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2013年10月 5日 (土)

「仮面ライダーウィザード」 孤高のヒーロー

前作「仮面ライダーフォーゼ」はシリーズの中でも屈指の明るさ、開放感、高揚感のある作品でした。
しかし、それに続く「仮面ライダーウィザード」は一転し、ストイックさを感じる作風となりました。
このあたり前作の路線をそのまま継承するのではなく、作品毎に新しさを追求していくのは平成仮面ライダーならではというところでしょう。
「ウィザード」におけるストイックさというのは、ウィザードに変身する主人公操真晴人の孤高さに帰すると思います。
ウィザードが戦うのは人が絶望したときに生み出されるファントムと呼ばれる怪人です。
オンエア前にこの「絶望」を題材にすると言うのを聞いた時、少々驚きました。
日曜日の朝の時間帯の子供向け番組に「絶望」はあまりに重いテーマではないかと。
そしてまた「絶望」を題材にするのであれば、それを子供向けにヌルく描いてしまうと、それはそれで作品として非常に曖昧になものになってしまうようにも思いました。
結果的には本作において「絶望」は子供向けの手加減をせずに描かれていたと思います。
物語としてもハードな展開の回も多かったですよね(フェニックスの最期とかグレムリンの過去などはけっこうハードだなと思いました)。
ある意味「絶望」というものは「死」よりも深く辛いものかもしれません。
「死」はいくら辛くてもすべてが終わってしまう。
「絶望」とは生きるための希望を失っても、それでも生き続けなくてはいけないという辛さがあるわけです。
この永続的な苦しみこそが「絶望」なのだと思います。
ゲートと呼ばれる人々は、ファントムに狙われ絶望させられようとします。
希望が壊れるところを見た人々は、生きる希望を失い、彼らもまたファントムに転化してしまいます。
絶望の淵を覗き込んだ人々の苦しみはまさに「死」よりも重く深いと感じられました。
操真晴人は自らも幼いころ両親を亡くし絶望し、そしてまたワイズマンによって引き起こされたサバトで絶望に直面します。
しかし、彼はその絶望から自らの力で脱し、魔法使い=ウィザードとなるのです。
彼は自分が絶望を覗き込んだからこそ、他の人々に同じような想いをさせられないと、ウィザードとしてファントムたちと戦い続けます。
操真晴人には最近の平成仮面ライダーシリーズの主人公にあるような人物としてのキャッチーさはありません。
どちらかと言えば静かであり、周囲をかき回すようなタイプではありません。
しかし、彼のキメ台詞でもある「俺が最後の希望だ」に表れているように、人々を救うことへの責任感というものが彼を強く印象づけます。
これは前述したような孤高さ、そしてストイックさに繋がっているように思います。
もともとメインライターのきだつよしさんは、仮面ライダーがスーパー戦隊シリーズ等他のシリーズと違う点はヒーローが一人であるということと言っていたようです。
平成仮面ライダーシリーズは2号ライダーが登場することが定番となったり、そもそも主人公周囲との絡みも多いので、ライダーの孤独さというものはあまり出ることはなかったと思います。
「ウィザード」でも2号ライダーは登場しますし、周囲のレギュラーキャラクターもいますが、操真晴人の孤高感というのは最後まであったように感じました。
そして彼の孤高感というのは超越してしまった者としての孤高感ではないのですよね。
なんというか、生き残ってしまったことによる孤独感とでも言いましょうか。
地獄を見、そこからなんとか脱した。
それは二度と経験したくないし、そして誰にも経験させたくない。
そういう生き残った者としての使命感が彼を強くし、孤高の存在としているような気がします。
そのなかで晴人の人となりが垣間見えるエピソード(サッカーをやっていたときのエピ、先生とのエピ等)は彼がどのような思いで戦っているかというの感じられる名エピソードであったと思います。
物語は「龍騎」と同じような臭いもありましたね。
自分の大事な人を救うという願いのため、他の者を犠牲にする。
それほどまでに強い想い。
その強い想いを持つのは「龍騎」ではそれが神崎であり、「ウィザード」ではそれはコヨミの父、笛木でありました。
しかし、いかに強い願いであっても、だれかの希望を奪い、絶望させることは許されない。
だから仮面ライダーは人々のために戦う。
「龍騎」では戦うことそのものに主人公真司は迷い続けましたが、「ウィザード」の晴人には迷いがありません。
それは前述したように自身が絶望したことがあるという経験があるからでしょう。
同じような想いを誰にもさせられない。
それが晴人の迷いのなさに表れているのでしょう。
「ウィザード」はスタート時は、「フォーゼ」から一転した落としたトーンの展開にやや戸惑いましたが、ドラマ力ともいえる物語の力で中盤以降牽引し1年間見せ切りました。
いぶし銀の仮面ライダー作品だと思います。

本作でのアクションシーンでの新しい試みとしてXMA(エクストリームマーシャルアーツ)の導入があります。
華麗に「魅せる」アクロバットな動きはウィザードの個性として非常に強く印象づけられました。
アクションだけでここまでキャラクターを個性的に見せられるようになるとはと、改めて感心しました。
あと役者さんでは中山絵梨奈さんに注目しました。
メデューサ役、後半は稲森真由役で登場し、二役を演じることとなりました。
登場時はまだまだ演技に慣れていない感じがしましたが、後半二役を並行して演じるようになってからはそれぞれの違いなどはしっかりと出せていたと思います。
演じた二役は真逆なキャラクターでしたが、表情などがまるで変わり別の人物に見えました。
あとスタイルがきれいなので、眼福でしたね(笑)。
後半真由役での登場が多くなってからは、監督の皆さんは脚ショットを多用していたような・・・。

次回作はフルーツで武将という、これまたストイックさとは真逆で破天荒そうなライダーですよね。
まったくどのようになるのか想像がつきません。
それが平成仮面ライダーシリーズの魅力でしょう。

前作「仮面ライダーフォーゼ」の記事はこちら→

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