「SHADOW/影武者」 陰陽変転
「HERO」「LOVERS」などの武侠アクションで有名なチャン・イーモウの最新作です。
いままでの作品は鮮烈な色彩を上手に使っているイメージがありましたが、今回の「SHADOW」は水墨画のようなタッチを感じさせる作品になっています。
彼の今までの作品はアクションも優美でありましたが、本作ではさらに一層東洋的な美しさ感じられるようになっています。
映像は水墨画のように白と黒で描かれてますが、それは作品のテーマにも通底します。
作品の中にしばしば太極図(陰陽魚)が登場しますが、これは道教のシンボルです。
陰と陽とはしばしば入れ替わり、また陰の中にも陽があり、陽の中にも隠があるということを表していると言われています。
まさにこれはこの作品のテーマです。
主人公の影武者は、都督が身の危険を感じたため、その代わりとなって表の舞台に出ていきます。
そこは敵国とのせめぎ合い、そしてまた自国の中での権力争いにより陰謀術中渦巻く世界でした。
影武者は都督として振る舞い、常に命の危険にさらされながらも彼自身の機転によって何度も危機を乗り越えます。
都督は命の危険にさらされているからか、また権力への妄執ゆえか、精神的に歪みはじめていました。
都督は影武者の母親の行方を知っているということを材料に影武者を操っていました。
国のものには彼は国王と違い清廉の士と思われていましたが、彼もまた権力の亡者であったのです。
影武者は都督の妻に心を奪われ、そして彼女も影武者である彼に惹かれ、二人は身を重ねてしまいます。
都督はその様子も覗き見をしていました。
彼の心に去来するものはなんだったのでしょうか。
もはや妻を抱けなくなったことを影武者が代理となることで埋め合わそうとしているのか、また影武者が自分が思うように行動することによって、自分が人を操ることの満足感を得ているのか。
彼は陽のように見えながらも陰でありである存在です。
彼らが仕える王もそのようなものの一人です。
愚王のように見えながらも、実は策士であることが終盤に明らかになります。
しかし彼の策により、彼の大事な者は命を落としました。
彼も陰陽併せ持つ男でありました。
そしてまた主人公である影武者も。
陰陽が激しく入れ替わる展開の中、彼もまた変転していきます。
しかしその変転した先には幸なのか不幸が待っているのか。
人の世は正義と悪を明確に定義できるものではありません。
清はその中に濁を持ち、濁はその中に清を持つ。
まさに太極図が表している考え方が、本作を貫いています。
だからこそ映像が水墨画のようなタッチで描かれることとなったのでしょう。
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コメント
こんにちは。
すっかりご無沙汰してます。
この作品を劇場鑑賞できたのは本当にラッキーだったと思っています。
自宅鑑賞ではあの水墨画のような繊細な美しさは堪能できなかったのではないかと。
雨の描写も素晴らしくて、見ている自分の周りもジットリ湿ってくるかと思われるくらいでした。
投稿: けふこたかはし | 2019年9月22日 (日) 20時58分