「四十九日のレシピ」 与えることによる幸せ
自分が幸せになろうとして、人から奪おうとする人がいます。
主人公百合子の夫を奪おうとする女もそういうタイプの一人でしょう。
この登場人物は非常にエキセントリックな感じ(この人物に共感する人はほとんどいないでしょう)で描かれていますが、これほどではないにせよ、このように「奪う」ことにより幸せになろうとするタイプの人がいるのは確かです。
ただ彼女のような人とは逆の行為、つまりは「与える」ことで満たされる人もいます。
人に与えることにより、自分の存在価値、自分がいる意味を感じられる。
百合子などはそちらのタイプだと思います。
夫の母親の介護もし、夫の世話もする、ただそれをしなくてはいけないとやっているのではなく、そのように人に与えることで満たされていたのだと思います。
与え続ける彼女にとって唯一「得たい」存在、それは子供なのですが、それは得ることはできません。
子供は自分にとって究極的に自分を与えるもの(だからこそ幸せを感じる)ですが、だからそれを得られないことは自分が存在する意味を見いだせないと彼女は感じてしまったのかもしれません。
そしてそれだけでなく、自分の家庭すら人に奪われそうになる。
自分の存在価値すら感じられない、深い喪失感を味わったのかもしれません。
離婚の危機をむかえ、彼女は実家に戻ります。
実家では、自分を育ててくれた母親の乙美(実は血は繋がってない)が亡くなったばかりでした。
母親の遺言は、自分の四十九日にはみんなで大宴会をしてほしいということ。
そして彼女は自分が描いたイラストの入った「暮らしのレシピカード」を残していました。
百合子と父親は母親の願いの通り大宴会を開こうと準備をはじめます。
その中で百合子は母親の生涯を記した年表を作ろうとしますが、改めて作ろうとすると母親の人生が空白であることに気づきます。
自分は子を得ることはできず、連れ子(つまりは百合子のこと)を育てる人生は空しいものではなかったのかと。
そこに子供ができない自分を重ね合わせたのかもしれません。
与えるだけ与え、唯一得たいものは得られなかった人生。
しかし、そんなことはなかったことに百合子は気づきます。
乙美はずっと若い頃からボランティアの仕事をしており、老人や社会に馴染めない子供たちの世話をずっとしてきていました。
百合子以上に人に何かを与え続けてきていた一生だったと言っていいでしょう。
四十九日の大宴会の日、百合子の家には乙美がかつて世話をした人々が大勢訪れます。
そして空白ばかりが目立っていた乙美の年表にそれぞれが彼女との出会いを書き込んでいきます。
乙美の人生は与えるばかりの人生ではありませんでした。
人々の出会いを彼女は得て、彼女は満たされた人生を過ごしていたのです。
自分の子を得ることはできなくても、手をかけて育てた子を得、そして彼女を慕う人々を得、確かに乙美の存在価値はあったのです。
そういう乙美の生き方を知り、百合子も自分の人生は捨てたものではないと感じることができたのでしょうね。
百合子の父親である良平も妻を失い深い喪失感を感じます。
彼は乙美に与えられる側であったんですね。
良平は妻を失ったことで、自分が妻に何も与えられてきていなかったと悔やむのです。
けれど、そうではなかったということを良平も気づくことができたのだと思います。
良平は乙美と結婚して、彼女に家庭というものを与えてあげた。
与えることができる夫を得て、世話をできる娘を得て。
それが乙美にとって幸せだったのだと。
何も与えられなかったのでなかった。
確かに妻に幸せを与えることができたのだと。
本作は父親と娘がそれぞれに喪失感を味わい、そしてそこから立ち直る過程を描きます。
喪失感は簡単には塞がらない。
それが癒されていく時間が四十九日という日数なのかもしれません。

| 固定リンク
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: 「四十九日のレシピ」 与えることによる幸せ:
» 『四十九日のレシピ』 [京の昼寝〜♪]
□作品オフィシャルサイト 「四十九日のレシピ」□監督 タナダユキ□脚本 黒沢久子□原作 伊吹有喜□キャスト 永作博美、石橋蓮司、岡田将生、二階堂ふみ、原田泰造、淡路恵子、 内田慈、荻野友里、中野英樹、小篠恵奈、執行佐智子、赤座美代子、茅島成美■鑑賞日 1...... [続きを読む]
受信: 2013年11月25日 (月) 21時26分
» 四十九日のレシピ [映画的・絵画的・音楽的]
『四十九日のレシピ』を渋谷TOEIで見ました。
(1)本作を制作したタナダユキ監督の前作『ふがいない僕は空を見た』がなかなか面白く、さらには永作博美が出演するというので映画館に行ってきました。
主人公の百合子(永作博美)は、夫・浩之(原田泰造)に愛人がい...... [続きを読む]
受信: 2013年11月26日 (火) 05時44分
» 映画『四十九日のレシピ』★ラストまで“空白“は埋まってイイ49日でした☆ [**☆(yutake☆イヴのモノローグ)☆**]
作品について http://cinema.pia.co.jp/title/161247/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。
映画レビューです。(ネタバレ表示)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id345696/rid12/p1/s0/c1/
..... [続きを読む]
受信: 2013年11月26日 (火) 09時23分
» 四十九日のレシピ/永作博美、石橋蓮司 [カノンな日々]
伊吹有喜さんの同名小説を原作に『ふがいない僕は空を見た』のタナダユキ監督が映画化したヒューマンドラマです。NHKでTVドラマ化もされていますが、そちらは観る時間がなくスルー ... [続きを読む]
受信: 2013年11月26日 (火) 22時00分
» 四十九日のレシピ [あーうぃ だにぇっと]
四十九日のレシピ@WOWOW試写室 [続きを読む]
受信: 2013年11月26日 (火) 22時45分
» 映画・四十九日のレシピ [読書と映画とガーデニング]
2013年 日本
岐阜県東濃地方の田舎町妻・乙美の突然の死から数日後の熱田良平(石橋蓮司)散らかった台所、茶の間でスェット姿で寝転がる良平乙美の遺影を見ながら思い出すのは、最後に釣りに出かける良平の為にお弁当にと作ってくれたコロッケパンのソースが漏れ...... [続きを読む]
受信: 2013年11月27日 (水) 08時12分
» 四十九日のレシピ ★★★ [パピとママ映画のblog]
NHKでドラマ化もされた伊吹有喜の人気小説を、「百万円と苦虫女」「ふがいない僕は空を見た」のタナダユキ監督が映画化。母が残したあるレシピによって、離れ離れになっていた家族が再び集い、それぞれが抱えた心の傷と向き合いながら再生していく姿を描く。
あらすじ:妻...... [続きを読む]
受信: 2013年11月28日 (木) 10時10分
» 『四十九日のレシピ』 [ラムの大通り]
----『四十九日のレシピ』?
