカーのとてももったいない使い方もいいです。
あとジョン・シナのピースメーカーも「スーパー!」を彷彿させるクレイジーさがジェームズ・ガンらしい。
ピースメーカーはテレビシリーズ化の予定もあるとか・・・。
本作の最後を飾るのはまさかのヒトデ型巨大生物!
「宇宙人東京に現わる」!
どんだけクレージーなのか・・・。
よく企画を通したものだ・・・。
こういうぶっ飛びはマーベルじゃできない感じがします。。
ジェームズ・ガンは次回作では再びマーベルに復帰し、「ガーティアン・オブ・ギャラクシー Vol3」に挑みます。
シリーズも最終作と言われているので、このクレイジーさを存分に発揮してもらいたいです。

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2021年8月12日 (木)

「ワイルド・スピード/ジェット・ブレイク」 大団円に向けての第4コーナー

本作から原題で「THE FAST SAGA」という記述されるようになり、9作目で壮大な叙事物語となってきた「ワイルド・スピード」シリーズ。
キャラクターたちも全作登場している者はおらず、シリーズが続くに従い、新たな因縁が明らかになり繋がっていくという展開になっています。
本作においてシリーズの中でも異色であった3作目「ワイルド・スピード X3 TOKYO DRIFT」もしっかりとサーガに織り込まれてきました。
この辺りは「TOKYO DRIFT」を監督したジャスティン・リンがシリーズへ復帰したことも大きいかと思います。
死んでいたとされていたハンの再登場は嬉しいところです。
ラストではデッカードとも対面していますので、次回作への展開が気になります。
欲を言えば、次回作ではジゼルにも復活してほしいところです。
このシリーズは「ファミリー」という概念が非常に重要で、彼らの行動原理はファミリーを守ることであるのですが、本作はそのあたりはやや薄めの印象です。
ドムの実の弟ジェイコブが敵役として登場しますし、彼らの因縁も描かれますが、割とライトな印象でした。
サーガと言うだけあり、何人もの登場人物たちの織りなす物語となってきているので、最終回とされる10作目に向けての整理をしているのかなとも思いました。
ハンの登場などもその一環かなと。
少年ジャンプの漫画じゃないですが、本作は敵であった人物とバトルをし、やがて実力を認め合って仲間(ファミリー)になっていくという展開が多いですよね。
ホブス演じるドウェイン・ジョンソンとドム役のヴィン・ディーゼルの不仲も報道されているので、ジェイコブが次回作の筋肉担当なのかしらん・・・。
次回作では亡くなったポールがCGなどで登場するという可能性もあり、という話も出ていますので、10作目では大団円を迎えるべく役者がそろったという感じでしょうか。
前回のレビューの時、「冗談めいた感じで次は宇宙かも・・・」と書いたら、ほんとに宇宙に行っちゃったんで、次はどこに行ってしまうのでしょう・・・?
行っていないところはもはや海だけなのですけれど、そうなるともはや車じゃなくなっちゃう・・・。
次回ではどんな締めくくりがされるのでしょうか、期待して待ちましょう。
(それとも終わらなかったりして・・・)

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2021年8月11日 (水)

