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2013年3月20日 (水)

本 「陰陽師 -鳳凰ノ巻-」

夢枕獏さんの作品はその語り口が独特で好きなんですよね。
その語り口は今はなきソノラマ文庫の「キマイラ吼」シリーズの頃から変わらないと思います。
夢枕獏さんの文体はそのリズムがゆったりとしていて心地がよい。
「ほろほろと、桜が散っている。
ほろほろと、酒を飲んでいる。」
なんていういうような表現をしますが、「ほろほろと」という独特の形容詞の使い方や、またこの繰り返しによるリズムがなんとも言えず心地よいのですね。
本作のレギュラーの塔所人物は、主人公は稀代の陰陽師安倍晴明、そしてその友人の源博雅。
この二人が晴明の家の濡縁で酒を酌み交わす場面が必ずと言っていいほどに出てきます。
そこで二人は一言、二言会話をしながらゆるりと酒を飲むのです(ゆっくりとでもなく、ゆったりでもなく、ゆるりとというのが夢枕さんぽい)。
この場面は夢枕さんも好きなようなのですが、何とも言えず心地よいのですね(こればっかり)。
また「キマイラ吼」シリーズなどでもそうなのですが、敵と味方、本作でいうと晴明と蘆屋道満の間でも飄々としたやり取りがあります。
地位と生命をかけた戦いの間であるにもかかわらず、彼らにはあからさまな緊迫感はありません。
まさに戯れているというような感じなのですね。
この余裕さのようなものというのも夢枕獏さんの作品から感じるところです。
人の心の中にはどうしようもなく黒い部分があります。
その黒い部分が呪として現れる。
その呪もそもそも人が持っているものであるとして晴明は受け入れているような気がします。
夢枕獏さんも人や自然の条理として、人ひとりでは抗うことができない力というものをわかっているような気がします。
これを受け入れる、だからこそ余裕とも言えるようなゆったりとした心地よさが醸し出されているような気がします。
この文体はこの人しか書けないというようなものを持っている気がするのですね、夢枕獏さんは。

「陰陽師 -鳳凰ノ巻-」夢枕獏著 文藝春秋 文庫 ISBN4-16-752807-X

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