« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019年1月26日 (土)

「マスカレード・ホテル」疑う刑事と信じるホテルマン

東野圭吾さんのベストセラー「マスカレード・ホテル」の映画化作品です。
原作は未読ですが、最近ほんとに東野さんの映画化作品が多いですよね。
もともとのストーリーが非常に面白い作品が多いので、作る側としても間違いないという安心感があるのでしょうか。
本作はいわゆる「グランド・ホテル形式」でホテルの利用客、スタッフ、そして警察など様々な人物が登場します。
それぞれ有名な俳優さんたちが演じているので、ホテルらしい豪華な雰囲気が醸し出されていました。
また著名な出演者が多いと誰が犯人だかわかりにくいのもいい。
キャストの格が違いすぎると、それだけで犯人が想像できてしまいますもんね。
主人公は刑事新田役に木村拓哉さん、優秀はホテルマン役として長澤まさみさんが当てられています。
木村拓哉さんは、キムタクっぽい演技ではあるのですが、この役にはマッチしていて違和感はありませんでした。
それもそのはずで原作の東野さんは木村さんをイメージしてこのキャラクターを書いていたそう。
今回の作品では刑事がホテルマンに扮するという設定なので、いつもの長髪を切って、七三にしていますが、意外と似合っていると思いました。
たまにはこういうのも新鮮でいいですね。
長澤まさみさんはホテルマン役なのでほとんどが制服姿です。
彼女は背も高くてスタイルもよく、また姿勢もいいので、こういうパリッとした感じはよく似合いますね。
彼女も今回は清潔感ある短髪ですが、これもお似合いです。
最後はドレス姿で登場しますが、制服とは好対照でハッとさせられます。
この二人が中心にストーリーが進展していきますが、人を疑うことが仕事の刑事とお客様を信じることが仕事のホテルマンという対比が物語を牽引していきます。
当初二人は価値観が異なることにより何度となくぶつかりますが、それぞれがその道ではプロフェッショナルであること、そしてそれに強い思いを持っていることがわかり、次第に認め合うようになります。
本作はミステリーですので、事件が進行し、最後はどのように解決していくかという点が見どころであることは間違いないのですが、もう一方で主人公二人が次第に認め合っていく過程も楽しめると思います。
ミステリーの内容の方はネタバレになるので、ここでは書けないのですが、さすが東野さんでよくできています。
誰が犯人で、そして誰が狙われているのか。
特に今回の事件では犯人だけでなく、誰が狙われているのかもわからない。
誰もが犯人であり、ターゲットでもある可能性があるという点でハラハラしますね。
犯人はともかく、ターゲットは意外な人物です。
ぜひ、ご覧になってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月15日 (火)

「蜘蛛の巣を払う女」 ダークなトーンを纏ったアクション映画

デヴィッド・フィンチャーの「ドラゴン・タトゥーの女」の続編になるのでしょうか?
キャストも監督は一新されているので別物と見た方がいいのかな(デヴィッド・フィンチャーは製作総指揮に名前が入っていましたが)。
原作的には「ドラゴン・タトゥーの女」と「蜘蛛の巣を払う女」の間に2作品ほど入っています。
デヴィッド・フィンチャーの「ドラゴン・タトゥーの女」は観る者に心理的プレッシャーをかける映画でした。
彼の作風はいずれもそうなのですが、登場人物たちのアンモラルな闇に飲み込まれていきそうな怖さがあるのですよね。
単純なホラー的な怖さというか、見てはいけないものを見てしまうような怖さがあります。
原作の「ミレニアム」シリーズもそのようなトーンで、またアンモラルな描写も多いので(割と北欧の小説も映画もこのようなダークなトーンが多い)、フィンチャーとは相性が良かったのかもしれません。
「ドラゴン・タトゥーの女」を見たときは、久しぶりに彼らしい作品になったなと思いましたが、一方彼の映画は観ていて疲れます。
おそらくずっと心理的プレッシャーを受け続けているからだと思います。
さて本作「蜘蛛の巣を払う女」ですが、絵面のトーンはフィンチャー版と同様に北欧らしい薄暗い陰鬱な調子になっています。
しかしながら、フィンチャーのようなプレッシャーは薄いですね。
冒頭リスベットの過去に触れるあたりはそういうところはありましたが、後半はどちらかと言えばスパイ映画のような印象を持ちました。
前作よりは万人受けする方向に調整しているような感じがします。
ですので、フィンチャーの前作のような陰々滅々とした雰囲気を期待していくと肩透かしになるでしょう。
原作の方は2作目の「火と戯れる女」まで読みましたが、本作にもチラリと登場するリスベットの父親が出てくるのですが、なんというか鬼畜というか人間離れしているのですよね。
本作の中でもリスベットは父親をサイコパスと呼んでいましたが、まさにそのような感じ。
これをまんま映画にするとかなりエグいものにはなりそうなので、少し観やすい感じに整えたのでしょうか。
スウェーデン版の方は未見なのですが、この辺のダークな部分はもっと表現しているのか気になりますので、今度観てみようかな。
デヴィッド・フィンチャーの前作を気にしなければ、ダークなトーンをまとったアクション映画として楽しめると思います。
しかし、フィンチャーらしさを期待していくと、少し当てが外れた印象になるかもしれません。
観にいく時のスタンスで印象が変わる映画のように思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月12日 (土)

