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2017年11月 4日 (土)

「猿の惑星 : 聖戦記」 断絶社会の風刺

最近、「ダイバーシティ」という言葉をよく耳にします
「多様化」という意味で、年齢や性、宗教、障害があるなしなど様々な違いを受け入れて、どんな人でも生きていきやすい社会を目指すということですね。
しかしそういうことをあえて言わなければいけないということは、現実にはそのような多様化はまだまだ実現に至っていないというわけなのですよね。
自由の国アメリカでも最近では様々な格差、断絶が問題になっています。
アメリカに限らず、日本でもそうですし、世界的に、異なる見かけ、価値観を受け入れにくい社会になってきているということです。
本作「猿の惑星 : 聖戦記」はまさにこういった社会を風刺している作品となっていると言えるでしょう。
人間と同じように知能を持つようになった猿たちを人間は恐れます。
自分たちより劣っていたと思っていた者が、自分たちの地位を脅かそうとしていると思う。
そこには本能的な恐れがあることは致し方がないことだと思います。
そもそも人間が自分たちと異なる者に敏感なのは自分たちの種を守りたいという本能からなのでしょう。
人間と猿という違う種族の間の物語と見るとSF的であるのですが、これを異なる価値観、出自の者の間の物語と見ると、先ほど書いたような現代の断絶社会の風刺に見えるのですよね。
特に今回の作品では人間が人間らしさの象徴である言葉を話す力を失っていってしまうというのがショッキングです。
人間が猿とは違うと感じる最も根本的な力を失ってしまう。
それにより自らの地位が失われていくという恐怖を感じる。
このことは例えば、移民の増加により職を奪われていってしまうと考える人々の恐怖に近いものかもしれません。
そのために彼らを排斥しようとし、そしてまた彼らは自分たちを守ろうとする。
これはアメリカやヨーロッパで起こっている移民の問題だけではなく、例えば日本では世代間の断絶(高齢者VS若者)みたいなものとしても捉えられるかもしれません。
こういう断絶社会の戦いはどちらかがどちらかを征服するか、融和するしかありません。
願わくば融和してほしいものですが、なかなかにこれは難しいのは今までの人類の歴史が物語っていることでもあります。
なので本作も人類と類人猿の戦いの結論めいた答えは描いてはいません。
ただ悲観的かといえば、人間の少女が類人猿たちと暮らしていける可能性も描いているので、微かな希望も感じます。

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