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2015年5月24日 (日)

「メイズ・ランナー」 少年版「LOST」

最近は若者たちを主人公とした3部作の映画が多く公開され、ヒットしていますね。
「トワイライト」頃からだったと思いますが、「ハンガー・ゲーム」とか「ダイバージェント」(これは観てない)などと続き、本作もその系譜につながるかと思います。
いずれもティーン向けのヒット小説を原作にした映画化作品なので、ある程度のヒットが見込みやすいというのが、最近この手の作品が多い理由なのかもしれません。
日本でいったら、動員が見込める人気コミックの映画化という感じでしょうか。
ティーン向けの映画といっても、映像的には十分に凝っているので、大人が観ても満足出来る作品も多くありますよね(「ハンガー・ゲーム」など)。
本作は予告を観てみたらけっこうおもしろそうだったので、気になって見にいってきました。
この作品、数年前に一世を風靡したアメドラ「LOST」を彷彿とさせる雰囲気がありますよね。

主人公トーマスは気づくと壁に周囲を囲まれた草地にいた。
そこには自分と同じ年頃の少年ばかり。
自分には名前以外には何も記憶が残っておらず、少年たちも同様。
壁は日々その構造を変える迷路となっており、その中に入ったときは夜までに戻らないと、迷路に棲む怪物に喰われてしまうと言われている。
その地に住む少年たちは経験を重ね、独自のルールを作り社会を作っていたが、トーマスという異分子が入ってきたおかげでその小さなコミュニティは動揺する・・・。
彼らの周囲に存在する迷路はなんなのか。
何のために存在しているのか。
そして自分たちは何者なのか。
誰かの目的により、ここにいるのか。
何もかにもわからない状況の中で、少年たちを取り囲む環境が変化していく・・・。
まさに少年版「LOST」。
無人島的な雰囲気、なかなか明かされない謎、さらに広がる疑問。
この手の作品は謎について多くを書くとネタバレになるので、あまり触れられませんが・・・。
もともと「LOST」は好きだったので、こういうのは大好きです。
一瞬「蠅の王」的な展開になるのかなと思ったりもしたのですが、それほど重苦しくはなくならず、あくまで「LOST」っぽい雰囲気のあるエンターテイメントで通してくれたので、楽しめました。
本作のあと、洋画では珍しく第二作の予告編も上映されていました。
後引きしそうな予告編は、まさにアメドラな感じですねえ。

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2015年5月21日 (木)

「シンデレラ」 今時珍しい直球勝負のおとぎ話

最近のディズニー映画ではプリンセスを扱ったとしても、「眠れる森の美女」とか「白雪姫」などの昔懐かしいアニメーションのときとは違ったように描いている。
大ヒットした「アナと雪の女王」では、登場したプリンセスたちは自立した女性として描かれ、行動的である。
これは最近のプリンセスものには胸痛した傾向であると思う。
「魔法にかけられて」や「イントゥ・ザ・ウッズ」などもおとぎ話を斜めから見た切り口で、新解釈として描いていた。
それら最近のディズニー映画と比べると、本作「シンデレラ」は今時珍しい直球ど真ん中勝負の作品であると言える。
皆が知っている「シンデレラ」のお話が、ほぼそのまま語られます。
この点、古典なども数多く手がけるケネス・ブラナーを監督に起用したのは、いい選択であったと思う。
皆が知っているストーリーを扱いながらも、実写映画として観ていて満足ができる映像に仕立て上げられている。
シンデレラの着るドレスはアニメと同じようにブルーを基調としつつも、キラキラとしていてふわふわとしていて、不思議なつやとグラデーションを持っていた。
この質感はやはり実写ならではのものであると思う。
おそらく、かつてアニメーションの「シンデレラ」を初めて見た女の子がワクワクしたような気持ちと、本作実写版のシンデレラの姿を見た現代の女の子も同じように感じるのではないだろうか。
かなりアニメ版に沿った作品であるが、現代的な部分もいくつかある。
「シンデレラストーリー」という言葉があるように、あまり注目されなかった女の子が王子様的な男性に見初められてどんどん美しくなっていくという物語の構造は定番中の定番である。
この場合の女の子はどうしても受け身の要素が強くなるわけで、現代風な(「アナと雪の女王」的な)ヒロインのようには描くことは難しい。
しかし本作の主人公エラは「シンデレラストーリー」的な受け身でありつつも、ときおり「愛と勇気」を持った女性として精神的には自立した女性として描かれる。
「ありのままの自分」をさらけ出す勇気を持った女性が本作のエラなのだ。
この点は今時であると言える。
また本作での悪役のまま母(ちなみに「まま母」という言葉を知ったのは「シンデレラ」であったと思う)もただ悪役なのではなく、なにゆえ悪役かの説明もされる。
彼女は自分が生きていくうちになくしてしまったもの、若さであったり純真さみたいなものをシンデレラの中に見て、それがもう取り戻せないということに嫉妬するのだ。
これは「イントゥ・ザ・ウッズ」の魔女にも通じる。
悪役をただ悪役とするのではなく、少しでもその人間性に触れようとするところは現代的であると言える。
まま母を演じたケイト・ブランシェットのオーバーアクションな意地悪っぷりは見ものである。

