キャプテン・アメリカ、アイアンマン、今まで数々の脅威から世界を救ってきたスーパーヒーローたち。
彼ら一人一人が常人を超える凄まじい能力を持っている。
しかし、彼らがもし暴走をしたら・・・。
世界は破滅してしまうかもしれない。
アベンジャーズたちは人々を救ってきたが、その一方で決して少なくない人々が命を失ってしまっていた。
そのために彼らを危険視する意見が国際的にも増えたため、彼らを国連の管理下に置いた上で、活動を認めるという協定が結ばれようとしていた。
しかし、そのことに対してアベンジャーズ内でも意見が対立、特にスティーブ・ロジャース(キャプテン・アメリカ)とトニー・スターク(アイアンマン)は異なる考えを持つようになった。
その上ウィンター・ソルジャーことバッキー・バーンズの事件が起こり、彼らの対立はより激しさを増してしまう。
「スパイダーマン(サム・ライミ)」「アイアンマン」以降のスーパーヒーローものは、かつての「スーパーマン」や「バットマン(ティム・バートン」の時のようなファンタジーではなく、リアルさを持つようになっている。
それはスーパーヒーローの人物像であったり、物語の整合性といった部分にまで細かく描かれることによると思う。
そういった時に出てくる当然の疑問として「街中で派手な戦いがあった時、一般市民はどうなっているのか?社会はどう対応するのか?」ということがあげられると思う。
昔のスーパーヒーローものはそういう部分については「見なかったこと」にしていたものだが、あえてこの疑問に真剣に向き合うと興味深い物語が生まれてくる時がある。
日本の作品だが、「平成ガメラ」などはその好例だし、平成仮面ライダーの一作目である「仮面ライダークウガ」もその疑問に真剣に向き合ったものだと思う。
あまりうまくいかなった例としては、このテーマを消化しきれていない「バットマンVSスーパーマン」があげられる。
本作の一つの見所としてあげられるヒーローVSヒーローという構図、これは彼らがなぜ対立するのかということがしっかりと描かれていないとただのイベントとなり、大人が鑑賞には耐えられなくなってしまう。
この点が「シビル・ウォー」は非常にうまく描かれている。
意見の対立としては、国際機関の管理を受け入れるか、受け入れないかという点である。
トニー・スタークは受け入れ派、スティーブ・ロジャースは受け入れない派となっている。
スタークは元々傲慢不遜があり他人への配慮が足りないところがあったが、実は彼自身もそういう欠点は自覚している。
だからこそ「アイアンマン」で自分が売っていた武器が人殺しに使われることにショックを受けるのであり、また本作でも彼らの活動による被害者の母親の言葉に傷つく。
彼は自分自身がいつもすべての人にとって最良の答えを導くかどうかに自信がないのかもしれない。
スタークは自分が暴走してしまう危険を認識しているからこそ、良心としてのパートナー(例えばポッツとか)を欲するのだろう。
そういう彼にとって、制限が課せられることであっても、人を超えた力が暴走することを阻止しなくてはいけないという思いが強いのかもしれない。
対して、スティーブ・ロジャースはスタークのような自信のなさは感じられない。
彼は生まれながらのリーダーであり決断者で、最良の行動をとることに迷いがない。
そしてまた自らが所属をしていた組織(かつてのアメリカ、そしてSHIELD)が決して最良の行動をとるわけでもないということも知っている。
力があるものはその責任を感じつつ、自らその責任を取る覚悟で決断しなくてはならないと考えている。
その責任から逃げてはいけないと。
どちらの考えが正しいかと、本作では安易に結論づけているわけではない。
簡単に結論づけられるものでもないだろう。
ちょっと極端かもしれないけれども、軍の「シビリアン・コントロール」の問題にも関係があるようにも思う。
「シビリアン・コントロール」を強めると、有事の時に軍の動きの判断が遅れてしまい、対応ができなくなってしまうという危険性。
逆に弱めると、軍事力を持った組織が暴走してしまうのではないかという危険性。
まさに新安保法についても色々な意見があり、なかなか結論づけられるものではない課題ではある。
そういう結論づけられない難しい課題であることを本作は真剣に語っているところが、大人の鑑賞に耐えうる作品になっているところだと思う。
「バットマンVSスーパーマン」はこの問題を「母親の名前が同じ」というわけのわからん理由で、超越してしまったところがご都合主義で安易な感じがしたのだ。
スーパーヒーローは管理されるべきか、否かという課題はマーベル・ユニバースでもしばらく引きずられるテーマとなるのだろうか。
さて、ここからは散文的に。
マーベルの主要キャラクターでありながら、大人の事情でアベンジャーズには参加できなかったスパイダーマンが本作に登場しました。
「アメイジング・スパイダーマン」が低調のためシリーズ打ち切りとなったソニーが折れたのでしょうか(新シリーズがリブートされるようだが)。
本作のスパイダーマンはサム・ライミ版、マーク・ウェブ版よりも、年下の設定なのでしょうか、けれどそれが大人なヒーローたちの間で特徴的に描かれていて興味深かったです。
これからレギュラーになっていくのでしょうか。
あと驚いたのはアントマンのまさかの巨大化。
なるほど小さくなるテクノロジーは大きくなるテクノロジーに応用できるのですね。
派手なヒーローが多い中、ミクロサイズのアントマンがどうするかと思ったら、この手があったかと驚きました。
「帝国の逆襲」的なバトルも良かったですよ。
ブラックパンサーもなかなか存在感ありました。
シンプルなヒーローでありながらアクロバティックな体術で戦うので、ピンでも面白そうな作品ができそうではないでしょうか。
あとマーベルが上手だなと思ったのは、上手な退場のさせ方。
ウィンター・ソルジャーは自分自身が利用されるのを防ぐため冷凍睡眠に入り、ウォーマシンは戦いにより重傷を負う。
死んでしまうとかいつの間にか居なくなるといった安易な手法ではなく、そのヒーローを物語の中でうまく退場させるのがうまいと思いました(「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」)のハルクなども)。
「キャプテン・アメリカ」も本作で3部作簡潔で、クリス・エバンスは今後の「アベンジャーズ」への出演にはサインをしているということですが、登場場面は少なくなるかもしれないですね。
そうであっても、彼はアメリカの奥地にいるのだろうということで納得ができるわけです(スタークがピンチの時にやってくるという感じかな)。
いろんな視点で堪能できた作品でした。
それにしても「バットマンVSスーパーマン」は・・・。
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