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2013年2月 9日 (土)

本 「神道とは何か -神と仏の日本史」

けっこう学術的で濃密な内容だったので理解し切れているとは言えないのですが...。
今の日本人でいうと、仏教ーお寺、神道ー神社という感じですっぱりと別れている印象があるかもしれません。
いや、そうでもないか、お寺で柏手打ったりする人もいますもんね。
学校の授業などで明治政府が廃仏毀釈を行ったということを聞いたことがある方もいるかと思います。
これはそれまでごっちゃだった仏教と神道(神仏習合)を明確に分けるということでした。
これにより国家の宗教を神道とし、天孫である天皇の権威を高めるという意図がありました。
つまりは江戸時代までは仏教と神道というのがごっちゃになっていたということですね。
お寺で柏手をうつというのもさもありなんなわけです。
実際、○○宮という神社で仏様を祀ったりしていたわけです。
そもそも神道のもととなる原始的な神の概念は日本にありましたが、しごく素朴なものでした。
そこに飛鳥時代に仏教が入ってきて、それらは次第に交わっていくようになったのです。
仏教的には定着するには土着の宗教を上手く取り入れていくという従来の手法がとられたのだと思います。
もともと仏教はヒンズー教などを取り込み、中国ではそこの神を取り込みました(毘沙門天は元々はヒンズーの神)。
また神道側には仏教との関連性を求めることによる権威付けという側面があったのでしょう。
本地垂迹説というのはまさにそれになります。
この考えは仏様が、別の姿として神様としても現れるということです。
天照大神が大日如来の異姿であるというような考えですね。
おそらく仏教、神道双方に集合することによる得があったのでしょう。
もともとは仏教のほうが権威が上で、神道はそれにあやかるという感じがあったように思いますが、その後日本という国家が次第に自信を深め、さらには元寇などの外部からの圧力があり日本が国家としてのナショナリズムが高まったときあたりから神道のほうが権威が上のような考え方がでてきます。
つまりはこのころから、「神道」という宗教が成立してきたということでしょうか。
それまではもっと獏としたものであったのでしょう。
国が外部からの圧力に晒されるとき、ナショナリズムが高まりますが、日本はそういうときに神道という日本人の独自のもの(と思っている)への機運が高まります。
元寇のときも、明治維新のときも、太平洋戦争のときも。
なんとなく今の時代もそういう雰囲気になっているような気もしなくもありません。
しかし現在の神道自体も日本オリジナルというわけではなく、仏教を始め儒教などの外来の思想を取り入れ日本人として解釈再構成したものです。
日本人というものはもともとそういう気質なわけです。
自動車産業などもそう、カレーやギョーザ、ラーメンなどの食べ物もそもそもは外国のものですが、日本人はそれを取り入れ、解釈し日本人らしさを加えて再構成しています。
ナショナリズムというと純化という方向に行きがちですが、日本人という民族はそもそもが外のものを受け入れそれを自分たちなりに発展させていくというセンスを持っている者なのだろうなと思います。
神道の話を読んで、そういうことを考えました。

「神道とは何か -神と仏の日本史-」伊藤聡著 中央公論 新書 ISBN978-4-12-102158-8

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