「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園 」 いつも一生懸命

初めて「クレヨンしんちゃん」を劇場で見てきました。
5歳になったばかりの娘がぜひ見に行きたい!と言ってきたもので。
そもそも「クレヨンしんちゃん」がアニメ化されたのが1992年、この時はすでに社会人になっていたため全く馴染みがありませんでした(そりゃそうだ)。
しんちゃんの天真爛漫なキャラクターが、世の真面目な父兄から「こんな下品なアニメを放映するとは何事か」的な抗議を受けたという話は小耳に挟んでおりました。
最近の娘はネットフリックスを駆使して、好きなアニメなどを勝手に見ているのですが、最近のお気に入りがこちらの「クレヨンしんちゃん」。
映画の「爆盛!カンフーボーイズ」は一時期毎日見るというヘビーローテションとなっておりました。
影響を受けてか「おしりブリブリ〜」とか突然やり出すので、抗議をしていた父兄の気持ちはちょっとわからなくもないですが、一緒に見ているとお話はしっかりと作られていて、かつ意外とグッとくるようなところもあり、これだけ長年愛されているのもわかります。
さて本作についてです。
「クレヨンしんちゃん」の映画は切り口がバラエティに富んでいます。
先程の「カンフーボーイズ」はカンフー映画へのオマージュたっぷりですし、「失われたひろし」はインディ・ジョーンズですしね。
今回は実は「クレヨンしんちゃん」では初めてのミステリーです。
娘は「おしり探偵」にもハマっていて(おしりばっかりだな・・・)、犯人当てなどにも興味津々ですので、ぴったりでありました。
ミステリーのトリックや犯人なども意外や意外でしっかりと考えられたもので驚きました。
しかしよく考えてみると「クレヨンしんちゃん」は意外な切り口を持ってきますが、その題材に関してはいつもかなり真剣に挑んでるんですよね。
「カンフーボーイズ」などもアクションシーンのアニメのパートはなかなか見応えがありました。
本作では野原家ではなく、カスカベ防衛隊のメンバーたちが大活躍します。
意識高くて向上心がある風間くん、オマセで仕切りたがりのネネちゃん、臆病者だけどスイッチ入るとキャラが変わるマサオくん、いつもほんわか優しいボーちゃん。
この子たち、みんないい子ですよね。
そんなかでもしんちゃんに対してツンデレ感のある風間くんは結構好きなんですよね。
自由奔放に生きるしんちゃんに対する妬みと憧れみたいなものがあって、なんか自分自身に似ている部分もあって共感してしまいます。
映画を見終わって娘とエスカレーターを降りていると、ちょうど後ろにカップルが立っていました。
彼らも「しんちゃん」を見ていたらしく、感想を述べていました(デートで「しんちゃん」をセレクトするのはすごいなと思いましたが)。
彼女さんが「しんちゃんっていつも最後一生懸命走っているよね!」と言うと、彼氏さんが「そうそう、前も東京タワーを登ってたよね!」と応えてました。
そうでした「オトナ帝国の逆襲」でもしんちゃんは両親を助けるためにすごい勢いで東京タワーを駆け上がっていました。
この二人の指摘は正しく、しんちゃんはいつも一生懸命なんですよね。
おふざけするときも、遊んでいる時も、その時しんちゃんが大事だと思うことに一生懸命。
今回も大事な友達である風間くんを助けるためにしんちゃんはがんばりました。
一生懸命やるって言うのはなかなかできないことです。
なんだかんだ言い訳作って諦めてしまう。
そういうことに慣れきってると、しんちゃんのがんばりがとても清らかに見えてグッときてしまうのですよね。
子供たちはまだ諦めることを知らないから素直に見れるのかもしれないですが、大人は逆に諦めてばかりなので、意外と心に刺さる。
一生懸命やることの大切さを思い出させてくれる。
最初に書いた抗議をしていた父兄は、ちゃんと物語を見たことがなかったのかもしれませんね。
表面的な「おしりブリブリ〜」の現象だけを見て、文句を言っていたのかな。
子供はもっと大事なことを学んでいたのかもしれないのに。
先程のカップルさんも子供の頃から「しんちゃん」を見てきてたのかな。
もう30年近くもアニメをやっているわけですから、子供の頃から「しんちゃん」に親しんできた二人が子供を作る世代にもなっていますよね。
あの頃抗議していた父兄の心配は杞憂に終わったということでしょうか。

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2021年8月 9日 (月)

「パンケーキを毒見する」 よくぞ言ってくれました

もともと政治には興味があり、選挙は必ず投票にいく方ではありました。
政治絡みのニュースも興味深く見ています。
ですので、現菅政権を見ていると忸怩たる思いになります。
政策が云々という話はもちろんあるのですが、記者会見などでの首相の受け答えがあまりにひどく噛み合わない。
わざと噛み合わせないのではないか、いわゆる「ご飯論法」なのかとも思ったりもするのですが、最近はそもそも人の言うことをちゃんと聞いて、その趣旨を理解して、答えると言うことがそもそもできない人なのではないかと思ったりするようにもなりました。
これほど人の質問に答えられない人は、民間の入社試験などで入れるわけもなく、昇格試験などでも受かるわけがありません。
そんな人が一国のトップの座にいるなんて・・・。
おそらくそのように思っている人は数多くいるのでしょう。
本作が公開されてから、(コロナ禍で席数制限されているとは言え)満席のような状況のようです。
先程のまともに受け答えができないという点については、ある国会審議のやりとりをノーカットで、「ご飯論法」の上西教授の解説付きで見ることができます。
これが何とも面白い。
菅さんの答弁はボケ芸かと思うくらいに徹底されています。
ほんとにこの人にこの国の舵取りを任せていいのだろうか・・・。
「安心・安全」「国民のために働く内閣」と何度も口にする彼ですが、そこには何の具体策もない。
本人もお題目をただリピートしているだけで、本気でやろうとする気が感じられない。
NHKの世論調査で内閣を支持する理由で「人柄がいいから」という選択肢がありますが、ここに入れる人はどこが気に入っているのでしょうか・・・。
アメリカではムーアのいくつかの政治をテーマにした作品などがありましたが、今までの日本では本作のような作品はあまり見かけません。
そもそもそのような論調をテレビで見ることはありません。
そのような事を口にする方はいつの間にかテレビの画面から消えてしまいます・・・(NHKの有馬アナは好きだったのだが)。
もはやテレビや新聞は政権批判をするメディアとしての機能を失っているのかもしれません。
唯一そのあたりに切り込めているのは、本作でも紹介している赤旗であり、文春砲であったっりするわけです。
そしてまた、映画もそういったことができるメディアである事を改めて認識させられました。
本作のプロデューサーはこの作品の公開日をあえてオリンピック開催直後の7/30にしたそうです。
そこに政治的意図はありありです。
普通のメディアはオリンピックがあり、そしてその先に衆院選もあるわけで、政権批判は抑え気味になるものです。
そこにあえてぶつけてくる。
しがらみも何もない映画というメディアだからこそできること。
そこに可能性を感じたのは私だけではないかと思います。

