「小さいおうち」 小さい罪
こちらの作品は観る予定ではなかったのですが、出演している黒木華さんがベルリン映画祭で銀熊賞を受賞されたと聞き、観に行くこととしました。
黒木さんを初めて映画で観たのは昨年の「舟を編む」で、あちらは現代的な若者という役柄でしたが、本作では朴訥で一途な女中さんの役。
まったく違うタイプの役柄でしたが、どちらも自然に演じていて確かに上手いなと思いました。
決して目を見張るような美人さんではないのですが(失礼!)、本作で黒木さんが演じているタキちゃんの一途な振る舞いを観ているととてもかわいらしいと感じましたね。
さて作品の内容についてです。
本作は主人公であるタキという老女の葬式のシーンから始まります。
タキの遺品からは彼女がしたためていた自叙伝が見つかりました。
そこには彼女が昭和初期に女中をしていた一家での出来事「恋愛事件」が記されていました。
彼女は女中をしていた時の話をとても懐かしそうに、幸せそうに語ります。
健史(世話を時々しにくるタキの兄弟の孫)は時代的にも女中なんてそんな幸せであるわけないと言いますが、タキは「そんな奴隷みたいだなんて言わないで」と反論します。
僕もその当時の女中という仕事はよく知らないのですが、作品を観る限りはタキが住み込みをしていた平井家はタキのことを家族の一員と考えてくれていたように見えます。
特に奥様である時子は、主人と女中という一線はあるにしても、彼女に対して確かに愛情を持っていたと思います。
もしかするといろいろお話ができる妹のような存在に思っていたのかもしれません。
故郷から一人で上京してきたタキは家族を失っているようなもので、彼女にとっても平井家は大事な家族のように思えていたのでしょう。
特にタキにとって奥様は今まで見たこともないほどにあか抜けていて洗練されている大人の女性に見えたことでしょう。
また時子は女中である自分に対しても家族の一員のように接してくれる優しさももっていました。
タキにとって時子は憧れの存在であったに違いありません。
時子の親友である睦子が示唆するように、そこにタキの時子に対しての恋愛感情のようなものがあったかどうかはわかりません。
ただタキに自覚はなかったかもしれませんが、それに近いものはあったかもしれませんね。
そして奥様と旦那様の会社の若者の不倫疑惑が持ち上がります。
世の中も不穏になっていく中でそのようなことが露見すれば、平井家は崩壊してしまうかもしれません。
タキは奥様の想いを察しながらも、先行きへの不安な気持ちで胸を一杯にします。
大好きな家族がみな悲しんでしまう、ばらばらになってしまう。
自分のよりどころである大切な家族がなくなってしまう。
大好きな奥様を誰かに奪われてしまう。
自分でも上手く整理できない気持ちでタキは胸を痛めます。
結果的に出征してしまう奥様の思い人への最後の手紙をタキは届けずに、そのため二人は二度と会うことができませんでした。
この小さな家族は守られましたが、奥様の気持ちは犠牲になってしまったのです。
そして戦争は激しくなり、タキは平井家を離れなければいけなくなりました。
戦後故郷から必死の思いでタキは再び上京しますが、訪れた平井家の小さなおうちは焼けてしまい、奥様と旦那様はそこで死んだことを聞いたのです。
ここから先はどのようにタキが生きてきたかは映画の中では語られず、わかるのは現代でのタキの様子です。
タキは死ぬまで独身で、また親戚の世話を受けずに一人でずっと暮らしていました。
そして彼女が自叙伝で最後のくだりを書いたときに彼女は「長く生きすぎた」と涙を流します。
彼女は自問をし続けていたのかもしれません。
奥様の手紙を渡さなかったのは、大切な平井家を守るためということだったのだけれども、実は自分にとっての大切なものを守るためではなかったのかと。
そのために奥様が大切な想いをとげることの邪魔をしてしまい、そしてそれを叶えることなく奥様は亡くなってしまった。
大好きな奥様の幸せを奪ってしまったのは自分ではないのかと。
たぶんずっとこの想いにタキは苦しんできたのでしょう。
タキがずっと独身で、一人で暮らすことを望んできたのは、それに対しての罪滅ぼしであったのかもしれません。
戦後もずっと一人でそのような罪の意識で暮らしてきたことが幸せであったのかどうかはわかりません。
一途で愛情深いタキには幸せな暮らしをしてもらいたかったと思います。
が、罪を背負い続ける一途さもタキらしさであったのかもしれません。
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