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2013年6月 2日 (日)

「リアル〜完全なる首長竜の日〜」 償いと赦しと救い

原作である「完全なる首長竜の日」は「このミス」大賞を受賞したということで出版された時に読んでいました。
読んだときにこちらのブログでレビューも書いているのですが、今その記事を読むとそれほど感銘を受けた感じでもないですし、実際にほとんどそのストーリーを覚えていません。
現実と非現実が曖昧になりどちらか本当かわからなくなる・・・、「胡蝶の夢」、フィリップ・K・ディックの小説、またはノーランの「インセプション」的な印象だったというのだけを覚えていました。
ということで、本作については原作と比べてどうこうという視点での観賞ではなく、純粋にこの作品に対してという見方になります。
その見方でいくと、この作品はけっこう面白く、そして興味深く観れました。
小説を読んだときはそれほど強い印象を持った作品ではなかったですが、映画についてはよくできているなと思いました。

<ここから先はネタバレ・注意です>

小説と、映画と設定やストーリーは違っているようなのですが(どこが違うかわからないくらい小説の記憶がない)、そういった違いだけではなく、本作については映画ならではの力を巧みに使っているように思いました。
タイトルにあるように本作はリアル(現実)、そして非リアル(非現実)というもの、そしてそれが曖昧であるさまを題材としています。
小説というものは文字ですべて書かれているもので、読んでいる側が、書かれていることを脳内で補完しリアル化している状態ということができるかと思います。
例えば「椅子」と書かれていれば、それに特別な描写がない限りは、読み手はそれをその人の想像力で補っているわけです。
思い浮かべる「椅子」は読む人により違い、物語上重要でなければ、想像すらしないかもしれません。
そういう意味で小説という媒体は、非リアル的(非写実的?)であると言えるかと思います。
だからリアルか、非リアルか、その境目が曖昧であるという物語は、そもそもが書き手の描写の巧みさと読み手の想像力に頼るところがあるわけで、それがないとリアルだと思っていたものが実は非リアルであったという物語の驚きがもたらせないということになるかと思うのです。
個人的には原作の小説はそれが伝わらなかったということだったのだと思います。
しかし、映画という媒体は目に見えるものであり、小説よりもそのリアル性というものが特段に高まっています。
ですのでリアルであったものや出来事が実は非リアルであったということの驚きというものは、リアルであったと思っていたことに映像という説得力があるので、リアルであったものが非リアルであったという落差が小説よりもわかりやすく表現できるのかなと思いました。
また本作においてリアルと非リアルをつなぐキーアイテム的なものがいくつかでてきます(赤い旗であったり、首長竜であったり)。
それらも小説では言葉で説明をしなくてはいけないものですが、映像であればそれは印象深く登場させさえすれば、くどくどしたところもなく直感的に理解させることができるのかなと感じました。
このあたりの映像による直感的な理解というのは、本作のようにリアルと非リアルの境界面が曖昧になる、もしくは逆転するといった構造や(「インセプション」なども)や、入れ子構造になっている物語(「クラウド アトラス」などもそうか)に非常に向いているだろうと思いました。
小説はやはり書き手と読み手の力量に負うところが大きい(とはいえ映画も作り手の力量が相当必要ですが)。
そういう点で、映画という媒体の個性というか、力を感じさせてくれた作品でありました。

物語の2/3程度をしめる、浩市が敦美を救おうとしているリアル、それは実は浩市の脳内の非リアルな世界なのですが、これが非リアルであることはヒントがいくつか最初から提示はされていました。
浩市にとってのリアルな世界にフィロソフィカル・ゾンビが現れる、または敦美の書いた漫画の描写が見えると言ったことです。
敦美を担当している医師相原がセンシングの影響が幻視として現れると言いますが、それもまた浩市が脳内の世界をリアルであると保つための自分自身での説明なのですね。
このあたりの構成はよく練られているなと思いました。
浩市は幼い頃に体験し、自分の罪だと思ってしまった二つの出来事(モリオを救えなかったこと、島のリゾート開発)をずっと心の奥底に封じ込めてきました。
それを自覚することはなかったのですが、心の奥底では罪の意識を持っていたわけで、それが彼の行動(「ルーミイ」という漫画のテーマ)に影響を与えていた。
川へ落ちるという事故によりその罪が彼の意識内で顕在化し、それに捕われ彼はリアルな世界に戻れなくなったのでしょう。
戻るにはその罪を、彼自身が納得する形で償い、赦されなければならない。
そして彼はそれを自分の力だけで成し遂げることができなかったのですね。
そこにセンシングを通じて敦美が現れます。
彼女は彼の罪を理解し、そしてそれを赦し、そして救います。
浩市は罪を自覚し、償い、赦され、そして救われる。
ある意味、自分の意識を自覚する、心理療法でおける認知療法的なものであったのかもしれません。

小説「完全なる首長竜の日」の記事はこちら→

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