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2015年12月30日 (水)

2015年を振り返って<映画>

さて、年の瀬も押し迫ってきたので、毎年恒例の1年間の振り返りです。
今年の鑑賞本数は55本。
ブログを開設して一番最低の鑑賞本数です。
なかなか以前のようなペースで劇場には足を運べなくなりました。
これでも頑張って行ったのですけれどねー。
行く機会が減ったので、どうしてもシリーズもので続きが気になる作品が優先になっていましたね。
上映館が少なかったり、上映時間が限られている作品、単館系は少なくなる傾向でした。
以下に今年のランキングを載せていますが、やっぱりシリーズものが多いですね。
見る機会が多かったというのもありますが、シリーズものでも今年の作品は力が入っていてレベルが高い作品も多かったと思います。

1.「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」
2.「バケモノの子」
3.「マッドマックス 怒りのデスロード」
4.「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 
5.「海街diary」
6.「フォックスキャッチャー」
7.「ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション」 
8.「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」
9.「寄生獣 完結編」
10.「図書館戦争 THE LAST MISSION」

1.「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」
年末にきて、一気に自分の中で1位となりました。
もうすでに2回見てしまっていますし。
説明不要の「スター・ウォーズ」シリーズの最新作。
根強いファンの気持ちも汲み取りながら、新しいキャラクターも魅力的に描き、次回作が早く見たいと思わせてくれた作品です。
この辺りのバランス感覚はエイブラムス監督はいつもとてもいい。
もはやリブート職人。
ファンの熱さと、プロデューサーとしての冷静さの両方を持っている感じがします。
それに比べるとルーカスの方は子供っぽくて独りよがりな感じがしてきますね。

2.「バケモノの子」
もはやジブリに匹敵するほどのブランド力を持ってきているような細田守監督の作品。
安定してレベルの高い作品を発表してくれます。
アニメーションとして非常にレベルの高い映像を見せてくれることはもちろんですが、やはりストーリーとキャラクターの心情がいつも丁寧に描かれているところがいいんですよね。
舞台となるのはアニメーションらしいファンタジーな場所なのですが、だからこそ、そこで描かれる親と子の物語は、誰もが共感性を持てるのかもしれません。
興行も良かったようで、ますます細田監督の次回作が気になります。

3.「マッドマックス 怒りのデスロード」
これは問答無用に興奮した!
ぶっちゃっけストーリーなんか関係なし!
何も考えないで見てた!
CG満載の薄っぺらいトーンの映画が多い中で、肉、血、砂を感じるハードコアな映像が、懐かしくもあり新鮮。
最初から最後までアクセル踏みっぱなしのハイテンションもいい。
お行儀が良い作品に飽きたら、こういう荒っぽいのもいいですね。

4.「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 
こちらは一転して、最初から最後までウンウン考えながら見ていた作品。
こういうのも嫌いじゃないのです、疲れるけれど。
映し出される映像や登場人物たちのセリフ、全体の構成、いろんなところに作品の意味することが埋め込まれているのではないかと思い、ずっと神経を張ってみていました。
だからブログ記事の方は今年の中で最長じゃないかな。

5.「海街diary」
これまた一転して邦画でとてもゆったりとした映画。
大きなうねりがあるストーリーではありませんし、シンプルな画で淡々と展開していくのですけれど、季節が過ぎていく中での四姉妹の描き方が良かったです。
記事の方でも書きましたが、余白を感じる描き方というか。
こういうのはハリウッド映画にはないところなので、大事にしてもらいたいなと思います。

6.「フォックスキャッチャー」
なんというんですかね、後半に向かってどんどん高まっていく緊張感、不協和音みたいなのが、見ている方を釘付けにするという感じでした。
決して派手ではないのですが、目を離せなくなるような感じ。
終盤の展開には驚きました。
張っていたテンションが切れて、物事の全てが崩壊していくようなイメージ。
構成が上手いのかな。
出演者たちもはまっていて良かったです。

