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2018年11月25日 (日)

「ボヘミアン・ラプソディ」 自分の居場所

私は洋楽は疎いのですが、クイーンの曲は知っている曲が多いです。
本作で流れていた曲もほとんどが聞き覚えのあるものばかり。
クイーンの曲は様々な映画の中で使われていて印象に残っているからかもしれないですね。
そう言えば、私のクイーンの初体験は「フラッシュ・ゴードン」のテーマの「Flash」だったのではないかな(笑)。
キャッチーな「フラッシュ!アーアー!!」っていうフレーズが印象的でした。
クイーンのことは知ってはいても体系的な知識ではなかったのですが、本作の中でメンバーがクイーンは同じようなことを繰り返しおこなっていくようなことはしないというようなことを言っていましたが、その通りかもしれないと感じました。
彼らの曲を改めて聞いてみると、いわゆるヒットメーカーにありがちな同じようなパターンとかがあるわけでもなく、どの曲も他にはないユニークさを持っていますよね。
それでいて、どの曲もどこかしらクイーンらしさというのも感じます。
それが彼らのスピリットなのかもしれません。

やはり本作を語る上ではクイーンのボーカリストであり、本作の主役でもあるフレディ・マーキュリーについて触れないわけにはいきません。
一般的な知識として彼がエイズで亡くなったのは知っていましたが、彼の出身がインド系であることは全く知らなかったです。
彼の人生を描いた本作を観ると、彼がどこにも自分の居場所を感じられなかったということが痛いほどに伝わってきます。
イギリスで青春時代を過ごす中で、インド系であることによる疎外感。
伝統的な価値観の家族の中で、ロックに傾倒していく自分の居心地の悪さ。
そしてバイセクシャルであることを誰にも言えないことの閉塞感。
彼は彼らしく生きていこうとすればするほど、自分の居場所を失っていってしまう。
家族のような存在であったバンドも、そして恋人のルーシーも。
自分がどこを基盤としているかがわからないとても曖昧な不安定感。
まさに流浪の民、ボヘミアンなのですよね。
彼は自分の拠り所を探し、さまよいます。
そして結局、自分の居場所は家族とも言えるバンド、クイーンだったわけです。
その唯一の居場所を見出せたのに、彼の寿命は尽きようとしていた。
けれども最後に自分の大切な場所を見つけることができたとも言えるわけですね。
ずっと自分がどこにいるべきなのかわからなかった根無し草から、ここにいてもいいと言ってもらえる場所を見つけられた。
これはフレディにとっては幸せなことだったのですよね。

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2018年11月17日 (土)

「ヴェノム」 思っていたより「いい人」

世界各国で大ヒット、快進撃中の「ヴェノム」を観に行ってきました。
もともとヴェノムはコミックの「スパイダーマン」に登場するヴィラン(悪役)ですが、今回の作品ではスパイダーマンは登場せず、独立した作品となっています。
サム・ライミの「スパイダーマン3」には登場していましたよね。
またこちらはマーベル・シネマティック・ユニバースとも(今の所は)リンクしていません。
ヴェノムはもともとヴィランなので、今までのマーベルヒーローとは異なる真のダークヒーローという触れ込みでした。
しかし、観たあとの感想としてはちょっと思っていたのとは違うなというものでした。
ヴィランが主役になったダークヒーローということであるならば、もっともっと邪悪でいいんではないかと。
今回の作品に登場するヴェノムは人を食ったりするのですが、性格的にはユーモアのある兄ちゃんって感じなのですよね。
邪悪というのからはほど遠い。
自分には制御できない人を食いたいという欲望と戦うとか、もっとハードな展開を期待していていたのですが、結局のところもっと悪い奴が出てきてそれと戦ういいヒーローという位置付けに落ち着いてしまいました。
結局他のアメコミヒーローと変わらないじゃないかということですね。
同じような印象はDCの「スーサイド・スクワッド」でも受けました。
私が期待していたのは、「デビルマン」とか「ジキルとハイド」とか自分の中の悪と善がせめぎ合う葛藤を描くというイメージであったのですよね。
最近で言えばマーベルの「ローガン」などはそのような葛藤が描かれていて、それがハードな大人向けのアメコミヒーローという新しい方向性を提示できていたのではないかと思います。
自分で制御しきれない破壊衝動と己の両親が自分の中で戦うといったようなことを期待していたのですが、本作では自己の中での衝動と良心がせめぎ合うというようなところはほとんどありません。
私はエディとヴェノムが馴れ合ってしまっているような印象を受けました。
もう少し二人の間での確執などがあれば物語としては、他のマーベルヒーローとは異なる色が出せたのではないかと思います。
聞くところによれば製作のソニーは将来「スパイダーマン」とのクロスオーバーも考えて、R指定にはしなかったらしい。
撮ったけれども使われていないシーンもずいぶんとあるとのことで、もしもっとハードな展開があって、将来的なすけべ心のために作品の切れ味が弱くなったのであればちょっと悲しい。
まあ、会社としてはヒットしたので良い判断であったということなのだろうけれど、個人的にはもっとアメコミヒーローは色々な幅で広がりを持って行った方がいいのでないかと思います。

