「終の信託」 いろいろ考えさせられました
「尊厳死」を題材にしているのは予告からわかりました。
重いテーマだなと思い、これはしっかりと受け止められる状態で観ようと思っていたので、公開から時間が経ってしまいました。
「尊厳死」、難しい問題です。
意識もなく、栄養も呼吸も機械の力がなくては生きていられない。
家族や関係者が、そういう状態でも生きていてほしいと思う、というのは無理からぬことだと思います。
けれども本人からしたらどうなのか?
本作でも主人公の女性医師綾乃が言っていました。
外から見て意識がないように見えても、本人に意識がないとは言えないのではないかと。
ただ何も反応することができないのではないか。
本人は反応できず、意志も伝えることもできず、ただただ苦しみ続けているかもしれない。
確かにそういうことはあるのかもしれません。
もし自分がそういう状態であるとしたら、やはり苦しみから早く開放してくれと言いたくなるかもしれません。
しかし、それは伝えることができない・・・。
いわゆる植物状態になっていても、急性胃潰瘍になってしまうというのはけっこう衝撃でありました。
この胃潰瘍はストレス性であるわけで、患者が何かしら苦しみを感じているということなのでしょう。
そういうことがあるのであれば、苦しみから開放してあげたいと思うのも、これもまた無理からぬことのようにも思います。
ただパイプで繋いで生きながらえさせるというのは、綾乃が言うように家族が自分の親や夫の生命の火を消すという決断の責任から逃れようとするということかもしれません(酷な言い方ではありますが)。
その責任は非常に重く、それを負う人も、負わせる人も、そうとうに覚悟がいる話であるのでしょう。
それだからこそ「信託」、「信じて託する」ということなのですよね。
家族でも、医者でも信じて託せる人がいる状態にする。
生前より、自分と家族と医師でしっかりと話しておくことが大事なのでしょうね。
と、一般的な結論しか書けないのですが、もし自分の親がとか、もし自分が、となったりしたら、こういう冷静なことも言ってられないのでしょう。
だからこそ難しい、この問題は。
後半、検察での塚原検事と綾乃のやり取りも考えさせられるところがありました。
観ている側からすると、綾乃と江木の信頼関係というのを知っているわけで、塚原検事がヒールに見えるかもしれません(僕自身もそうでした)。
けれど冷静に考えてみると、塚原検事の言っていることは法律的には正しいことなのですね。
綾乃が言うように、生と死の間はグラデーションのようなものなのかもしれません。
機械のようにオンとオフで切り替わるようなものではないのかもしれません。
だから何をもって、「死」とするかというのはやはり様々な議論を生むわけです。
心臓が止まったときか、脳の活動が停止したときか。
法律の観点からするとそれを曖昧な状態にするわけにはいかないのです。
なぜならば、そういうグレーゾーンを作ってしまうと、それを利用して犯罪を犯す者も現れる可能性があるからです。
尊厳死の定義を曖昧にすると、それを利用した殺人ということも考えうるわけです。
そうすると、実際生命はグラデーションかもしれないのですが、法律としてはどこかで線を引かざるをえない。
そしてその法律を厳密に運用しなければ、様々な問題が出てくるわけです。
そういう意味で塚原検事のスタンスというのは、法律を守っていくという立場においては、正しいものと言えるわけです。
この問題に限らず、法律というものはどこかでラインを引かなければいけないケースというのが多々あるわけです。
年収がいくら以上だったら税金いくらとか。
この境目にいる人もいるわけで、もしかするとちょっとの違いで割を食ってしまうかもしれません。
それでも法律は一定のラインを引かざるを得ない。
これもなかなかに難しい問題です。
もうひとつ。
検事としてのものの考え方という点では、塚原検事は間違っていないかもしれません。
それでも、取り調べの様子はやはりちょっと恐ろしさを感じました。
被疑者が容疑を認めたあと、裁判で証言を否認するということがあります。
僕はなぜ取り調べの時に、違うならば違うと言わなかったのかと思ったりもしていたのですが、本作を観てみるとそれもわからなくはないなと思いました。
検事は法律のプロ、それに対する被疑者は素人です。
その中でまくしたてられ、高圧的に接されたら、やってもいないことをやっていますと言ってしまいそうな気もします。
このあたりは周防監督の「それでもボクはやっていない」にも通じるものがありますね。
厚労省の村木局長が無罪になった事件がありますが、あれも検察が描いたストーリーに従って取り調べをしていったということが問題となりました。
まさに本作で描かれる調書の作り方はそれで、高圧的な物言いと法律的な知識で追い込み、サインをさせるというのはやはり問題があるでしょう。
警察や検察の取り調べの「見える化」が検討されていますが、本作で描かれるような場面があるのであれば、やはり何らかの手を打たなくてはいけないでしょう。
本作、観る前は「尊厳死」が最大のテーマと思っていましたが、それ以外にもいろいろと考えさせられるところがありました。
その答えは自分でもはっきりとすぐに出せるものではないですが、それについて考える機会を本作で得たような気がします。
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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/159644/
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おススメ度 ☆☆☆
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尊厳死は重い社会的テーマだ。これに挑戦した意欲は立派。
でもさすがに暗い。
特に、女性の不倫問題が背景にありこれが重い。
「それでも僕はやっていない」を取り上げ、今回も法律問題だ。
重...... [続きを読む]
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試写会で、ひと足お先に鑑賞させていただきました。 制作テレビ局のネット局の試写会でしたので 「もしかしたら、舞台挨拶」と [続きを読む]
受信: 2012年12月20日 (木) 20時59分
» No.081 「終の信託」(2012年 144分 ビスタ) [MOVIE KINGDOM ?]