7.「ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション」 
このシリーズ、始まった時はただのティーン向けのアクション映画というイメージでした。
しかししかし、シリーズが展開していく中で、政治にまみれた大人たちと、自由に生きていきたいという子供たちの戦いという構図がはっきりしてきます。
単純に政府側が悪いだけはなく、レジスタンス側も首相にも思惑があり。
最終的には、政治ということを考えさせられる作品に仕上がっていたのが、すごい。
こういう風に転がるとは思わなかったので、ランクイン。

8.「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」
こちらもシリーズもの。
もう安定の品質感。
意識的に監督を変えることにより、トーンを変化させ飽きさせないようにしているところに、トム・クルーズのプロデューサーとしてのセンスの良さを感じます。
「007/スペクター」は個人的には昔に戻った感じがしてしまったので、いつも進化を意識しているこちらを入れました。

9.「寄生獣 完結編」
こちらも「ハンガー・ゲーム」に通じるところがあるかもしれません。
一作目とはちょっとトーンを変えつつ、大きなテーマに踏み込んでいこうとしているところが似ているように思います。
山崎監督なので、CGの使いどころも非常に上手で自然。
この辺りの映像は十分に海外でも通用すると多いますね。

10.「図書館戦争 THE LAST MISSION」
こちらもシリーズ。
原作が大好きで、そのエッセンスをうまく映画にまとめあげたなと。
切るべきところと残すべきところのセンスが良い。
なにしろ、岡田さんのアクションがかっこよくて、榮倉さんがかわいかった。

さて次はワーストの方です。
今年は
「ジョーカー・ゲーム」
「極道大戦争」
「ピクセル」
「進撃の巨人」
「進撃の巨人 エンド・オブ・ワールド」
です。
なんか邦画ばっかりですね。

「進撃の巨人」の二作はなんだかなーという感じで。
ちょっと「シン・ゴジラ」が心配になってきた。

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「俺物語!」 じれったいなあ、もう(笑)

2015年の最後の鑑賞はこちら、「俺物語!」。
なんでこれ?って感じですけれど。
この作品、少女コミックの映画化作品なのですが、原作は未読です。
しかし、予告で見た鈴木亮平さんのルックスがインパクトがあったので、気になる作品であったんですよね。
主人公剛田猛男は見た目は昭和でおじさんな風貌ですが、現役の高校一年生。
その精神は今時珍しい絵に描いたような「気は優しくて、力持ち」なタイプ。
まさに男の中の”漢”。
そんな漢が恋をした。
恋の相手は、こちらも今時珍しい一途で可愛らしい女の子、大和凛子。
結局二人はあったその時から、両思いであったのですが、どちらも相手が自分のことを好きだと思ってくれていないといつも気持ちはすれ違いです。
二人とも相手のことや周りのことを気にしすぎて、自分の気持ちを我慢しちゃうタイプなんですよね。
それでもって二人とも一途。
そんな二人を見ているこちら側としては、両思いなのだからすれ違ってばかりで、じれったいなあと思っちゃったりします。
なんかね、世話焼き中年みたいな視点で見ちゃいます。
ま、なんか甘酸っぱい気持ちになったりもするので良かったかな。
若い頃の恋愛の時って、自分を卑下してみたりしますよね。
相手のことがとても素敵で素晴らしい存在に感じるので、自分はそういう人に対してふさわしいのかなとか考えちゃうものです。
猛男なんかは自分が好きになった子は自分のことなんかに見向きもしないと思いこんでますし、大和もルックスも良くてモテるだろうに、自分は猛男に好かれていないと思ってしまったり。
でもそういう自分がまだまだと思う気持ちが自分がステージアップすることにつながっていくのかも。
大和も好かれようと、相手が喜んでくれそうな料理やお菓子を頑張って作っていましたし。
そういう相手のことを考えて頑張るって姿がなんか初々しくてね、いいなと思いました。
やっぱ甘酸っぱい。
原作の猛男のルックスを見たとき、これが少女漫画?と思いましたが、内容はなかなかどうして王道の甘酸っぱさを持った少女漫画でありました。

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2015年12月29日 (火)

