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2014年12月30日 (火)

2014年を振り返って<映画>

いよいよ年末になってきましたので、恒例の1年間の振り返りをやってみたいと思います。
今年は1年間で合計92本の鑑賞となりました。
2008年からこちらのブログを開設していますが、100本を割ったのは今年が初めて。
まあ、公私いろいろあったので今までのように劇場に足を運べなかったんですよね。

1.「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最後編」
2.「ゴーン・ガール」
3.「インターステラー」
4.「アナと雪の女王」
5.「オール・ユー・ニード・イズ・キル」
6.「白ゆき姫殺人事件」
7.「猿の惑星:新世紀」
8.「青天の霹靂」
9.「紙の月」
10.「小さいおうち」
番外.「ゼロ・グラビティ」

1.「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最後編」
厳密には2作品ですが、この2作はセットで一つと考えたいと思います。
前作の「るろうに剣心」も初めて観たときに圧倒されましたが、それに続く「京都大火編」「伝説の最後編」はさらにその圧倒度が増していました。
観客がこの作品に期待していることを制作者が理解し、それのさらに上に行こうとする志を感じる作品です。
大友監督をはじめとしたスタッフ、佐藤健さんら出演陣の力がある目標に向かって凝縮されていったという感じがしますね。
ハリウッドともアジアとも違う新しい日本のアクションの可能性を見させてくれました。

2.「ゴーン・ガール」
今年最後に観た映画となった作品。
2時間半に渡る緊張感、先が見えずに二転三転するストーリー。
デビッド・フィンチャーの真骨頂でした。
こういう映画を撮ったら誰もかなわないですね。

3.「インターステラー」
1番とってもおかしくない作品です。
こちらの作品も長尺ですが、飽きさせない。
デビッド・フィンチャーもクリストファー・ノーランも飽きさせることがないのは、ストーリーがパターン化されたものではないということと、観ていて圧倒される映像美があるからかなと。
本作は馴染みのないハードSF的な設定を取り入れながらも、それでもとっつきにくいものにしない調理加減が絶妙。
それでいてノーランらしい哲学風味も効いている。

4.「アナと雪の女王」
あんだけ話題になったので、いれるのもどうかなとも思ったのですが。
結果的に2回観に行ってるし(笑)。
映像は文句なく美しく、さらにそれに歌が加わって、より感情が豊かに伝わってくる。
子供から大人まで楽しめるっていうのはよく言われる言葉だけれど、それをほんとに実現するのは難しい。
それをやってしまった稀有な作品。

5.「オール・ユー・ニード・イズ・キル」
タイムループものというSF小説ではよくある設定をうまく料理した作品ですね。
「ドラクエ」「マリオ」以降のゲーム世代なら共有している、ゲームの感覚を上手に取り入れている。
そのアイデアは原作のものだが、映像にした時に飽きさせないところに気を使っている。
哲学的になりすぎることなく、あくまでエンターテイメントに軸足を置いているバランスも良い。

6.「白ゆき姫殺人事件」
現代の日本を象徴的に表現している。
人々の噂、報道でさえも「真実」ではなく、「真実らしい」ことを大声で話をしている。
その危うさ、怖さを描いている。
物語の構成が巧みで、こういうところに中村監督のうまさを感じる。

7.「猿の惑星:新世紀」
前作はそれほどおもしろいと思わなかったので、不意をつかれた感じ。
シリーズの2作目で(かつリブートで)、評価が上がる作品も珍しいと思う。
知恵がつくってのもそれほどいいことでもないのかもと考えてしまう。

8.「青天の霹靂」
ストレートに泣かされた。
こういうベタなお話に弱いのよ。
最近あまりこういう直球系ってないような気がする。

9.「紙の月」
宮沢りえさんの演技に圧倒されました。
徐々に変化していく主人公はなかなかに演じるのは難しいと思いますが、さすがです。

10.「小さいおうち」
こちらも女優さん評価。
黒木華さんが良かった。

番外.「ゼロ・グラビティ」
こちら観たのは今年だったので、ランクインしても良かったんですけれど。
驚異的な映像に圧倒されました。
冒頭の十数分に渡る長回しは歴史的快挙と言ってもいい。

