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2018年5月24日 (木)

「GODZILLA 決戦機動増殖都市」 諦めか、融和か、支配か

アニメーション版ゴジラ3部作の2作目です。
1作目は想像していたよりも、近年稀に見るSF色が強い作品でした。
前作のラストではようやく無敵のゴジラを倒したと人類が歓喜したその時、それは本当のゴジラではないことが判明、さらに巨大なオリジナルのゴジラが登場し、愕然としたところで物語は終わりました。
そしてさらに地球上には人類の子孫と思しき人々がおり、またかつて対ゴジラ決戦兵器と開発されたものの、開発途上でゴジラに破壊されたと思われていたメカゴジラが存在するかもしれないということが暗示された終わり方でした。
さては2作目はゴジラVSメカゴジラかと思ったわけですが、本作は予想を斜め上にいく展開でした。
本作におけるメカゴジラの本質はそれを構成するナノメタルでした。
これは自己増殖し、進化することができる金属素材です。
いわば金属でできたゴジラ細胞ともいうべきものでしょう。
ナノメタルはゴジラの目を逃れ増殖し、対ゴジラ用の要塞都市メカゴジラシティとなっていました。
人類らはこのメカゴジラシティを使い、再びゴジラに決戦を挑みます。

この3部作のSF色を強くしている設定の一つがゴジラに戦いを挑み、負け、放浪する羽目になったのが、人類だけではなく、エクシフ、ビルサルドという種族も一緒であるということです。
エクシフもビルサルドも故郷を追われ、地球にやってきました。
優れたSF作品は現実の社会問題などを暗示しているものが多いですが、この設定もそのようなものと受け止めることができます。
本作で明らかになるように人類と同様に、エクシフも怪獣「ギドラ」に故郷を滅ぼされました。
ギドラが彼らの技術によって生み出されたものであるかわかりませんが、彼らはその滅びからの学びによって自己犠牲や献身を解く宗教を持つようになります。
一方ビルサルドはやはり自らのテクノロジーで自分たちの世界を追われますが、彼らはあくまでテクノロジーで自然をコントロールできるという考え方を持っています。
本作において、彼らの考え方は顕著に表れ、自らの技術が生み出したナノメタルを使いゴジラと戦います。
しかし、劇中でも指摘されているように彼らの技術がゴジラに勝ったとても、それが新たなゴジラとなる危険性を孕んでいました。
これら3種族はともにテクノロジーの進化の過程で、自然・世界から大いなるしっぺ返しをくらい、滅びに面します。
その経験の中で、生物はどう学ぶことができるのかというこの作品は描いています。
その学びを経た上で生物はより進化することができる。
諦めるのか。
融和するのか。
支配するのか。
ビルサルドはあくまで自然を支配することを目指し、結果より圧倒的な力によってねじ伏せられます。
所詮力では自然を制することはできません。
ゴジラは野蛮で暴力的です。
それだからこそ自然の力を象徴したものとも言えます。
無限とも言える自然を征服することはできません。
それではただその力に屈服して、滅びを待つのか。
それとも融和の道はあるのか。
一つその可能性が見出せるのが、本作に登場した新たな種族フツアです。
彼らは人類の子孫と思われ、ゴジラに支配された世界に適応しています。
フツアはその遺伝子に昆虫のものも取り込んだと思われ、それによりゴジラ化した世界に順応したのです。
まさに融和と言えるでしょう。

圧倒的なゴジラになすすべもない3種族。
そして次回作ではエクシフを滅ぼした「ギドラ」の登場も暗示されます。
ゴジラVSギドラとなるのか。
はたまた再び斜め上を行く展開となるのでしょうか。
なかなか展開は読めませんが、そこがこのシリーズの面白いところ。
さらにハードなSF的な展開を期待したいと思います。

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2018年5月12日 (土)

「アベンジャーズ/インフィニティ・ ウォー」 無限に続く戦いか

ある意味、今までのマーベル・シネマティック・ユニバースの総決算とも言える作品ですね。
事前に観た方はかなりの高評価をしていたので、期待して観に行ってきました。
個人的には今までとは異なり、かなり重い展開であることと、登場人物が多くてやや話が忙しいのが気にはなりましたが、マーベルファンに対してのイベント映画としてはしっかりと堪能できました。
総決算と言えるくらいだけあって、登場するヒーローの数も半端ありません。
なかなかこれだけ出てくると、それぞれのキャラクターのことを描くのに時間がないと思うのですが、なんとかまとめあげていたと思います。
中でもアイアンマン、ソー、スターロードあたりが中心に話が進んで行きます。
とはいえ、真の主役と言ったら敵役のサノスになるのではないでしょうか。
登場したキャラクターの中でも最も時間をかけて語られていたのは彼ではなかったかと思います。
サノスについては今までのマーベルムービーの中でも名前は何度となく語られてきました。
曰く宇宙最強の敵と。
なので私はサノスはただただ無慈悲な完全な悪の存在であるというようなイメージを持っていました。
しかし、本作を観るとサノスは純粋な悪といった単純な人物ではありませんでした。
彼は容赦なく人々を殺していきますが、それは彼の中では慈悲でありました。
増えすぎた生き物がやがて資源の枯渇に滅びて行く。
そうなれば全ての生物が絶滅してしまう。
だから生き物を半分にし、余裕を持って行きていけるようにする。
宇宙のバランスを保つということを大義としています。
これは歪んだ考えであることは間違いありませんが、彼は彼なりの考えを持っているということがわかります。
そしてそれはある側面では説得力を持っているということがあります。
そしてまた彼は人としての感情、愛情を持っている(歪んではいますが)こともわかります。
ただただ単純な悪ではない。
彼なりに正しいと思う信念をサノスは持っています。
だから彼は強い。
強大なパワーを持っているから彼が強いわけではなく、彼が信念を曲げないから強いのですね。
それに対し、アベンジャーズたちは常に押されます。
かつてないほどの劣勢に彼らは立たされます。
そして衝撃的なラストを迎えます。
当然これでマーベル・シネマティック・ユニバースが終わるわけはないでしょう。
キーとなるのはドクター・ストレンジが持っていたタイムストーンかと思います。
インフィニティ・ウォーというタイトルからすると無限に続く戦いということですから、時間がポイントになるかと思うのですよね。
今はサノスの手に渡っていますが、これにドクター・ストレンジを何か仕掛けを施したような気がします。
タイムストーンなので、時間を巻き戻してしまうとか(アメコミではよく使われる手)。
もしくは人々を半減させるということで、片方はもう一つの宇宙(ユニバース)に移ったとか。
何かびっくりするような解決方法を見せてくれることでしょう。
劇場では「アントマン&ワスプ」の予告が入っていましたが、こちらはこのインフィニティ・ウォーより後の時間軸なのかな?
それでしたら、何かしらの答えが用意されているかもしれませんね。

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「レディ・プレイヤー1」 情報の洪水の中での宝物

初めて本作の予告を観た時、非常にびっくりしました。
デロリアンが爆走していて、アイアン・ジャイアントが大暴れしている!
なんじゃこりゃ!と。
それでもってスピルバーグ監督作品って・・・。
そして、実際に本編を観てみると、出るわ、出るわ。
キングコングにTレックス、チェストバスターにビートル・ジュースにガンダム、メカゴジラ!!
「オレはガンダムで出る!」って、日えー。
80年〜90年に若かりし頃を過ごした自分としては、ど真ん中の映画やアニメをネタとしたアイテムがエピソードが満載。
全く気づかなかったネタもいくつもありそうです。
使っている曲も有名な曲ばかり。
版権の許諾が非常に大変だったろうなあと想像するわけですが、これができるのはやはりスピルバーグだからでしょうねえ。
スピルバーグはまさに80年代以降のクリエーターではカリスマ中のカリスマ。
彼以降のクリエーターは少なからず彼の影響を受けていると考えていいでしょう。
そのカリスマから、映画の中に自分のキャラクターやアイテムを使いたいと言われたら、イエスと言いますよね。
彼くらいの大御所でしたら、作品に対してもリスペクトをしてくれて、大切に扱ってくれそうですし。
お話の筋自体はそれほど新しいものではありません。
自分たちの世界を支配しようとする組織に対し、アウトサイダーたちが協力してその支配に対して戦う。
しかし、先ほど書いたようなネタの情報量が半端ない。
それを追いかけて行くだけで大変。
また映像のスピードも速いし、画面上の情報量も多い。
その情報を処理する速度が要求されるので、観る方も疲れます。
私は普通の劇場で観たのですが、IMAXで3Dとかだったら、ぐったりしちゃうのじゃないかなあ。
情報処理力が要求されるということでは非常に現代的ではあります。
あと何度も確認で観てしまうといったフリークの方も出るかもしれないですね。
溢れそうになるほどの情報量があるというのは、現代的かもしれません。
インターネットには見切れないほどの情報があります。
人々はその情報のシャワーをまさに浴びています。
シャワーを浴びている中で、本当に大切なことは何かを見失ってしまうということはままあることです。
主人公は戦いの中で、本当に大切なこととは何かということを見つけられたのだと思います。
先ほどお話としてはよくあるパターンと書きましたが、この物語は主人公が冒険と試練を重ねた上で、宝物を得るというパターンでもあります。
主人公が手にしたのは、リアルの世界での本物の友情と愛情でした。
情報過多の中で、本質が見極めにくい世の中で、自分が本当に感じられる愛情こそが宝物なのかもしれません。

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