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2021年1月 4日 (月)

「劇場版「鬼滅の刃」無限列車編」 負けない強さ

遅まきながら劇場版「鬼滅の刃」を見に行ってきました。
昨年のブーム真っ只中の時は完全に出遅れていたのです。
その時は幼稚園生の娘が「禰󠄀豆子!」とか「炭治郎!」とか言っていて、「家で見せていないのになぜ知っている?」と驚いていたのですよね。
彼女たちが幼稚園で話題にするくらい流行っているのかと。
少々ひねくれているところもある私は流行っていると、いいやと思ってしまうところもあり、ずっとスルーをしていたのですが、年末に会社の社長との来年度以降の打ち合わせの時に「こんな時代に『鬼滅の刃』が流行っている理由を考えた方が良い」というような趣旨の発言をされて、これまた驚いたわけです。
幼稚園生から社長まで魅了する「鬼滅の刃」、押さえない訳にはいかないと。
ということで冬休みに入ってから幼稚園生の娘と「鬼滅の刃」を一気見、そして年始早々劇場版に足を運んだというわけです。
 
こんな時代に「鬼滅の刃」が流行っている訳。
社長から出されたお題は色々な人が論じています。
炭治郎が置かれた状況は客観的に見てとても苦しい状況で、それをコロナ禍における辛さに人々が重ね合わせたという説もありました。
それは確かにそうだと思います。
ただそれだけではなく、そういう辛い状況への炭治郎の対し方に共感が湧いたのだと考えます。
炭治郎は決して強いわけではありません。
そして家族を守りきれなかったという後悔を常に持ち続けています。
そして全ての人に対して等しく(鬼でさえも)尊重する思いを持っています。
今回の映画の中で炭治郎の深層心理の情景は冴え渡る一面の青空でしたが、まさに彼には影がない。
彼が戦う鬼は自分のために人を食う。
コロナ禍において、社会がギスギスとしていることを感じていた方も多かったと思います。
年配者は若者を酷く言い、若者は年配者を悪く言う。
自粛警察といった正義感を振りかざす人たちもいました。
ネットでの誹謗中傷も多かったと思います。
これら悪意はまさに鬼のように、感染して拡大していきます。
そのような悪意が蔓延していく状況の中で炭治郎という少年の生き様は希望のように感じたのかもしれません。
彼は鬼にすら同情をする。
鬼が背負ってきた悲しみを感じることができる。
計算高いわけではなく、大きく広く、悲しみや辛さをありのままに受け止めることができる。
彼は柱ほど強くはない。
鬼に叩きのめされることもある。
彼自身も己の不甲斐なさを自覚している。
けれども決して弱いわけではない。
彼は負けないのだ。
劇場版でも彼の凄まじい強さを感じさせる場面がある。
今回劇場版に登場する鬼は相手に幸せな夢を見せ、夢に留まらせる力を持つ。
その夢から脱出するには夢の中で自刃するしかない。
炭治郎はそれに気づく。
目覚めても鬼は炭治郎に何度も術をかける。
その度ごとに炭治郎は何度も夢の中で自刃をするのだ!
夢の中とはいえ、自分に刃を向けることは大変な苦痛だろう。
しかし彼は人々を救うために何度でもそれを行う。
彼は一撃で鬼を滅する圧倒的な強さを持っているわけではない。
彼が持っているのは決して負けないという強さなのだ。
コロナ禍において精神的に追い込まれることがあった人も多かったと思います。
そんな中で炭治郎の負けない強さというのは、一つの支えになったのかもしれませんね。
 
強いと言えば今回劇場版の最後に圧巻の戦いをした炎柱の煉獄杏寿郎です。
彼は実力的にも鬼殺隊随一の剣士ですが、上弦の鬼である猗窩座
と死闘を繰り広げ敗れます。
猗窩座は煉獄の力を認め、鬼になるよう勧めますが(まるで「魔界転生」のようだ!)、彼はそれを拒否します。
彼は幼い頃より類稀なる実力を持った人間の責任として、人を救うために生きてきた。
だからこそ己の業のために生き人を害する存在になるよりは、人を守って死んでいくことを選んだ。
そしてその意思を後身に伝えようとした。
まさに天晴れな生き様であり、炭治郎とは違う圧倒的な強さを見せてくれました。
4歳娘はこの場面で泣いていましたね。
彼女が映画を見て泣くというを見たのも初めてでした。
「なんで泣いたの?」と聞いたら「悔しかったから」と言っていました。
「あの鬼は逃げてずるい」と。
確かにその通り。
上弦とはいえ、結局は己の身を大事にし、戦いを捨て彼は逃げた。
煉獄は己を犠牲にしても戦いから逃げなかったわけです。
 
あと「鬼滅の刃」がヒットした理由として、家族愛をあげる方もいます。
周囲の女性に聞くとこの意見は多かったように思いました。
劇場版においてそれを強く感じた場面が一つあり、とても印象的でありました。
炭治郎に鬼が夢を見せますが、次第により過酷な夢を見せようとします。
愛する家族が炭治郎を責め、傷つけようとする言葉を投げつけます。
それによって鬼は炭治郎の心を壊そうとしたのでしょう。
しかし、炭治郎はかえってそれが夢であることを見破ります。
彼は「バカにするな!俺の家族はそんなことを言うわけがない!」と言います。
そう、彼は彼の家族を心の底から信じているのです。
それには惑いとようなものは一片たりともない。
彼がどれだけ家族を思い、信じているかを伺わせるセリフであったと思います。
鬼たちの絆は全て恐怖によってなされているもの。
そうではない絆が炭治郎にはあるということですね。
 
アニメで描かれているのはまだまだ漫画では序盤とのこと。
今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。

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