「ウォーキング with ダイナソー」
「赤×ピンク」
「ニード・フォー・スピード」
「ポリスストーリー レジェンド」
「ルパン三世」

一番うーんだったのは「ルパン三世」かな。
去年の「ガッチャマン」と同じような残念感です。

来年も映画を観ていきたいと思いますが、本数は減ってしまうかも?
ブログは続けますので、引き続きよろしくお願いします。

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2014年12月27日 (土)

「ゴーン・ガール」 結婚とは・・・

物語が終わり、エンドロールに入ったところで満席の映画館の各所から「ふぅ・・・」というため息が出たのが印象的でした。
かく言う自分もそう。
2時間半くらいの長尺でしたが、全編緊張感に包まれ、また観ていると何かしら自分も追い込まれていくような息苦しさも覚えました。
おそらく観ている多くの方もそう感じたのでしょうね。
それがため息になったのかと思います。

妻エイミーが突如失踪してしまった主人公ニック。
自宅の様子からエイミーは誰かに誘拐されてしまった可能性がある。
彼は最初は妻を奪われてしまった不幸な夫として、しかしやがて妻を殺したかもしれない冷血漢として、マスコミにさらされます。
彼を取り巻く周囲のトーンが次第に変化していき、彼が追い込まれていく様はフィンチャーらしく、胃をぎゅっと締め付けていくような緊張感があります。
しかし、その後物語はエイミーの視点でも描かれていきます。
彼女はどうして夫の元を去ったのか。
次第に彼女の悪意が明らかになっていきます。
エイミーはほんとうは何をしたいのか。
そして徐々にエイミーの正体が明らかになっていく。
エイミーは自分がやりたいことをやりおおせるのか。
しかし予測不可能なことが起こり、彼女も追い込まれていきます。
このあたりのどのようにこの物語の結末をつけるのかをまるで想像つけさせず、観ている我々はただただ緊張感を持続させられます。
やがてニックとエイミーは対峙することとなりますが、また二人の間では表面的な言葉や態度ではない、静かな攻防が繰り広げられるのです。

結婚というのは今まで違う人生を歩んでいた二人が一緒に暮らすようになること。
それぞれの価値観はやはり違うものがある。
結婚生活の理想像や、相手に求めたいものというのも二人それぞれにある。
その差は大きかったり、些細なものであったりするものですが、その差をお互いに縮めあっていくのが結婚なのかなと思ったりします。
そうでなくてはなかなかうまくいかないかなと。
どちらかが自分のことばかりを主張しすぎてもダメ、また片方が我慢して相手に合わせ過ぎてもやがてダメになる。
エイミーは歪んでるにせよ、自分の理想的な人生像(母親が書いていた「アメイジング・エイミー」という本はなかなか意味深い)というのがあって、それを叶えるために夫をコントロールし、支配しようとする。
そしてまた自分が主導権を握っていた結婚生活を逸脱し、自分のプライドを傷つけた彼に復讐しようとする。
彼女は夫を愛していたのか、それとも理想的な人生のために必要なパーツとしてとらえていただけなのか。
ニックはエイミーの理想にかなう男でありたいと思い、そのように振る舞う。
男ってそういうもので、好きな女性に気に入って欲しくて相手の理想にかなうようにしたいと思う。
しかしそれはニックの本質ではなく、思いの外(どんな男もそうだが)弱いものなのだ。
二人の仕事の解雇を契機に、次第にニックはエイミーの夫であることに疲れていってしまう。
結婚を牢獄のように例える人もいる。
結婚を素晴らしいものであるという人もいる。
実際のところどうなのか、それは二人の関係性をどのように築くかということによるのかもしれない。
この関係性を築くには相手のことをしっかりと見ること。
相手がどのように感じているのか、思っているのかを気をつけ、できれば相手にもちゃんと話してもらうこと。
そしてまた自分の気持ちもしっかりと見るのも大事なのだろう。
無理をしすぎると、いずれそれが爆発するかもしれない。
自分がどう思うか、相手にちゃんと伝える事も大事。
ようは二人のコミュニケーションなのですね。

