本 「黒い悪魔」
作者の佐藤賢一さんはフランス史を題材にした小説を多く書いている小説家です。
影響を受けた作家として佐藤さんは「三銃士」で名高いアレクサンドル・デュマをあげています
佐藤さんの「褐色の文豪」はそのアレクサンドル・デュマ(大デュマ)をとりあげており、本作はその父親である同名のトマ=アレクサンドル・デュマというフランス革命時にフランスの将軍であった男を描き、また「象牙色の賢者」ではアレクサンドル・デュマの息子デュマ・フィス(「椿姫」を書いた)を題材にしています。
「黒い悪魔」「褐色の文豪」「象牙色の賢者」はデュマ家三代を描いている作品群となるわけですね。
三代揃ってアレクサンドル・デュマなのでややこしいので、本作の主人公はトマということで書きます。
「三銃士」は好きなのでもちろん大デュマのことは知っていましたが、彼が黒人とのクォーターであることは本作を読むまで知りませんでした。
つまり父親である本作の主人公トマ=デュマは黒人とのハーフなわけですね。
トマはカリブ海の生まれで、母親は奴隷、そしてその主人であるフランス貴族との間に生まれた私生児でした。
彼は父親に呼ばれ、フランスに渡り、その後軍人となります。
おりしもそのときはフランス革命が勃発したときでした。
彼はその血ゆえに差別を受けながらも、自由というものが叫ばれた革命の中で、その類いまれな身体能力と強い気持ちでメキメキと頭角を現していきます。
そういう彼を味方も敵も畏怖を込めて「黒い悪魔」と呼んだわけです。
フランス史が苦手な人は、まずフランス革命と呼ばれる時期、その政権を担うものたちが目まぐるしく交代していく展開についていくのが大変ということがあるかもしれません。
王政から共和制、共和制になってもその政権主体はドンドン変わっていきます。
それは今から言ったら内ゲバと言ってもいいような感じ。
それでナポレオンが登場しますが、また独裁制となり・・・と言ったようにかなり目まぐるしい。
これは日本の幕末期にも言えるのですが、社会が大きく変わるとき、すんなりと新しい体制に移行するのではなく、社会全体が産みの苦しみのようなものを味わっているような感じがします。
それが非常にわかりづらいわけですね。
本作の主人公であるトマ=デュマは、自分の出自ゆえに共和制というものに惹かれます。
その共和制そのものも目まぐるしく変わる政権側にいいように解釈され翻弄されるなか、彼の運命も翻弄されます。
それは怒濤のごとき人生であり、ドラマチックに描かれていきます。
彼の晩年、息子であるアレクサンドル・デュマは父親の若き日の話を聞きます。
トマ=デュマが初めて軍隊に入った時、黒い肌をした彼は入隊のその日に三人の上官とかけもちで決闘をするという話です。
これは「三銃士」を読んだ方はわかるように、物語の冒頭でダルタニアンが三銃士たち三人とかけもちで決闘するという場面をふまえています。
つまりはアレクサンドル・デュマは父親であるトマ=デュマの武勇伝に「三銃士」の着想を得たというわけです。
もちろんこれはフィクションですが、さすが「三銃士」が好きな佐藤賢一さん、気が利いたお話にしたてたなと思いました。
「黒い悪魔」佐藤賢一著 文藝春秋 文庫 ISBN978-4-16-777389-2
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