「クリード チャンプを継ぐ男」 二人の父親

まさかの「ロッキー」の続編、というか、どちらかと言えばスピンオフかな。
タイトルにある「クリード」とは、ロッキーの人生の中でも最大のライバルであり、親友でもあるアポロ・グリードの名です。
「ロッキー・ザ・ファイナル」でシリーズは完結していたので、続編はいかがなものかと思ったのですが、ロッキー自身の物語ではないということなので、納得できました。
監督はこれが長編2作目のライアン・クーグラーという方。
全く知らない人なのですが、彼がスタローンに脚本を持ち込んで作られることになったということです。
「スター・ウォーズ」もそうですが、オリジナルの作品が多くの支持を受けて、それを思い入れがある人が作る側に回って、物語を紡いでいっているわけですね。
そういう人が作っているからか、物語自体はひねったところはなく、何ももっていない若者が努力によって栄光を勝ち取るというアメリカン・ドリームを絵に描いたような王道です。
最近はストレートな感動物語というのが少ないので、かえって新鮮で、安心して観ることができました。
主人公のアドニスは現代っ子らしく、若い頃のロッキーのようなハングリーさはありません。
かつてのロッキーはまさに生きていくために戦っていくというところがありました(まさに野獣の目)。
しかしアドニスはアポロの財産を引き継いでいるため、彼自身は生活に困ることはありません。
けれどなぜ危険を冒して、彼はボクシングに挑むのか。
戦うのか。
彼は、彼が何者であるかをはっきりさせるため、自らのアイデンティティを明らかにするために戦うのです。
アドニスは会ったことがない、偉大な彼の父親アポロに憧れを持っていました。
しかし、その偉大な父親に自分は追いつくことができるのか、追いつきたい、でも追いつけなくかったら・・・。
そういった不安に彼は悩んでいたのでしょう。
だから彼はアポロの子とはロッキー以外には言わず、本当の母親の苗字を名乗っていたのです。
それは彼自身が自らのアイデンティティを決めきれていないことであったのだと思います。
けれど、試合をするためにクリードの名を名乗るようになり、戦う中で彼はアポロの子であることに引け目を感じるのではなく、そういうこともひっくるめて自分自身であると自覚することができたのでしょう。
それはアポロの子であるから、ということではなく自分を認めてくれるロッキーやビアンカ、そしてチームの仲間たちの存在があったからだったと思います。
ちょっと話が外れますが、ラストのファイトでアドニスが相手の攻撃でまぶたを切った時、ドクターストップがかかりそうになる場面があります。
ドクターがアドニスに「指が何本見える?」と聞いた時、チームのカットマンがさりげなくアドニスに指の本数と同じ数タッチしてあげるんですよね。
おそらくアドニスはその時見えてなかったと思うのですが、カットマンは彼がどうしても試合をしたいだろうと思ってサポートしたのでしょう。
こういうさりげないシーンから、ロッキーをはじめチームのメンバーがアドニスにとって家族のような存在であるということが伝わってきます。
アドニスは彼を認めてくれる家族を得、自分のアイデンティティを感じることができたのだと思います。
最後の戦いで、彼はチャンピオンにかつてのロッキーのように食らいついていきます。
アポロ譲りのスピードのあるラッシュ。
ロッキーのような重いボディ。
アドニスにとってアポロも、そしてロッキーも父親のような存在かもしれないですね。
彼は二人の父親を引き継いでいく。
邦題のサブタイトルにある「チャンプを継ぐ男」」のチャンプとは、アポロとそしてロッキーの二人を指しているのでしょう。

中盤にある試合の中で2ラウンド分、ゴングからKOまでを長回しで撮っていたのはびっくりしました。
もしかするとどこかでCGで繋いでるかもしれないのですが、なかなか見たことがないシーンだったので驚きました。
本作のテイストは全体的に元々の「ロッキー」の雰囲気があるのですが、ところどころこのような現代的なカメラワークとかが入っているのですよね。
若い監督の意欲を感じました。

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2015年12月26日 (土)