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2014年12月21日 (日)

「寄生獣」 対照的な二人

前日に「神さまの言うとおり」を観てしまったため、ちょっと既視感があったなあ。
最近学校を舞台にした凄惨な事件を扱っている映画多いですよね。
染谷将太くんとか橋本愛さんとか、けっこう似通った方が出ているし・・・。
原作は超有名なマンガ「寄生獣」。
超有名ですが、例によって未読です(笑)。

人間に未知の生物が取り付いて知らぬ間に侵略されたり、人が食われたり、っていうのはSFホラー映画ではよくある題材とも言える。
けれどこの作品がユニークだと思ったのは、侵略する側であるパラサイトの視点でも描かれていること。
パラサイトらは自分たちがなにゆえ存在しているかがわからない。
特に田宮良子は、自分たちのレゾンデートルに大きな興味を持っている(興味をもっていないパラサイトもいるが)。
自らの存在意義を問う、ということは人間らしいとも言える。
観ている観客も彼らの存在の理由を知らないわけで、ミギーや良子とともに彼らの存在意義を探っていくという物語でもある。
偶然、右手にのみミギーに寄生され、バディ的な関係を築くこととなった主人公新一。
彼は一度、パラサイトに襲われ瀕死の重傷となるが、ミギーの機転により彼の細胞を使い、心臓を復活させる。
しかし、そのため新一の体内にパラサイトの細胞の一部が混じり、常人とは異なる能力を身につけ始める。
そしてそれは新一の精神にも及んでいく。
つまり新一はパラサイト化していこうとしているのだ。
その反対に田宮良子は実験として、体内に人の子を宿す。
その子は純粋に人間の赤ん坊となるわけであるが、その子が成長するに従い、良子の心に母親らしき感情が起こってくる。
それはパラサイトの人間化とも言っていいかもしれない。
ミギーという別の生命体を体に宿す人間の新一。
赤ん坊という別の生命体を体に宿すパラサイトの良子。
両方の立場から異なるアプローチで二つの生命体の「間」へと変化していく二人は、対照的であり、興味深い。
完結編で二人がどのように描かれるか楽しみである。

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2014年12月20日 (土)

「神さまの言うとおり」 そもそも世界は不条理かもしれない

三池監督らしく、冒頭よりバイオレンスな描写が続き、グッとくるものはありますけれど・・・。
ある日、突然主人公の瞬ら高校生は、不条理なルールの殺戮ゲームの只中に置かれてしまう。
次々と虐殺されていく同級生たち。
なぜ、彼らは死ななければならないのか。
どうして彼らは殺されなければならないのか。
その理由はいっさい説明がない。
ただ理解できないルールのもとで、次々と死体の山が築かれていく。
まさに不条理。
しかし、この不条理、映画の中だけの話と思ってしまいがちだが、よく考えてみるとそうではない。
戦争。
災害。
なぜこの人が死ななければならないのか、理由が説明できない、納得ができないことというのは現実にある。
ニュース映像でそれらの報道を見る。
死亡行方不明者合わせて⚪︎⚪︎名と聞く。
大変なことだ、とニュースを見ている人々は思う。
しかし、死んでしまった人は、そして彼らの親しい人々が思うは。
なんで?
ではないだろうか。
どうして自分なのか、どうしてあの人じゃなけりゃいけないのか。
理由は見つけられない。
そこにあるのは不条理さ。
この映画を見ていると、瞬たちといっしょになって運命の不条理さを味わい、その不愉快さ、納得のいかなさを感じる。
どうしてこんなに救いがないのか。
しかし、それが現実なのかもしれない。
世界は人とは関係のないところにあって。
事は自分とは無関係のところで起こる。
不条理なのだ。
けれど人はその不条理さに堪えられない。
その理由を求めたくなる。
その答えの一つが、神である。
また一つの答えが科学である。
世の中の仕組みを何かの理由で説明しようという点では、神も科学も同じことを指向している。
不条理なことを納得したい。
そういう根源的な望みが、人間の営みを方向づけているのかもしれない。