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2015年5月16日 (土)

「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」 劇場版2の焼き直し感が気になる

昨年7章まで公開された実写版の「パトレイバー」の総仕上げ、劇場版がこちら。
第7章で描かれたように本作は、アニメーションの劇場版2作め「機動警察パトレイバー2 the Movie」(以下劇場版2)を引き継ぐ内容となっている。
劇場版2は戦後の平和を謳歌する日本にとって、平和とは何なのかということを問いかける骨太のテーマとなっていた。
仮想の戦争を首都に仕掛ける集団の首謀者、柘植(本作にも名前のみ登場)らは日本を欺瞞に満ちた平和であると言う。
平和がいかにもろいものの上に組み上げられているかを日本人に自覚させるために、柘植らは首都での戦争を演出する。
その仲間へ、特車二課の後藤、南雲も引き込もうとするが、彼らは警察官として、欺瞞に満ちていようとも平和を守ろうとするのだ。
このテーマから劇場版2についてはテレビシリーズやOVAとは異なり、泉や篠原が主役なのではなく、後藤、南雲が主役であると言っていい。
それを引き継ぐ本作についても、主人公は2代め隊長である後藤田であると考えるのが妥当だろう(クレジットも筧さんが一番上だった)。
とはいえ、本作については劇場版2を引き継ぐと言っても、平和や戦争について深く思索しているわけではないし、現代に合わせてさらに発展した考えを述べられているわけでもない。
ベースとしてはそのときの思想をおいているのだけれども、物語の中で深く語られるわけではない。
より多くの人をターゲットにしたからだと思われるが、劇場版2で考えさせられた自分としては、少々物足りないところがあった。
またさまざまな場面も劇場版2の焼き直し的な部分が多かったのも気になった。
アニメのあの場面を実写で見てみたいというニーズはわかるが(自分もある)、それであるならば素直に劇場版2の実写版を作ればいい。
そうではなくて劇場版2を引き継ぐ物語であるならば、内容をより発展させてほしかったのだ。
劇場版2のときはバブルの時期で日本は平和と繁栄を謳歌していた。
今の日本は平和ではあるが、繁栄をしているとは言いがたい。
さらには世界はより混沌としている。
そんななかで繁栄はしていないといっても、日本の平和は世界的には特殊な状況とも言える。
そういった状況を押井監督がどう捉えているかをもっと能弁に語ってもらいたかったという感じがした。

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「ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密」 ラリーの成長物語

人気シリーズ第3弾、こちらも見逃していたので帰国の飛行機の中で鑑賞しました。
これまでのシリーズはアメリカの自然史博物館やスミソニアン博物館が舞台となっていましたが、今回はイギリスのロンドンの大英博物館にところを移しています。
魔法が宿る石板の力によって、夜になると博物館の展示物が動き出し、冒険が繰り広げられるというシリーズの見せどころは3作ともに共通しています。
テーマパークのようなアトラクション的な楽しさ、また博物館で感じるワクワク感はシリーズ当初より大切にキープしてあって、子供でも大人でも楽しめる作品になっています。
そういうシリーズの魅力はほとんど変えていないのですが、改めて考えると、このシリーズは主人公のラリーの成長物語とみることができますね。
ラリーは一作目ではただの冴えない警備員、そして二作目では父親としての自覚を持つようになりました。
三作目では、博物館の企画を任されるようになっていたり、子供に対しても将来についてきちんと考えるように言ったりする立派な父親になっています。
自分を理解してくれ、一緒になって頑張れる仲間もできた(展示物たちのことね)。
でも彼の元々やりたいこと(教師になること)をかなえることはできていません。
それは仲間たちと過ごす時間が楽しく満ち足りたものであったからかもしれません。
しかし魔法の石版に変調が現れ、仲間たちに死が訪れるかもしれない危機に直面します(そもそも生きていると言えるのかどうかはあれだが)。
石板を正常に戻すための冒険の結果、ラリーは仲間たちと別れなくてはいけなくなります。
けれどそれによってラリーは本来の自分のやりたいことに踏み出すことができます。
自然史博物館の仲間たちもそれを望んでいたのでしょう。
ラストで再び自然史博物館の仲間たちが動き出し、パーティナイトを繰り広げる様をラリーは博物館の外から見守ります。
ラリーが慣れ親しんだ場所から踏み出し、そこを大切に思いつつも、自分の新しい一歩を歩んで行こうとする気持ちが伝わってきました。
ラリーの成長が感じられるシーンでありました。

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「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」 現代版のクルーゾー警部