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2021年8月 8日 (日)

「竜とそばかす姫」 仮面をつけているのは・・・

本当の自分ってなんだろう?
自分らしく生きるってなんだろう?
どれだけの人がそれをできているんだろう?
そもそも本当の自分がわかっている人ってどれだけいるんだろうか?
リアルな社会では、好むと好まざるとにかかわらず様々な関係性が出来上がってしまう。
立場やしがらみに縛られる。
こんなことを言ったら変に思われるのではないか、嫌われるのではないか、と思い自分自身で縛る。
そうやって行動しているうちにそれが本当の自分のような気もしてくる。
逆にネットの匿名の世界では、本音の言葉が飛び交っている。
普段のリアルの場では決して発せないような言葉。
それはとてつもなく美しいものでもあったり、とてつもなく醜いものであったりもする。
ネットの世界では、皆がハンドルネームであったり、アバターであったりといったような「仮面」をつけているとも言われる。
逆にそれは「仮面をつけている」のだろうか。
「仮面をつけている」のはリアルな社会の方で、ネットの方が本性を出しているのではないか。
すずは幼い頃の体験から、好きな歌を歌えなくなっています。
しかし、仮想空間Uにおいてベルというアバターを得ることにより、彼女は自由に歌うことができるようになりました。
Uは本人の生体計測し、その人の本性が現れるようなアバターを生成するのです。
ベルというもう一つの自分を得たすずは思いのままに歌い、それが多くの人の共感を得ます。
彼女の歌に込められた本心に人は共鳴したのです。
そして誰もベルの正体には気づかない。
誰もそれが田舎の冴えない高校生だとは思わない。
みんなリアルでの「仮面」を見ているから、本性に気づかない。
「仮面をつけている」のはリアルな世界。
ベルがすずであると気づいたのはしのぶのみ(あと合唱団のおばさんもか)。
彼は言いました。
「ベルってお前だろ」
おそらく彼は母親の事件以来すずが知らず知らずのうちに自分自身でつけていた「仮面」越しに彼女の本質を見てきていた。
そレは母親に価値を見出されなかった子供という「仮面」。
しのぶはずっとすずの本質だけを見てきた。
だからベルがすずであることがすぐにわかった。
自分をわかってくれている人がいる、そのことはすずが更に自分自身を解き放っていくことに非常に大きな力となったと思う。
細田監督の作品は批判の声が上がることも多い。
この作品で批判的に指摘されている箇所としては終盤で恵たち兄弟の境遇が明らかになった時、すずが一人で彼らの元へ向かったことである。
すずはまだ高校生であり、子供。
周りの合唱のおばさんたちや友人たちはなぜ彼女だけをいかせたのか。
危険であることがわからなかったのか、と。
その指摘はわからなくはないですし、脚本的な強引さがあることは感じます。
ただ個人的にはすずはここでは一人で行かなくてはいけなかったのだと思いました。
すずがずっと抱えてきたトラウマを乗り越えるには一人で行くことに意味がある。
すずは幼い頃に体験したトラウマをずっと抱えていました。
目の前で母親を亡くした日のことを。
母親は見ず知らずの子供を救おうとして、命を落としてしまった。
残されたすずは思ったのだろう。
自分よりも見ず知らずの子供の方が大事だったの?
残されてしまった私のことを考えてくれなかったの?と。
そのことがずっと彼女の中に残り、母親にとって自分は価値がない子供であったのだ、という誤解が定着してしまい、それが彼女が自分自身を認められないことに繋がってしまったもだろう。
もちろん彼女の母親がすずを大切に思っていなかったわけはなく、ただ目の前で救われなければいけない命を放って置けなかったから、彼女は動いた。
しかし幼いすずにはそれは理解できなかった。
けれど、恵たち兄弟の状況がわかった時、すずもまた動いた。
それがもしかしたら危険な行為であることも少しは頭を過ったかもしれないけれど、目の前で危険な状況にある子供を放って置けなかった。
多分がむしゃらに動いてしまった。
そう、それは母親がとった行動と同じだったのです。
おそらくすずはようやく母親の気持ちを理解できたのです。
そして母親が決して彼女のことを大切ではないと思っていたわけではないということも。
すずは無意識に母親の行動をトレースすることにより、彼女自身のトラウマから解き放たれたのだと思います。
この作品の批判されている他の点では、ネットが本音が語られる場として描かれているが、実際には欺瞞にも満ち溢れているわけで、正しい描き方ではないとのもあります。
個人的にはこの仮想空間Uも、そして児童虐待というエピソードも、「美女と野獣」へのオマージュも、それ自体が作品のテーマとなっているわけではなく、主テーマはある少女が自分自身が規定していた呪縛から解き放たれることであると思っています。
いずれもそのための背景であるため、その点ばかりを掘り下げて指摘するのはちょっと主題とずれている気がしています。
確かに盛り込みすぎていて、かつ整理しきれていない感もあり、さらには背景であってもかなり力を入れて描いているので、主題のように見えてしまう、というのは確かにあるかと思います。
この辺の情報量の多さは細田監督のクセのようなものであるかなと私は考えています。