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「仮面ライダー×仮面ライダー ドライブ&鎧武 MOVIE大戦フルスロットル」 世界観異なりすぎてて違和感

本作は年末のこの時期に恒例となった「仮面ライダー」のMOVIE大戦企画です。
今年は9月までオンエアされた「仮面ライダー鎧武」と現在絶賛放送中の「仮面ライダードライブ」のコラボとなっています。
MOVIE大戦という企画は、もともと独立した物語として作られている平成ライダーシリーズを、10作目である「仮面ライダーディケイド」という(半ば強引に)クロスオーバーできる設定を武器に成立したものであると言えます。
当初誰しもこの無茶な企画に驚いたかと思いますが、この無謀も何度も見ていると当たり前となってくるわけで、物語の整合性が多少合っていなくてもOKというおおらかさが観る側にも出てきます。
それぞれしっかりと世界観を確立させてきた平成ライダーらしくないという意見もあるでしょうし、映画なのでお祭り的でイベント的な作品もありだろうという意見もあるかと思います。
とはいえ、世界観の違いが大きすぎると、やはりストーリーに無理矢理感が感じられる場合も多々あるわけで、それがMOVIE大戦が作品によって出来不出来の差があるという理由になっているのでしょう。
「ディケイド」という物語はもともと「数々の物語世界を渡り歩く」という設定であるため、異なる世界観をつなぐ媒介としては極めて使いやすい存在です。
しかし、このところはMOVIE大戦にディケイドが登場することもなくなってきたので、異なる世界観がガチにぶつかることとなってきました。
そうなると世界観が異なっていることによる映画としての分断感が気になってくるのですよね。
そういう点からすると今回のMOVIE大戦「仮面ライダー×仮面ライダー ドライブ&鎧武 MOVIE大戦フルスロットル」については、個人的にはあまり評価は高くはありません。
ひとつは昨年の「仮面ライダー鎧武」が平成ライダーシリーズの中でも特に独特の世界観が強く、また大河性も完結性も高い作品であったことがあります。
「鎧武」についてはシリーズが開始する当初より虚淵玄さんの脚本がシリーズ最後までのストーリーができていたということで(これは1年かける東映の特撮番組では珍しい)ということで、完成度高く構築された物語であると言えます。
逆を言えば融通がきかないお話であるとも言えます。
テレビシリーズでも「トッキュウジャー」や「キカイダー」とコラボしていますが、どうしても相当に番外編感が強く、違和感を残すエピソードでもありました。
かたや「ドライブ」の方はシリーズ全体と通す大きな物語はあるにせよ基本的には1話完結方式の構成です。
今までの作品でいうと「W」が近いでしょうか。
1話完結的な物語は大河性はやや落ちるかわりに、ある種の融通さは持っている。
このようにタイプの違う作品でコラボをするのですから、なかなか無理やり感はぬぐいきれません。
融通が利く方(今回では「ドライブ」)が合わせていけばよいのですが、それでも「電王」「ディケイド」のような無理を無理ともしない設定ではないわけで、こじんまり感はあります。
結果、「鎧武」の番外編の映画、「ドライブ」のスペシャル版、あと無理やり共演させたお話というような構成になってしまい、あえてコラボする意味合いに疑問をもってしまうような作品になってしまいました。
難しいのはわかるのですけれどね・・・。
現在進行形のテレビシリーズの「ドライブ」がいまいちパワーにかけているというところもあり、ちょっと盛り上がり感に欠けました。

個人的には無理やりな作品同士を組み合わせるよりは、親和性のある作品を組み合わせたコラボが見てみたい。
探偵ライダーの「W」、警官ライダーである「ドライブ」のコラボなんかはおもしろそうですけれどねー。
脚本は同じ三条陸さんですし、実現してくれないかなあ。

