本 「深海のYrr」
読み応えのある作品でした。
けっこう厚い文庫で上中下の3巻です。
あるとき、世界の各所で異変が起こります。
ヨーロッパでは食用のロブスターから何ものかに感染し、謎の病気が蔓延し、人々が倒れていきます。
また北海のメタンハイグレード埋蔵地帯で大量のゴカイが発生、それによりメタンハイグレード層が崩壊し、メタンが噴出、それにより大きく海水が押しのけられたことにより大津波が発生し、ヨーロッパの沿岸地帯は洗い流されます。
北アメリカでは突如クジラがホエールウォッチングの船を襲い、人命が失われます。
クジラやオルカの襲来は他の船にも及び、世界の船の運航が危うくなります。
さらには北米沿岸を大量のカニが襲い、ヨーロッパと同様の病気が蔓延するのです。
やがてメキシコ湾流の流れが止まり、そして再びメタンハイグレード層の崩壊の予兆があり、世界は壊滅の危機を迎えます。
別々の出来事に見えるそれらの事件は、ひとつ「海」を指し示しています。
「海」に何ものかが潜んでいる。
それは人類への敵意を表し、滅ぼそうとしている・・・。
本作は海洋テクノスリラーであり、「未知との遭遇」的なSFでもあります。
異星人であったり、地球にいる別の生命体との邂逅というのは、SF小説でもクラークやホーガンなど古い作品からあるテーマです。
知性体というと人間と同じような形状を思い浮かべがちですが、そうであらねばらならないことはありません。
違う環境で発生した知性体は人間とは異なる形状をし、それゆえに思考形態などもまったく異なる可能性もあります。
そのような生命体とのコミュニケーションをどのようにとっていくのか。
そういう意味で本作は究極の異文化コミュニケーションを扱っていると思います。
集合知性体というのはこれもSFではよくある設定ですが、その生命体の仕組み、思考について本作ほど細かく考えられているのはあまりないかもしれませんね。
そういう点でよく書き込みがされており、読み応えあります。
またテクノスリラーとしての側面として、さまざまな今に則したテクノロジーやサイエンスの情報量がかなり多く盛り込まれています。
本作序盤で津波のシーケンスがあります。
今でこそあの震災により、津波の知識をもっていたりしますが、この本が書かれたときそれほど詳しい人は一般的にはいなかったと思います。
しかし今読んでみると、その描写は読んでいて苦しいほどにリアリティがあります。
津波に襲われたとき、街にいる人は溺死するのではなく、津波に攫われ壁などに強くぶつけられることによる圧死が多いと聞きました。
まさにそのような描写が本作にもあるのですね。
また本作でも重要なキーワードになるメタンハイグレード。
これは近年、日本の近海でも発見され、新たなエネルギーとして注目されています。
このメタンハイグレードの採掘についてもかなり細かく描写されています。
また本作が海が舞台になるので深海技術などについても書かれていますが、その技術については日本はトップレベルです。
いろいろなところで日本や世界の今、を予期しているような題材を扱っていて、このあたりに目を付けた作者は慧眼だと思いました。
本を読み慣れない方には少々ハードルが高い本ですが、読み応えは確実にありますので、チャレンジしてみてください。
「深海のYrr<上>」フランク・シェッツィング著 早川書房 文庫 ISBN978-4-15-041170-1
「深海のYrr<中>」フランク・シェッツィング著 早川書房 文庫 ISBN978-4-15-041171-8
「深海のYrr<下>」フランク・シェッツィング著 早川書房 文庫 ISBN978-4-15-041172-5
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