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2018年6月 9日 (土)

「仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判」 二人の背負う十字架

「仮面ライダー」シリーズの劇場版となりますが、いわゆるテレビで放映されている平成仮面ライダーシリーズとは異なり、非常に大人向けの内容となっています。
そもそも「仮面ライダーアマゾンズ」とはアマゾンプライムでのネット配信用に作られたシリーズで、そのため色々なテレビでの表現上の制約(残酷描写など)から解き放たれて、かなりチャレンジングな内容となっています。
脚本は小林靖子さんで、仮面ライダーシリーズでは「仮面ライダー龍騎」で脚本を担当、13人の仮面ライダーが登場し、お互いに最後の一人になるまで戦い合うという当時としては非常にセンセーショナルな内容でした。
最近では「進撃の巨人」のアニメのシリーズ構成を担当しており、ご存知の通り、こちらも色々な意味でのセンセーショナルさを持っている作品でした。
本作で登場する怪人はアマゾンと言われる人工生命。
彼らは人間の科学によって生み出されたあたかも人間のような姿形をした生命ですが、彼らは人を喰う。
研究所から脱走したアマゾンズは人間社会の中に隠れ、人を喰らいます。
彼らを狩るために、アマゾンズを開発した科学者、鷹山仁は自らにアマゾン細胞を注入し、アマゾン化、アマゾンアルファとなります。
また人間とアマゾン細胞から生み出されたアマゾン、水澤悠はアマゾンでありながらも人を喰うことを厭います。
実はアマゾンの中にも人を喰わず、静かに暮らしたいと考える者もいたのです。
悠はアマゾンオメガとなり、人もアマゾンも守ろうとします。
「仮面ライダーアマゾンズ」はこの二人の物語です。
鷹山はアマゾンが誰であろうと(自分の子であろうと)、彼らを抹殺するという強迫観念を持っています。
彼のアマゾンへの行為は苛烈であり、彼の新年は半ば狂気のようになっています。
それが彼らを生み出してしまった自分の責任であると考えているのです。
彼は「生み出した者」として、十字架を背負ってしまったのです。
そして悠はアマゾンとして「生み出されてしまった者」です。
彼が人を喰うこといかに厭っても、その本能は抑えられない。
そのように生まれてしまったことに彼は責任はないのですが、しかしそういう自分を受け入れなければいけません。
彼はまた違った意味での十字架を背負っているのです。
このシリーズは善と悪との戦いを描いているわけではありません。
生き物が生きるか死ぬかという極限の中に追い込まれ、そのような状況においても尚、生きることを求めてしまうという生命が持つ業を描いているように思います。
劇場版においては鷹山も悠もそれぞれが持っていた「越えてはいけない一線」をも越えます。
鷹山は人を喰うアマゾンを滅ぼすために、アマゾンを抹殺しようとしていたわけですが、その彼が人間を殺してしまう。
また食らうことを忌避していた悠は鷹山を止めるため、アマゾンを喰らいます。
そこまで二人は追い込まれるわけです。
そこまでして二人は生きること、自分が存在している意味を果たそうとするわけです。
「越えてはいけない一線」を越えることは自分が守るべきことと矛盾が起こるわけですが、その矛盾を抱えることを承知で(さらに業を抱えることを承知で)、彼らは戦いに向かいます。
まさに生きるためにはなんでもする、生命の本質を彼らは体現しているのです。
スッキリとした答えが出る作品ではありません。
悶々とするところもあります。
それは理性や倫理、ルールという枠組みで見る味方に慣れているからかもしれません。
生命とはもっと生々しいものであるのでしょう。
「仮面ライダー」シリーズとしては非常に異質感のある作品です。
しかしある種の型ができてきているテレビシリーズに対するアンチテーゼでもあるのでしょう。
そういう作品を作れる「仮面ライダー」はまだまだ懐が深く、可能性を持っているシリーズであると感じました。

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