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2018年1月27日 (土)

「劇場版 マジンガーZ / INFINITY」 どこまでオリジナルにこだわるのが正解なのか?

初めて「マジンガーZ」がテレビでオンエアされてから45年。
それだけの年月を経て、新作「劇場版 マジンガーZ / INFINITY」が公開されました。
その頃は私は幼児であったので、楽しみに見ていたのを覚えています。
そう言えば、落書きなどでもマジンガーZを描いていましたね。
おそらく今でも描けます(笑)。
劇場に行ったところ、観客のほとんどが40〜50代くらいであったように思います。
やはりノスタルジーですかね。
ということで、期待半分、不安半分というところで観てきました。
期待については、やはり懐かしいマジンガーZがどのような形でアップデートされているかというところで、また逆に不安なところはオリジナルの良さが改変されていないかというところでした。
そういう気持ちで身始めましたが、なんとも微妙な気持ちになりました。
オープニングでいきなり水木一郎アニキの主題歌だったので、嫌が応にも気分は高まります。
作品の世界観もオリジナルを踏襲していました。
様々な設定、キャラクターの衣装や機械獣のデザインなど、今見ると野暮ったいデザインなのですが、それらも基本的には踏襲しています。
通常、昔の作品をリブートするときは、昔のデザインの考え方を踏襲しつつも、モダンにアレンジするというのがよくあるパターンです。
しかし、本作はオリジナルへのリスペクトなのか、かなり頑固にデザインを守っていましたね。
個人的にはそのあたりは違和感を感じたのですよね。
今の視点でそれらを見ると、どう見ても野暮ったくなってしまいます。
それというのも、物語の設定などは今っぽくアップデートされていたりするのですよね。
光子力エネルギーの安全性云々について議論が空転して混乱する様は、原子力の安全性についての議論であったり、国会やまた国連理事会などで議論がまとまらない様子などを想起させ、現代っぽく感じます。
Dr.ヘルについてもただ単に「世界征服」を目指しているのではなく、地球や人間についての好奇心により彼は動いているという設定になっていました。
キャラクターに関しも、ものの考え方自体が大人になってきています(彼らが設定上も歳をとって成長をしているということなのですが)。
そういう現代ぽさがある中で、古臭いデザインがあるというのに、違和感を感じたのですよね。
また変なところで現代風、というより現代のアニメファンに媚びているような箇所もありました。
重要なキャラクターとして位置付けられているリサはいかにも現代のアニメに出てきそうなキャラクターであり(見かけとか設定とか喋り方とか)、それ以外がオールドスタイルな中で異彩を放っていました。
戦闘シーンなどの映像はスーパーロボットらしくありつつも、CGを活用した迫力のあるものに仕上がっていたと思います。
その点は見応えがありました。
アレンジするのであれば、もっと大胆にしていいのかなと思ったりしたのですが、それはそれでコレジャナイ感が出ちゃうのでしょうか。
なかなかスーパーロボットという荒唐無稽な存在を世界観の中でうまく処理をするのは難しいのかもしれません。

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