「騙し絵の牙」 編集力
現在の出版業会の状況が生々しく描かれていました。
出版不況と言われてずいぶんと経っています。
私が10数年前に雑誌広告の担当をしていた時にもすでに雑誌の発行部数は右肩下がりで、出版業界の先行きに不透明感が出てきていました。
その頃すでにアマゾンなどが進出して、本屋業界に逆風が吹いていました。
また「活字離れ」などと言われ、本を読まない人が増えているとも言われていました。
その後、欲しい情報はネットで手に入るようになってわざわざ雑誌を買わなくなったり、サブスクリプションサービスなどが出てきたりと、まさに出版業界は嵐の真っ只中です。
個人的には、本はデジタルよりは紙が好きで、読みたい本は必ず紙を買います。
また雑誌も好きなので結構買う方だと思うのですが、現在雑誌はどれも部数が減るばかりで苦労しているようです。
それでは雑誌というものが、全てネットの情報サイトのようなものに置き換わるかというとそうでもないかなと思っています。
個人の趣味を抜きに考えると、紙の雑誌がそのまま残り続けるかというとかなり厳しいと言わざるをえません。
では全くなくなってしまうかというと、そうではないと思います。
雑誌の価値は、そこに載っている情報そのものだけでなく、その情報をどのように編集してわかりやすい形で提供するかという「編集力」にあると考えているからです。
ネットには生の情報がたくさんありますが、あまりに情報がありすぎて、どれが自分にとって価値があるかを判断するのが難しい。
しかし、雑誌では編集者が情報をわかりやすく整理してくれているのですね。
ですので自分の感覚に合う雑誌があると、そこに載っている情報は自分にとって価値がある確率が高いわけです。
雑誌の価値は載っていう情報そのものよりは「編集力」にあると言っていいでしょう。
コンテンツ力と言っても良いかもしれません。
本作の劇中で「トリニティ」という雑誌の編集会議の場面があります。
編集者が色々なアイデアを出しているのですが、無難な提案を主人公である編集長速水がバッタバッタと却下していきます。
いつも通りの情報の提示では新しさがない。
その雑誌ならではの新鮮な切り口を提供する。
それが雑誌の持つ本当の力「編集力」だからです。
この「編集力」、情報を整理し理解しやすいように提示するということですが、別の言い方をすると編集側のストーリーに誘導しているとも言えます。
同じような事実からででも書き手によって全く違うように受け取れるようになる、これは発進する側のストーリーラインが異なるからです。
主人公速水は一級の編集者であり、だからこそ彼が描くストーリーラインに人を巻き込み、そのように行動させてしまうという手管を持っているとも言えます。
本作に登場する人物たちは表面に見えている顔と、その裏にある本当の自分の狙いの両方を持っている人たちが多い。
彼ら表も裏も速水に読まれて、いいように操られていく。
これは見ていても爽快なところです。
しかし、その速水すらも最後には出し抜かれてしまう。
ここもまた爽快です。
編集者の仕事の本質をしっかり描きながら、それを題材にして二転三転のミステリーに仕立てているこの作品、見応えありました。
原作者は「罪の声」の塩田武士さん。
「罪の声」の映画も面白かったので、この作家に興味が出てきました。
今度読んでみようかな。
紙の本で。
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