「杉原千畝 スギハラチウネ」 人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう

時間があったので、観に行った作品でしたが、主人公杉原千畝の行動に心打たれ、思わず涙してしまいました。
「あなたは杉原千畝を知っていますか?」というコピーが本作の宣伝文句でしたが、その問いかけに「はい」と答えられる人は多くはないのではないでしょうか。
かくいう自分もその一人です。
「日本のシンドラー」と言われる外交官がいたという話はちょっとどこかで聞いたような気もしますが、どのような人であったのかは本作を観るまで、全く知りませんでした。
杉浦千畝は太平洋戦争の戦前から戦中にかけての日本の外交官でした。
いくつも外国語に長け、特にロシア(ソ連)、そしてドイツの動向に早くから注目していたようです。
日本は海外への進出への意欲を持ち、その頃ヨーロッパで勢力を広げるヒトラーが率いるドイツとの三国同盟を締結するに至ります。
しかし拡大するドイツはユダヤ人を迫害を強めていき、また不可侵条約を結んでいたソ連へも進出しようとします。
その危うさに杉原はいち早く気がつき、本国へ情報を送り続けますが、それが顧みられることはありません。
赴任地であるリトアニアにもユダヤ人難民が流れ込み各国領事館にヴィザの発給を求めますが、ソ連による併合直前であったため、どの国も領事館も思うようにはそれを行うことができませんでした。
そのような中、本国の確認もままならない中、杉原はユダヤ人へのヴィザの発給を続けました。
自分の外交官としての生命を絶たれるかもしれないリスクがありながらもです。
本作を観て、心を打たれたことは、杉原のみをヒーローとして描いていなかったことです。
世界情勢が大きく変わり、本国の方針とも相容れないという状況の中、彼は自分ができる最大限の良きことを実践しようとしました。
それで世界は変えられると信じて。
彼の部下であるドイツ系のグッジェは杉原がユダヤ人へヴィザを発給し続けることに対し、当初は思うところはあったかもしれませんが、その行動をサポートする中で、人のために何かをしてあげることの大切さを知ります。
杉原との別れの場面で、自分が良き人と思われることを嬉しさを知ったと彼は言います。
同じように、杉原が救った人々がたどり着いたウラジオストクでも、領事やJCBの社員が彼らを救うためにできうる限りのことをします。
ドイツに占領されてしまったオランダのリトアニア領事も。
杉原と同じような思いの人々が、それぞれにできることをしている。
人種とか民族とか関係なく。
戦争という状況の中でも、良き人たちがいてできることをしていたということに感動してしまいました。
ヨーロッパ、そしてユーラシア大陸を横断したユダヤ人難民。
この物語は70年前の出来事を描いていますが、彼らの姿は現代の世界情勢にも通じるものを感じます。
内戦やISとの戦いで荒れるシリアから脱出してきた難民たち。
街中でのテロリズム。
未来に、先行きに不安を感じる情勢です。
けれど70年前と同様に、良き人たちはいるはず
映画の中でも紹介されていた杉原の母校ハルビン学園の自治三訣(人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう)の言葉は心に残る言葉でした。
そして自分もそうありたいと思わされた作品でした。

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2015年12月23日 (水)

