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2015年4月21日 (火)

「ガンダムビルドファイターズ」 ガンプラ文化

1979年に最初の「機動戦士ガンダム」(いわゆるファースト・ガンダム)がオンエアされてから35年以上の歴史の中でも、この作品は異色であると言えるでしょう(その後シリーズ化され「ガンダムビルドファイターズトライ」がオンエアされています)。
この作品が異色であるポイントのひとつは、歴代の「ガンダム」のモビルスーツが数々登場するところでしょう。
今までも過去のモビルスーツが別の物語に登場することはありましたが、それは基本的には同一の時間軸(例えばユニバーサル・センチェリー)の中において、ということでした。
異なる世界観の中で存在するモビルスーツが一緒に登場するというのは、かなり特異です。
それになんてったって、ガンダムのプラモデル、いわゆるガンプラでバトルをするという設定がかなり変化球的です。
40代くらいの方は「プラレス三四郎」というコミックとアニメを思い出すのではないでしょうか。 
歴代のモビルスーツが登場するということ、プラモデルという商品そのものが題材であることは、過去コンテンツが持つアイテムの掘り起こしという、おもちゃ屋さん(バンダイ)の意向が強く働いている感じはします。
歴史が長く、いまや二世代コンテンツとなった作品としては「仮面ライダー」や「ウルトラマン」がありますが、平成に入ったあたりから、作品ごとに異なる世界観を持つということが多くなりました。
それは作品世界としてのリアリティを持つことにより、大人の鑑賞にも耐えうるという効果があったかと思います。
しかし、これはおもちゃビジネス的には毎回新しい作品が生み出されることによりマーケティング活動のリセットをしなくてはいけないということでもありエネルギーのかかるものであるのだと思います(とはいえだからこそチャレンジングなアイデアが出てきたとも言えますが)。
とはいえ昭和の頃のシリーズにあった「7人ライダー大集合」とか「ウルトラ兄弟」といった過去コンテンツを売る仕組みもあるほうがなおよいことは間違いがありません。
制作サイドのシリーズをブランド化したいというニーズとも合い、「仮面ライダーディケイド」で初めてトライアルを行い、続いて「ウルトラマンギンガ」で過去のシリーズをおおきなシリーズの枠組みに取り込むことに成功しました。
この考え方を「ガンダム」に応用したのが「ガンダムビルドファイターズ」であると言えます。
同時期に「機動戦士ガンダムUC」というファースト・ガンダムの直の流れを持つ王道作品が作られているのも巧みであると思いました。
「ガンダム」というブランドイメージを守りつつも、チャレンジをしていく戦略がうかがえます。

「機動戦士ガンダムUC」はユニバーサル・センチェリーという大河ドラマを引き継ぐ往年の「ガンダム」ファン向けの作品です。
逆に言うとファースト・ガンダムを知らない人々からすると敷居が高いとも言えます(特に子供たちに対して)。
若年向けのエントリー作品としては「機動戦士ガンダムAGE」があったと思いますが、これは成功したとは言えない作品であったと思います。
キャラクターは低年齢層に受け入れやすいようなデザインになっていたのですが、物語としては割合ハードな物語(ファースト・ガンダム的な)となっていました。
そのあたりのアンバランスさが、若年ターゲットとのアンマッチを起こしていたように思います。

「ガンダムビルドファイターズ」がユニークな点としては、いわゆる「ガンダム」という作品群があり、そしてまたガンプラというものが存在している世界を舞台にしたフィクションであるということです。
いわばメタフィクション。
すべての「ガンダム」世界を包含するこの設定は、クロスオーバーに関する制約から解放することにつながったのでしょう。
すべての世界を包含するというやり口は、「仮面ライダーディケイド」が実施したのと同じ手法です。

プラモデルを作るというのは手間がかかることです。
単に立体物のガンダムがほしいということであれば、完成品のロボットフィギュアを買うのが手っ取り早い。
少々高くはありますが、自分の腕に関わらずクオリティの高いものが手に入るほうがよいという方はいるでしょう。
しかし、この番組で描いているのは、自分でアレンジした自分だけの完成品を作る過程を楽しもうという提案です。
プラモデルを作る楽しみとはその過程を楽しむこと。
子供ですら、手間をかけたくないと思う現代、作ることの楽しさを伝えるというのはいい(「バンダイ」の戦略が透けて見えるようですが)。
自分でいろいろ工夫して、苦労して作り、それが他人の目で評価され、うれしくもあり、くやしくもあり。
大仰な言い方をすれば、それが「ガンプラ文化」なのかもしれません。

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