「クリード 炎の宿命」 昔からのファンにはたまらない胸アツな展開

前作「クリード チャンプを継ぐ男」の記事の時、どちらかというとスピンオフ的かと書いたのですが、本作を観て考え直しました。
「クリード」2作は「ロッキー」から始まるボクシングに関わった男たちの大河ドラマの正当な続編と言えるようになったと思います。
本作は30年前の「ロッキー4 炎の友情」を受けるストーリーとなっています。
「ロッキー4」では、ロッキーのライバルであり親友でもあるアポロ・クリード(本作の主人公であるアドニスの父親)が、ソ連のボクサーであるイワン・ドラゴと戦い、その試合で亡くなってしまうという展開があります。
本作ではそのドラゴの息子とチャンピオンとなったアドニスのタイトルマッチが組まれます。
そしてロッキーとイワン・ドラゴはそれぞれセコンドとして試合を見守ります。
まさに因縁の対決です。

上記でボクシングに関わった大河ドラマの正当な続編と書きました。
前作の「クリード チャンプを継ぐ男」の時は、「ロッキー」というシリーズは、ロッキーという男の年代記のようなものであると思っていたので、「クリード」をスピンオフのように感じました。
本作の物語の展開は基本的には初期の「ロッキー」シリーズの展開を踏襲しています。
すなわち一度大きな敵と対決し、敗北によって挫折し、そこからまた復活するという展開です。
ワンパターンといえばそれまでですが、この展開によって最後に大きなカタルシスを感じることができる黄金パターンとも言えます。
古くからの「ロッキー」のファンは、やはりこのカタルシスが味わいたいのだと思います(私も含めて)。
本作を観ながら、昔「ロッキー」を観た時の手の汗を握るような興奮を思い出しました。
そういう意味で「クリード」シリーズは「ロッキー」シリーズを引き継ぐ後継作と言えることができるかと思います。
また、「クリード」に登場するロッキーとアドニスは擬似的な親子だと言えます。
アドニスは幼い頃に父アポロを無くしましたが、ロッキーは師匠でもあり父親のような存在となっています。
またロッキーは実の息子とは疎遠になり、親友の息子であるアドニスを実の息子のように感じているのでしょう。
本作の中でロッキーからアドニスへいくつものアドバイスがあります。
いずれも深い意味のある言葉なのですが、それはロッキー自身が上手に自分の息子と向き合えなかったという後悔があるからこそなのだと思います。
またアドニスが一度敗北した時に、自分の中にある「父の声」が聞こえなくなったということを言います。
それは彼の中に存在しているアポロという意味でもあるかもしれないですが、離れてしまったロッキーの彼を導くアドバイスが聞けなくなったともとれます。
つまりアドニスにとってロッキーも父親同様の存在なのですよね。
本作ではさまざまな親子の関係が描かれます。
ロッキー戦で敗北しすべてを失ってしまったイアン・ドラゴと、彼が自分の能力とそして無念を注ぎ込んでファイターとして育て上げた息子ヴィクターの関係。
また彼ら二人を捨てていった母親の冷たい目線。
そして主人公アドニスにも娘が生まれます。
このような親子関係が描かれることにより、「ロッキー」シリーズで描かれ続けてきた不屈の精神がロッキー個人だけのものではなく、その後継者に受け継がれていくことになっていくという物語が語られ続けるという可能性を感じました。
そういう意味で大河ドラマの正当な続篇と書いたのです。
次回作があるかどうかはわからないですが、期待したいところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »