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2018年4月30日 (月)

「いぬやしき」 ヒーローの本質

奥浩哉さん作の漫画が原作で、「GANTZ」同様に佐藤信介監督がメガホンを取っています。
「GANTZ」は原作も映画も非常にタッチが硬質なのですよね。
圧倒的な状態に対して、無常感というか、自分ではどうしようもない感じがあります。
そのような環境の中で、人は人らしく生きて戦えるか、状況に飲み込まれて人らしさを失っていってしまうかというところが描かれていたと思います。
そういう点において、本作「いぬやしき」も同じようなテーマを感じました。
あるときに、何者かによって人間ではないものに作り変えられてしまった獅子神という高校生と、犬屋敷という中年サラリーマン。
彼らが得たのは同じ能力ですが、二人はその力を全く異なることに使います。
獅子神の状況は不幸なものであることには間違いないですが、言ってしまえば不幸であるのは彼だけではない。
しかし、もともと自分の心の中にあった鬱屈した思いを吐き出すことができる力を得てしまったおかげで、彼は変わってしまいます。
そして一線を越えてしまったおかげで、どんどんと周りの者も不幸に巻き込んでいってしまいます。
彼の中には「こんなはずじゃなかった」という思いがあったのだと思います。
そしてまたその鬱屈した思いが、他への攻撃という形で現れてしまった。
そういう点で言えば、彼は非常に幼い心の持ち主であったのかもしれません。
かたや犬屋敷という男も幸せではありません。
家庭でも職場でも蔑ろにされており、ただそういう自分を諦めて生きています。
しかし、彼が獅子神と違っていたところは、人の不幸も幸せも自分のことのように感じることができる共感性でしょう。
これは人が持つ人らしい力であるのですが、それを獅子神は持っていなかった。
犬屋敷は人の持つ当たり前の共感性という力を持っていたのですが、人のために役に立つ能力を今までは持っていなかった。
それを彼は得ることができ、その力を人のために使った。
それまで人の役に立てなかったからこそ、それが彼の生きがいのようになったのでしょう。
人は誰かの役に立ちたいという思いは普通に持っているものなのですよね。
そういう意味では犬屋敷が特別な人間ではあったわけではありません。
当たり前の男なのですよね。
獅子神は世の中をわかっているような感じで見ていますが、その実何もわかっていませんでした。
人がどのように喜び、悲しむかということを想像できなかった。
自分のことだけで、他人のことを考えることができなかった。
犬屋敷は人に対して共感できる心を持っていた。
誰かが喜ぶこと、悲しむことに思いを馳せることができた。
それがこの二人の違い。
それが一人を悪役にし、一人をヒーローにした。
ヒーローにとって大事なのは見かけやその能力なのではなく、人としての心であるわけです。
設定としては非常に変わった作品でしたが、描いているのはヒーローの本質でした。

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「パシフィック・リム: アップライジング」 ここまでくるとトランスフォーマー?

ギレルモ・デル・トロのオタク魂が爆発していた前作「パシフィック・リム」の続編になります。
前作は巨大ロボットと怪獣という「日本の文化(?)」を真正面に挑んだ作品になっていました。
変にハリウッド的にならず、あくまでも日本の特撮的な匂いを残した仕上がりになっており、特撮ファン的には気分が上がって見ることができました。
なので、続編が作られるらしいという情報があったときは、またそれこそ期待度が高まったのですが、さてどうだったでしょうか。
最初に感想を言うと「コレジャナイ」感ですね。
確かにCGなどがさらにパワーアップしているのですが、それゆえか「パシフィック・リム」と言うよりは「トランスフォーマー」を見ている気がしてきました。
前作であった巨大ロボットを動かしているという重々しさがなくなったんですよね。
歩くにしても走るにしても非常に軽快ですし。
あまりにアクロバティックな動きをすると、巨大ロボットというよりはスパイダーマンっていうような感じがしてきました。
やっぱりロボットにしても、怪獣にしても「ドシーン、ドシーン」という巨大感、重量感は欲しいのですよ、やっぱり。
デル・トロはわかったいたように思いますが、今回の監督からはちょっとそういうところはあまり感じなかったですね。
前作と同様に二人のパイロットがイェーガーを操縦するという設定は変わりません。
この設定により、前作ではイェーガーを動かすことが非常に難しく、それゆえの重量感を感じたものですが、今回はあまりその辺にはフューチャーしていなかったですね。
二人のシンクロが重要だということが、ドラマを産んでいたとも思うのですが、そこが希薄になったため、ドラマ性も感じませんでした。
ドラマ性よりは、ドッカーンバッターンというわかりやすいアクションの比重が高まっているのは、最近のレジェンダリーの作品に共通しているというところだと思います。
以前はもう少しマニアックなところがある会社だったという印象です。
中国系の資本に買われてから、割と派手なわかりやすい話が多くなってきたような感じがします。
なんかみんな一緒の雰囲気の作品になってきた感じがします。
途中で、量産型のイェーガーがプリカーサーに乗っ取られて、半怪獣のようになる場面がありますが、ほぼ「エヴァンゲリオン」でしたね。
使徒になってしまったエヴァ。
白い機体でしたし、エヴァ感満載でした。
引用といえばそうなのですが、丸パクリだったので、これはこれでどうかなと。
メジャーになりすぎず、オタク道を走った続編になって欲しかったです。
次回作もあるような雰囲気で終わりましたよね。
敵陣に踏み込んで行く展開になっていくと、益々「パシフィック・リム」というよりは「トランスフォーマー」な感じがしてきますね・・・。

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2018年4月14日 (土)

「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」 乱世の男

昨年クリストファー・ノーランの「ダンケルク」で第二次世界大戦の初期のダイナモ作戦が題材となり、ダンケルクから脱出しようとする兵士たちの姿が描かれました。
本作はちょうど同じ時代、イギリスサイドの話です。
ウィンストン・チャーチルは、それまでドイツに宥和的な態度をとっていたチェンバレンに代わりイギリス首相になりました。
本作を見て感じたのは、チャーチルは極めて政治家らしい政治家であるということ。
政治家としての野心を隠そうとはしませんし、ドイツや政敵にも容赦はしません。
しかしながら、国を思い、国民を思う気持ちは他のどの政治家よりも持っています。
彼は聖人君子ではありません。
ことば巧みに国民を戦争に導く扇動者にも見えます。
彼は複雑な人間であり、一筋縄ではいきません。
フランスが降伏するに至り、チャーチルが追い込まれ庶民の声を聴く場面があります。
彼はドイツには屈服したくないという国民の意見を直接聞き、勇気をもらいます。
人民の声は彼を弱気から救っただとは思いますが、チャーチルはその意見を政治的に利用もします。
その後、閣外大臣に演説をするときにも庶民の声と言っている部分に巧みに自分の意見をのせているのですね。
この辺りは議員たちを自分が進みたい方向に上手に誘導しているわけです。
その後彼らの指示を背景に国会で演説を行い、挙国一致内閣はドイツに対し徹底抗戦の方針を決めます。
彼は彼自身の理想を持ち、強引に、そして犠牲を厭わず邁進します。
しかし、その犠牲にも心を痛め弱気になるところも持ち合わせています。
彼は演説し言葉で人々を先導しますが、また周りの人々の言葉に救われもします。
彼は完璧な人間ではありません。
近くに居たら、非常に扱いにくい人間でしょう。
しかし、強い理想があり、それを推し進める強さがある。
それがかつて見たことのない状況において諦めない力を人々に与えるのでしょう。
彼は乱世に生きる人だったのかもしれません。
彼は第二次世界大戦を戦い抜きドイツを屈服させ、その後戦争終了後は首相の座を追われます。
平和なときには彼の性格は過激に過ぎたのかもしれません。
ただ世の中が混乱しているときは強力な個性、リーダーシップが求められるものです。
確かに、彼は乱世の男だったのです。

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