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2017年4月29日 (土)

「無限の住人」 派手ではあるが大味

久しぶりに試写会にて映画を鑑賞。
5月に公開予定の三池崇史監督の「無限の住人」です。
最近、テレビ番組の中でも宣伝してますよねえ。
三池作品ははちゃめちゃな感じがあって好きなのですけれど、最近の作品(「極道大戦争」「テラフォーマーズ」とか)は脱線感がありすぎて、観ている方が置いてきぼりになってしまった印象がありました。
「無限の住民」は不死となった剣士、万次がバッタバッタと敵を切り殺していくチャンバラが見どころの時代劇です。
激しいチャンバラが見どころの三池監督の時代劇と言えば、「十三人の刺客」がありました。
この作品は結構好きで、最後の決戦の長いチャンバラシーンにはカタルシスを覚えました。
「無限の住人」もラストで圧倒的な数の差の敵味方による大剣劇があります。
これはこれで見応えはあるとは思うのですが、観ていて疲れる・・・。
なんでなんだろうと観終わったあと考えたのですが、この作品のチャンバラは迫力はあるのですけれど、大味なのです。
万次は不死なわけなので、切られても死なない。
なので、命をかけた緊迫感が今ひとつ感じにくい。
命をかけた勝負においては、相手の動き方、自分の動き方、ちょっとしたことで命がやりとりされてしまうことがあるでしょう。
だからこそ剣と剣との間にはピリピリとした緊迫感がある。
昔のチャンバラは激しく剣を交わらせるところと、静かに相対するところとがあったように思います。
緩急とでも言いますか、これが緊張感を演出していたように思います。
けれども本作のチャンバラは敵も味方を刀をブンブン振り回しているだけのように見え、派手ではあるのですけれど、緊迫感は感じにくかったです。
本作についてはチャンバラシーンが非常に多い。
それを売りにしているとは思いますし、三池監督なのでサービス精神が満載なのでしょう。
けれども先ほど書いたような大味さがあるので、最後の方にはお腹いっぱいな気分になってきました。
作品全体でも2時間半弱であったと思うので、長尺な上に大味という・・・。
おそらく最初に編集した時は3時間くらいになっていたのではないでしょうか。
ドラマ部分で、ジャンプしているような箇所が散見されたので、かなりカットされているように見受けられました。
そのためにチャンバラパートがさらに比重が高く感じられたような気がします。
サービス精神旺盛で三池監督らしいなと思いつつも、やや大味感に食傷してしまったという印象です。

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2017年4月28日 (金)

「仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦」 史上最低

昨年春の東映特撮の劇場版は「仮面ライダー1号」ということで、例年と異なりオールスター登場企画ということではなく、仮面ライダー1号=本郷猛に焦点を当てて描いた作品となっていました。
そのためか全体的には大人っぽくもあり、渋めではあったので、もしかすると子供たち受けという点では弱かったのかもしれません。
そういうこともあってか、今年の春の劇場版は久しぶりに仮面ライダーとスーパー戦隊のコラボ規格であるスーパーヒーロー大戦が復活していました。
派手にスーパーヒーローがたくさん登場するほうが子供たちに受けやすいという判断でしょうか。
いままでも○○大戦シリーズは、テンションが上がるお祭りムービーに仕上がっている作品もたくさんありました。
しかし、今回の作品は正直言っていただけない。
個人的には今までの平成仮面ライダーの劇場版の中では最低レベルの仕上がりではないかと思いました。
今までは異なる世界観を持つ仮面ライダーや、さらに異なるスーパー戦隊がひとつの物語の中にいるということに対し、納得ができる説明があったのですが、この作品ではもはやそのような丁寧さは感じません。
とりあえずたくさんヒーローを出しておけばいいのではないかというような安易さを感じてしまいます。
「アベンジャーズ」を初め、多くのヒーローが一つの映画に登場する作品はたくさんありますが、それぞれのキャラクターへのドラマがあるからこそ、納得性を感じさせることができるのだと思います。
それぞれのライダーなり、スーパー戦隊が薄っぺらく描かれると、彼らに対して愛情が感じられず、ただ消費しているだけのような感じを受けます。
そのせいか、登場するライダーにしても、なんでこのキャラクターが登場するのかという必然性はあまり感じられず、だからこそ出ているライダーも微妙なラインナップだったりします。
チームエグゼイドとかいって、あのメンバーはなんでああいうラインナップなのとか思いますもん。
色が合ってて、とスケジュールがあった人を出しているだけかーみたいな。
またたくさんライダーや戦隊を出すために対戦ゲーム的な要素を設定的に盛り込み、ストーリーとしてはエイトを中心にしたドラマが主軸になっているものの、他の要素が多すぎて、全体的にドラマとしてわかりにくい。
ごちゃごちゃしている印象がとても強かったです。
最後の決戦もドローンを使ったり、ゴープロ的な映像にしてみたりとチャレンジは感じますが、造成地での大勢でのド突き合いにしか見えず、「ウルトラファイト」かという感じを受けました。
こういうレベルにしかならないのであれば、無理に春の映画は作らなくてもいいし、と思ってしまいます。
東映さん、がんばって!

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2017年4月 2日 (日)

「キングコング: 髑髏島の巨神」 東洋と西洋の邂逅

この作品、タイトルを見ると1933年の「キング・コング」のリメイクのような感じがするけれど(ピーター・ジャクソンの「キング・コング」はそうでした)、本作はどちらかというと東宝の「キングコング対ゴジラ」に登場するコングのイメージでした。
途中で大ダコと対決しますし。
アメリカのコングは大きくなったゴリラというイメージで、あくまでも動物の範疇であったような気がします。
それに対し、東宝のキングコングは猿型の怪獣というイメージですかね。
これ、似ているようで結構違う概念であると思います。
アメリカのコングはあくまで動物ですので、人間サイドから見るとあくまでモンキー。
誤解を恐れずに言えば、人間様よりも格下の大きなだけの動物という見方をしているように思います。
しかし、日本のキングコングは怪獣であり、なぜか日本人はそこに神を見るのですよね。
「キングコング対ゴジラ」でもコングは島の人々からは魔神として崇められていますし。
ゴジラもそうですが、巨大で人間のコントロールが及ばないものに対して神性を感じてしまう気性が日本人にはあります。
今回の「キングコング:髑髏島の巨神」は、髑髏島の住民から神として崇められているという点からしても、その存在は東宝版キングコングに近いかと思います。
その神性を主人公のジェームズやカメラマンのメイソンは感じますが、同行する軍人のパッカード大佐はそうは思わない。
彼は自分の部隊に対する脅威とだけ捉え、どちらかというと大猿ごときが優秀は人間を追い込むことに我慢がならないというように感じているように見えます。
これは巨大でコントロールできない物事に対し、それを受け入れ共存すること求めるか、逆に完全にコントロール下に収めようとするかという見方の違いと言えるでしょう。
東洋的なものの見方と西洋的なものの見方とも言えるかもしれません。
冒頭の第二次世界大戦のシーンはなぜあるのかということを考えると、最初からこの東洋的視点、西洋的視点が交錯するということを提示していたということなのかとも思えます。

レジェンダリーフィルムは今、「モンスターバース」というプロジェクトを進めているのだそう(初めて知った)。
これは巨大生物が存在する世界の一連のシリーズのようです。
アメリカ版「ゴジラ」の次回作はキングギドラとラドンが登場する予定で、その後本作のキング・コングとゴジラは対決するらしい。
まさに東宝怪獣映画の全盛期のような様相になってきています。
日本的な怪獣映画のシリーズがアメリカで作り続けられようとしていることが不思議な感じがしますね。

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