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2017年12月 6日 (水)

「鋼の錬金術師」 等価交換の法則

公開前に試写会で観た知人の評価はイマイチ。
原作とのイメージが違うというのが理由でしたが(特にヨーロッパ的な設定なのに全員日本人というところ)、自分は原作を全く読んでいないのでフラットな気持ちで鑑賞しました。
原作を読んでいなかったからか、事前に期待しすぎていなかったからか、結構楽しめました。
日本人が演じているというのも、それほど気になりませんでしたね。
よほど「進撃の巨人」の方が気になった(苦笑)。
曽利監督なのでCGバリバリで作り物めいた感じに仕上がっているのかなと思っていたら、意外にもナチュラルな感触の画だったように思います。
冒頭の街のシーンなどで海外ロケで本当の街並みが出ていたので、そういう自然な空気感が出ていたのかもしれません。
CGはかなり使ってはいましたが、そのような空気にうまく馴染んでいたと思います。
海外でも日本でもファンタジーでCGを使いすぎて、作り物感というか、箱庭感が出てきてしまっている作品も見受けられますからね。
上手にCGを使っていると思いました。
原作の数巻分をまとめて一本の映画にしているようですが、うまくコンパクトにまとめられていたと思います。
エドたち、軍人たち、そしてホムンクルスたちの三つ巴で、それぞれがそれぞれの思惑で動き、ストーリーが展開していきますが、複雑さが程よいバランスでした。
観ていてストレスがなく、気軽に楽しめます。
「等価交換の法則」というのは「鋼の錬金術師」の特徴的な設定だと思いますが、この設定がうまく機能していました。
何かを得るには何かを失わなければならない。
古来、錬金術とは価値のないものから価値のあるものを生み出す試みのことでした。
いわば無価値から価値を生み出すのが錬金術なわけですが、この物語においては得たい価値と同じ価値のものを差し出さなければ得られないというのが、面白いです。
錬金術によって生み出される無機物から生み出される人工生命をホムンクルスと言いますが、この物語においてはやはり生命を生み出すには生命を犠牲にしなくてはいけないということとなります。
それではどの生命が無価値で、どの生命が価値があるのか、という難問にエドたちは向かいあることとなるのです。
結局その答えは出せずに保留となるのですが、これは答えを出すことはできない問題であり、それを出さないということも一つの答えにも思います。
それほどに生命というものは価値があり、無価値なものはないということなのかもしれません。
エドとアルの兄弟の互いへの思いなどについても見所でありました。
後半にあった二人の盛大な兄弟喧嘩も良かったです。
近くにいても思いが通じあいにくいこともあります。
それが一気に噴き出して、正直に自分の気持ちを言って、ようやく伝わる。
近くにいるからこそ伝わりにくく、だから時々正直に言える時間も必要だなと思いました。
2作目もありそうな雰囲気で終わりましたが、どうでしょうか?
個人的には続きを観てみたいと思いました。

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