このタイトルって、ちょっといやだニャあ。
四十九日の法要の時に出すレシピってことでしょ?
ニャんとか料理ってヤツ…。
あれ、おいしくニャいし。
「(笑)いやいや法事料理のことじゃないよ。
でも確かに、
これはちょっと分りにくいよね。...... [続きを読む]
受信: 2013年11月30日 (土) 14時35分
» 四十九日のレシピ [象のロケット]
後妻・乙美(おとみ)を亡くし途方に暮れている良平の家へ、若い派手な女・井本がやって来る。 一方、良平の娘・百合子は、夫の愛人から子どもが出来たと知らされ、ショックのあまり実家へ帰ることに。 自分が死んだら手作りの“暮らしのレシピカード”をもとに「四十九日の大宴会」をするように、乙美から直接頼まれたのだという井本の言葉に、反発する良平と百合子だったが…。 ヒューマンドラマ。... [続きを読む]
受信: 2013年12月 3日 (火) 10時43分
» 四十九日のレシピ [C’est joli〜ここちいい毎日を♪〜]
四十九日のレシピ
13:日本
◆監督:タナダユキ「百万円と苦虫女」「ふがいない僕は空を見た」
◆主演:永作博美、石橋蓮司、岡田将生、二階堂ふみ、原田泰造、淡路恵子、内田慈、荻野友里、中野英樹、小篠恵奈、執行佐智子、赤座美代子、茅島成美
◆STORY◆熱田良平(...... [続きを読む]
受信: 2013年12月 3日 (火) 20時04分
» 49日のレシピ [迷宮映画館]
さっすが、タナダ監督!痒いところをちゃんと掻いてくれる。 [続きを読む]
受信: 2013年12月 7日 (土) 18時03分
» 「四十九日のレシピ」 [prisoners BLOG]
ワンシーン時にはワンカットの中で過去の人物あるいはすでに死んだ人間が現実に陥入してくるというのは、最近ではすっかりおなじみになった感がある。一方で死んだら消えてなくなり、世界もいずれなくなるという意識も、事実そうだという以上にどこか捨てがたいものがある...... [続きを読む]
受信: 2013年12月31日 (火) 09時29分
» 四十九日のレシピ [Spice -映画・本・美術の日記-]
「四十九日のレシピ」を観てきました。
妻の乙美を亡くして無気力になっていた良平(石橋蓮司)。その娘の百合子(永作博美)は夫の浮気が原因で、実家に戻ってくる。その家に乙 [続きを読む]
受信: 2014年1月18日 (土) 14時41分
» 「49日のレシピ」、母の死後、遺された父と娘の再生物語 [ひろの映画日誌]
おススメ度 ☆☆☆
原作は伊吹有喜の人気小説。NHKでドラマ化されている。今回はタナダユキ監督。
70歳で妻を亡くし悄然としている男の下へ、ちゃきちゃきの女の子がやってくる。妻が生前勤めていた施設でそこに入所していた女の子に自分の49日の法要を盛り上げて...... [続きを読む]
受信: 2014年5月23日 (金) 08時54分
» 観ました、「四十九日のレシピ」 [オヨヨ千感ヤマト]
ひさしぶりに「良い映画」が観たかったんです。で、最近最後に観た「良い映画」って何 [続きを読む]
受信: 2014年7月 9日 (水) 11時20分
コメント
sakuraiさん、こんばんは!
そうですね、母親は与えるとか与えていないとかそういう意識はないでしょうね。
でもそうしたくてもそうできない人もいて、なかなかそういう視点で描かれる作品もないので共感性がありました。
私も子供いないですし。
投稿: はらやん | 2013年12月 8日 (日) 16時47分
愛とは与えるものである・・・とは、よくいったもんですね。
母親なんてのは、与えてるなどとは微塵も考えずに、ひたすら与えてる。それによって、報われようなどとも一切考えず。
それがごくごく普通だった世の中が、なんか遠く感じられて仕方がないです。
投稿: sakurai | 2013年12月 7日 (土) 18時02分