「俺俺」 アイデンティティの溶融
オレオレ詐欺(最近は「母さん助けて詐欺」となったらしいが、微妙なネーミングだね)をひょんなことからやってしまった主人公の均だが、それをきっかけに同じ顔で、考えることも似通っているもう一人の「俺」が現れます。
なんとも奇妙で不条理な物語を映画にしたのは、「時効警察」「インスタント沼」の三木聡監督。
「俺俺」は同題の小説を原作とする作品ですが、この不条理さは三木監督にはぴったりだと思いました。
俺は三人から、どんんどんと増殖していくわけですが、その理由・原因やら法則などは一言たりとも説明されません。
直接的な説明がない不条理な感じ、それでいてポスターやらなにやら画面に映るものに何かしらの意味があったりするというのは、三木監督の本領発揮というところでしょうか。
「俺が俺である」と思うということは自分で自分の自我を認識しているということ、つまりは自己のアイデンティティについて意識できているということでしょう。
自己のアイデンティティが認識できているからこそ、自分とは異なる他者も認識できるわけですよね。
自分と他者というのは、異なるエゴを持っているわけですから、様々な軋轢が生まれます。
社会の中で生きていく中で、そのエゴ同士の軋轢については、それぞれがうまくいくように調整するわけですが(空気を読んだり、大人になったり)、そういうことが面倒くさいと思うこともありますよね。
均と、他の俺(大樹とナオ)は、「俺」らの中でもより好みなどが似通っており、いっしょにいても気が楽というように互いに言っています。
確かに家族でも異なったエゴを持っているわけなので、同じ屋根の下で暮らしていても軋轢があります。
その軋轢そのものがないわけですから、居心地がいいに違いありません。
しかし、その「俺」らも三人以外にも様々な「俺」が登場してくるようになります。
それらの「俺」は三人ように好みが似通っているわけでもなく、顔がいっしょというくらいの「俺」も増えてきます。
もしかするとこれは均の中にある深層意識的なものが表れてきているのかもしれません。
瀬島という名の「俺」は破壊衝動だとか、溝ノ口はオタクの気を表しているとか。
そういう深層意識的のようなものも越え、さらにはなんでもありの「俺」が増えていきます。
これは均のアイデンティティというものが次第に崩壊しているというか、溶融してきているような状態なのかもしれません。
他者と自己の区別が次第にできなくなってきている状態なのでしょうか。
他者と自己の間の境界線がしだいになくなってきて、自分が自分であると認識できなくなっている状態・・・。
ただしこの作品ではこれが均の心の中で起こっている出来事であるという説明があるわけでもありません。
というより、「俺」たち同士は相互に認識しているし、社会も「俺」の増殖と削除を認識しているわけなので世界そのものが不条理におかしくなっている側面もあるわけです(メタ度を上げれば、それ自体、世界まるまる均の意識の中という考え方もできますが)。
ま、ぶっちゃけそういう面倒くさいところまでは設定しているとは思いませんけどね。
不条理さ自体を楽しむ、というところが三木さんの作品にはありますから。
不条理ということはそもそも説明ができないこと、理屈では納得しにくいことですからね。
その辺を深掘りするのは野暮というものかもしれません。
不条理さを楽しむということは、常識では説明ができないことを楽しむこと、つまりはそこにある不安感・不安定さを楽しむということなのでしょうね。
あとこの「俺」の増殖が携帯電話から始まったというのも面白いなと思いました。
現代は携帯電話(スマホ)にはその人の付き合い関係やスケジュール、ライフログのようなものが一杯詰まっているわけです。
その人の本質そのものと言ってもいいくらいに。
作品の後半でどれが本当の「俺」なのかわからないくらいに混乱する状態になりますが、そのときも誰が本当の「俺」なのかを見るのに便利なのが、最初から彼が持っているスマホなんですね。
あれが彼のエゴを象徴しているアイテムのような気がしました。
登場してきた警察、総部警察と言っていましたね(「時効警察」ネタ)。
微妙に総武警察じゃないところでずらしてくるところも三木監督っぽい。

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同じ顔、同じ好み、気を使わずに分かり合える俺だらけの世界ってハッピー!
その日から、日に日に俺が増殖。
やがて、嫌な俺まで現れ、それをキッカケに俺同士の削除が始まります。
コレは、展開が読めなくて、面白かったぁ~
どうなっちゃうんだろう?ってね。
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コメント
sakuraiさん、こんにちは!
確かにジャニーズ事務所のタレントさんはみなさん、実はしっかりと基礎ができているという方が多いですよね。
若い頃からバックダンサーとかで修行しているからかしらん。
投稿: はらやん | 2013年7月13日 (土) 06時50分
きっと、三木監督の頭の中では、きちんと世界観ができてるのかもしれませんが、唐突動いていくのについていくのが精いっぱい。
というより、だらっと流されながら見るのが、正しい見方かもしれませんね。
カメなし君、なかなかの芸達者でしたね。
ジャニーズって、すごいわ。
投稿: sakurai | 2013年7月11日 (木) 18時23分