劇場では見逃した本作、海外出張の機内で鑑賞しました。
他の人とはちょっとずれて浮世離れした落ちぶれ貴族チャーリー・モルデカイ。
彼自身はいたって真面目に行動していても、至るところで彼がやることやることなすことが周囲に混乱を巻き起こします。
でも彼だけはなぜか無事。
どっかで見たことがあるキャラクターだなーと感じたのですが、「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部ですね。
やたら格闘技が強くて、忠誠心の強い従者ジョックがいるところもクルーゾーに通じます(あっちのケイトーは忠誠心が強いとは言えないかもしれませんが・・・)。
そういうノリなので、気軽に機内鑑賞するのには向いている作品かなと思います。
逆に言えば、劇場鑑賞だったら、ちょっと物足りないと感じたかもしれません。
観てから一週間ほど経つのですが、細かいところはすでにあんまり覚えていない・・・。
名画の争奪戦といった感じで登場人物も多く、凝ったストーリーであったとは思うのですけれども。
でもジョニー・デップは楽しそうに演じていましたね。
彼はこういう普通じゃない人を演じているときはとても楽しそう。
印象的なのは、チャーリーの妻、 を演じるグウィネス・パルトロー。
チャーリーはモルデカイ家伝統の立派な口ひげにこだわりと誇りを持っているのですが、妻はどうにもこれが気にいらない。
口ひげがあるとキスをしても、拒否反応で「おえっ」となってしまうのです。
愛する妻に気に入られようとあの手この手をつくすモルデカイですが、妻の反応はいつもけんもほろろ。
なので夫のことはどうでもいいのかと思いきや、他の女が絡んでくると海を越えてやってくるほど嫉妬深い。
なんだかんだと旦那のこと好きなのね、っていうところがちょっとキュートな感じがありました。
知的で嫉妬深くてちょっとキュートなグウィネス・パルトローの配役は良かったです。
後半、夫婦で協力して美術品詐欺をかまそうというくだりはなかなかに爽快でした。
ラストでやっぱり口ひげで「おえっ」となるのも、予定通りですがピタリとはまりましたね。

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2015年5月 1日 (金)

「ワイルド・スピード SKY MISSION」 ポール・ウォーカーを悼む

アクション映画で、ほぼ同じようなキャストでシリーズが7作も続く作品は珍しい。
そしてまたこの手の映画は繰り返すごとにトーンダウンしていくものだが、新作ができるたびにその勢いがアップしていく作品もまた稀だと思う。
前作の「EURO MISSION」もかなり楽しめたのだが、本作もカーアクション、またカーアクションという感じでアクションシーンがてんこ盛り。
サービス精神旺盛の作品に仕上がっている。
車のスカイダイビングというのもなかなかのアイデアだし、ラストのロスでのカーチェイス(ターゲットのなっている人物を車で受け渡しながらのアクション)も見応えがあった。
ジェームズ・ワン監督のアクションシーンのカットもセンスがよく(スローモーションの使い方、小型カメラを使った撮影など)、臨場感とテンポがあったと思う。
また本作のカーチェイスというのは、その車を操るキャラクターの性格も反映されたものとなっていて、それはやはりシリーズを重ねた作品であるからだろう。
ドミニクの運転は豪快で大胆。
ブライアンのドライビングは切れ味がシャープ。
そのほかのキャラクター、レティやローガンなどのドライビングもそれぞれの性格が表れている。
これはすなわちただカーアクションを見せる映画ではなく、キャラクターのドラマを見せる作品となっているからだと思う。
ここ最近のこのシリーズは、仲間や家族の絆というのが大きなテーマとなっていた。
本作もその流れを汲んでいる。
なにしろ今回の敵となるデッカード・ショウは前作の敵オーウェン・ショウの兄という設定であり、彼は弟の復讐のためにドミニクたちを付け狙う。
敵も味方も家族のために戦っているのだ。
本作はドミニク、ブライアンらとデッカードの戦いは追われる側と追う側の立場がしばしば変わるところがスリリングで、かつそこに傭兵たちも絡んでくるから、見ていて飽きることがない。
またデッカードのターミネーターばりのしつこさと、タフさが緊張感を高めてくれる。
脚本においてもサービス精神旺盛な作品であったと思う。
キャスティングもこのシリーズはどんどん豪華になっていく。
前作のラストで登場したジェイソン・ステイサムに驚いたが(ほかのアクション映画では主役を張れるくらいなのに)、さらにはカート・ラッセルは出てくるわ、「マッハ!!!!!!!!」のトニー・ジャーは出てくるわ、いやいや豪勢でした。
カート・ラッセルはまたこのシリーズに出てくる感じがしますね。
どんどん進化発展していくのが「ワイルド・スピード」シリーズなのだ。

だからこそ、このシリーズを見続けてきた者としてはポール・ウォーカーの死が残念でならない。
彼は撮影中にプライベートで交通事故で亡くなった。
一時は本作の完成も危ぶまれたそうだが、スタッフも出演者も止めてはならないと思ったのではないのだろうか。
メインキャストの死というアクシデントなどがあった場合、作品中でも亡くなる設定にしてしまいがちだが、本作はそうではなかった。
ポール・ウォーカー演じるブライアンは幸せな家庭という新しい場所を見つけた。
それをドミニクはそれを良きことと思い、二人の生き方は別れていく。
ラストシーンでは並走して走る二人の車が分かれ道から次第に各々の行く道を進むようになり、やがてブライアンのスープラを追ったカメラは青い空に向かっていく。
ブライアン、そしてポールの幸せとめい福を祈ったスタッフとキャストの気持ちがとても表れたシーンであったと思う。

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