「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」 素晴らしい!の一言

素晴らしい!の一言。
最初にEpisode Ⅳが公開された時から9部作構想と言われていた「スター・ウォーズ」シリーズ。
EpisodeⅢの公開後、ジョージ・ルーカスが今後「スター・ウォーズ」を作るつもりがないことを表明し、永遠にその後の物語を観ることができなくなると、ファンとしてはがっかりしたものでした。
しかし、その後ルーカスフィルムがディズニー買収されたことで、状況は一変、「スター・ウォーズ」シリーズの再スタートが報じられ、嬉しい気持ちになりました。
その監督にはJ.J.エイブラムスにつくことになったことを聞いて、ホッとしました。
彼は「ミッション・インポッシブル」も「スター・トレック」もそのシリーズの良さというのを分かった上で更にそのシリーズを新しいステージに引き上げる名手です。
エイブラムス自身がそのシリーズのファンであり、ファンがやってほしいこと、やってほしくないことがわかっているという感じがしますね。
まさに究極のファンが「スター・ウォーズ」を作っているので、安心感があります。
「こんなの『スター・ウォーズ』じゃないやい!」とはなりません。
公開直後なので物語の内容については書きませんが、「スター・ウォーズ」シリーズは、光と闇の対立、息子が父を倒して成長していくという構造、いくつも試練を越えて英雄となっていく英雄譚といったような神話的な物語を踏襲していると言われていますが、本作についてもその物語の構造は引き継がれていると思います。
こういった普遍的な神話的な物語こそが「スター・ウォーズ」らしい。
物語を現代風にアップデートするのではなく、普遍性のある神話の構造にしていることに、エイブラムスはさすがわかっているなと思いました。
映像的にも随所に過去の作品を彷彿とさせるところがあり、その辺も往年もファンとしては嬉しいところです。
どちらかといえばEpisodeⅣ〜Ⅵのニュアンスを感じさせますね。
物語の時間軸としてもⅣ〜Ⅵの方が近いということもありますが、往年のファンにはⅠ〜Ⅲはあまり評判がよろしくないということもあるかもしれません。
個人的にもⅣ〜Ⅵの方が好きで、特にEpisodeⅤ「帝国の逆襲」が好きなのですよね(初めて劇場で観た『スター・ウォーズ』であるということが大きいかもしれませんが)。
本作でももちろんX-Wingやタイファイターが出てきますが、マウントアップディスプレイのターゲットスコープは当時の雰囲気のCGだったりします。
これが今風の綺麗なCGだと興ざめしてしまうところですが、こういうところが気が利いてます。
カットのアングルなども昔の「スター・ウォーズ」を彷彿させるところがあります。
例えばX-Wingやタイファイターのパイロットを映すカットなども昔と同じようなアングルだったりします(操縦桿あたりからパイロットを見上げているようなアングル)。
またレイとBB-8が地下に向かって階段を降りていくシーンは、以前C3-POとR2-D2が同じような階段を降りていくシーンを思い浮かべさせます。
昔のキャストたちがまた登場してくれるのも嬉しい。
ハリソン・フォードにマーク・ハミル、キャリー・フィッシャーなど30年経ったという物語の設定通りにいい具合に老けこんでいて、時代の流れを感じさせてくれていい。
ただ昔の通りに映像や物語を再現しているだけでもありません。
当然、戦闘シーンなどはCGを駆使して昔ではできないような映像を作っています。
けれどもいかにもCGというよりは、昔のテイストを再現するような工夫をしているのではないでしょうか。
かえってⅠ〜Ⅲの方がCGくさいような気がします(Ⅳ〜Ⅵのデジタルリマスター版が評判が悪いことも考慮しているかもしれません)。
主人公たち(レイとフィン)もフレッシュでいいですよね。
思えば、ハリソン・フォードにマーク・ハミルもEpisodeⅣに出た時は無名の新人でした。

つらつらと書いてきましたが、なかなか話題に尽きない作品です。
公開が終わるまで、もう何回か見に行きたいですね。
いろいろともっと発見もありそう。
次回作も早速気になります。

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2015年12月13日 (日)