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2014年12月13日 (土)

「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」 新たなる旅たちを期待

テレビシリーズをリファインして成功したアニメーション「宇宙戦艦ヤマト2199」の劇場映画版です。
こちらは劇場用の新作で、ストーリーとしてはヤマトのインスカンダルから地球への帰路の中でのお話となります。
ヤマトファンとしてはやはり注目したかったのは、ガトランティス軍との攻防ですね。
「2199」においてはガトランティス軍はちらりと登場していて、ガミラス軍が征服する野蛮人という設定でした。
ガミラス軍は第3帝国時のドイツ軍をモチーフとしていますが、ガトランティス軍がイメージしているのはモンゴル帝国ですかね。
ですので「さらば」のような白色彗星などは登場しないわけですが、ユニークな形状のガトランティス軍の船舶は出てくるので、これらとヤマトとの攻防はひとつ見所として期待しておりました(ナスカ級とかけっこう好きなのです)。
本作はオリジナルストーリーということで、「2199」の中でもオリジナルであったアケーリアス文明人についてが物語のコアとなっています。
この設定は出淵監督が気に入っているものなのでしょうか。
中盤、ヤマトクルーの一部とガミラスクルーの一部がある空間に閉じ込められるという場面がありますが、このあたりは少々中弛み感はありました。
個人的にはもう少しドンパチしてほしかったところなのですが・・・。
とはいえ、ここでヤマトクルーとガミラスクルーの心の交流があったからこそ、最終決戦での両者の共同戦線にもつながるわけですからね、必要であったのだと思います。
作画・演出も劇場オリジナルということだけあってレベルが高いものだったと思いました。
このシリーズはやはりこのクオリティが維持し続けられたというのが素晴らしいですね。
沖田艦長以外は主要人物もすべて生き残っていることですし、また新たにヤマトの出航、新たなる旅たちが見られると嬉しいなと思います。

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2014年12月 6日 (土)

「THE NEXT GENERATION パトレイバー 第6章」 実写の限界と可能性

さてさて実写版「パトレイバー」も本作と次の作品で完結です。

EPISODE10「暴走!赤いレイバー」では、軍用レイバーが登場します。
4足の軍用レイバーはアニメの劇場版などでも登場しましたが(あれは自衛隊の軍用レイバー)、これがなかなかかっこいい。
戦車とロボットのハイブリットには、イングラムのような2足歩行ロボットのスタイリッシュさとは異なる、重機感を感じます。
子供がブルトーザーとか、クレーンとかいった重機に憧れを持つのと、同じ感覚かな。
「パトレイバー」の4足の軍用ロボットというのは、たどっていくと「太陽の牙 ダグラム」のクラブガンナーに通じ、またその先は「スター・ウォーズ」のスノーウォーカーに辿り着くのでしょうね。
やはりこのあたりの系譜は男の子心をそそります。
映画のポスターが「軍用レイバーVS警察用レイバー」という煽り文句であったころもあり、ロボット戦を期待したのですが、割とあっさりでしたねー。
まあ、なかなか予算的にも厳しいのだろうなとは思いますが。
このあたりは実写版の限界が見えたかなという感じがします。

EPISODE11「THE LONG GOODBYE」は今までの「パトレイバー」シリーズとは異なるテイストでした。
主人公泉野明を中心にしたエピソードとなっていますが、明の女の子としての側面にスポットを当てたお話になっています。
「パトレイバー」というシリーズには女性はたくさん登場しますが、恋愛という要素はあまり感じません。
本作は今までとは異なり、甘酸っぱい青春の思い出を描き、明の女の子としての側面を描いた点で新しいと思いました。
このあたりの甘酸っぱい感じというのは、やはり実際に真野恵里菜さんという可愛らしい女性が演じたことによる醸し出されるものであるかと思います。
なかなかこういう雰囲気はアニメではだしにくい。
リアルに人が演じるからこそ出てくるテイストであるなと思いました。
そういう意味で本作は実写ならではの新しい「パトレイバー」を描いたかと思います。

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