「キングコング: 髑髏島の巨神」 東洋と西洋の邂逅
この作品、タイトルを見ると1933年の「キング・コング」のリメイクのような感じがするけれど(ピーター・ジャクソンの「キング・コング」はそうでした)、本作はどちらかというと東宝の「キングコング対ゴジラ」に登場するコングのイメージでした。
途中で大ダコと対決しますし。
アメリカのコングは大きくなったゴリラというイメージで、あくまでも動物の範疇であったような気がします。
それに対し、東宝のキングコングは猿型の怪獣というイメージですかね。
これ、似ているようで結構違う概念であると思います。
アメリカのコングはあくまで動物ですので、人間サイドから見るとあくまでモンキー。
誤解を恐れずに言えば、人間様よりも格下の大きなだけの動物という見方をしているように思います。
しかし、日本のキングコングは怪獣であり、なぜか日本人はそこに神を見るのですよね。
「キングコング対ゴジラ」でもコングは島の人々からは魔神として崇められていますし。
ゴジラもそうですが、巨大で人間のコントロールが及ばないものに対して神性を感じてしまう気性が日本人にはあります。
今回の「キングコング:髑髏島の巨神」は、髑髏島の住民から神として崇められているという点からしても、その存在は東宝版キングコングに近いかと思います。
その神性を主人公のジェームズやカメラマンのメイソンは感じますが、同行する軍人のパッカード大佐はそうは思わない。
彼は自分の部隊に対する脅威とだけ捉え、どちらかというと大猿ごときが優秀は人間を追い込むことに我慢がならないというように感じているように見えます。
これは巨大でコントロールできない物事に対し、それを受け入れ共存すること求めるか、逆に完全にコントロール下に収めようとするかという見方の違いと言えるでしょう。
東洋的なものの見方と西洋的なものの見方とも言えるかもしれません。
冒頭の第二次世界大戦のシーンはなぜあるのかということを考えると、最初からこの東洋的視点、西洋的視点が交錯するということを提示していたということなのかとも思えます。
レジェンダリーフィルムは今、「モンスターバース」というプロジェクトを進めているのだそう(初めて知った)。
これは巨大生物が存在する世界の一連のシリーズのようです。
アメリカ版「ゴジラ」の次回作はキングギドラとラドンが登場する予定で、その後本作のキング・コングとゴジラは対決するらしい。
まさに東宝怪獣映画の全盛期のような様相になってきています。
日本的な怪獣映画のシリーズがアメリカで作り続けられようとしていることが不思議な感じがしますね。
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