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2018年11月 1日 (木)

「億男」 やはりお金は難しい

「宝くじが当たったら何をする?」なんて話になったりすることもありますが、なかなか答えに困ります。
世界一周旅行?
出不精なので旅行を計画するのが面倒くさかったりするし、海外行くと色々心配しちゃうので気苦労ばかりが多くて、あまり楽しめないので、ちょっと・・・。
高級車?
最近あまり車を運転することがなくほとんどペーパードライバーだし、運転するのは意外と神経使って疲れるので、ちょっと・・・。
ブランド物を買う?
そもそもブランドをよく知らないし、ブランド物身につけている自分が想像できないので、ないかな・・・。
我ながらつまらない男だな、と思いますが、思いつかないものはしょうがない。
宝くじが当たってしまったことによって、身を滅ぼすという話も聞きますし、なんか当たってしまうことも怖い(当たるわけないですが)。
サラリーマンの生涯収入は2.5億円くらいと言われていますが、本作の一男が当たったのは3億円。
一生働かなくても生きていけそうな気がしますが、そうはいかない。
1億円の億ションみたいな大きな買い物をしてしまったら、もう一生分には足りない。
そこまで大きな買い物をしなくても、宝くじが当たってしまうと気が大きくなって、少しづつ高いものを買ってしまいがちになってしまうらしい。
そうなると結局は生涯収入2.5億円で回せるはずが、3億円でも足りないってことになる可能性も。
そう考えると3億円って額はかなり微妙。
大金持っているのに汗かいて働くっていうのは、なかなか意志が強くないとできにくい。
働かないと生きていけないから、それが原動力になる。
生きていくのに必要な金を稼ぐというのは、強いモチベーションの一つ。
それがなくなってしまうと、働くことに別の意義を求めないと務まらないですよね。
そう考えていくと、3億円なんて当たると困りそうなので、買わないというわけです。
お金というのはなければ困るし、ありすぎてもまた別の困ったことがある、なかなか難しいものですよね。
お金は物質的にはただの紙だったり、金属片だったりするわけですが、物質的にそれが価値があるというわけではありません。
印刷されている紙が、いつでもそこに書いてある額に見合った価値のものと交換できるという、皆の共通認識があるからこそ、そこに価値があるわけです。
この共通認識というのが曲者で、お金の額に見合った価値が上がったり下がったりするわけです。
これが為替ですね。
お金は何が起ころうとも変わらない絶対的な価値基準を持っているわけではありません。
例えば、人間が滅びても物理法則が変わらないというような。
絶対的ではないのにも関わらず、現代のすべての人間の活動はお金を基準に営われている。
これがお金をわけわからないものにし、また人を不安な気持ちにさせることなのだと思います。
人間の活動を評価する唯一の価値基準であるのにも関わらず、絶対的ではないので人を不安にさせる。
持っていても不安になる。
だからもっともっとと思ってしまう。
この作品に登場する人物は、それぞれがそれぞれのお金観を持っています。
百瀬はお金を儚いものとして見ているし、千住はお金を万能のものと見ている。
十和子はお金を安心材料として見ている。
どれも正しいように思えるところが、お金が正体不明であるということを表しているのかもしれません。
自分自身もお金のことをどう考えていいのやらわかりませんが、それだけに振り回されてしまうのは嫌だなと思います。
一男の妻が、借金のせいでお金のことしか考えないようになってしまったと言います。
一男の場合は借金ですが、千住などはお金持ちですがお金のことしか考えてません。
これが幸せなのか不幸なのか。
そうかといって生きていく分だけあればいいというように考えるほど、達観しているわけでもないのでもないのですよね、自分は。
なくても困る、あっても困る、やはりお金は難しい。

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