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2021年8月 7日 (土)

「セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記」 クロスオーバーゆえの味の薄さ

通常「仮面ライダー」と「スーパー戦隊」の夏映画はそれぞれ単独の作品の同時上映というフォーマットですが、今回は仮面ライダー放映50周年、スーパー戦隊45作品目という節目であることから、両シリーズのクロスオーバーとなっています。
両シリーズのクロスオーバーは本作が最初というわけではなく、2012年の「仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦」で実現されています。
「スーパーヒーロー大戦」のときも感じたのですが、大勢のヒーローが出てくるこのようなクロスオーバー作品は、個々のキャラクターの掘り下げは浅くならざるを得ず、さらに過去のキャラクターも扱いが乱暴になる感(登場するだけ)もあり、やや物足りなく感じるところがあります。
本作についても同様の印象を受けました。
「スーパーヒーロー大戦」との違いを出すためか、本作では両シリーズの第一作の原作者である石ノ森章太郎をキーマンとして登場させています。
そのため、全体的にメタな要素も盛り込んでいる作品となっていますが、これは「ビルド」と「ジオウ」のコラボ作品である「仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER」でも取り入れている視点であり、目新しさは感じませんでした。
クロスオーバーを成立させるための苦肉の策のような印象です。
お祭り映画自体を否定するわけではありませんが、作品として見るとどうしても薄っぺらくなる感じがしてしまいます。
子供としては嬉しいとは思いますけどね。
長年両シリーズのファンである身としては、しっかりキャラクターを深掘りした作品の方が楽しめます。
昨年の「ゼロワン」の単独映画は良かったので、ああいう感じが好きなんですけどね。
最新シリーズの「仮面ライダーセイバー」は終盤に至るも、個人的には物語になかなか浸かることができず、世間的にも同様の評価なので、単独作品としてはキツいという判断もあったのかもしれません。
「セイバー」の評価が苦しいのは、描かれている物語が「仮面ライダー」でなくてもできるのではないかということではないかと思います。
この作品には「仮面ライダー」の要素がものすごく薄いのではないかと感じています。
物語は自由であるのはもちろんなのですが、「仮面ライダー」である意味も持っていて欲しいものです。
本作のおまけとして次回作の「仮面ライダーリバイス」の短編映画の上映がありました。
例年に比べ新作の情報があまりでてこないので、どうしているんだろう?と思っていたところでのサプライズ上映でした。
本作では主役の仮面ライダーが2人います。
仮面ライダーリバイと仮面ライダーバイス、合わせてリバイスということですね。
2人で1人の仮面ライダーである「仮面ライダーW」とは異なり、今度は1人で2人の仮面ライダーです。
面白い発想だなと思いました。
デザインはちょっとギョッとしましたが、それはいつものことなのでいずれ慣れているのでしょう。
ちょっと期待しているポイントとしては脚本が木下半太さんであることですね。
木下さんは「悪夢」シリーズなどの小説で有名ですが、私も愛読しています。
この方の作品は後半に驚くようなどんでん返しが設定されていること、登場するキャラクターの存在感がものすごく強いことが特徴だと思います。
いずれにしてもそのような特徴が「リバイス」で出されてくると、画期的な物語が展開されるのではないかと思います。
こちらについては9月からの本放送に期待したいです。

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