「仮面ライダー×仮面ライダー ゴースト&ドライブ 超MOVIE大戦ジェネシス」 2つの世界観が見事に融合

冬の定番となった「仮面ライダー」のMOVIE大戦を今年も見てきました。
昨年の「鎧武」と「ドライブ」がコラボしたMOVIE大戦は、個人的に出来は不満足でした。
どうしてもこの2作品が世界観があまりに異なっているため、なかなか融合するのが難しかったと思われます。
以前のMOVIE大戦は◯◯編、××編とあって、まとめ編で両方の話がクロスするという構成が多かったです。
この手法は別々の世界観を持つ2作品を融合させるには、やりやすい手法であったかと思います。
とはいえ、ディケイドや電王のような強力な接着剤の役割がいないと難しい手法でもあります。
今回のMOVIE大戦はゴースト編、ドライブ編といった明確な分け方ではなく、最初から両者のストーリーが融合した形になっています。
映画だから特別な設定と持ち込んでというわけではなく、違和感なく2つの仮面ライダーの世界観を融合させたのは上手だなと思います。
「ドライブ」の泊進ノ介と「ゴースト」の天空寺タケルが、先輩・後輩の関係性で描かれたのが、話を融合させることに効果的であったと思います。
進ノ介はかつて父親を悪に殺され、その仇を取ろうとし、正義を守るために戦いました。
その中で、彼自身も成長していったわけです。
タケルも過去に父親を目の前で失いました。
テレビシリーズではまだ深く描かれていなかったその死の真相が本作で明らかになります。
タケルは過去に戻り、父親を救いたいと考えます。
そして彼が父から引き継いだ想い、目の前の人を救いたいという想いを改めて新たにします。
そういうタケルの姿は、進ノ介にとってかつての自分を見ているような思いになったかもしれません。
設定上、異なるライダーの世界観を無理やり噛ませるのではなく、自然にキャラクターたちの思いで2つの世界観が融合するというのは、あまり今までMOVIE大戦ではなかったかなと思います。
脚本は誰かなと思ったら、「仮面ライダー」が初めての林誠人さん。
刑事ドラマを多く手がけている方のようなので、ギミック的な話よりもこういったキャラクターのドラマで組み立てる物語が上手なのかもしれません。
現在のタケルが過去のタケルに、誰かに何かをしてもらうのではなく、自らが動かなくてはいけないということを諭すくだりなどは結構好きでした。
子供へのメッセージをさりげなく織り込んでいるのは、品がいいというかセンスがいいなと感じました。
「ドライブ」については、テレビシリーズのエピソードをこちらも拾ってくれているのは嬉しいところです。
剛とチェイスの関係などはシリーズ最後で異様に盛り上がりましたので、その思いをちゃんと汲んでくれているのはファンとしたはやはり感じ入るところがあります。
ただイベント映画だから登場してきましたってところじゃないところがいいです。
あとやはり進ノ介と霧子の結婚をようやく見れたのは嬉しいですね。
主人公の結婚というのは「仮面ライダー」シリーズではあまりないので新しいし、何しろハッピーな感じがしたいいエンディングでした(この映画としても「ドライブ」としても)。
最後に片岡鶴太郎さんと竹中直人さんの掛け合いのシーンはすごかったですねえ。
個人的には二人がギャグをやっていたところのど真ん中世代なので、懐かしかったです。
竹中さんの「笑いながら怒るおじさん」とか、鶴太郎さんのモノマネとか。
今ではなかなか見れないシーンなので、得した気分になりました。
子供たちや若い子たちはわからないよね?

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2015年12月 8日 (火)

「アバウト・タイム ~愛おしい時間について~」 まさに時は愛おしい

昨年公開された作品で、恒例の年末のブロガーさんのランキングでも評価が高かったのを覚えています。
久しぶりに自宅での映画鑑賞でこちらの作品をセレクトしました。
観る前は、ポスター等の映画のキービジュアルではレイチェル・マクアダムス推しだったですし、タイムトラベルを題材にした作品ということで、彼女が出演したタイムトラベルもの「きみがぼくを見つけた日」とかぶっているのでは、とも思っていました。
でも個人的にレイチェル・マクアダムスは好きな女優さんだったので、気になっていた作品でした。
主演はレイチェル・マクアダムスではなく、ドーナル・グリーソン(彼女の夫役)という方。
知らない男優さんだなと思って、彼のフィルモグラフィを見てみたら「ハリー・ポッター」にも出ているんですね。
ロンのお兄さん役かな?
さて、肝心の作品のほうですが、とても良かったです。
他のブロガーさんたちの評価が高かったのも納得しました。
タイムトラベルものと言っても、いろいろなタイプがありますが、本作は意識だけが過去の自分に飛んでしまう点では「時をかける少女」に近いでしょうか。
歴史を改変するほどの力ではないということも。
時間というものは、誰にとっても分け隔てなく、過ぎ去っていくものです。
時間を止めたい、ゆっくり進めたいと思っても、そういうことはできる人はいません。
あのときああすれば良かった、今度同じことがあったらもっとうまくできるはず、とほとんどの人が思ったことがあるでしょう。
主人公ティムは過去に意識を遡らせる能力を持つ主人公です。
うまくいかなかったことをやり直すために、過去に飛ぶわけですが、なにもかもが自分が思う通りにコントロールすることができないこともやがてわかってきます。
何かをやり直すために過去に戻っても、別の何かに影響を与えてしまう。
例えば妹を事故から救うために過去に飛んだことによって、自分の娘の性別が変わってしまうとか。
偶然や確率によっておこることは当たり前ですが、コントロールできなくなるわけですね。
時を戻る力があっても、かけがえのない時があるのです。
同じ能力を持つ父親が死ぬとき、ティムはタイムトラベラーとして生きるコツを教わります。
1日が終わったとき、もう一度同じように1日を過ごす。
そうすればその1日をかけがえのないものとして味わうことができると。
けどやがてティムは自分自身でより良い人生をおくるコツを見つけます。
それはタイムトラベルをしないこと。
過ぎ去っていく時間を1度きりとして、かけがえのないものとして大切に生きること。
たった1度しか味わえないからこそ、大切にできるのだということにティムは気づいたのでしょうね。
まさに邦題の副題にあるように「愛おしい時間について」の物語であったなと思いました。