監督 周防正行
出演 草刈民代
役所広司
大沢たかお
アポロシネマでのレイトショー
今週一杯で上映が終了でギリギリでの鑑賞です
アポロシネマはいつの間にか自動発券機が登場していて、最近はこう言うのが増えてきましたね
でもサポートの店員が居ない...... [続きを読む]
受信: 2012年12月31日 (月) 01時50分
» 映画『終の信託』を観て [kintyres Diary 新館]
12-90.終りの信託■配給:東宝■製作年・国:2012年、日本■上映時間:144分■観賞日:11月18日、TOHOシネマズ渋谷(渋谷)■料金:0円
□監督・脚本:周防正行◆草刈民代(折井綾乃)◆役所広司(江木泰三)◆浅野忠信(高井則之)◆大沢たかお(塚原透)◆細田よしひ...... [続きを読む]
受信: 2013年2月 1日 (金) 10時28分
» 12-306「終の信託」(日本) [CINECHANが観た映画について]
もうこれ以上苦しませないで、と言ってるのに、どうすればいいんですか!
1997年、天音中央病院。呼吸器内科のエリート医師・折井綾乃は、不倫関係にあった同僚医師の高井に捨てられたショックから自殺未遂騒動を起こしてしまう。
そんな折井は、重度の喘息で入退院を繰り返す江木秦三の優しさに救われ、いつしか2人は強い絆で結ばれていく。
やがて折井は、自らの死期を覚悟した江木から“その時は早く楽にしてほしい”と彼の最期を託されるのだったが。(「allcinema」より)... [続きを読む]
受信: 2013年2月11日 (月) 01時52分
» 『終の信託』、空と川がひとつになるところ [weekly? ぱんだnoきぐるみ]
見てからずいぶん時間が経ってしまいましたので、例によってすでに曖昧になり始めている記憶を探りながらの、覚え書き的な内容になることをご勘弁ください。 [続きを読む]
受信: 2013年3月23日 (土) 08時51分
» 尊厳死・・・どう思います?〜「終の信託」〜 [ペパーミントの魔術師]
終の信託【DVD】(特典DVD付2枚組)東宝 2013-04-19売り上げランキング : 1127Amazonで詳しく見るby G-Tools
重たかったな〜。とまずひとこと。
一見大沢たかお演じる検事が草刈民代演じる医師を
言葉でもってどんどん追い詰めていく・・・ようにみえるんだけど
そ...... [続きを読む]
受信: 2013年4月25日 (木) 23時11分
» 独断的映画感想文:終の信託 [なんか飲みたい]
日記:2013年6月某日 映画「終の信託」を見る. 2012年.監督:周防正行. 草刈民代(折井綾乃),役所広司(江木秦三),浅野忠信(高井則之),大沢たかお(塚原透),細田よしひこ(杉田正一),中村... [続きを読む]
受信: 2013年6月24日 (月) 11時08分
» 終の信託 [C’est joli〜ここちいい毎日を♪〜]
終の信託
12:日本
◆監督:周防正行「それでもボクはやってない」「Shall We ダンス?」
◆出演: 草刈民代、役所広司、浅野忠信、大沢たかお、細田よしひこ、中村久美
◆STORY◆呼吸器内科医の折井綾乃は、同じ職場の医師・高井との不倫に傷つき、沈んだ日...... [続きを読む]
受信: 2014年3月 8日 (土) 21時01分
コメント
sakuraiさん、こんにちは!
いろいろと考えさされたと書いたように、いくつもの課題が描かれていましたよね。
ラブ・ストーリーだったかどうかというのはなかなか難しいところですが、そこを出し過ぎると他の提示している課題がすっ飛んでしまうような感じもし、抑制したのではないかと思います。
検事については、なかなか取り調べが出てくるシーンというのは今までなかったので、新鮮でした。
あれが自分だったらやだよなぁと思いましたね。
投稿: はらやん | 2012年12月 1日 (土) 07時54分
監督としては、いろいろな問題を内包させて、本当に多角的に見せたかったのだろうし、見せたことによって、監督の意図は成功したかもしれませんが、逆にぼやけたかなと。
どこに焦点を当てたらいいのかが、わからなくなってきたように感じました。
加えて、監督の一番の描きたかったところはラブ・ストーリーではないかと。
その辺の無理がどうしても映画全体のバランスを崩していたように感じました。
重たい問題を真正面に捉えた勇気は買いますが、ちょっとなあ~感がぬぐえませんでした。
検事のキャラの表し方は、こういうのばっかじゃまずいでしょ!ってあたりを強調するためかもしれませんね、やっぱ。
検事は自分の仕事をきちっとしただけですが。
私は何よりも、重い信託を受けた医者の覚悟の重さが足りなかったように思いました。
役者の力量もあったかな。。。
投稿: sakurai | 2012年11月28日 (水) 13時56分