「スパイの妻 劇場版」 夫の正体は
第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した「スパイの妻」を遅ればせながら、見に行ってきました。
軍の活動を巡るサスペンス劇、男女の愛情を描く恋愛もの、太平洋戦争を描く歴史ドラマという様々な要素を持ち、その要素全てで満足させ、さらにはそれらをバランスさせて成立させている作品でした。
確かに賞を取るのもわかります。
私が見ていて、惹かれたのは高橋一生さん演じる福原優作というキャラクターです。
彼は貿易商であり、戦時下に置いて次第に厳しい締め付けが厳しくなっている状況においてもコスモポリタンを自認して活動をしています。
物語が始まったあたりでは、彼は理想を持っているながらも、社会の状況に合わせうまく立ち回っている人物のように見えました。
しかし、彼と甥が満州で軍が人体実験をしているという秘密を知ってしまった後は、今まで通りの貿易商という仮面を被りつつ、軍の悪事を明らかにしようと画策をします。
戦争は止まらない、しかしアメリカに参戦させることにより戦争を収束させることはできるのではないか。
アメリカに参戦させるきっかけに彼が持っている証拠が役立つのではないかと。
彼は国際派らしい人権主義の価値観で、軍の行いが許せなかったのです。
彼は心に怒りを持ちつつも、冷徹さを持って着々と準備を続けます。
ここで見えてくるのは、それまでの彼にはなかった冷たいまでの冷静さです。
その冷たさは元々彼が持っていたものなのか。
それとも満州での体験により、彼の中で芽生えたものなのか。
妻・聡子も自分が愛してきたそれまでの夫が変わっていくように感じました。
聡明な聡子が夫の秘密を明らかにした後、優作は妻も仲間とし、彼の計画を実行しようと進めます。
聡子はようやく再び夫が心を開き、自分を必要としてくれたと感じました。
そしてアメリカに旅立つ最後まで、そう思っていたのです。
しかし、密航しようした聡子は誰かの密告により、当局に拘束されてしまいます。
この密告をしたのは優作であったと思われます。
彼は妻を囮にし、当局が彼女に注目をした隙をついて国外に脱出したのです。
この行為にも彼が持つ冷徹さが現れていると思います。
結局聡子は精神病院に収監され、そこで戦争末期のアメリカ軍による空襲に巻き込まれます。
そこで彼女が見た光景は、焼き払われた街で苦しむ人々の姿でした。
それは優作が持っていった証拠によって引き起こされたのかもしれません。
彼は日本軍が人々の命を弄んだことに対する怒りで行動した。
しかし、その行動により、無垢な人々が大量に死に、苦しむこととなった。
それが本当にしたかったことなのか。
人権主義という理想を実現するために、行動した結果、引き起こされたこのことを優作はどう見ているのか。
この冷徹さは彼の中に元々あったものなのか。
彼は何者であるのか。
焼け野原となった神戸を見て、聡子は彼女の夫がわからなくなったのでしょう。
海岸を彷徨う彼女の姿からそう感じました。
彼女は数年後アメリカに渡ったとありました。
聡子は彼女の夫が本当はどのような人間であったのか、確かめずには居れなかったのかもしれません。
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