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2015年12月 7日 (月)

「007 スペクター」 成熟したボンド

ダニエル・クレイグの「007」シリーズも本作で4作目。
サブタイトルが過去の「007」でも登場した国際犯罪組織「スペクター」ということで、過去のシリーズへのオマージュが感じられます。
オープニングからしてあのガンバレル・シークエンスから始まるので、ここからもそれを感じます。
実はダニエル・クレイグの「007」でオープニングでガンバレル・シークエンスが登場するのは初めてなのですよね。
そもそもダニエル・クレイグ版の最初の作品「カジノロワイヤル」はそれまでの「007」シリーズとは異なる方向を目指そうという意気込みを感じました。
まずキャスティングが今までの英国紳士然としていて色気の感じるタイプから、どちらかというとワイルドな方向のダニエル・クレイグを起用したところで、新しくしたいという意思を感じます。
このキャスティングは発表された時は、いろいろ言われましたが、蓋を開けてみれば新しいボンド像を作ることができたかなと思います。
ボンド像も、どちらかといえば青さがあり、まだ若さが残るような印象があったのも、新しかったです。
シリーズを追うごとにだんだんとボンドが成熟したスパイになっていくのが、わかります。
ダニエル・クレイグ版はボンド映画のお約束と言えるガンバレル・シークエンスをなくしたことにより、新しいボンドを作りたいという意思をはっきり示したと思いました。
それから4作目の本作「スペクター」の印象は、良くも悪くも「007」シリーズの王道に回帰したかなと感じます。
ボンド自身が、過去の経緯を乗り越え、スパイとして成熟してきたこと。
今回の敵が、今まで過去にボンドが戦ってきた組織の元締めであるスペクターであったこと。
これらはクレイグ版007以前のボンド映画の状態に回帰したように感じさせます。
クレイグ版ボンド以前は、ボンド自身のパーソナリティーをそれほど深く掘り込むことはしませんでした。
過去の作品で描かれるボンドは、男としてもスパイとしても完成されている男なのですよね。
仕事は完璧にこなす、あらゆる女性にもモテる。
男がこうありたいと思える完璧な男。
けれどもクレイグ版ボンドが最初に登場した時は、男としてもスパイとしても未成熟でした。
それがとても新鮮だったのですよね。
人間味を感じさせるボンドが。
しかし彼も数々の事件、そして自身に関わるような出来事も乗り越え、完成された男になっていったのです。
本作「スペクター」で描かれるボンドは、僕たちがよく知ったボンドになっていると思います。
ただそれゆえに、全体的に今まで観たような感じが漂ってきたところもありました。
面白くないわけではありません。
ハラハラドキドキのスパイエンターテイメントなのです。
けれどクレイグ版ボンドで感じた新鮮さというよりは、往年のボンド映画で感じた面白さの方に近いような感じがします。
本作ラストでボンドはスパイを辞めます。
彼は再び戻ってくるのでしょうか。
それとも新しいボンドでリスタートされるのでしょうか。
新しいボンド、また一段ハードルが上がるような気がしますね。

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